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第1回 「エッフェル塔の少女」
名台詞 「飛べるさ…えへへへへへ…。僕はジャン、ジャン・ロック・ラルティーグっていうんだ。君を空へ連れて行ける男さ。」
(ジャン)
名台詞度
★★★
 エッフェル塔から空を飛ぶ飛行船を眺めて「空を飛べたら(自分の故郷を)探しに行けるかもね」と、ペットの子ライオンに問いかける少女ナディアの背中に、ジャンが掛けた最初の言葉がこれだ。
 カッコイイ、この台詞はカッコイイ…けとこれはあくまでも「男目線」で見ればの話だ。時代設定を考えれば空を飛ぶなど夢のような話、言われた少女にとってはとても怪しい一言にしか聞こえないという「構図」を上手く描いているのがこの台詞が印象的な一点だろう。その空気も読まずに自信たっぷりに空を飛ぶという夢物語を語り、この台詞に続いてナディアをナンパしようとあれこれ声を掛けるジャンを見れば、ナディアでなくても引いてしまうのは否めない。
 ジャンは一目惚れした女の子の気を引こうと必死なのは確かだろう、男の立場で見れば自分がジャンだったらやっぱりこう言葉を掛けたであろうことも否めない事実だ。そういう意味でもこの台詞は男にとって印象的なはずで、本作考察の最初の名台詞として取り上げたのだ。
名場面 空中戦 名場面度
★★
 ナディアを捕獲したグランディス一味は、ハンソンが作った「グランディス・タンク」略して「グラタン」で誰の手にも届かないであろう空へと逃走を図る。ナディアを助けようとグラタンを追うジャンは「おじさん」の元へ走り、自分たちが万国博覧会の飛行コンテストに出展しようとしていたグライダーでの追撃を試みる。ジャンの乗機は飛行コンテストのジャンプ台から落下するが、この落下速度で揚力を得て見事上昇。だがすぐに風に流されてしまい、そのおかげで何とかグラタンに接近することにも成功。しかし、その後のジャンに待ち受けていた運命はエッフェル塔への激突…しかし、それによる墜落でグラタンの気球に突き刺さることとなり、キングの活躍とジャンの科学力を駆使してナディアを救出。最後はナディアの身のこなしでもってセーヌ川に飛び込んで逃走という手段で、ナディアとジャンが何とか勝利をものにする。
 まさに「つかみはOK!」的なシーンだ。第1回というのは初めて見る視聴者を取り込むという役割があるはずだか、その役割を上手く果たしているシーンと言って差し支えはないだろう。ジャンは「自分で作ったグライダー(航空機)」という得意技を存分に使うが、それが決して上手く行ったとは言えば「棚ぼた」的な展開で勝利を掴むところは、常に思い通りの展開になるはずがないという現実を上手く描くと共に、その中でジャンが「科学力」という自分の得意技をちゃんと披露して今後の物語に繋げるという点ではとても印象深いだろう。ナディアはこの直前に見せたサーカスの妙技を上手く伏線回収して、助かった後の逃走へと道を繋げる。
 そしてこのシーンは、本作の主人公コンビであるナディアとジャンという名コンビが誕生した瞬間と言って良いだろう。この第1話を見た人にも、この物語はこのシーンのようにこの二人が様々な困難を手を取り合って超えてゆく物語であると想像することだろう。
感想  「ふしぎの海のナディア」第1回、実は私は本作品で唯一全部見ていないのがこの第1回だったりする。2012年の再放送時では、放映されているのに気付いたときには第1回が半分以上終わったところであり、私が見たのは名場面欄に揚げた空中戦からだ。だから物語のきっかけが「ジャンが通りすがりのナディアに一目惚れして、ナンパしようとした」というバブル絶頂期を象徴するようなものであったことはつい今まで知らなかった。ナディアが初登場シーンでは自転車に乗っていたことや、それが万国博開催中のパリであることなど、初めて知った設定は多い。もちろん本話前半のナディアの服装も初めて見た、上半身だけ見ればポリアンナみたいなピンクの服…「ヘソ出しスタイル」でないナディアは初めて見たし、とても新鮮だったなぁ。
