JR西日本500系「のぞみ」惜別記事


 「美しいものは速い」…これはかつて鉄道車両の先頭部設計に航空機研究で用いられている「風洞実験」を用いて小田急3000系SE車や新幹線0系の先頭部を設計した鉄道技術者、三木忠直氏(1909年〜2005年)の美学である。
 滑らかな曲線で構成された流線型は、乗り物の種類を問わずに見た目のイメージ通り空気を切り裂く効果がある。だからこそ美しい流線型で構成された高速の乗り物はどれも美しい。そしてその流線型の美しさは時代と共に洗練されてきた。

 1997年、当時の営業列車における世界最高速度を目指す新幹線車両として登場したのがJR西日本500系であった。この車両は「速く走る」とことに特化して設計された。営業列車である以上は環境基準もクリアせねばならず、車体軽量化技術や動力装置、パンタグラフまでも他の車両には見られない当時の最新の技術が取り入れられた。そしてその先頭形状はまさに「美しいものは速い」という言葉を裏付けるような鋭い先頭形状と戦闘機のコックピットのような運転席をまわりを持ち、人々を「あっ」と言わせる美しさとカッコよさを兼ね備えていた。

 子供の頃に読んだ図鑑に「21世紀はこうなる」と未来の街並みや乗り物の想像図が描かれていたが、500系はそんな世界から出てきた夢のようなデザインの電車だった。そのスタイルを裏切ることなく最高速度300km/hとフランスの新幹線「TGV」から「世界最速列車」の座を奪還し(最高速度は同じだったが平均速度で勝った)、いつしか庶民の生活にすっかり溶け込んでいた「新幹線」がまた「夢の超特急」というイメージを取り戻すことになる。
 鉄道趣味においても当時はまだ「新幹線を追っかけてる」と言えば「変わり者」と言われた時代であったが、500系の登場はそういう空気を吹き飛ばしてくれた。鉄道趣味においても新幹線を追いかけることが普通になり、休日にもなれば新幹線の駅や撮影地でカメラを構える人の数が増えたのはこの500系の功績のひとつである。それだけではなく新幹線や新型車両にあまり興味を示していなかった年配の鉄道好きにもこの500系は受け入れられ、新幹線を追いかける人の年齢層も上がった。0系引退時に0系が一大ブームの様相を呈したのも、その前に500系という存在が新幹線という世界に人を引き込んだからであることは間違いない。
 もちろん鉄道趣味人に対してだけではない。500系は多くの子供達に夢を与えただけではなく、そのデザインと高速性能による実用性は特に鉄道に興味があるわけではない人たちをも魅了した。

 もちろん私も500系は大好きな車両の一つだ。確かに車内は狭いし乗るときに気を付けないとデッキで頭を打ちそうになるが、そんなマイナス面をも吹き飛ばしてくれるカッコよさを持っている。乗ればその激走に引きずり込まれ、窓の外から目が離せられない。
 私が500系に最初に乗ったのは1998年3月、仕事で東京から福岡へ向かった時だ。新大阪から六甲トンネルを過ぎると既に従来の「のぞみ」で体験済みの270km/h以上の走りをしていたのに、姫路駅が近付いた頃にさらに加速して300km/hを出したときはその速さに感動した。窓の外を見て「はっえー」と呟いた記憶がある。その後も数年間は仕事で福岡に行く機会が多かったのでその時は積極的に500系を選んだ。500系にかなりの回数乗っているが、その大半が東京〜博多間の通し乗車だ。最後に乗ったのは2006年秋の仕事で行った四国の帰りで、以後は新幹線に乗るときは300系の「のぞみ」運用を狙うようになったので500系には乗っていない。
 私は500系のことを勝手に「青い彗星」と名付けていた。その空気を切り裂く先頭形状はシンプルで、その後空力性の研究が進むにつれて形状が複雑になる前最後の新幹線先頭部である。先端は鋭く直線的でその形がいつか見た「ハレー彗星」の写真にソックリで、走る姿は尾を引くほうき星のように感じたからだ(もちろん「機動戦士ガンダム」の登場人物であるシャア・アズナブルのあだ名「赤い彗星」もじりもあるが)。この「青い彗星」というネーミングは私が勝手に付けたもので、一部のファンが使用しているあだ名でもJRの公式な愛称ではないことを明記しておこう。

 N700系が登場してJR西日本も導入するようになると、それまで500系で運用されていた「のぞみ」が徐々にN700系に置き換えられるようになった。500系は既に登場から10年以上が経ち、もう車両更新の時期になっていたのである。そこでJR西日本は500系の更新と同時に「こだま」への格下げを行い、西日本区間の「こだま」スピードアップに500系を使うこととなった。そして日に日に500系は「のぞみ」の運用を減らしてゆき、いつしか「のぞみ」として東京駅に乗り入れる500系定期列車は1往復のみとなってしまった。そしてその最後の1往復が、2010年2月いっぱいでN700系に置き換えられるというニュースが入っていた。
 私は500系を追いかけに行かねばと思いつつも忙しさで後手に回ってしまい、遂に最終日になってしまった。ここで慌てて最後の500系「のぞみ」の雄姿を追いかけたので、この場でリポートしたい。

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