私と東急世田谷線
これまでこのサイトでは、地方鉄道クラス以上の列車の模型ばかり紹介していて、軌道系の鉄道は取り上げていなかった。かといって私が軌道系の鉄道に興味がないわけではなく、若い頃は日本各地で路面電車や小型電車も追いかけていた。
その私の軌道系の鉄道の興味の原点は、今回取り上げる東急世田谷線の電車たちだ。
私が東急世田谷線に初めて乗ったのは、小学5年生の時の正月だったと記憶している。お年玉を握りしめ「近くの面白い電車に乗ってみよう」と当時の電車好きの友達と西武新宿線に乗って新宿へ、そして京王線に乗り換えて下高井戸へと向かったのだ。そして都電荒川線や江ノ電に続く軌道系の電車の旅を愉しんだのだ。
この時に世田谷線の電車で見られた、木造ニス塗りの車内などの「古めかしさ」に感動した。この頃は地元の西武鉄道では旧式の車体の電車はほぼ消えており、その前に経験した都電荒川線も車体が新しい7000系ばかりだったのであまり印象に残らなかったのが正直なところ。そして運転士が立ったまま電車を運転していることや、「連結2人のり」という独特の運賃授受方法、それに環七の若林踏切での信号待ちなどの特徴をみて驚いたものだ。
そして中学生になると、東急線方面へ行く際に世田谷線ルートを積極的に利用した。バスで吉祥寺へ出て、井の頭線と京王線を乗り継いで下高井戸へ、そして世田谷線を経由して三軒茶屋から新玉川線(懐かしい響きだなぁ)というルートを取ることで、わざわざ世田谷線の旅を愉しんだのだ。その都度乗った緑色の電車は私の記憶に深く刻み込まれ、全国へと旅行して歩くようになった時に各地の路面電車などに立ち寄るきっかけとなったのは言うまでもない。
今回はその1980年代初頭の東急世田谷線の電車を紹介しよう。 |