 グランディス一味は悪役としての登場で、序盤ではサンソンやハンソンも含めて「悪役面」で描かれているのが特徴だ。物語が進むと彼らが「悪役面」で無くなるから面白い。しかしグランディスの台詞回しはまんまドロンジョ様だし、グラタンの効果音はドロンボー一味のメカのそれと同じだし…結構笑いをこらえるのに必死だったぞ。
 最初はナディアとジャンの出会いをとにかく印象的に描き、特にナディアから見たジャンの第一印象の悪さというのは物語に緩急をつける意味でも良かったと思う。それにも関わらずナンパしようと頑張るジャンは見ていてすがすがしかった。だからこそこの二人のコンビは強烈に印象に残ったんだろうな。
研究 ・物語の始まり
 本作の舞台は1889年、つまり19世紀の終わりであることは冒頭のナレーションで明確にされる。本作ではこの第1回でパリ万国博覧会がが描かれるが、史実でもこの1889年5月〜10月に掛けてパリでは4回目の開催となる万国博覧会が開催されている。パリではこの博覧会に合わせてエッフェル塔が建設され、博覧会のシンボルとなると同時に、入門アーチとしても使用されたとされている。
 ただし、この博覧会では劇中で見られたような飛行コンテストが行われたかどうかは解らない。あの飛行コンテストはどちらかというと「鳥人間コンテスト」に見えないのだが…ただ時代的には「空を飛ぶ」という夢が展示されていてもおかしくない時代だ。ライト兄弟による初飛行の14年前だからなぁ。
 この年は日本では明治22年、やっと時代感が解ってきたぞ。日本では東海道本線が神戸まで全通し、現在の中央線である「甲武鉄道」が新宿〜八王子間で営業を開始した年…だって鉄道のことばかりじゃん。あ、東京に市政が敷かれたのもこの年だ。この年に生まれた著名人は、日本の軍人の石原莞爾や井上成美、日本の実業家で西武鉄道グループを作り上げた堤康二郎、イギリスの喜劇俳優チャーリー・チャップリン、第二次大戦中のドイツの総統アドルフ・ヒトラーと言ったあたりで、そうそうたるメンバーが並んでいると言っても過言ではないだろう。
 前述のようにこの時代にはまだライト兄弟による飛行すら実現していないが、本作では史実ではあり得ないような航空機や潜水艦、それに宇宙船まで出てくる。そこはあまり気にしない方針で考察を続けることにしよう。ここではナディアとジャンがセーヌ川に飛び込むシーンからグラタンの飛行高度を算出しようと思ったけど、ナディア達が生きているはずのない高度になるのでやめた。

第2回 「小さな逃亡者」
名台詞 「約束通り、空へ連れて行ってあげる。一緒にアフリカへ飛んでいこう。」
(ジャン)
名台詞度
★★★
 ナディアを助けて自宅に連れてきた翌朝、ナディアは一人で寂しそうに海を眺める。これに声を掛けたジャンであるが、ナディアの返答は「なんでもないわ」とそれだけだった。そこでジャンはしばらく空を眺めた後、意を決したようにナディアに体重を問う。「失礼ね」とおやくそくの返事に「ジャンほど重くない」と付け加えたナディアに、ジャンは「よかった、大丈夫だね」と返した後にこう宣言するのだ。驚いた後「でも…」と呟いたナディアは、しばらく間を置いてから「ありがとう」と返す。
 物語の本題はこの台詞で始まると言って過言ではない。前話の名台詞でもジャンはナディアを空へ連れて行くと宣言していたが、そのときは劇中の何処にもその具体的な方法は示されていなかった。僅かにジャンが万国博覧会に持ってきたグライダーがあるだけの話だ。だが今回はジャンが試行錯誤の上で作り上げた航空機「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」がある。ジャンがナディアを空へ連れて行くという話はかなり具体化されており、多くの視聴者はこれが実行される時だと踏んだはずだ。
