300系メモリアル

 300系引退を半年後に控えた2011年秋、新横浜〜小田原間で300系を撮り鉄。300系の撮り鉄はこれが最後になってしまった。
 この場所は下り列車このような大迫力で捕らえることができる。一度300系をここで撮影したいと思っていた場所だ。そしてこの通り、迫力のある300系の写真を残すことができた。
 陽の差し込み加減から300系量産車の流線形状の特徴がよくわかる。
 上記の「撮り鉄」のあと、小田原駅へ足を運んだ。すると300系「ひかり」と「こだま」のすれ違いが目の前で演じられていた。
 こんなすれ違いシーンは、やはりN700系登場の頃まではよく見られたのだが、この時期には1日に1度であった。
 こんな300系の「現役」を強調するシーンが、今は懐かしくてたまらない。
 上記のすれ違いの直後、今度は300系の「ひかり」が小田原駅を通過してゆく。
 この頃は晴天が続いた影響もあり、300系は砂塵を巻き上げて豪快に通過していった。
 最終列車についても、こんな迫力のある写真を撮るべく計画していたのだが…。
 その「ひかり」通過を待っていたのも300系、引退半年前にこんな短時間に300系が沢山通る時間があったのだ。
 この翌月には、このうちの2本が700系化され、この光景は見られなくなっている。
 上記の至福のタイムから数十分、また「こだま」として300系がやってきた。こんな真っ正面のシーンで迎え撃つ。流線型が美しい。
 上写真の直後、今度は下り「こだま」として300系が来る。この頃の小田原駅では、午前中は300系の本数は少ないが、午後の14〜15時台は300系が多くやってくるダイヤだった。
 入線してきた300系の先頭部をクローズーアップしてみる。
 これはJR西日本のF編成、外観上の違いは車号の横の小さなJRマークの色と、台車の上の縦に長い四角形の穴だ。
 300系の流線型を真横から、今回「リニア・鉄道館」でも真横から見たが、ホーム目線では営業時しか見られなかった。
 この空気を切り裂く前頭部は、何度見ても良いね。
 そして最後に撮ったのは、小田原駅を通過してゆく下り「ひかり」。運転席のフロントガラスに架線柱の影が掛かってしまったのが難点。
 新幹線らしい400メートルの車体が全部写るカットで撮れたのはとても良かったと思う。
 こんな美しい車両が、我々の前から姿を消したのが惜しくてならない。

 300系量産車は、私に様々な思い出を残して、人々の前から姿を消してしまう。
 今は300系より早くて快適な新幹線車両が東海道を席巻しており、300系の時代より実用上では良い時代になった。
 だからこそ今の時代、300系が懐かしく感じるのだと思う。よく揺れる高速列車らしい乗り心地は、90年代初頭という時代における「がんばった」感が伝わってきた。その走りも「余裕がある」というより「頑張っている」感があり、今から見るとすっかり「前時代的」な車両になってしまった。
 300系は新車だった頃から引退までの流れで、そんな「時代の流れ」を私に教えてくれた。鉄道技術の進展、それによる速度や利便性の向上…いつしか300系がこれに乗り遅れていたのだ。
 この300系量産車の生き様こそ、新幹線技術そのものを語っていると思うのは私だけだろうか?
 だからこそ、博物館に置いておいて欲しいと思うのは、私だけだろうか?
 個人的に好きだから、という理由だけでなく、このような面からも300系量産車は貴重だと思う。そんな車両を博物館の展示から撤去するだけでなく、解体という決断を下したJR東海には再考をお願いしたい。非公開でも良いから、どこかに置いておいて欲しい。
 これが今回、私が強く感じたことだ。

 最後に、私に様々な「時間」を与えてくれた300系量産車に、心からの御礼を申し上げてこのコーナーを終わりたい。
 
J21に変わって「リニア・鉄道館」のあの場所に展示されるのは、C1編成の先頭車。
この車両が末永く保存されることを祈ってやまない。

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