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「小公女セーラ」はいじまオリジナルストーリー
(仮題)「45話と46話の間」
…良いタイトルを付けてくれる方はメールでご連絡願います(「あにめの記憶」トップにアドレスあります)。

(45話のミンチンが大泣きしているところの続き)
 黄色いダイヤモンドプリンセスのドレスから、普段着に着替えたセーラはクリスフォード邸の中を案内されていた。ここがこれからの生活の場である。新しく始まる生活に期待と不安が膨らんだ。
「ここがセーラの部屋だよ、ラルフの娘がいつ見つかっても良いようにここに越してきたときから用意していたのだ。」
 クリスフォードはセーラを2階のミンチン学院に面した部屋に見せた。クリスフォードの言うとおり部屋は越してきたときから用意され、さらにラムダスらによって毎日掃除までされていたのだ。中には豪華な洋服タンスにベッド、落ち着いた色の絨毯が敷かれている。白いカーテンは閉ざされていたので、セーラはカーテンを開いて学院を見上げた。ここなら学院のみんなの様子が分かるかも知れない、ただ残念ながら正面は生徒の部屋ではなく、ベッキーの屋根裏部屋も遙か上の方でやっと灯りが見えるかどうかだろう。それでもセーラは学院に面した部屋というだけで嬉しかった。
「ありがとうございます。すてきなお部屋だわ。」
「気に入ってくれたかい?」
「もちろんですわ、おじさま。」
セーラは洋服タンスを開けてみた。まだ何も入ってない。
「服はラルフの娘にどんな寸法の服が合うか分からなかったから、まだ用意していないのだ。」
「それは気になさらなくていいのですよ、おじさまに送って頂いた服がありますわ。」
「でもそれは学院に置いたままではないのか?」
「そういえば、屋根裏部屋に置いたままだわ。」
「ラムダス、セーラの服を取りに行けるか?」
「かしこまりました。ついでにセーラお嬢様のお人形などもお持ちしましょうか?」
「それはそのまま屋根裏部屋に置いておいてください。服だけ持ってきて欲しいの。」
「かしこまりましたが、よろしいのですか?」
「私、学院のみんなにお別れも言わずに出てきてしまったでしょ? エミリーとお父様には私の代わりにしばらくあの屋根裏にいて頂くわ。」
クリスフォードもラムダスもカーマイケルも、セーラの優しさに思わず目を細めた。
 と思うと玄関の呼び鈴が鳴り、ラムダスが応対に出た。玄関からかすかに聞こえる声にセーラは聞き覚えがあり、その声の主が分かるとセーラは部屋を飛び出して玄関へ走っていった。クリスフォードもその声の主とセーラが知り合いであることを思い出し、カーマイケルと一緒に後を追った。
「おじさま!」
セーラは玄関の来客に声をかけた。玄関にいた来客は信じられない声を聞いた、というような表情でセーラの方を見た。
「ああ、あなたは…どうしてここに?」
すると一階の居間でくつろいでいたドナルトがジャネットと一緒に
「洋服屋さんのおじさんだ! おじさんもセーラお姉様の知り合いなの?」
と言いながら出てきた。
 来客はあのエミリーをくれた洋服屋の主人であった。主人はミンチン学院に服を送ったことと、今後どんな服を作るのかの相談に来たのだ。ついでにこの日クリスフォードに引き取られることになる女の子が来ることもドナルドから聞いていて、あわよくばそちらの服も…と思っていたのだ。
「私、このクリスフォード様に引き取られる事になったんです。」
セーラがクリスフォードの方を見ながら言うと主人は目を丸くした。そして涙を浮かべながら。
「今日ここに引き取られる女のお子さんがいらっしゃるとドナルド坊ちゃんからお聞きしていましたが、それはあなたの事だとは…驚きましたよ。よかったねぇ、もうあんな辛いお使いはしなくても済むんですね。」
と言った。
「私、あの嵐の日のお礼をしなければならないと…」
「それはいいのですよ、こちらのクリスフォード様にお礼はたっぷりして頂いています。我ら商売人はお金や物をもらうよりいいお客さんが増えるのが一番嬉しいのです。クリスフォード様はあなたに服をプレゼントするということでとてもいいお客さんになってくれたんですよ。クリスフォード様を私に紹介して頂いたのはカーマイケル様ですが、クリスフォード様はあなたがのおかげで増えたお客さんなんです。私にとってこれ以上のお礼はございません。」
「あの時は本当にありがとうございました。では私、あの日のお礼におじさまのお店でたくさん服を買わせて頂きますわ。もちろんエミリーの分もね。」
セーラと洋服屋主人は笑い合い、洋服屋主人は心の底から安堵しているようだった。それをクリスフォードとカーマイケルは笑顔で見つめていた。そう、子供服屋など知らないクリスフォードに主人を紹介したのは、ドナルドやジャネットの服をこの店に作らせていたカーマイケルだったのだ。カーマイケル一家はこの光景を見て、またセーラと不思議な縁があったと思って笑い合った。
 ジェームスに買い出しを言いつけられたベッキーは、買い物かごを片手に学院の勝手口から外に出た。このときはまだ先ほど知ったお嬢様の新たな運命に喜びは大きかったので自然と笑顔が出ていた。しかし、心の中には何か忘れ物があるような感じがあり、それが心の中の大きな雲となってベッキーの嬉しい気持ちを覆い始めていた。
 ベッキーは学院の玄関前で隣の家を見上げた。
「お嬢様、どうかお幸せに…」
そう口に出すと、その言葉をお嬢様に直に聞いて欲しかったように感じた。しかし、当のお嬢様はもうお隣のクリスフォードに引き取られてしまったのだ。自分たちに別れも言わず突然に…
「まさか、お嬢様ともう二度と…お別れのご挨拶もしていないのに…」
ベッキーはそう思うと、目に涙が溢れた。彼女はお嬢様の新たな運命を知って喜んでいた自分が忘れていたことに気が付いたのだ。そうだ、まるで自分のことのように喜ぶ自分の姿をお嬢様はご覧になっていない、そして別れの挨拶もしていない。何よりも今までさんざんお世話になったお礼もしていない…同時にお嬢様との日々を思い出した。この市場へ続く道も何度ご一緒したことか。
 そんな日々が何の前触れもなく突然に過去のものになってしまったのだ。そしてお嬢様が二度と手の届かない遠くへ行ってしまったと思い、涙を流しながら市場へ歩いた。
「お嬢様が本物のダイヤモンドプリンセスになったのか?」
「いやった!」
 市場でベッキーからセーラの新たな運命を聞いたピーターは飛び上がって喜んだ。これで何も心配することはない、あの院長やラビニアに虐められる心配も無くなったのだ。何よりもお嬢様の辛そうな顔を見なくて済む。
 ピーターは嬉しくて今日手伝っていた花屋のおばちゃんにもその喜びを伝えた。花屋のおばちゃんもベッキーから話を聞かされて涙を流していた。
 しかし、しばらくはしゃぐとピーターはある事実に気付いた。こんなに嬉しい知らせのはずなのに、ベッキーのこの泣き顔は何なのだ?