 そしてその台詞は気取った台詞ではなく、純粋に「自分がやろうとしていること」を告げているだけなのはこの台詞を印象深くしている理由の一つだ。この機体で本当にアフリカまで飛んでいけるかは解らない、でもそれをしてみたいという気持ちはナディアに伝わったのだ。
 それだけでない、この台詞の前後シーンは「間」というものが上手く出来ていて、ジャンの気持ちが痛いほど伝わってくる。ジャンがナディアに声を掛けてから体重を問うまでの「間」や、この台詞の後にナディアが「ありがとう」と返すまでの「間」は、本当に上手く出来ている。
名場面 離陸 名場面度
★★★★
 名台詞シーンの直後、再びグランディス一味が襲いかかる。ジャンはナディアを連れて自宅の格納庫へ、そして「これで逃げるのさ」とそこにある航空機「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」の整備を始める。その間にもグラタンによる砲撃が開始され、ジャンは「本当に撃ってきた」と驚く。二人が乗り込むと格納庫の壁が開き、滑走路とした使うとされていた自宅への一本道への通路が開かれる。「早いとこ降参しろ!」と叫ぶグランディスを尻目に離陸準備をするジャンは「頼むぞ、エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」と呟く。「二人乗りして大丈夫か?」と問うナディアに「理論上はね」とだけ返すと、ジャンは「発進!」と叫んで機体を前進させる。一本道を加速するがなかなか揚力が発生せず飛び上がれない「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」の眼前にグラタンが迫る。サンソンがさらなる砲撃をした瞬間、ジャンが「飛べ!」と叫んで操縦桿を引くと「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」は大空へと舞い上がる。その瞬間にグラタンの砲撃による至近弾を浴びるが、「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」はその爆炎の中から飛び上がり、グラタンをかすめると森林に消える。だがグランディス一味のシーンを挟むと「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」は森を抜け出し、海に出て海水すれすれを飛ぶが、ジャンの叫びと共に再度上昇する。
 説明が長くなったが、このシーンは大好きだ。アニメの中とはいえ、乗り物が完成してそれが動き出す喜び。しかもそれが「航空機」であれば、なんと言ってもその誕生の瞬間は離陸の瞬間だろう。本作ではこの離陸をメカシーンとしては最初の強印象シーンとして見事に描き出した。このシーンは乗り物好きや飛行機好きにはたまらないシーンのはずだ。
 また、このシーンではあくまでも「飛行」について、ナディアが懐疑的でないのが良い。その理由としては「敵に襲われる」という緊急事態であることもそうだが、ナディアがキャラクター通りに懐疑的な台詞を挟んでしまうとその瞬間に冷めてしまうという微妙なシーンだからだ。ナディアが口和挟むのはあくまでも「その状況に対する疑問」であり、航空機に対する不信ではない。彼女がそれを口にするのは、あくまでもこの次のシーン…「エトワール・ド・ラ・セーヌ8世」がエンジントラブルを起こして不時着水をする際だ。
 しかし、設定上は1889年だぞ…ライト兄弟の初飛行までまだ14年もあるぞ、いったいどうしてくれる?
