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・「クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡」のエンディング
「ひまわりの家」 作詞/作曲/編曲/歌・財津和夫
 なんだかまったりのんびりしていて、緊迫シーンが多かった映画の内容とは対照的だけど、だからこそこの映画に余韻に浸れるという感じにエンディングに仕上がったと思う。
 ラストシーンが終わりきらないうちから財津和夫さんの美しい歌声が流れて来るのは良い感じだ。歌詞は「ひまわり」について財津和夫さんらしく歌い上げていて、かつまだ赤ん坊の野原ひまわりのテーマとしてもうまくまとまっていると感じた。財津和夫さんの歌っても、家の中や庭に花が咲いていることが印象的に歌われることが多く、その歌を聴いているだけでその花を連想してしまうことが多いから面白い。この歌もそんな財津さんらしい一曲だ。
 背景画像の前半は何もない青い模様を背景に、物語の後日談を静止画で流される。「ようち園の教室で居眠りしてよしなが先生を困られているしんのすけ」で始まり、続いて「会社で居眠りして同僚や上司を困らせるひろし」「風呂に入ったまま居眠りするみさえとシロ」と居眠りシーンばかり続くのはとても印象的だ。続いて「よねが警察から何らかの辞令を受ける」「牢獄の中の珠黄泉一族」「珠由良ブラザーズの店へ行ったひろし」と続くが、珠黄泉ブラザーズにジャークとサタケが加わっているのは本編の続きとして効果的に効いている。そして「土産を開けて不思議がる珠由良の母」に続いて、「かすかべ防衛隊とシロ」で前半が締められる。
 そして背景画像の後半は、同じ背景に様々なデザインのベビー服を着用したひまわりが出てくるというものだ。ここで出てくる6種類のベビー服のデザインは、テレビアニメの視聴者から公募したものだそうだ。そして最後にひまわりの花を背景にした野原一家が出てきて終わりという感じだ。
 こうしてのんびりした形で、上手く余韻を引いた形で本作が終わる。このエンディングは初回視聴時にとても印象に残ったのは確かだ。

・「クレヨンしんちゃん(劇場版) 暗黒タマタマ大追跡」総評

・物語
 物語は3編に分けられる。

 最初の30分は物語の導入で、最初に成田空港で事件が起きて珠由良族や珠黄泉族、それによねという物語の主要キャラが揃う展開だ。この課程の中で主人公である野原一家が、全く無関係なところで発生した事件に一方的に巻き込まれるという展開は正直言って面白い。どちらかというと「クレヨンしんちゃん(劇場版)」では野原一家が人が起きそうな場所へ出向いていって事件が起きるべくして起きるケースが多いが、他のところで起きた事件に巻き込まれる展開の作品もいくつか見られる。本作はそのケースの基本フォーマットを作ったとも言える作品だろう。
 いずれにしても珠由良ブラザーズが野原一家が住む町へ逃亡してきたことで物語は主人公に繋がり、一家は好む好まないに関わらず事件に巻き込まれる。ここまで話が進んでやっと世界観の説明があり、見ている者は物語のスジが見えてくる。
 そして最初の健康センターでの戦いで満を持して相手が一家の前に現れるまでが、この第一幕と言えるだろう。同時にこの健康センターの戦いは第二幕へ話を自然に流す効果がある部分だ。

 続く40分が野原一家が同行する珠由良族と、珠黄泉族による「追いかけっこ」のパートである。と言っても珠由良側が一方的に追われているだけだが…その中でひろしとよねが別行動を取ったり、珠由良ブラザーズのうち二人が捕まったりと、物語に変化を付ける工夫をしているのも面白い。こうしてやっとの思いで到着した「あっ、それ山」にも既に敵の手が迫っていることでそこが決して安息の地ではないことが上手く描かれ、最初の決戦が描かれる。その決戦の結果、野原一家が倒されてひまわりが拉致されるところまでが第二幕だ。
 ここでは物語が後ろへ行けば行くほど、珠黄泉族の脅威というものがハッキリして行くのが面白い。最初の戦いでは互角だったのが、ひろしとよねが別行動になったせいか次のスーパーでの戦いではレモンとラベンダーが敵の手に落ち、そのタイミングでヘクソンの存在を大きくさせるという展開は、物語が上手く盛り上がって行く要素の一つだったと思う。