「ベッキー、お嬢様に良いことがあったのになんでそんな悲しそうなんだ?」
「だってお嬢様は私たちにお別れも言わず突然出て行ってしまわれたのですよ。それに私なんかとは違う世界に行ってしまわれて、たぶんもう二度と…」
そこまで言うとまた涙が溢れた。ピーターは我に返ったようにはしゃぐのをやめて目を丸くしてベッキーを見つめた。そうだ、セーラお嬢様が富豪に引き取られたと言うことはもうここに買い物に来ないって事だ…つまりそれはもう自分たちの前に姿を現さない…そう思うとピーターは急に悲しくなり、ベッキー同様にその寂しさをそれまでの嬉しさで埋めることが出来なかった。花屋のおばちゃんはひたすら泣いている。
「そうか、もうお嬢様はここへは来ないのか…」
「そうなのよ。だからそう思うと私、寂しくて…」
こればかりはピーターにもどうしようもない。ベッキーを元気づける言葉も思い当たらず、彼はがっくり肩を落とした。
 クリスフォード邸では、セーラがクリスフォードとカーマイケルにお父様が亡くなった前後の話を詳しく話していた。ミンチン学院にやってきてからお父様が亡くなるまでの学院での話や、お父様が亡くなってから持ち物全てをバローに奪われたことなどを一通り説明するとクリスフォードは言った。
「今日はこの位にしておこう。ところで今日はラルフの娘が見つかった記念のパーティをささやかながら行いたいのだが、ラルフの娘を捜すのに協力してくれたカーマイケル君もご一家でどうかね?」
「喜んで」
「セーラはどうかね?」
 そう言われたセーラは悩んだ。確かにお父様を亡くして無一文になったと思っていた自分を捜している人がいると分かったこと、そしてお父様は破産しておらず自分も無一文ではないと知った事は素直に喜べる、これについてはパーティして祝っても足りない位嬉しいことである。
 この時、セーラは学院の事を思い出したのだ。パーティをやるなら本当は学院で自分を支えてくれたみんなとやりたい。お別れも言わず突然にこんな事になってしまい、みんなどう思っているだろう? アーメンガードはどうしているだろう? ロッティは泣いてないだろうか? 何よりもベッキーがまた辛い思いをしていないだろうか? 特に辛いときにいつも一緒にいてくれたベッキーのことが気になって仕方がないのだ。学院を追放されたときもクリスフォード邸に来てからも、ベッキーがいない寂しさをずっと感じていた。同じように、ベッキーも自分が居ないことで辛く寂しい思いをしているはずだ。
 だが同時に、ベッキーに対してはあることを思いついた、ベッキーを元気づける方法が一つあるではないか。一瞬悩んだ顔をした後、
「ありがとうございます、おじさま。」
とセーラは元気に答えてクリスフォードの表情を確認すると、続けて言った。
「おじさまにお願いがございます。」
クリスフォードは無言のままセーラに向き直った。セーラがすかさず続ける。
「学院の屋根裏にいるもう一人のメイド、ベッキーに贈り物をしたいのですが…。」
「贈り物とは?」
「あの魔法の食事です。」
クリスフォードは「それはいい」と言うとラムダスにセーラの願い通りにするように命じた。さらに
「そのベッキーをセーラ専属のメイドにうちで雇う、というのはどうかな?」
クリスフォードの更なる提案にセーラの声は弾んだ。
「おじさま、よろしいのですか?」
「私のお手伝いはインドから来た男ばかりだから、セーラのために女性のメイドを雇うつもりでいたのだ。それが屋根裏のもう一人の少女ならメイドとしてだけではなく、セーラの良き側近として、いや、よき友としてセーラに尽くしてくれることだろう。」
「おじさま、嬉しい! 何てお礼を言っていいのか分かりません!」
セーラは飛び上がって喜びクリスフォードの手を握って感謝の言葉を述べた。ベッキーとまたずっと一緒、これほど嬉しいことはあるだろうか? すぐにでもベッキーに知らせて一緒に喜びたいと思った。そのセーラの気持ちをクリスフォードは察していた。
「でもセーラ、ベッキーを雇うのは明日からすぐという訳にはいかない。色々手続きを踏まねばならないのでそれまではベッキーにも内緒にな。カーマイケル君、ベッキーを雇うために必要な手配を頼む。」
「はい、ベッキーをミンチン学院へ斡旋した者とご家族の承諾がいりますので、早速私の秘書をベッキーの故郷へ行かせます。ミンチン学院についてはあの院長に断られたら面倒です、先に代わりのメイドを手配して全てが決定してからの方がいいでしょう。」
「カーマイケルさん、よろしくお願いします。私、ベッキーがこの家に来るのが楽しみです。」
セーラは嬉しくてたまらないという感情を露わにした。クリスフォードはやっとセーラがこの家に来て初めて心から笑ったと感じ嬉しくなった。
 カーマイケル一家が一度帰宅してベッキー関連の手配とパーティの準備をしてきたいという、クリスフォードはそれに了承するとさらに何か思いついたらしく、帰ろうとするカーマイケルに耳打ちをした。カーマイケルは笑顔になると小声で
「その通りにいたします。」
と答えた。
 ラムダスらクリスフォード邸の召使い達は突然のパーティの準備に大わらわになった。
 ピーターは市場の仕事を終えると沈んだ表情で家路についた。これから帰る家もほんの一時期とはいえセーラと寝食を共にした家である。自分で生活すると決意したセーラの強さに彼自身が勇気づけられた。そんなお嬢様にはもう会えないのか?
