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 先頭車の順序を変えて「宗谷」にしてみた。キハ400に似合うのはやっぱりこのヘッドマークだ。

 私にとっていろんな思い出があるのは、「宗谷」なのだ。
 これがこの模型での「サロベツ」「宗谷」の編成。手前が札幌方、奥が稚内方。
 稚内方のキハ400とキハ480はユニットを組み、札幌方のキハ400は名寄で切り離しというのが基本パターン。
 キハ400+キハ480のユニットが札幌方に付き、キハ480が名寄でユニット解消の上で切り離されるケースもあった。
 この運転台が沢山ある編成が、キハ400系の宗谷本線急行列車らしくて好きなんです。
 4両編成で運転台が7つ。キハ400だけの4両編成となれば運転台が8つになる。
 この編成の真ん中にスハネフ14を連結すれば、「利尻」編成になるわけだ。
 この編成を組んで走らせて、「これですよ、これ」って独りで盛り上がった。
 最近のトミックスは、私のツボにはまる商品が続くので、嬉しいような怖いような…。
 札幌方から「宗谷」を見る。
 このトミックスのキハ400で一つ残念なのは、前面のタイフォンの塗り分けがされていないこと。
 まぁあの細かいパーツを塗り分けるのは無理があるから仕方ないか。
 もちろん「宗谷」にも増結車のキハ56を連結した。先ほどの「利尻」増結時と向きを逆にすれば、「宗谷」のヘッドマークが着いているというかたちとした。
 このキハ56に着いている「宗谷」のヘッドマークだけは、今回のトミックスのセットに付属していたものではない。
 グリーンマックスが1990年頃に販売していた「スペシャルステッカー」に付録していたものだ。。
 この増結車は国鉄時代の急行の雰囲気を最後まで残していたと思う。
 私は「利尻」で何度かこの増結車を利用した。
 今回のキハ400系と一緒に、グリーンマックスのキハ54系「礼文」を走らせてみた。
 もう私の青春時代の宗谷本線を思い出して、涙が出たよ。
 この2列車が複線区間ですれ違うことはなかったはずだから、すれ違いシーンは駅でやるべきだったね。
 「礼文」もとてもなつかしい。これに乗るとほぼ必ず、最前部で「かぶりつき」だったね。
 こんな宗谷本線の急行列車たちも、もう引退してから四半世紀以上の月日が流れてしまいました。
 キハ400系とキハ40系を並べて見た。1988年にキハ40をパワーアップ改造して生まれたのがキハ400系。
 トミックスから北海道仕様のキハ40が出たときに「いつかキハ400も出してくれるはず」と思って…何年待ったっけ?
 やっぱりキハ40系はこっち側から見るのが迫力があって良い。
 我が家のキハ40は、国鉄分割民営からワンマン化改造までの時代で再現している。
 最後にもう一度製品通りの「利尻」編成に組み直してみた。そしてスハネフ14を流し撮りした。

 「利尻」のスハネフは一度だけ利用した。1999年だったかの冬の北海道旅行で、下り「利尻」で寝台利用した。確か「いい夫婦の日切符」があった頃で、当時の妻と2人で寝台使いまくりの北海道旅行をした記憶がある。

 というわけで、今回購入したトミックスのキハ400系急行「利尻」を紹介した。
 ちょっとした工夫で「利尻」だけでなく、製品の時代設定の少し前の宗谷本線各急行列車を再現できるようにしたことで、楽しみの幅が広がったと自負している。
 ちなみにこれまで保有していたマイクロエースのキハ400系も引き続き所有し続ける予定である。こちらは時代設定が1988年〜1989年なので、今回のトミックスのものとは重ならない。ただ今回、トミックスのセットの車号はこのマイクロエースのものとダブらないようにしてある。
 最北へ向かうかつての列車を思い出すために、大事に所有していきたいと思う。

2026年8月8日追記はこちら
(ブログに記載です)

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