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・「クレヨンしんちゃん(劇場版) 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」総評
・物語
全編で90分の映画だが、展開は3つに分けられると考えて良いだろう。ひとつは物語の始まりからひろしやみさえなど大人達が「イエスタディ・ワンス・モア」に連れ去られるまで、次がそこから「かすかべ防衛隊」メンバーがようち園バスで「20世紀博」に乗り込むまで、次は残りである。
前者の展開は「出来事」が起きる過程である。特に物語冒頭でいきなりなんの解説もなく、既定の「クレヨンしんちゃん」路線から外れてこの映画設定の「本編」とも言えるシーンに突入しているのは驚きだった。この冒頭部分の展開は見る者に「何が起きているのか?」と混乱させる要素である(現代の幼児であるはずのしんのすけが大阪万博会場にいる不自然さなど)が、みさえが画面に出ている「大阪万博」についてキチンと説明するだけで物語を一方的に進めてしまうという展開は面白かった。それだけでなくこの導入部分は謎を次から次へと提示し、その謎がひとつ解けると次の謎が現れるというテンポの良い展開で進み、最後には視聴者を不安のどん底に突き落とすという推理小説的要素が強くて面白い。同時にここでは「未来」という物語のテーマに絶対必要な「過去」というものが提示され、「過去を懐かしむ」という体験を見ている大人達に体験させることで、画面の外の視聴者に対しても劇中と同じ「大人と子供を切り離す」という状況にしてしまう。
中者は導入部分をうけて「かすかべ防衛隊」を中心とした「イエスタディ・ワンス・モア」との戦いが描かれる。導入部分の出来事に続き、町に残された彼らがひとつひとつ問題を解決しながら大きな敵に立ち向かうという展開だ。ここでは「クレヨンしんちゃん」ならではのギャグも多く描かれ、テンポだけでなくてノリも大変良く、「クレヨンしんちゃん」らしさが最も強い部分とも言えよう。導入部分にあったような謎解き要素はすっかり影を潜め、子供達が面白おかしく現状に立ち向かう展開に変わってしまい、最初の方と同じ映画とは思えないほどの大転換を見せる。ここでは「かすかべ防衛隊」の一人一人やひまわりやシロにも「見せ場」が用意され、それぞれのキャラの個性を強く活かしているのも特徴だ。また昔の車が精密に描かれているメカニック要素、派手なカーアクションなどのアクションシーンなど迫力のある画面も多く、この部分がこの映画を最も盛り上げているのは確かだろう。
後者は野原一家と「イエスタディ・ワンス・モア」の戦いへと切り替わり、物語のクライマックスであって視聴者に訴えたい部分が最も強く描かれるシーンだ。しんのすけがひろしの洗脳を解くシーンでは、ひろしの半生を効果的に描くことで「家族の絆」「人間の成長」を強く印象付け、一家でケンの野望を阻止すべく走り最後はしんのすけが勝利を勝ち取る場面においては家族の絆だけではなく「未来」という大きなテーマを視聴者に訴える。ここでも一家の戦いをテンポ良く描くが、そのテンポの良さを鉄骨上の戦いシーンでは遮ってギャグを多用することで「クレヨンしんちゃん」らしさを消さないように作られた。そして決闘シーンは暴力的な戦いではなく、しんのすけがただ走るという行為のみで描かれたのは秀逸である。
物語を3つに分割したとは言え、この3つは明確な区切りはあるもののその間で物語が止めるようなことはなく、テンポ良く物語が流れている感じがする。その中でも「スナックカスカビアン」のシーンや、「サトーココノカドー」で朝を迎えたシーン、鉄骨上での戦いシーンなどはそのテンポの良さを遮る事になるが、ギャグをしっかりと演じて視聴者を退屈させない作りになっているのは感心する。
そして上映時間の90分という時間を長く感じさせず、短くも感じさせずうまくまとめていると感じた。