 ベッキーに「そんなことはない」と言い返したかったが、言い返すだけの根拠が無かったので声に出すことを躊躇った。そしてどう声を掛けたらベッキーが元気になるか分からなかった。事実、自分だってどう声掛けられたとしても元気を取り戻せないだろう、お嬢様本人が自分の前に来て「そんなことはないのよ」って言ってくれない限りは…結果ベッキーを泣き顔のままで学院に帰すことになってしまった。ベッキーを力付けてやれなかった悔しさも彼の沈んだ表情の理由のひとつであった。
 ピーターが家の扉を開けると
「おかえり、さっきお前に来客があったんだ。」
と出迎えたピーターの父が言った。
「なんだって? 俺に客だって?」
「なんでも弁護士さんで、どうしてもお前に御者をやって欲しいって人がいるから会わせてくれって言うんだ。弁護士なんかがうちに来たのはじめてだよな?」
「弁護士!? 御者!?」
ピーターは驚きの声を上げた。ベッドではピーターの母が驚きの表情で夫と息子を見ている。
「御者なんか他にいくらでもいるだろうって言ったんだけど、その弁護士さんは『私の依頼主はどうしてもこちらのピーターさんに御者をお願いしたいと言っています。』って、おかしい話だろ?」
ピーターはますます訳が分からなくなった。どうしても俺に御者を頼みたいって?
「とにかくその弁護士さん、今日は用事があってお前の帰りを待てないが明日の朝にまた来るっていうから、会って話してやってくれ。」
「分かったよ、父さん。」
(俺ってセーラお嬢様の御者をやった以外は荷馬車くらいしか…まさかその弁護士さんって、俺にセーラお嬢様の御者を頼みに来たのか…?)
ピーターはそう思いついて表情が一気に明るくなった。でも本当かどうか分からないことだから努めて平静を装った。そんな息子を両親は不思議そうな目で見つめた。
 ミンチン学院は夕食の時刻となっていた。
 生徒達のもっぱらの話題はセーラの新しい運命についてであった。ロッティとアーメンガードは心の底からセーラの新しい運命を喜んでいた。しかし、アーメンガードも何か忘れ物があってそれによって心の中に暗雲が立ちこめて嬉しい気持ちが覆われていくように感じていた。特に買い出しから帰った後のベッキーの泣き顔を見てその思いは強くなった、そしてベッキーはその忘れ物の正体に気付いたに違いないと思った。
 夕食後、アーメンガードは片付けにやってきたベッキーに思い切って聞いた。
「あなた何で泣いているの? セーラがまた幸せな人生を歩めるというのに嬉しくないの?」
「アーメンガードさん、お嬢様がまたダイヤモンドプリンセスに戻られたことはまるで自分のことのように嬉しく思っておりますです。」
「でも、何で泣いてばかりなの?」
「私…お嬢様がお別れのご挨拶もなく突然居なくなってしまわれた寂しさを、その嬉しい気持ちで埋めることができないのでございます。」
「…」
 アーメンガードも自分の忘れ物に気付いた。そう、セーラとはお別れの挨拶もしていないし、まだまだ話したいことがたくさんあったのだ。なのに親友であるはずのセーラが突然消えてしまった。その寂しさに気付くと、彼女の新しい運命による喜びなんかとても小さいと感じた。
「ねえねえ、セーラはこれからどうするのかしら?」
食堂から部屋への帰り道にガートルードがジェシーとラビニアに聞いた。
「だから大金持ちの家で何不自由なしに幸せに暮らす…」
ジェシーの答えを途中で遮って
「そうじゃなくて、あんだけいじめられたんだからこのまま引き下がるわけないじゃないのって事よ。」
「決まってるじゃない、有り余るダイヤモンドで復讐するのよ。私ならそうするわね。」
ラビニアが力を込めて言った。
「復讐って?」
「ダイヤモンド鉱山の持ち主ならこの学院を乗っ取ることも出来るし、あれだけ酷い扱いをされたんだから裁判を起こして学院から賠償金を巻き上げることだってできるわ。」
ラビニアが言うとハッとしたように、ガートルードが言った。
「まさか、私たちも復讐されたりしないでしょうね?」
3人の間に沈黙が流れた。ジェシーは少し肩が震えていた。
「そんなことさせないわ。」
そのラビニアの声が心無しか震えていたような気がした。
 ミンチン院長は体調が悪いと言うことにして夕食の時間も部屋に閉じこもっていた。ベッドに腰掛け、何をするわけでもなく灯りも付けずにぼうっとクリスフォード邸の灯りを見つめていたはずの彼女であったが、たった今、扉の向こうからラビニア達の会話が聞こえてきたのだ。
「セーラが私に復讐? 学院を乗っ取る? 裁判?」
ミンチン院長は、先ほどクリスフォードに言われた言葉を思い出した…

…クリスフォード邸の階段でセーラのまるでプリンセスのような服装を見せつけられ、腰が抜けてへなへなと倒れ込んだときだ。クリスフォードとカーマイケルはしばらくミンチン院長を黙って見下ろした、やがてクリスフォードが静かに口を開いた
「ミンチン先生、ラルフ・クルーが亡くなった後の学院のセーラに対する扱いはこれからたっぷり調べさせてもらいますよ。その上で相応の対処をさせて頂きますよ。」
「相応の対処」の意味をミンチン院長は分かりかねた。その時、ミンチン院長は
「これはきっと何かの間違いなのよ、そうに違いないのよ。」