感想  第1回は「物語のきっかけ」であるナディアとジャンの「出会い」に注力し、この第2回は物語が「本題」へと突入するきっかけを描いてゆく。ジャンがナディアを助け、ただ家に連れ帰って世話をするだけでなく、航空機に乗って旅に出るという流れでもってまずは作品タイトル通り「海」へと二人を誘うのが今話である。言ってしまえばここからが本題で、第1回の途中までだけを見逃した私が違和感なく物語に入って行けたのはこのような「つくり」があったからだろう。
 しかし、まだここでは主人公であるナディアは話に振り回されるだけで、自分から積極的に物語に絡んでこない。序盤は物語を引っ張るのはジャンとグランディス一味で、彼らの行動にナディアは振り回されるだけで活躍の場が少ないのだ。これを本放映時に最初に見た人はどう感じただろう。
 しかし、ジャンの「おばさん」の「人の悪さ」は何なんだ?と今回見ても感じた。家を追い出されて困っている少女をさんざん侮辱するのだから…あれじゃナディアじゃなくても「迷惑は掛けられない」って立ち去って当然だ。おかげでジャンは「一目惚れした女の子」を、なんと一人暮らしの自宅に連れ込むという男としては最強の幸せをつかみ取ることが出来たのだから、結果オーライか。
 もちろんグランディス一味が追ってくるのは当然だ。しかしジャンが作った飛行機が飛ぶのを見たサンソンとハンソンの反応が良いね。そりゃそうだ、世の中ではまだ誰も飛行機の発明に成功していない時代に、しかも乗り物というメカに対する知識がある二人が見たのだからああいう反応をしても当然だ。この「をとこのろまん」ってものがグランディスには…解らんな、うん。
 しかし、いくら父親が船乗りで帰ってきたときにまとまった金を置いてゆくとはいえ、あけはやり過ぎだと思うぞ。あ、「おばさん」がジャンに対して辛辣なのは、こうしてお金を全部使い込んでしまい食費などを工面してもらっているからなんだな。たしかそういう台詞があった記憶が…。
 次回、いよいよ劇中で何度も語られている「大海獣」の謎に迫るのか?
研究 ・水中翼船
 今回、ジャンが作ったメカとして、グランディス一味から逃げるための「水中翼船」が出てくる。ジャンの船が舳先から水面方向へ向かって翼(水中翼)を出し、これによって船が水面から持ち上がりスピードを出すという描かれ方をしていた。
 この「水中翼船」は劇中のジャンの解説の通り、舳先から水中に展開した翼の揚力により、船体を水上に浮上させることで船と水の抵抗を減らしてスピードを出せるようにした船だ。アイデア自体は19世紀中頃からあり、1861年にイギリスで浮上航行に成功したと言われ、1906年にはイタリアで、1909年にアメリカで35ノット(65km/h)という速度を記録して船舶の高速化という道筋をつけた。当時のタービン船でも18ノット(33km/h)程度だったとされるので一気に速度が倍になったわけだ。さらにアメリカのアレクサンダー・グラハム・ベルの手により速度記録が46ノット(87km/h)、61ノット(114km/h)と上げられて行くことになる。最初は軍用として実用化されたが第二次大戦後は旅客船の技術として広まり、日本でも瀬戸内航路などでその姿を頻繁に見かけた。1990年代になると「水中翼船」はウォータージェットエンジンと組み合わせた「ジェットフォイル」に姿を変え、速度も45ノット(83km/h)となる。このジェットフォイルが日本本土と離島を結ぶ多くの航路で使用されていることは説明するまでもないだろう。
 この解説を踏まえて劇中のことを語りたい。ナディアがグラタンに襲われた際にジャンは「水中翼船モード」に移行して逃げる訳だが、逃げ切った直後に「20キロは差がついた」とナディアに語る。グラタンの航行速度は解らないがここでは当時最新のタービン船と同程度(18ノット=33km/h)としよう、ジャンがライト兄弟よりも早く飛行機を作り上げたことを考えれば、この水中翼船は当時の技術レベルより10年分くらいは速いだろう。すると1909年のアメリカでの速度記録(35ノット=65km/h)でもおかしくないだろう。速度差は約30km/h、つまりジャンが「水中翼船モード」で逃亡を開始してから該当の台詞まで非常に短い時間のように描かれていたが、実はこの間に40分くらいの時間が経っているのである。う〜ん…。
 またジャンが「水中翼船はフランス人の発明」としているが、水中翼船の歴史を調べてみるとそこにフランス人はほとんど出てこない(せいぜい試作船にルノーのエンジンを使用した程度だ)。調べてみると「以前からあったアイデア」をアメリカ人とイタリア人が技術的に成功させたという話で、フランス人が発明という史実は出てこなかった。これはどういうことかな? 私の調査が足りないのかな?

