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・「クレヨンしんちゃん(劇場版) アクション仮面VSハイグレ魔王」総評

・物語
 物語は大きく3編に分けられる。最初は「アクション仮面」収録中に起きた事故を発端とするアクション仮面側の物語と、いつも通りの「クレヨンしんちゃん」である野原家やふたばようち園の面々の日常生活が並行して進む展開だ。ここではいつもの「クレヨンしんちゃん」を演じる事で視聴者に安心感を与えると共に、彼ら名平穏な生活をしている裏で事件が発生してそれが大きくなるという緊張感を上手く漂わせて視聴者を物語に引き込むという構成になっている。だからこの部分では徹底して野原家やふたばようち園の面々はいつものキャラで、いつも通りを演じる。
 そこにアクション仮面サイドが少しずつ近付くが、この近づき方に慌てた展開がなく、彼らがいつものアクション仮面とは違う演技をしていても全く不自然がないように仕上がっている。同時にここでは悪役であるハイグレ魔王の登場は必要最小限に抑え、物語を分かり易くすると共にその必要最小限で出てきた悪に不気味な要素を付け加えることにも成功していると言えるだろう。

 次の部分は戦いへの導入部、原作漫画版での始まりである野原一家が海へ出かけるシーンからがこの展開となるだろう。ここで野原一家は明確にアクション仮面サイドに取り込まれ、これまでとは違う物語が進行し始めているのは見ていれば簡単に理解できることだろう。そしてアクション仮面とハイグレ魔王の戦いに巻き込まれると同時に、悪役が明確な形で姿を現して戦いの序盤戦にも食い込んで行く。だがここではまだハイグレ魔王の正体は明らかにならない、彼はギリギリのところまで仮面で顔を隠して「謎の悪役」として君臨するのは物語を盛り上げる重要な要素だと思う。
 最初の日常生活の部分に時間を掛けていたこともあり、野原一家が海辺で異世界に飛ばされた後で急に展開が早くなるので、このテンポの違いに乗れるかどうかがこの映画を「面白い」と感じるかどうかの大きなポイントであるだろう。最初の部分でなかなか進まなかった物語は、いざ野原一家がアクション仮面サイドに取り込まれると急にテンポ良く進むのだ。
 そして一家がようち園の仲間達と共に北春日部博士の基地に着き、壊滅状態に陥るまでがこの部分と見て良いだろう。

 最後の部分はしんのすけとハイグレ魔王一味との直接対決である。前の部分でテンポ良く「日常生活」を主にした展開から、「スリルと冒険」系の物語に切り替わり、そのノリのまま主人公と悪役を直接戦わせるという手法を取った。ハラマキレディースとの戦いとTバック男爵との戦いは個別に描き、主人公が敵を一人一人倒すという展開は見ていて飽きが来ないので痛快だ。その中で主人公と敵が分かり合う要素があるかと思えば、いつも通りの「クレヨンしんちゃん」らしいギャグを入れることも忘れず、物語は「クレヨンしんちゃんらしさ」と普段のそれにない「スリルと冒険」という相反する要素を上手く取り合わせて進む。
 そして主人公が悪の手下を全て倒したところで、満を持しての悪役親玉との戦いになる。ここでハイグレ魔王が「オカマ」という初めて設定を明確にする点はこの映画きっての笑いどころだろう。そして悪の親玉に対決するアクション仮面に登場させ、二人の戦いを面白さと迫力をうまく織り交ぜて描き、最後はアクション仮面としんのすけが共同で悪を倒すという上手い決着の付け方とした点は『子供向け劇場版アニメ』として最良の展開であっただろう。