と何かの間違いであるという可能性にすがりつこうとしていたのだ。しかしその願いも玄関の呼び鈴がたちまちに断ち切るのだ。
「ご主人様、郵便が来ております。インドのボンベイ警察署からです。」
ラムダスが古びた封筒を持ってきた。
「ボンベイ警察か、きっとラルフの娘の消息についてあちらでも分かったことがあるのだろう。ちょうどいい、ミンチン先生の前で読もう。」
そう、クリスフォードはインドを発つとき、ボンベイ警察署にラルフの娘について分かったことがあったら知らせるように頼んであったのだ。クリスフォードは封を軽く黙読した後、手紙の主文を読み上げた。
「クリスフォード氏が探しているラルフ・クルー氏の娘本人から父親についての問い合わせが来たので報告する。ラルフ・クルー氏の娘は名をセーラ・クルーという。セーラ・クルーはロンドンにあるミンチン寄宿女子学院の生徒であったが、父親の死後は同学院でメイドとして働かされているとのことである。またセーラ・クルーからの手紙は郵便でなく、ロンドンとボンベイを行き来する船員の手によって送られたため、セーラ・クルーはインドへの郵便代金も払えないほど金に困っている可能性が非常に高い。また手紙を乗せた船は喜望峰経由だったので届くのに時間がかかってしまっている。従ってクリスフォード氏は早急にロンドンのミンチン寄宿女子学院へ出向いてセーラ・クルーを保護すべきである。なおセーラ・クルーにも問い合わせの返答とクリスフォードなる人物についての手紙を書き、この手紙と同時にミンチン寄宿女子学院へ発送した。」
 セーラはそれを聞いてあの船員さんがきちんと手紙を届けてくれた事に感謝した。クリスフォードは続けた。
「ミンチン先生、これでこの娘が私が探していたラルフの娘であるということははっきりしましたな。このインドから来たラルフの娘について知らせる手紙の中に、この娘の名前だけでなく、この娘がいたあなたの学院の名前まで出てきましたからねえ。」
「相違ありません。」
ミンチン院長はそう答えるのが精一杯だった。
「今後のことはセーラ本人とカーマイケル弁護士と相談して決めます。その時には今度はこちらからお伺いしますから、今日はこれでお引き取りください。」
ミンチン院長は力無く頷くと、よろよろに歩きながら玄関に向かった。そして力無く玄関の扉を開いた。その後ろ姿をセーラは悲しそうな目で見送っていた…

…(あの時の「相応の対処」「今後のこと」って、つまりは復讐するってことなの?)
ミンチン院長は布団に潜り込んで震えた。学院を乗っ取られたら自分はこの学院から追い出されるであろうし、乗っ取られなくても裁判なんかになったらあれだけ酷い扱いをしたのだから勝ち目はないし、学院の評判も取り返しのつかないところまで落ちるだろう。先ほどアメリアが自分に浴びせた罵声が現実になろうとしているのだ。
 ミンチン院長の恐怖は最高潮に達した。身体は勝手に震え、体中から脂汗が出てきた。
「ごめんなさい、セーラ。ごめんなさい、セーラ。ごめんなさい、セーラ…」
ミンチン院長は今更言っても取り返しがつかないであろう言葉を繰り返した。
 クリスフォード邸ではささやかなパーティが始まっていた。クリスフォードはパーティの開始にあたってこの日を何日も待ちわびたことを語った。
 セーラは学院のメイドとして働いていたときにこっそり助けてくれた事への感謝の言葉で始まり、カーマイケル弁護士の息子ドナルドとも既に仲良くなっていろいろ助けてくれていたことも語った。ドナルドはそれを聞いて得意げな顔をしたところをカーマイケルに咎められた。
 カーマイケルは自分の判断違いでセーラを救うのが遅くなったことを詫びた。その詫びにクリスフォードも同時に頭を下げた。セーラは
「私は気にしてませんわ。私だってまさかお隣に私を捜している方が越してきたなんて夢にも思ってなかったものですから。それにカーマイケルさんが私を捜しにフランスへ行く船に乗るとき、私も生徒さんの出迎えで港にいてドナルド坊ちゃんからお父様が何しに行くかをお聞きしましたが、それがまさか私のことだったなんて夢にも思いませんでした。」
「そうそう、セーラお姉様は僕に『大変なのね』としか言わなかったんだよ。」
ドナルドはその時のことを覚えていた。皆がそのエピソードに笑った。
 そしてセーラはメイド時代の思い出をパーティで語った。そう言えばここに出ている料理はあの魔法の食事と同じ味がする、と思っていた。そう思うとベッキーの事がまた気になって胸が痛んだが、今夜ベッキーにラムダスが届けてくれるはずの「贈り物」でベッキーは必ず喜ぶはずだ、と自分に言い聞かせていた。
 セーラの話をドナルドの姉ジャネットは尊敬のまなざしで聞いていた。それだけではない、セーラの話はどんな話でも興味深く引き込まれるのである。こんな人が姉だったら楽しいのにな、と考えていた。
 アーメンガードと別れたロッティはベッドに潜り込むと、ベッキーの泣き顔を思い出した。アーメンガードもベッキーとお話しした後、元気のない顔になってしまった。
「セーラママ、もういなくなっちゃったの?」
他のみんなが、セーラが幸せになったと喜んでいるから幼いロッティは深く考えることもなく一緒に喜んでいた。でもベッキーの涙を見た時にセーラがいなくなった事実を思い知ったのだ、このままもう二度と会えないのか?