この3つの分け方は劇場版「クレヨンしんちゃん」では最も基本的なフォーマットになっているようだ。最初の1/3で「事件」が起こり、次の1/3では「かすかべ防衛隊」のメンバーと敵を追い詰め、残りの1/3で野原一家と敵の親玉が直接対決をするというのは王道的な展開のようで、現時点での最新作「オタケベ!カスカベ野生王国」も基本的にこのフォーマットで物語が展開している。
そしてテーマをキチンと示した上で、感動シーンも無理に感動させるのでなく「クレヨンしんちゃん」が持つ様々な要素を上手く活用して感動シーンを作っているのは感心すべき点である。実はこの辺りは「ドラえもん」の劇場版作品に通ずるところがある。普段通りのキャラクターが普段通りに演じ、それぞれが自分の中に持つ思いや気持ちに裏打ちされた行動の範囲で上手く感動させているから白けることがないのだ(ただ「ドラえもん」も2008年の作品は、環境問題とかを持ち出し登場人物に普段持っている思い以上の言動をさせてしまい、無理矢理感動を作ったので白けてしまったが)。
その思いや気持ちこそが普段のテレビアニメや原作漫画に描かれている、ありきたりの野原一家の幸せであり、それを守りたいと必死になっている家族の姿なのだ。普段の「クレヨンしんちゃん」ではこの家族の幸せを特に主張することなく描いているが、劇場版では一家が危機に陥る展開を通じ、それによって一家が団結して家族の幸せ絆を強調する。それに今作品では「未来」と「過去」という付加的なテーマを加えメッセージ性を強化し、一家の戦いは普段のテレビアニメにない「冒険活劇」として完成度を強めることで、劇場版「クレヨンしんちゃん」は普段の「クレヨンしんちゃん」との差別化に成功したと思われる(これは「ドラえもん」と共通点)。この作品の映画が毎年作られ、しかもそこそこのヒット作となっている理由はまさにその辺りだろう。
そしてその一家に危機が訪れる理由は、この作品では大人達が「昔を懐かしむ」という普遍的な行動とされた。ここには「過去」は過ぎ去ったもので、それを懐かしんでいるだけでは楽しい未来はないというメッセージを大人達に伝えていると思う。また映画制作時にあった昭和ブームに対する皮肉を込めたとも考えられるだろう(ちなみに劇場版「クレヨンしんちゃん」では当時のブームや問題を取り入れることは少ないが、現時点での最新作「オタケベ!カスカベ野生王国」では環境問題に対する皮肉が込められている)。同時に子供達の未来は無限に大きく、例え現在の世の中がどんなに酷くでもその事実は変わらないという、古今東西他のアニメが伝え忘れていることをしっかり示唆している点が素晴らしい点であることは否定できない。
当サイトでは当初からこの作品の考察を行う予定だった、実は2010年夏に「クレヨンしんちゃん」が20周年を迎えるのを機に取り上げる予定でいたのだ。だが作者である臼井儀人さんが亡くなるという悲しい出来事をきっかけに、追悼企画として予定を繰り上げて連載させて戴いた。次回「クレヨンしんちゃん」を取り上げるのは上記の通り8月〜9月頃と考えている、「クレヨンしんちゃん」20周年と臼井儀人さん一回忌企画としてまた劇場版のどれかを取り上げる予定だ。
・登場人物
「クレヨンしんちゃん」に出てくるキャラクターは、どれも個性的で独特なキャラクターが多い。その中でも今作品独特のものを拾ってみよう。
しんのすけはいつものしんのすけだが、ひろしとみさえは物語前半で「20世紀を懐かしむ」キャラクターをうまく演じたと思う。目の前に突然現れた懐かしい物に夢中になり、まるで子供みたいにはしゃぐ様はいつものひろしやみさえと一線を画するものであっただろう。名台詞や名場面には挙がらなかったものの、これによって人が変わってしまいしんのすけに辛く当たるようち園の先生方の演技も、普段とまるで違って印象に残った。