 全体を通じて見ると、前半はのんびりと物語を進行させて後半で一気にまくし立てるような感じだ。上記の3段階はほぼ均等に割り振られているので物語の進行速度に波はないはずなのだが、最初の日常生活のパートが少々長く感じる。これは最初の劇場版と言うことで制作側が舞い上がったからなのかどうかは知らないが、「普段のクレヨンしんちゃん」の要素を多く詰め込んだ点が理由だと思う。だがこのつくりは「記念すべき最初の劇場版作品」ということを考慮し、この1作限りで終わる可能性まで視野に入れれば制作側が色んな事をやりたくなるのは理解すべきだと思うし、またそのつくりの中でテンポを失っていないことから批判すべきところでもないだろう。むしろその後の展開が早すぎるという見方もあるかも知れない。
 そして約90分の上映時間で普段のテレビアニメ版と明確な差別点を付けることに成功してるのは確かで、その内容は本文で考察した通りだ。本作には原作漫画やテレビアニメとは違う「クレヨンしんちゃん」を、原作のノリを活かしたままで原作とは違う長編にすると言う実験作品でもあったはずで、この実験が上手く行ったことで「クレヨンしんちゃん」の映画が毎年制作されるだけでなく、テレビスペシャル版で似たようなフォーマットの長編作品が生まれ、さらには原作でも普段の設定から外れて使い捨て設定によってスリルや冒険を描く作品が出てきたきっかけとなった。

 「クレヨンしんちゃん」において様々な試みをしてみて、その世界観が様々な方向に広がるきっかけを、この作品が創り出したのだ。だからこの映画は「クレヨンしんちゃん」の世界的大ヒットへのひとつの重要なステップとなった偉大な作品なのは確かだ。

・登場人物
 今作品では上映時期もあり、初期の「クレヨンしんちゃん」のキャラ設定で進んでいる。ただしんのすけの友人の風間だけは初期の頃に最初期の設定が消されて現在のキャラに近いところまで出来上がっているのでここは例外だろう。この頃はマサオは泣き虫とコレクターとしての要素が強く(て他に取り柄がない)、ネネは良くも悪くも普通の女の子に近くて現在のキャラ設定に見られるような「棘」がないし、ボーちゃんは無口で存在感が現在と違う意味で無いという状況だ。
 ただこの映画の頃には、野原一家のキャラクター性はほぼ確立されていたようだ。ただ今と比べるとひろしの存在感が今ひとつなのが違いと言えば違いだろう。
 いつものメンバーでは、とくにまつざか先生のキャラクター性は上手く利用されていると思う。普段の彼女の行動を日常生活のパートでしっかり演じさせ、その後は「ちょっと違う」演出で違和感を出すが、ここまで見るとまつざかが敵の手に落ちて裏切るというのがこの作品を見慣れている人にはすぐ解るというつくりは、物語が回っている段階で視聴者に不安と期待を持たせる大きな点だっただろう。

 アクション仮面サイドでは、アクション仮面という存在を子供の胸の中にあるヒーローのままとしたのは感心だ。この後、2000年作品「嵐を呼ぶジャングル」でもアクション仮面を中心に据えた物語が展開されるが、ここではアクション仮面が「俳優が扮する架空のヒーロー」として描かれたのは子供向けの映画として賛否が分かれるところかも知れない。だが本作ではアクション仮面について、「アクション仮面」が本来の姿で俳優「郷 剛太郎」は仮の姿として描かれているのだ。そしてアクション仮面はあくまでも「平和を守る」事に忠実で、視聴者に弱い一面を見せない点は感心した。
 そのパートナーのミミ子や北春日部博士はキャラクター性や特徴を原作漫画のそれに忠実に合わせてある。特に北春日部博士が野原家で原作漫画と同じ行動を取ったのは、臼井儀人作品のノリを忠実に再現していて面白かったと思う。ローカル設定のリリ子はミミ子まんまだが、ミミ子として見ればそのキャラクターはミミ子の「かっこいいけど何処か抜けている」という少女の空気を上手く醸しだしていると思う。

 悪役側には特に個性の強いキャラが多く、キャラクターデザインや設定を原作者臼井儀人さんが行っただけのことはあると、氏の作品を古くから知っている私は唸ったところだ。ハイグレ魔王やTバック男爵に付いては本文で考察したが、ハラマキレディースも「中間管理職」という設定など魅力的な部分が非常に多い。雑魚キャラのパンスト団も含め、女性が身につける衣類の名前で統一しているのも臼井儀人さんらしいセンスだと私は感じた。