「そんなことないもん、セーラママは私のママだもん」
「だって、セーラママはエミリーを持っていってないもん!」
ロッティはセーラがエミリーを持ち出していないと思いこんでいた。結果的にはこれは事実なのだが、セーラがエミリーを持たずに隣へ出かけたと知っているのはベッキーとラビニアだけで、二人ともまだそれに気付いていない。
 ロッティはセーラが絶対に戻ってくると信じようとしたが、眠れなかった。眠れないままベッドの中にいるうちに、本当にエミリーが屋根裏に残ったままかどうか気になりだした。
 セーラはパーティを終えると部屋のベッドに腰掛けてミンチン学院の屋根裏を見上げた。かつてセーラがいた部屋には灯りが灯っているのが分かる。そこではラムダスが「贈り物」を持ってかつて自分の部屋だった屋根裏部屋でベッキーが来るのを待っているのだ。ベッキーはまだお仕事が終わらないのだろうか? 毎晩、最後まで仕事をする流しは学院の建物の反対側に当たるから、灯りがついているかどうか見えない。
「ベッキー、きっと寂しいでしょうね。本当は私がラムダスさんのように屋根裏へ飛んでいきたいのよ。」
「エミリー、お父様、お母様、ちょっとの間だけベッキーのそばにいてあげてね、私の代わりに3人が居れば、私がそこに居ると思って安心してくれるから…」
 ベッドの上で復讐の恐怖に震えていたのはミンチン院長だけでない。
 実はジェシーとガートルードと別れて特別室で一人きりになったラビニアも同様であった。
「私はどうすればいいの? 私はどうすればいいの?」
ラビニアは繰り返した。実のところアーメンガードに虐める理由を問いつめられてからというもの、セーラに対する憎しみの気持ちは消えかかっていた。
(またいつか会えるかもね)
セーラが学院を追放されたその日、自然に口から出た言葉は皮肉でも何でもなく頭に思ったことそのままだった。セーラが帰ってきたとしてももう虐めることもあるまい、セーラの追放で完全にセーラを虐める理由は消えたと思っていた。その後、セーラが学院に戻ってきて贈り物の高級な服を着ている姿を見たら…またセーラに対する憎しみがじわじわと戻ってきた。セーラがメイドになる前と同じように、生徒達の興味がこの私でなくセーラに戻ったからだ。
 しかし、今日「セーラが復讐する」と語ったとき、始めてセーラの気持ちに気付かされたのだ。セーラは私のことをどう思っているだろう。あれだけのことをしたのだから恨んでいるに違いない、復讐の矛先は学院だけでなくこの私にも来るに違いない。
「セーラに謝った方がいいの?」
それはプライドの高い私に出来ない相談かも知れない。でもいつかセーラがこの学院に来るようなことがあったら、またはセーラが学院に来なくても際会するようなことがったら…その時は自分から声をかけねばならない、それだけは確かだ。
 また一方で、あれだけ落ちぶれても変わらなかったセーラのプライドも理解できた。本当に高いプライドを持っているのはセーラで、それに比べたら私のプライドなんて…しかし、こんな事になったとしても、私はセーラを見習ってそう簡単に変わりたくない。
「私はセーラにどう声をかければいいの?」
ラビニアは心の中で繰り返した。
 仕事を終えて階段を上るベッキーの足音が聞こえた。セーラの一番近くにいたベッキーなら答えを持っているかも知れない。思い切ってベッキーに打ち明けようか? ラビニアはベッドから起きあがってドアノブに手を掛けた。しかし、そこでラビニアは魔法にでもかかったかのようにその姿勢のまま止まってしまった。
 ラビニアの高いプライドが、その先の行動を許さなかったのだ。
 一日の台所仕事を終えたベッキーは沈んだ表情で階段を上った。仕事が終わってホッとした表情でいつも二人で登った階段、これからはずっと一人と思うと涙が溢れた。特別室のドアの向こうで何が起きているかなんてベッキーは知るはずもない。
「お嬢様、ここへはもう帰ってこないのですね。」
 ベッキーは改めてそう思い呟いた。そのベッキーの呟きと嗚咽がラビニアに聞こえた。ラビニアはベッキーの気持ちを知ってその場に座り込んだ。ラビニアの疑問の答えをベッキーが持っているはずもないことに気付いたのだ。そしてベッキーが持つセーラへの友情…それは自分とガートルードやジェシーを結ぶものとは異質のものであることにも気付いた。そして自分はひとつも持ち合わせていないその友情を羨ましく思ったのだ。例を挙げるなら、自分かある日突然居なくなっただけで涙を流してくれる友はいないだろう。ガートルードやジェシーが居なくなったとしても自分は涙を流すことはないだろう。
 ラビニアは今更になって、セーラとベッキーの間にある絆を理解し始めたのだ。
 ベッキーは泣きながら屋根裏に続く階段を上った。階段を上って左に2回曲がると手前にかつてのセーラの部屋が、奥にベッキーの部屋がある。ベッキーはセーラの部屋から灯りが漏れているのに気付いた。
(なんだろう…?)
と思って恐る恐る扉を開くと、そこにはあの「魔法の食事」があった。お嬢様と一緒だった頃と一つ違うのはテーブルの脇でラムダスがベッキーの来訪を待っていたことである。
「ラムダスさん…」
ベッキーは驚いて声を掛けると、ラムダスはテーブルの方へ案内する仕草をした。そしてベッキーは並べられた食事に見入った。
「セーラお嬢様からのお心遣いです。」
「ではお嬢様は私のことを…」
「無論、お忘れのはずはありません。」
ベッキーは嬉しさで涙が溢れ、声が出なかった。さらにお嬢様からの届け物はそれだけではなかった。
「セーラお嬢様はあなた様に、この手紙を読まれるようにと。」
ラムダスはベッキーに手紙を差し出した。ベッキーは感激の表情で手紙を受け取り、しばらくその手紙を胸に抱きしめた。お嬢様はまた私に優しさをくれた、お嬢様はやはり何があっても私にとってプリンセス様なのだ。これからもずっと、遠く離れても変わらないのだ。