「かすかべ防衛隊」の面々は劇場版になると特にそのキャラクター性が強くなる。特に面白かったのが「スナックカスカビアン」のシーンと、全員が交代でバスを運転するシーンだ。どちらもそれぞれの特徴を存分に活かして面白いギャグとなっているが、これは間違いなく原作者の臼井儀人さんがそれぞれに付けた性格の賜であろう。いつも気弱なマサオはバスの運転というシーンにおいて「ハンドルを握ると性格が変わる」という変身ギャグを見事に演じ、ネネは「スナックカスカビアン」のママを上手く演じたと思う。
悪役であるケンとチャコは、恐らくケンちゃんシリーズから取った名前であろう。二人は常に冷静というか、常に「寂しそうに」会話するという演技で「謎の人」という雰囲気をうまく醸し出した。チャコはあまりギャグをやらなかったが、ケンは「頭に来た」を「鶏冠に来た」と言ってみたり、愛車の2000GTを傷つけられたときには大袈裟な反応をしつつも呆然と立ち尽くして一瞬で空気を変えるなど、ちょっと変わった演技もしている。また愛車がしんのすけの小便シャワーを浴びるなど、身体を張っての演技もあって印象に残る敵役の一人となった。
最後に名台詞欄一覧である。劇場版なので話数ベースには出来ないが、しんのすけの圧倒的な名台詞欄登場回数は、まさに彼が主役として物語を牽引している証であると思っていいだろう。2位はひろしとケンというのはかなり意外、野原一家でみさえだけは名台詞欄に出てこなかった(次点はあり)。風間君以下は1回のみの登場で、喃語しかしゃべらないひまわりまで当欄に登場したのは自分でも驚いた。
名台詞登場頻度 |
順位 |
名前 |
回数 |
コメント |
1 |
しんのすけ |
8 |
やはり主人公、圧倒的なパワーで物語を牽引し嵐を呼んでいる。タワー展望台で彼が吐いた名台詞はこの物語の根幹を成す重要な台詞であり、ギャグのために生まれてきたようなしんのすけにあのような他のアニメには見られない深い台詞を吐かせた制作陣は凄い。それと立ちション時の台詞も良かった。 |
2 |
ひろし |
3 |
主人公の父親という役もあってやはり印象に残る台詞は多い。その中でも「過去」よりも「家族との未来」を取ると断言した、ケンに向かっての台詞は短いながらも強く印象に残った。状況はどうあれ、迷うことなく純真にあの台詞を吐ける父親に私はなりたい。 |
ケン |
3 |
今作品の「悪役」とあって、やはり「悪役」として物語を盛り上げる台詞に恵まれていた。ただ印象に残っているのは「最近、走ってないな」のあの一言、あれは結局何を意味していたんだろう? |
4 |
風間 |
1 |
「かすかべ防衛隊」のリーダー格だが、思ったより名台詞に恵まれなかった。だが彼が吐いた唯一の名台詞は、劇中で明らかに「何か」が起きている事を告げると共に、「懐かしい」というものを子供達に考えさせる力はあったと思う。 |
チャコ |
1 |
ケンと共に「イエスタディ・ワンス・モア」を率いていた美しい女性だが、元々無口なせいかやはり名台詞に恵まれず。その1回もケンと二人で1つの台詞を作っていた。冷徹なようだが「同棲時代」のシーンでは意外な面を見せてくれたのが印象的。 |
ボーちゃん |
1 |
「かすかべ防衛隊」の中で最も無口な彼も、好印象の台詞を吐いている。それはこの映画のタイトルの意味をしんのすけと共に示唆する内容だった。 |
ひまわり |
1 |
たいの! |
マサオ |
1 |
バスを運転したときのマサオ様、すごかったでございますぅ(「小公女セーラ」のベッキーの声で読もう)。 |
ネネ |
1 |
本文で語った通り、風間君と絶妙な間でギャグを演じてくれた。 |
・おまけ
・「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」予告編について
実はこの映画、本考察を連載している間にテレビ放映されるという偶然が重なった。この考察を見て本映画に興味を持ち、テレビ放映を見てくれた方が一人でもいたならば、この考察を書いた甲斐があるってもんだ。