 そしてラストの30分で、物語は決戦と大団円まで一気に持ち込む。だがこの戦いも展開を急がず、ローズや野原一家かが青森が東京へ移動する様子を描いたり、戦いシーンでもギャグを忘れないなど丁寧が作りがされているからこそ印象的だと言っても過言ではない。戦いそのものはギャグを交えながら力業で進むが、そんな展開で野原一家が出る幕がないだろー…って感じたところで、ヘクソンの超能力に打ち勝つためにみさえとひろしが歌いながら攻撃するという展開で主人公一家に花を持たせる。そして決着がついたところで終わらせず、キチンとその正体が気になって仕方が無かった魔神ジャークがしんのすけの暴走により登場する。だが魔神ジャークが出てきたところで上映時間はあと僅かである事は明確で、これを上手くギャグで流して…終わるかと思ったら今度はヘクソンの暴走でひまわりが危機一髪に陥るという三重の展開で見ている者を決して退屈させない作りは正直脱帽だ。ここでしんのすけの「いつものギャグ」をきっかけに印象的なシーンでひまわりが救われ、やっと本編が終わる。
 最後のシーンも重要だ。野原一家が帰宅して平和な日に戻るだけだが、ネネが今回の物語と統括的な台詞を吐き、いつの間にかに画面からいなくなっていたシロがちゃんと帰ってきて全ての伏線も回収される。

 それぞれのパートのノリもよく、またどんなシーンでもギャグを入れながらだったが、100分の非日常冒険物語としてとてもよく出来ていると思う。特に局所に入れられたギャグは「クレヨンしんちゃん」らしいだけでなく、臼井先生作品らしいという物も多く、私のようにどちらかというと臼井先生のファンだという人にも楽しめる映画なのは確かだ。
 そして決戦シーンは前述したように三重の展開で物語を盛り上げるが、ここに退屈に感じる要素がなく一気に突き進む感があって、とても印象的な戦いであったと言えよう。
 そしてこのような物語から、野原夫妻は「夫婦の絆」というものをきっちりと演じているし、他の面々は「仲間」というものを上手く描いている。特に「仲間」という面は、敵対する珠黄泉族が仲間割れすることでその明暗をきっちり描けたと思う。私にとってもとても印象的な作品であった。

・登場人物
 本作品は野原一家以外は普段の「クレヨンしんちゃん」のキャラクターが一掃されているのが特徴といって良いだろう。いつもの「クレヨンしんちゃん」のキャラはラストシーンに「かすかべ防衛隊」の面々やようち園の先生が僅かに出てくるのみである。これ以外は野原一家以外、ゲストキャラだけで話が進むと言っても過言ではない。
 ここではこのように物語を彩ったゲストキャラについて考察したい。

 ゲストキャラでの一番の主立った役は、なんと言っても珠由良ブラザーズだろう。ローズ、ラベンダー、レモンの3人によるオカマの兄弟であるが、この兄弟がキャラクター的に見事にバランスが取れているといって良いだろう。剛毛で頑強な身体の持ち主の長男ローズ、小柄で色白すべすべ肌のラベンダー、ちょっと色黒で長身のレモンといった具合に外観も上手く描き分けてあるだけでなく、得意な格闘技の違いや性格面でも上手くバランスをつけてある。もちろん長男ローズがリーダーを取る性格付けがされており、野原一家を導く役としても不自然がないようにしている。この3人はただの兄弟でなく、「オカマ」に設定したからこそ物語が非日常的になって面白くなったのは確かだし、また臼井先生作品らしくなったのも好感度が高い点だ。
 珠由良ブラザーズついでにいうと、彼らの母である「珠由良の母」がこの兄弟とは違ってノーマルなのも面白い所だ。この母親の元で育って、どうしてオカマになっちゃったの…と突っ込みたい人が多かったことだろう。だが母にはローズ以上のリーダーシップというかカリスマ性が描かれており、珠由良族を率いる者としての説得力を強めている。