 最後に名台詞欄一覧である。特徴的なのは最初の方では物語の前面にあまり出てこないはずのアクション仮面サイドの台詞が上がることが多かった点だろう。それだけ「いつものクレヨンしんちゃん」の中で彼らの動きや台詞が印象的だったことだ。だがやはりトップは主人公で、しんのすけのここに上がった台詞の多くは今後「劇場版」での物語を組み立てる重要な要素になっているのは確かだろう。
 ただ名台詞欄の殆どをしんのすけとハイグレ魔王で奪ってしまった感があり、Tバック男爵は一度しか出なかったし、ハラマキレディースについてはついにここに上がってこなかった。さらにふたばようち園関係者でこの欄に上がったのは、風間の一回だけという状況だ。

名台詞登場頻度
順位 名前 回数 コメント
しんのすけ やはり主人公、圧倒的なパワーで物語を牽引しているのは初代劇場版の本作でも同じであった。この作品で名台詞に選んだ台詞はどれも「野原しんのすけ」人気の謎に迫ったものだ。その上で「劇場版」としてのキャラが完成していった感が強い。
ハイグレ魔王 劇場版最初の悪の親玉であったハイグレ魔王は、「オカマ」という臼井儀人作品の「おやくそく」設定。野沢那智さんの正体が解る前と後の演じ分けも魅力だ。その中で戦いの後の台詞と投げキスは、映画を見ているこっちまで青ざめそうな見事なものであった。
ミミ子 普段は脇役で殆ど台詞はないが、今作品でローカル設定の双子の姉妹リリ子も加わり活躍どころが多い。記念すべき「劇場版クレヨンしんちゃん」第一声は彼女だが、中盤での名台詞は劇中での彼女の立場が意外にも強くて驚かされるものだ。
ひろし 野原家の父は男として自然で魅力溢れる父親像であるのは、劇場版処女作の本作でも変わらない。何よりもハイグレ姿にされた街の人々を見た感想は、彼の男臭さ、人間くささが強く演じられ、父親として野原ひろしの人気が高い理由のひとつだろう。
風間 今回、後に「かすかべ防衛隊」と呼ばれるしんのすけの友人達の中で、唯一名台詞欄に名が上がったのは彼だ。本作では既に「悩めるエリート」としての彼のキャラが完成しておりも、初期作のキザで嫌味な金持ちの息子という印象は消えている。
アクション仮面/郷剛太郎 「クレヨンしんちゃん」劇中世界における正義のヒーローだが、今回は異世界で本当に地球の平和を守る戦士として描かれた。名台詞に上がった台詞は、そんな彼の設定が大きく変わることを上手く予感させていたと思う。
みさえ 主人公の母というポジションにいながら、どうも私の考察とはウマが合わないようだ(嫌いなキャラじゃないのに)。だがひとつ上がった名台詞は、暑い中苦労して子供を映画館に連れた来た親たちと、その子供に強く響く台詞であったのは言うまでもない。
Tバック男爵 悪の子分は「ホモ」と言うのも、臼井儀人作品の「おやくそく」だろう。そんな彼を郷里大輔さんが上手く演じたのは言うまでもない。名台詞に挙げた「カンチョー」によるよがっているのか苦しんでいるのか解らない声はもうサイコー。
シロ 野原家の名犬が初めて名台詞欄に上がった。彼は原作漫画でもアニメでも特殊能力によって喋らされる機会は多く、その都度「この家の犬ならこう思っているに違いない」を上手く演じる。今回は飼い主を思う飼い犬の気持ちが上手く演じられた。