ただしテレビ放映では放映時間が80分程度となっていた(その上にCMも流さねばならない)ので、細かいシーンがカットされている。オープニングテーマもカットされ、オープニングスタッフロールは冒頭の大阪万博シーンで流され、エンディングもカットされてメインのスタッフロールはラストの野原一家が帰宅するシーンに流される処置がとられた。カットされたシーンについてはここでは敢えて語らないことにする、このテレビ放映のみしか見ていないという方で、どうしても気になる方は是非ともDVDを買うか借りるかなりして、多少なりとも臼井儀人さんの作品の売り上げに貢献して戴きたい。
またDVDには面白いおまけが付いている。それは映画封切り前に映画館やテレビで流された「予告編」だ。劇場版「クレヨンしんちゃん」についてこのサイトで初めて知った方などは「たかが予告編」と思うかも知れないが、実は「クレヨンしんちゃん」の場合は「されど予告編」なのである。
実写・アニメ問わず、多くの映画の予告編が実際に上映される映像を切り継いで作ったり、撮影されたものの使われなかった映像を流してみたりという物が多い。テレビアニメやテレビドラマが映画化される場合などは、テレビ放映用のシーンを映画予告編に使い回すという手抜きも散見される。
だが「クレヨンしんちゃん」はこの「予告編」をしっかり作り込んでいる、何が凄いかというと予告編のために新しく映像を描いているのだ。また今回考察した「嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲」とは別作品の話だが、映画本編にはないストーリーで作品予告をしている物まであるという。
特に予告編ではギャグを強烈にすることと、物語のイメージを短時間で的確に伝えたいという意図で新しい映像を起こしていると推察される。本作品の予告編では物語最高のアクションシーンとなるようち園バスによるカーアクションシーンが印象的に出てくるが、この映像の殆どが本編には出てこない新規の作画によるものだ。これがさらに短い「映画特報」になると、視聴者が思わず微笑んでしまうような短く強烈なギャグをしんのすけが演じてくれる。
それだけでなく、予告編では「大人と子供の戦い」という要素を前面に押し出し、この戦いシーンは本編では全く考えられないシーン(大人達が忍者に変装して手裏剣を投げたり、子供達が「21せーき」と描かれた旗を立てて対抗するシーン)等が追加され映画のキャッチフレーズ「21世紀はオラが守る」を本編以上に誇張し、まだ見ぬ映画への期待感を盛り上げる素晴らしいものとなっている。
私はこの予告編を見るだけでも数千円出してDVDを買う価値があると思う。これらは映画本編とはまた別の、「クレヨンしんちゃん」の1作品なのだ。今後劇場版「クレヨンしんちゃん」を当サイトで取り上げることがあった場合、予告編についても「おまけ」という形で考察してみたいと思う。
・注意
当考察では、一部の表現を臼井儀人作品の世界観に合わせるべく独特の言葉遣いを使用した。
例えばしんのすけの台詞の語尾をカタカナの「ゾ」にする(原作表記に従ったがアニメ公式設定も同様、ただし日本語の使い方としてはどうかと思う)、しんのすけが両親を呼ぶときの表記を漢字と平仮名で「父ちゃん・母ちゃん」とする(アニメ公式では「とーちゃん・かーちゃん」らしいがここは原作設定に従った)、「幼稚園」を漢字ではなく「ようち園」と表記する(原作ではほぼこの表記に統一されている)等。
なお今回名称が出てくることはなかったが、しんのすけが通う幼稚園名やひろしが勤務する会社名は、今後「クレヨンしんちゃん」を取り上げる場合にはアニメの設定に従いそれぞれ「ふたば幼稚園」「双葉商事」に統一するつもりである(原作では「アクションようち園」「アクション商事」)。
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