第3回「謎の大海獣」
名台詞 「うん、他の動物も少しなら。でも、あの海獣の心は解らないの。」
(ナディア)
名台詞度
★★★
 ナディア達を助けた戦艦「エイブラハム」号は、目標の大海獣を捕捉しつつも取り逃がしてしまう。その際にナディアが海獣に同情的な台詞を吐いたことで、ナディアとジャンは艦橋からつまみ出されてしまう。艦尾で佇むナディアはキングとの会話をするが、これを見たジャンがナディアに「キングの言葉が解るの?」と問うと、ナディアはこう答えるのだ。
 実際に動物の言葉がわかるかどうかは別にして、長い間動物と暮らしていればその心を読むことは出来るようになる。ナディアにはサーカスで育ったという設定があるので、そのような技術があることは不思議ではなく、動物と心を通わせることを「話ができる」としても差し支えないと私は考える。だがこの台詞の見所はそこではない。
 その「動物と心を通わせる」ことがナディアが本当にしていることであれば、ナディアは目の前を回遊する大海獣の心が読めてもおかしくない。それが生物であるならば意図的に人に危害を与えるのでなく、たとえば「腹が減った=食糧確保のため」の行動の結果かも知れないし、他生物(この場合は人間)から自分の身を守るための行動の結果かも知れない。はたまた自分の子を守ろうとしているなど、動物にはある一定の行動パターンがあってナディアはそれを瞬時に見抜く力があるのだ。
 だが目の前で繰り広げられた「大海獣」の行動は、そのどれにもあてはまらなかったのだろう。だからナディアはその「大海獣」の目的が解らない。彼女は口では「大海獣」に同情する台詞を吐いているが、本音ではその行動理由がわからず対応に苦慮しているのである。後にこの「大海獣」が理由無く人に攻撃するのを見て、彼女がどう思ったかは興味深いところだ。
 つまりこの台詞は一番最初に「大海獣」が生物ではないと示唆するものなのだ。生物でないから行動パターンが読めない…ナディアは会話も出来ないしその気持ちを探ることも出来ないという構図を視聴者に見せるのだ。だが多くの初見の視聴者はこれを「違和感」としてしか感じず、物語が進んで明らかに「大海獣」が人工の物と解るところで振り返って「あっ!」と思うところだろう。この戦いの足を引っ張っているナディアこそが、無自覚のうちにこの相手の正体に気付いているという面白い台詞なのだ。
名場面 海戦 名場面度
★★★★
 名台詞シーンの直後、ナディアとジャンの元にエアトンが現れる。「海獣の餌を作っていた」とソーセージを出したエアトンが、「こうすると海獣が出てくるから」としてそのソーセージを海に投げ捨てるシーンが合図だ。「エイブラハム」号左舷側に「2匹の海獣」が水面上に姿を見せる。「あれは夫婦だ」と語るエアトンをよそに、「海獣のうち1匹」が「エイブラハム」号を目掛けて突進してくる。この事態に艦橋では反撃を試みようとするが、「海獣」の接近があまりにも急でしかも速すぎるために主砲も副砲も撃てない事態に陥っている。そして「海獣」が「エイブラハム」号に衝突するが、この衝突シーンは海中シーンとして描かれる。衝突により「エイブラハム」号の船底が破損し、グラタンごと拘束されていたグランディス一味の拘束が解かれる。「この艦の装甲は全て鉄で出来ているのに…奴は本当に生き物か?」と震えるつつも、艦長は右舷に抜けた「海獣」に対して主砲発射を命じる。この砲撃は「海獣」に対して直撃弾を食らわせたはずだが、砲弾は跳ね返されてしまった。ジャンがこれは「鉄の音だ」と気付く。「海獣」は「もう1匹の海獣」に追われるように一度「エイブラハム」号から離れ、「エイブラハム」号はこれに対して執拗に砲撃を加える。この砲撃に「海獣」は潜水しながら「エイブラハム」号に左舷から接近、「エイブラハム」号艦長は取り舵でこれを交わそうとするが、見張り員がその「海獣」から高速で近づいているある物体に気付く。ジャン「まさか!」、艦長「魚雷だ!」…二人が叫んだ直後、「エイブラハム」号の船首左側から水柱が上がる。「エイブラハム」号の船体は左に大きく傾き、この傾斜によってナディアが海に転落、これを助けようとしたジャンも海に転落してしまう。