・おまけ
・「クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王」予告編について
 本作の予告編も劇場版「クレヨンしんちゃん」各作品の予告編と同じように、多くの劇中未使用シーンが使用されている。冒頭は劇中には無かった「異星人襲来を伝えるニュース」を、これまた劇中にはいなかった女性テレビアナウンサーがテレビの中で読み上げているのを野原一家が見ているというシーンだ。ハイグレ人間にされた人がハイレグ姿でハイグレポーズをすると、しんのすけとひろしが鼻の下を伸ばすというおやくそくでこの予告編は始まる。そしてしんのすけの声でタイトルが流れる。
 タイトル画の後はほぼ劇中シーンを使って劇中の通りの展開に沿ってストーリーが紹介されるが、劇中同様に合間で描かれるしんのすけの日常生活のパートはギャグとして処理されている。そして画面にTパック男爵と仮面を被ったハイグレ魔王が現れると、シーンはまた劇中で未採用のシーンが続く。「スターウォーズ」に出てきそうな巨大足の大型ロボに街が襲撃されたり、アクション仮面とハイグレ魔王が廃墟と化したビルをバックにビームで攻撃し合ったり、UFOに乗ってビームを発して攻撃するハイグレ魔王とTバック男爵に野原一家が追い回されたりと、劇中で実際に演じられる光景よりも数段迫力のある映像を見せられる。そして「地球の命運はどうなるのか…」とナレーターが決めると、この映画の主要登場人物が画面一杯にずらりと並び、その真ん中でみさえとひろしが「私たち、どうなるの?」「心配するな、サラリーマンだってやるときはやるぞ」と語り合う、それを聞いたしんのすけが「ほうほう、やればー」といつもの暢気な台詞で決めると、「夏休みロードショー」の文字が画面一杯に出てくるという感じだ。
 「クレヨンしんちゃん」が全国の映画館のスクリーンに映し出されたのは、この予告編が最初であることは間違いないだろう。この予告編は劇中前半で「戦いへ向けての緊張感」と「普段通りのギャグ」が同時進行する作品の「空気」を上手く伝えていると思う。そして予告のクライマックスでは、本来の映画よりも大袈裟に描くことで映画への期待感を上手く高める作りになっていると言っても過言ではないだろう。これは普段の「クレヨンしんちゃん」が日常ギャグ中心で、まだ劇場版「クレヨンしんちゃん」を知らぬ者に「いつものクレヨンしんちゃんではない」と突き付けるのに絶大な効果があったと思う。
 また話は前後するが、予告冒頭のテレビニュースシーンではこの映画で取られる設定をさりげなく示唆していると思う。このニュースでは最後にアナウンサーが真面目にアクション仮面に救いを求めて終わっており、このシーンで「予告されている映画ではアクション仮面が『実在』する」という設定を多くの人が思い起こしたことだろう。そしてどのような展開でそうなってしまうのか、最終的にどう解決するのかというストーリーも気にさせてしまうという上手い予告編だと感じた。
 つまり予告編の冒頭と後半の「劇中未使用シーン」が、この予告編に最大効果をもたらす内容であり、無くてはならない部分なのだ。
 現在発売のDVDにはこの予告編とは別に2本の「特報」が用意されている。どちらも画像はオリジナルで、予告編の劇中未使用シーンが一部流用されているに過ぎない凝ったものだ。まぁこの「特報」は映画制作中に作られたからそうなるのはある意味当然だろうけど…個人的には最初の特報、野原夫妻が「この夏映画になります、是非見に来て下さい」と語る方が感慨深く感じる。まさかまさかの映画化だからなぁ…。

・注意
 当考察では、一部の表現を臼井儀人作品の世界観に合わせるべく独特の言葉遣いを使用した。
 例えばしんのすけの台詞の語尾をカタカナの「ゾ」にする(原作表記に従ったがアニメ公式設定も同様、ただし日本語の使い方としてはどうかと思う)、しんのすけが両親を呼ぶときの表記を漢字と平仮名で「父ちゃん・母ちゃん」とする(アニメ公式では「とーちゃん・かーちゃん」らしいがここは原作設定に従った)、「幼稚園」を漢字ではなく「ようち園」と表記する(原作ではほぼこの表記に統一されている)等。
 なおしんのすけが通う幼稚園名、今回名称が出てくることはなかったがひろしが勤務する会社名は、今後「クレヨンしんちゃん」を取り上げる場合にはアニメの設定に従いそれぞれ「ふたばようち園」「双葉商事」に統一するつもりである(原作では「アクションようち園」「アクション商事」)。

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