 もう一人の道連れ、東松山よねは本作で最も印象的な女性と言っても良いだろう。千葉県警の刑事とは言え、実は左遷されてメインの捜査から外されているという設定の上でのネタキャラで、拳銃を撃つのが大好きな暴走刑事という役柄は「クレヨンしんちゃん」のノリにピッタリはまるところだ。そして拳銃を乱射しても何処にも当たらないというギャグは随所で重くなりがちなストーリーを明るい方へ持ち上げ、劇場を笑いで包んだことだろう。ヘクソンとのガチな格闘戦もあるが一方的にやられるだけでなく手加減までされてしまうが、最後はしんのすけの「おやくそくギャグ」もあってヘクソンを仕留めるという彼女にとってのハッピーエンドを迎える。要はこのキャラが最も「当たり役」だったかも知れないのだ。

 敵である珠黄泉族のメンバーも面白い顔ぶれだ。ナカムレは表面上は優しそうでも実は腹黒い悪のリーダーを上手く演じてくれたし、ヘクソンは冷酷な超能力者をノーギャグで演じたからこそその脅威が上手く描かれている。マホは主人公一行の前に立ちはだかる悪役の先鋒として描かれるが、その上で女らしさを失いたくないギャグもうまくやってくれる。マホの手下であるホステス軍団は仮面ライダー敵キャラの雑魚と同様、一人一人の性格が描かれていなくて数で迫るから怖い。
 その中でも途中で野原一家に寝返るサタケのキャラクター性が面白い。強面で筋肉質の体格からは予想外の過去、腹黒い悪人であるナカムレの用心棒でありながら、悪人になりきれない性格。それらはひまわりを抱いているうちに寝返ってしまうという展開に上手く説得力を付けたと思う。

 そして魔神ジャークもキチンと物語に出てきたのも面白い。しかも彼の復活は、悪の復活という恐ろしいものではなく単なるギャグネタだったのは予想通りとは言え、珠由良ブラザーズがオカマだったのはこの魔神ジャークがオカマだという伏線ということは誰も予想がつかなかったことだろう。短時間の登場だったがとても印象的で合った。

 本作はゲストキャラが多いだけでなく、その一人一人が強い個性を持っていてとても印象に残るのは確かだ。だがそのキャラクターの印象の強さが、物語の印象を超えてしまうこともあったことは彼ら全員の欠点かも知れない。だが彼らが物語を盛り上げたのは否めない事実だ。

 最後に名台詞欄登場回数一覧である。トップが主人公しんのすけというのは当然として、同率一位によねが付けてきたのは面白い。主人公の親であるひろしやみさえを押しのけての同率一位だ。そしてローズはともかく、ナカムレがこの同率二位に付けているのも印象的だ。あとは最後にちょこっとだけ出てきたネネが、最後の最後の印象的な台詞を吐いているのも面白い。正直、考察を始めたときには予想外の登場回数一覧となったのは確かだ。