 しばらく感激に浸った後、ベッキーはセーラからの手紙を読んだ。目に涙が溢れて文字は霞んだが、それでも何とか読み切った。内容は殆どが辛いときに支えてくれた感謝の言葉で占められていた。それに続いて、かつて語ったようにどんなことがあっても自分は変わらないこと、だからベッキーのことをこれからも大事に思ってゆくこと、ベッキーが寂しくて泣きながら寝ることになるのではないかと心配なこと…そして最後はこのように結ばれていた。
「私は近いうちに必ず学院に行きます。その日まで私が学院に置いてきたエミリーと、お父様とお母様の写真を、私と思って預かってください。あなたになら安心してお任せできます。そして、これからも私の力になってくれることを願っています。」
 お嬢様はとても大事なものを私に預けてくださる、火事の時に死の危険を冒してまで守った大事なものを…私はお嬢様からそこまで信頼されているんだと言うことを知って、ベッキーは今まで感じたことのない幸せな気持ちを感じるとともに、お嬢様が目の前にいるように感じ、思わず「お嬢様…」と呟いてエミリーと写真立てを抱きしめた。
 そしてお嬢様は何らかの形で必ずここに戻ってくる、そう確信すると涙は出なくなった。さらに何故だか、お嬢様が次にこの学院に来た日からはまたお嬢様とずっと暮らすことが出来るような気がしてきたのである…お嬢様が書いた手紙そのものがそう思わせる内容なのだ。そう考えると明日からの仕事もがんばれる、そう思ったベッキーだった。
 ラムダスは屋根裏の廊下に響く足音に緊張した。また誰かに見つかったか? いや、院長はショックで寝込んでいるから大丈夫のはずだ。しかし、ラムダスは足音がドアの前で止まったときに身構えた。ベッキーは食べるのに夢中でラムダスの変化に気付いていない。ドアが開くとそこに現れた少女にラムダスは見覚えがあった。セーラが病に倒れていた時にベッキーと一緒に看病していた生徒だ、彼は緊張を解いた。
 ベッキーはドアが開く音を聞いて食べかけた「魔法の食事」を思わず飲み込んでしまった。あの魔法が消えた日を思い出してしまい恐る恐る部屋の入り口を見たと思うと、今度は嬉しそうな表情に変わり
「アーメンガードさんではありませんか。」
と声が出た。アーメンガードはもうセーラに会えないかも知れない、と思うと眠れなくなり目を真っ赤に腫らして泣き続けていたのである。そしてたまらなくなってセーラの屋根裏部屋に上がってきたのである。
 アーメンガードは屋根裏部屋の中の様子を見て泣くのを忘れ、目を丸くした。
「ベッキー…これは…?」
「これは魔法のお食事です。セーラお嬢様がご病気になられたときにお隣のご主人様がお嬢様と私に届けてくださったものです。」
「セーラが馬小屋に出された時に食べていたお食事ってこれだったのね? それにしてもベッキー、元気になったみたいね。」
アーメンガードの声は弾んでいた。ベッキーの表情に明るさが戻っているのを見て、セーラから何か連絡があったに違いないと直感したのだ。
「こちらのラムダスさんがお嬢様からのお手紙を届けてくださったのです。このお食事も今度はお嬢様が私に用意してくださったのです。」
「本当!? 手紙には何て?」
ベッキーが手紙の内容をかいつまんで話すと、アーメンガードも喚起の声を上げてセーラの名を呼びながらエミリーを抱き上げた。
「まあ、それでは近いうちにセーラがここへ来るのね? そうでなくてもエミリーがいればセーラがまるでここにいるみたいで寂しくないわ。」
 そこでまた屋根裏の廊下に足音が響いた。今度はラムダスに緊張はない、足音の主が明らかに小さな子供だと分かったからだ。
 ラムダスがそっと屋根裏部屋の扉が開くと、そこにはロッティの姿があった。
「やっぱりエミリーはここにいたんだぁ。セーラママにまた会えるんだ。」
ロッティはその時にアーメンガードの胸にあったエミリーを見て明るい声で言った。ロッティはやっぱり気になってエミリーがまだ居るかどうかを確かめに来たのだ。それを聞いたベッキーが手紙の話をするとロッティも喜んだ。そしてアーメンガードが
「ねぇ、セーラのお友達がみんな揃ったから今からここでパーティをしましょう。セーラがまたダイヤモンドプリンセスになったお祝いよ。」
と弾んだ声で言った。それにベッキーが申し訳なさそうに声を上げた。
「お、お友達だなんて、わ、私は…」
「ベッキーもセーラのお友達でしょ? 私たちが見たら妬いてしまうほどの一番の仲良しじゃないの。あの苦しいときにずっと一番近くで支えてくれていたのですもの。あなたがいなかったらセーラの辛さは何倍にもなっていたわ。だから私はセーラの親友としてあなたに凄く感謝しているのよ。」
アーメンガードが言うと、ロッティがベッキーの手を握って続けた。
「セーラママは私のママだけど、ベッキーはセーラママのお姉ちゃんなのよ。」
「そ、そんな、もったいないお言葉です。」
ベッキーの顔は真っ赤だった。そして目には涙が溢れていた、お嬢様と自分と出会う前からの友人であるアーメンガードやロッティにそう言ってもらえたことが、嬉しくてたまらなかったのだ。
 ラムダスが人数分の取り皿を用意しに一度クリスフォード邸に帰った。彼が戻るとパーティが始まった。ラムダスは取り皿だけでなく、アーメンガードとロッティのためにお菓子とデザートの追加を持ってきた。
 今夜はミンチン院長に叱られる心配もないのでみんな安心していた。だがラムダスがいない間にこっそりと屋根裏部屋のドアの前に来て、このパーティに耳をそばだてる訪問者があった事に誰も気付いていない。その訪問者はしばらく屋根裏で何が起こっているかをこっそり聞いていたかと思うと、すぐに涙を堪える表情で戻っていったのだが…ラムダスだけはその遠ざかる足音には気付いていた。
 こうして屋根裏の夜は更けていった。
 朝となった。昨夜からの雪は降り続き、昨日ミンチン院長が落とした帽子は完全に雪の下に埋もれてしまった。
「ベッキー、生徒さんの食事の時間だよ。早く食事を運んでおしまい。」
「はーい、ただいま!」
仕事中のベッキーの声が弾んだ。
「昨日は泣きながら仕事していたのに、今日のベッキーはやけに元気だねぇ。」
「まぁいいじゃねぇか、泣いてばかりで仕事が進まねぇんじゃこっちもたまんねぇからな。」
「あの子鈍いから、今頃になってセーラが幸せになったのに気付いたんかねぇ。」