 最初の「海獣」との戦いは、どちらにも大きな損害はないままにあっけなく終わってしまうが、その余韻もさめやらぬうちに再度「海獣」に襲われるという作りは視る者に息つく暇を与えない。名台詞シーンでは「海獣」との戦いは後回しにされて、ナディア達が当面はこの戦艦上で過ごすような展開を思い浮かべるだろうが、その想像をこのような迫力シーンでもってぶち壊してくれる。
 それだけでなく、この迫力シーンの入り口がエアトンによるジョークで始まると言うのも面白い。二度に渡る「海獣」との戦いに挟まれた名台詞シーン前後と合わせ、物語に緩急が付いて視ている者は何度視ても飽きない、そんなシーンに仕上がっている。
 そして戦いそのものの迫力が最も見逃すことが出来ない。特に「エイブラハム」号の砲撃シーン、砲塔が火を噴いて砲弾をぶっ放すシーンは何度視てもすげーと思う。これは文章では表現不能の迫力だ。
 そして、この戦いの結果は「エイブラハム」号に大損害というものだけでなく、主人公であるナディアやジャンが海に放り出されるという意外な展開を迎える。印象的に出てきた「エイブラハム」号滞在はたった1話で終わりという予想外の展開だ。
 この戦いの中で、「海獣」の正体を解りそうで解らないように描いているのはポイントだ。「解りそう」な部分は「海獣が人工物」という事実であり、衝突しただけで戦艦に大損害を与えたり、砲撃を跳ね返したり、魚雷を発射するなど「生物」で無いことは確かだ。ただその外見はあくまでも「生物的」に描かれている点が「解らない」部分であろう。そのように謎を謎のままとしつつも、ある程度ネタバレされるここの作りが物語に緊迫感を与えているのは確かだ。
感想  前話では格好良く離陸を決めたナディアとジャンが、前話のラストで不時着水して今話は海に流されるシーンから始まる。こうなったら誰かに助けられるはずだと思って見ているとその通りの展開になる。助けたのが「アメリカの戦艦」と聞いて良くないことが起こるのかと思って見ていると、ここでは歓迎されて展開が退屈になりかかる。その退屈を消し飛ばすためにエアトンが出てくるが、良かったのは最初だけで今思うと「こいつ、ネタキャラ…?」と思わせるようにちゃんと作ってある。いずれにしても視聴者が退屈になる頃合いを見計らって、満を持して「海獣」が出てくるのは「おやくそく」でもあり「うまいつくり」でもある。現在の忙しい展開のアニメだったら、主人公が戦艦に乗り込んだらすぐ「海獣」に襲われちゃいそうだ。
 ナディア達が戦艦に助けられた結果が「海に放り出される」というのはこれまた驚きだ。だったら何もナディア達を戦艦に助けさせる必要は無かったんじゃないかと思う人もあるかも知れないが、あの戦艦はナディアやジャンを「海獣」がいる場所へ送り届けるためにどうしても必要だったのだ。この戦艦の乗組員もエアトン以外は「使い捨てキャラ」と割り切られているのは視ていて解る。でもエアトンが物語のずっと先の方で再登場するとは、通しで見たときに想像できなかったなぁ。
 こうして「海獣」の元に運ばれたナディアとジャンが、続いて「海獣」に飲み込まれることになるのはこの展開を見ていれば明かだ。でなきゃ「海獣」がいる海に二人を放り出す必要は無いだろう。果たして、海獣の正体とは…。
研究 ・「エイブラハム」号