名台詞登場頻度
順位 名前 回数 コメント
しんのすけ 主人公とはいえ、本作では他のキャラの行動に巻き込まれる動きが多かったような。それでも名台詞欄トップ。その3回の名台詞はしんのすけの様々な側面ごとにうまく分かれた。最初の名台詞は臼井先生らしいギャグで好きだ。
よね 名台詞欄登場回数同率首位は、本作ではラストまで徹底的にネタキャラを演じた、ダメ刑事の東松山よねだ。ギャグが途切れたときに彼女のキャラが光ったのは確かだ。2番目の名台詞は臼井先生のネタキャラらしくて好き。
ローズ 珠由良ブラザーズの長男だけに良い台詞を沢山吐いているが、名台詞欄に載ったのは二度だけだった。二度目の名台詞はしんのすけについて多くの人が考えていることだろう。
みさえ 続いての登場は主人公の母、みさえだ。みさえも本作では徹底的に原作漫画のノリを演じてくれたのが嬉しい。二度目の名台詞はやっぱり野原みさえだなと思わせてくれて好印象。
ひろし そして夫婦で同順位、本作のひろしはダメ親父を演じていた印象が強い。その中でも二度目の名台詞は世界よりも家族が大事と訴える父親像で、多くの人が感動したことだろう。
玉王ナカムレ 悪役のリーダー、珠黄泉族の頭領が名台詞欄に二度登場。最初の名台詞は悪役であっても正々堂々と戦う面を、二度目の名台詞では悪役らしさを前面に出してきた。色んな面を見せてくれた悪役だった。
ヘクソン 真の悪役はこのキャラと言えよう。その名台詞は、みさえをおびき寄せるための演技なのか、それともひろしの頭の中が本当にそうなのか、色々想像させてくれる興味深い台詞だった。
ネネ 本作では「かすかべ防衛隊」の面々が出てくるのはラストシーンだけだが、そのラストシーンでさりげなく本作の構図を言ってのけたのが印象的だった。

おまけ
・「クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡」予告編について
 本作の予告編は、その冒頭から本編と雰囲気が大きく違う(こんなんで予告編になるのかよー)。捕虜収容所のような施設でひまわりを抱いて逃げるしんのすけ、その二人にサーチライトの光が当たると、マホやヘクソンやホステス軍団が迫ってきてマホが「赤ん坊を渡しなさい」と告げると、サーチライトの光からしんのすけが逃げると、ホステス軍団が銃を乱射しながら追いかけてくるという本編とは無関係なシーンだ。ここでは本編では出てこない戦闘用ヘリまでしんのすけを追っているし…。
 そしてタイトルコールがあり、ひまわりを紹介するナレーションが流れるるともう予告編の半分が終わってる。ここからやっと劇中シーンを活用した予告だ。健康センターの戦い、「あ、それ山」での戦い、スーパーの戦い、ローズの実家でのしんのすけとヘクソンの戦い…これらのシーンを繋いでしんのすけらの戦いを上手く予告している。この中で面白いのは、よねが全くネタキャラ扱いされていないこと。彼女についてはカッコイイシーンしか出てこないから、予告と本作の落差が大きくて笑える。
 そして最後はしんのすけが「ひまわりー」と叫び、ひまわりが喃語で「おにいさまー」と叫ぶと、画面一杯に「オラたちには明日はない!」の文字が現れて予告が終わる。
 この予告編、本編を見た後に見れば色々と面白いが、上映前に見せられたらこの映画がどんな内容なのか全く予想できないだろう。そして面白いのは、この予告編ではひろしとみさえが出てくるには出てくるけど全く印象に残らない。つまりこの夫婦が戦いを決着に持って行くことなど、全く予測できないように作ってあるからネタバレ度ゼロ。う〜ん、こんなんでいいんだろうか?
 だけど本作を知っていると面白い予告編だ。内輪ウケ的な予告ということで、正直こんなんで良いんだろうかと思う。でもノリが良いので嫌いではない。

・注意
 当考察では、一部の表現を臼井儀人作品の世界観に合わせるべく独特の言葉遣いを使用した。
 例えばしんのすけの台詞の語尾をカタカナの「ゾ」にする(原作表記に従ったがアニメ公式設定も同様、ただし日本語の使い方としてはどうかと思う)、しんのすけが両親を呼ぶときの表記を漢字と平仮名で「父ちゃん・母ちゃん」とする(アニメ公式では「とーちゃん・かーちゃん」らしいがここは原作設定に従った)、「幼稚園」を漢字ではなく「ようち園」と表記する(原作ではほぼこの表記に統一されている)等。
 なおしんのすけが通う幼稚園名、今回名称が出てくることはなかったがひろしが勤務する会社名は、今後「クレヨンしんちゃん」を取り上げる場合にはアニメの設定に従いそれぞれ「ふたばようち園」「双葉商事」に統一するつもりである(原作では「アクションようち園」「アクション商事」)。

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