2015年3月21日 西武鉄道新宿線 東村山駅付近3

 昼食後にやってきたのは、なんだかんだいって二つ目の撮影地から見えた跨線橋の足下。ついてみると私より年上の方が既に三脚を構えてイベント列車の到来を待っており、私に気軽に声を掛けてきてくれた。さらに近所に住むおばさんを交えていろいろ話をしつつ、練習撮影をしながら列車を待った。
 カメラを構えて最初にやってきたのは、未使用運行幕部分が白い2025編成、やっぱり旧2000系はこれでなきゃという顔をしているのが嬉しい。
 撮影は国分寺線上り列車に限定した。続いてきたのはこの日の1本だけあった旧2000系2連+新2000系4連での6両編成。実はこの運用だけ車番を確認していない。
 前パンはいいけど、やはりシングルアームパンタでは迫力半減だ、というのは先着の方と意気投合した意見である。
 もう1本の国分寺線運用車は、新2000系の2045編成(旧2055編成)だ。ギリギリまでシャッター押すのを我慢したら、こんな迫力のある写真に。新2000系も捨てたもんじゃない、と誰かに言わせたい写真になった。
 2025編成が一度国分寺まで帰ってきた。つまりそれだけ早い時間からここで粘っていたってことです。
 こちらも先の2045編成と同じようにやろうとしたけど、ちょっと我慢が足りなかった。
 こっちは我慢できず、3枚前と全く同じ写真になっちゃった。間違い探しをしてみてください、ちゃんと違う写真ですから。
 そして、本番とも言えるレッドアロークラシックも、2045編成を撮影したときのような迫力を狙って我慢してみた。なんとか我慢できたと自画自賛しているのがこの写真だ。
 これで国分寺線を走るレッドアローの写真はOK!ということにしていいね。
 後撃ちは縦構図で狙ってみた。新青梅街道をオーバークロスする築堤へと駆け上がるレッドアローというのは、なんだか信じられない光景だ。小江戸号は新青梅街道の下をくぐってしまうからね。
 しかしこの撮影地、レッドアロークラシック通過直前になって突然人数が増えたので驚いた。私を含めて5人になっていて、うち後着の3人は跨線橋の階段に並んで撮影という凄い光景だった。
 ここでの撮影を終えると、また西武園線の撮影地へ向かって走る。今の撮影地で私より先に来ていた人は、挨拶すると自転車にまたがって走り去っていった。
 次に目指したのは東村山市内の通称「八国山通り」の踏切である。ここは下り列車は前ページ2箇所目のカーブの続きで、R-300の迫力のある写真が撮れるはずだ。東村山駅前から八国山通りに入り、小さな川沿いに走って踏切に到着してみると、たったいま跨線橋の足下で一緒に撮影していた方が、自転車で先について撮影の準備をしていた。また色々と話をしながら、国分寺へ向かったレッドアロークラシックが戻ってくるのを待つ。
 ここも練習写真はほぼ非公開で省略させて頂きます。理由は同じ車両の写真を何枚も続けても読者の方が飽きるだけだから。西武園線を往来しているのは、相変わらず2529編成です。
 ここで撮影していると、通りすがりの人に「変わった電車が来るんですか?」と何回も聞かれた(犬の散歩のおばさんや、小さい子連れのお母さんなど)、そしてそのほぼ全員が、その場でレッドアロークラシックを見送るという賑やかな展開となった。
 練習はほとんど飛ばして、いきなり本命写真。
 あと0.1秒我慢すれば完璧な写真だったのに…と思う。ちょうど最後尾が架線柱に隠れて不自然な写真になってしまった。
 でも人に見せられない写真ではない。
 後撃ちを2枚、1枚目はいい感じに決まったと思う。このストレートの特徴が上手く出ている写真だ
 ストレートでは「ほんのちょっと斜め」のこういう写真が好きだ。
 2枚目、ちょっと遠く感じるけど上野の写真とセットという考えで見れば「遠ざかる列車」という雰囲気は出ているだろう。
 こうして西武園線での撮影を終え、私は今日の撮影で初めて東村山駅周辺を離れることにした。もうこれ以上この周辺にいても、同じ写真しか撮れないと判断したためである。
 跨線橋から一緒に撮影していた方は、自転車にまたがって西武園駅方面へと走り去っていった。私は東村山駅へ向かい、さらに所沢駅へと進路を向けた。
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