「ちげぇねぇ。」
「でもセーラが居なくなるとなんか寂しいわね。まるで台所の花が全部なくなっちまったみたいだよ。」
「そう言う柄じゃねぇだろ。」
「何か言った!?」
「まぁ寂しいのにはちげぇねぇな。あいつぁなんだかんだでよく働いたし、お嬢様だから礼儀だけはよかったし。」
 クリスフォード邸のセーラの部屋では、ラムダスが昨夜の屋根裏部屋での出来事をセーラに報告していた。
「ベッキー様はセーラお嬢様からの贈り物とお手紙を心から喜んでらっしゃいました。でもそれだけではなかったのです。」
「それだけではないっていうと?」
「生徒であるアーメンガード様とロッティ様も屋根裏部屋に上がってきたのです。お二人ともお嬢様が急に居なくなって寂しくなって眠れず、お嬢様との思い出が詰まった屋根裏部屋を見に来てみたというのです。」
「…」
「しかし、ベッキー様がお嬢様から手紙が来たと言うと、みんな喜んでいました。そしてお嬢様は居ないけどお嬢様へのお祝いとしてのパーティをそこで開いたのです。」
「まあ、私もそのパーティに参加したかったわ。」
二人は大笑いした。
「お嬢様仰せの通り、お人形とラルフ様のお写真はベッキー様にお預かり頂いています。ベッキー様はお嬢様の大事な物を任された事でお嬢様にまた会えるとかなり元気になられました。アーメンガード様とロッティ様もそれを聞いて『セーラお嬢様がそこにいるようだ』と元気になられました。」
「それを聞いて安心したわ。」
「皆様からお言付けです。」
「まあ、何かしら?」
「アーメンガード様より私たちの事は心配しないで今はゆっくり休んでくださいと。ロッティ様よりセーラママが居なくても私は元気だから大丈夫と。そしてベッキー様から、エミリーとお写真はお任せください、今まで優しくしてくださってありがとうございますと。皆様は口々にお嬢様にお会いしたいと申しておりました。」
「ベッキー、アーメンガード、ロッティ…」
 学院で仲良しだった3人は元気を取り戻していることに心から安堵した。次に気になったのは市場でいつも自分を助けてくれたピーターである。しかしその頃、そのピーターがセーラに関する事で喜びの歓声を上げ、学院の3人以上に元気を取り戻していたことなどセーラはまだ知る由もない。
「近いうちにピーターの家へ行って、置いてくださったお礼と突然に立ち去ったお詫びをしなければ…」
 セーラはそう思うことしかできなかった。
「ベッキー、おはよう。」
「おはようございます、アーメンガードさん、ロッティさん。」
「ベッキー、もう大丈夫よね?」
「はい、アーメンガードさん。お嬢様は私たちをずっと見てらっしゃるのですよ、泣いてられますか!」
「私ももう大丈夫。そうよ、セーラはずっと屋根裏にいて私たちを見ているのよ。」
「そうよ、セーラママは屋根裏にいるんだもん。」
ベッキーとアーメンガードとロッティの笑い声の傍らで、ラビニアを筆頭にした3人は眠そうな顔をしていた。
 ジェシーもセーラによる復讐に怯えていた。昨夜アーメンガードが部屋を出て行ったのも知っていたが、それをラビニアどころか隣にいるガートルードにも言う気が起きなかった。でも眠れずに布団を頭からかぶっていた。
 ガートルードも布団の中で微睡んでいた、セーラをさんざんいじめてきた自分たちのことをセーラはどう思っているのか考えていたのだ。無論アーメンガードが部屋を出て行ったのも知っているがそれは気にせず、ジェシーが布団の中で震えていることも知っていた。ガートルードは眠れないまま自分の正直な気持ち…本当はセーラと仲良くしたいという気持ちをどうすればいいのか考えていたのだ。
 それからどれ位時間が経っただろう、ガートルードは何かひらめいたように起きあがってジェシーに言った。

「私、もしセーラが帰ってきたら何事もなかったかのようにセーラに声掛けるわよ。」
「私もそうしたいけど、ラビニアはどうするのかな?」
「その時が来たらラビニアにもセーラと友達になろうって言うわよ。あんた復讐されると思って怯えてるでしょ、きっとラビニアもそうなのよ。でも友達になっちゃえばあのセーラのことだもの、復讐しようだなんて考えなくなるわよ。」
「それはいいわね。私もそうするわ。アーメンガードをどうする?」
「放っておきましょ、屋根裏へ行ってもセーラが居る訳じゃないし。どうせ誰もいない部屋でセーラを思い出して泣いてるだけなんでしょ?」
そう決意し合うと安心したせいか色々と言葉が出た、セーラのことについて二人で語り出したのだ。学院に来たときからお金持ちだった時代もずっと優しかったこと、そしてメイドになって健気に働いていた事を。そうだ、友達になっちゃえばセーラは私たちに復讐なんてしない、いい加減な論理ではあるがありがちな話であって二人とも妙な安心感を覚えたのだ。セーラが3人を友達として受け入れてくれるかどうか分からない、なんて事は考えもしなかった。
 ラビニアはセーラが帰ってきたらどう言い出せば自分が変われずにいられるかをほとんど寝ないで考えていた。それで眠いせいかベッキーの元気さが癪に障った、今までのラビニアだったらそんなベッキーに辛く当たるところであるが、今日はそんな気も起きなかった。それどころかラビニアは二度とベッキーに辛く当たる事はなかった。そう、ベッキーを虐めればセーラが黙ってない…つまりセーラとの絆に気付いたからだ。
 クリスフォード邸には昨日に続いてカーマイケル弁護士がやってきた。
「クリスフォード様、ピーター君に御者の件を了承して頂きました。彼も非常に喜んでいます。」
「そうか、次はポニーと馬車だな。」
「ラルフ様の代理人だったバロー弁護士が売り飛ばした先を調査中です。バロー弁護士にラルフ様によって生じた損害を穴埋めすると言ったら、大喜びでセーラお嬢様から取り上げた物を探し出してお返しすると意気込んでました。バロー弁護士の親類の元にいるオウムはすぐに取り戻せそうです。」
クリスフォードはセーラが間違いなく喜ぶであろう最初のプレゼントをやれると満足だった。そこへ呼び出してあったセーラが現れた。
「ご用でございますか、おじさま。」
「セーラ、今日は君に辛いことを聞かねばならない。」
切り出したクリスフォードに、カーマイケルが続けた。
「隣の学院でメイドをさせられるまでの経緯と、状況を詳しく聞かせて欲しいのだが。」
「分かりました、カーマイケル弁護士。」
セーラは父親が急死してからの学院での自分に対する扱いを語り続けた。事件のひとつひとつを淡々と語り続けた。その中で「魔法」がどれだけ嬉しくてどれだけ自分とベッキーの心の支えになっていたかも話した。一度は追放され、その間ずっとピーターの家に住ましてもらいマッチ売りをしていたことも語った。
 話し終えるまで半日近くかかった。話が終わるとクリスフォードもカーマイケルも涙が止まらなかった。こんなに小さな少女が…と思わずにはいられなかったのだ。
「セーラ、こんな酷い扱いをした学院にそれなりの償いをしてもらうことも可能だ、カーマイケル君にお願いすればそれなりの形でミンチン院長に償いをさせることはできる。」
「セーラさん、君が受けた仕打ちは単なるメイド扱いではなく奴隷扱いだ。これは法律にも…」
「待ってください、私は院長先生や学院を恨んだりしていません。」
「…」
「でも学院には考えていることがあります。それを今からおじさまとカーマイケル弁護士に相談したいのですがよろしいでしょうか?」
「セーラ、何なりと言ってくれたまえ。あの院長に一泡吹かせることが出来るなら私は何だってするよ。すぐ隣にいたセーラに気付かなかったせめてもの償いだ。」
「実は院長先生のことなんですが…」
セーラがセーラなりの「学院への仕返し」を語り出した。話の思わぬ展開にクリスフォードとカーマイケルは顔を見合わせた。
 ミンチン院長は朝になっても起きてこなかった。アメリアが見に行くと一晩泣き続けたという顔をして疲れ果てている。こんな院長の姿を生徒達に見せるわけにはいかないとアメリアは姉に今日は休むように言って生徒達には院長先生は体調を崩したと説明した。ミンチン院長も珍しくその妹の勝手な行動を咎めず、逆に
「こんなんでは生徒の前に出られないわ、アメリア、ありがとう。」
と感謝するのであった。そう、ミンチンの心に「感謝」の気持ちが蘇っていたのである。
 そのアメリアはお姉様に言いたいことを言ってしまったせいかセーラを失った寂しさや、セーラが新たな幸せを掴んだ喜びや、ダイヤモンド鉱山の跡継ぎという宝を失った心の傷ももうどこかに吹っ飛んでいた。
 それだけではない、実はベッキーとアーメンガードとロッティが屋根裏で勝手にパーティを開いていたことを知っていた、ロッティが自室の前を通り過ぎたときにシーザーの声がしたために目を覚まし、こっそりついていってドアに耳を押し当てて部屋の中の様子を聞いていたのだ。しかしそれを咎めることも出来なかったし、本当は自分も一緒に参加したいほどの気持ちであったのだ。アメリアはセーラを気の毒に思っていたのにお姉様が怖くて何も言えなかった、しかし部屋の中の3人はお姉様に逆らうことになっても事あるごとにセーラを助けてきたのだ。そう思うと自分の情けなさに涙が出そうになったのだ。アメリアはその勇気と優しさへの褒美と、自分はセーラに何も出来なかったせめてもの償いとしてこのパーティを見過ごすことにしたのである。
 アメリアはとにかく学院を正常な方向にすることに必死になった。まだまだセーラに復讐されると決まったわけではない。いや、セーラが復讐などするわけがない。たとえお隣のご主人が復讐しろと言っても断るはず。学院の先生の一人として多くの子供達に真剣に接してきたアメリアにはそう断言できる自信があった。子供達より金銭的な損得勘定ばかりに興味が変わってしまったお姉様にはそこまで見抜けないだろうことも分かっていた。
 いつの日かセーラは何事もなかったかのようにこの学院に帰ってくる、そしてここで勉強の続きをさせてくれと言うに決まっているのだ。なぜならあのセーラがこの学院で出来た友達を放っておく訳がないのだ。さらに復讐などしたらその友人達も傷つけてしまう、セーラはそれに気付く賢い子であり、それを望むわけがない優しい子なのだ。だから私だけでもセーラをこの学院に迎え入れる準備をしなければならない。
 その日が来ればお姉様もセーラの優しさに気付き、自分本来の優しさを取り戻すだろう。それまでは復讐に怯えて震えていてもらいましょう、その方が効果覿面のはずだから、とアメリアは考えていたのである。

 クリスフォードとカーマイケルに「学院への仕返し」を話し、二人からそれについて惜しみない協力をするとの回答を得たセーラは、クリスフォード邸の居間から学院を見上げた。セーラは思った…私はここに帰らなければならない、辛く苦しい思いをした場所だからこそ帰って優しく支えてくれた人にはもちろん、私に辛く当たった人にも私がくじけなかったことを見せなければならない。そして全ての経験に感謝しなければならないのだと。
 セーラの居なくなった学院には様々な思いが交錯していた。その思いを包み込むように今日も雪が降り続くのだった。
 もうすぐクリスマスだ。

(46話に続く)
…私なりの「最終回の前にこんなストーリーがあったらなぁ…」である。それ以上でもそれ以下でもないが、アメリアがブチギレしてミンチンが大泣きしてから、セーラが学院に寄付を申し出るまでの間が数日間あると仮定してのストーリーを本放送時から妄想していた。
 このオリジナルストーリーにおける私の一番の思いは、「屋根裏のパーティ」を成功させてあげたかったこと。残念ながらそこにセーラはいないが、他の3人が心ゆくまで屋根裏でパーティできる話にしたつもりだ。
 それと最終回への設定がこんなだったはずという自分なりの妄想を加えてみたところである。洋服屋主人にお礼をいう場面もあるはずだと妄想していたので追加した。ラビニアだけでなく、ガートルードやジェシーにも心境の変化があったはずだとも考えていた。
 
 ベースは完全にアニメ版なので原作では無効、また小説版設定は使っていない。

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