 今回の主役メカは、アメリカの戦艦「エイブラハム」号だ。「エイブラハム」号は世界各地に現れて船舶を襲い、船乗り達を恐怖に陥れている「大海獣」の討伐を目的に派遣されたとされている。この時代、海運が国際物流の全てを担っていることを考えれば、「大海獣」による襲撃は世界経済を破綻させかねないものであるのは言うまでも無い。だからアメリカだけでなく、イギリスやフランス、それにロシアなどの大国が「大海獣」討伐に新鋭戦艦を送っていても不思議はない。
 当サイトではこの「エイブラハム」号のモデルとなった戦艦は何かと色々調べてみたが…「船首側に主砲塔が2つ」「2本マストで2本煙突」「開放型の艦橋」という特徴を持ったアメリカの戦艦を特定することが出来なかった。しかしこの艦、日本海軍の戦艦「三笠」ににていると思うのは私だけだろうか? 主砲塔の数以外はとてもよく似ているんだよね。
 いずれにしても、19世紀末の戦艦が「潜水艦」の攻撃を受けたのだから大変だ。見れば見るほどよくあれだけの損害で済んだと感心してしまう。本来なら魚雷を食らった時点で轟沈すべきところだろう。いや、同時代の戦艦に攻撃されたのならともかく、劇中では現代と匹敵する技術力の潜水艦にやられたのだからひとたまりも無いはずだ。
 この戦艦、劇中から消えた後はどうなったんだろう? 浸水区画はいくつも破損しているようだし、舵も効かなくなったと来ている。醜く左に傾いたその姿から察すれば、浮いているのがやっとと言うところだろう。無事に本国に帰投できたのかな? 気になるところだ。

第4回「万能潜水艦ノーチラス号」
名台詞 「やられたな……またやり直しだ…。」
(ネモ)
名台詞度
★★
 ナディア達を助けた潜水艦「ノーチラス」号は、彼女たちの知らないうちに敵を捕捉しこれに接近する。だが敵は「ノーチラス」号が最接近した際に爆雷と魚雷による攻撃を仕掛け、同時にジャミングを行って逃げ去ってしまう。「ノーチラス」号に大きな損害はなかったが、船長のネモは敵を取り逃がしたことでこう呟く。
 この台詞で多くのことが見えてくる。前回の「エイブラハム」号の戦いも、この「ノーチラス」号が「敵」を追い回す過程で発生したことが解るだけでなく、「ノーチラス」号がこの「敵」をやっと見つけた重大な「敵」であることも理解できる。そして物語の発端の一つの「大海獣」の正体こそがこの「敵」であることも、これが本作における本当の「敵」であることも見えてくるだろう。
 その「全てを解き明かす一言」がこのように印象的かつ、手短に語られている台詞というのも珍しいだろう。説明的な台詞は一切なし、回想シーンも一切なし、ここまでに見せたシーンのオチとして一言入れるだけで視ている者は全て解ってしまう。そんな印象的な台詞だ。
 去年見た実写映画「ガッチャマン」の監督には、この台詞の使い方を見習って欲しかったね。「わざとらしい説明的な台詞を入れない」という崇高な脚本にしても、それをカバーすべく頻繁に回想シーンを何度も差し込むという作りは逆効果。物語の「見せ方」と登場キャラの台詞の配置で、「説明的な台詞」も「回想シーン」も不要になる良い例だ。
名場面 二人の救助シーン 名場面度
★★★
 ジャンの飛行機と共に海に放り出されたナディアとジャンとキングだが、故障して動くはずもない機上で会話をしていると海中を巨大な影が通過する。「伏せて!」…ジャンとナディアは一度隠れ、「海獣」の動きを観察しているうちに、この「海獣」に吸い込まれるように海中へ引きずり込まれる。海中でナディアとジャンが向き合うと、二人は口に空気を一杯ため込んでいてためにふくれ面になっているのを見て笑う。続いて二人は必死に海面へ向け泳ぎ上がろうとするが…目の前で「海獣」の口が閉じてしまい辺りは暗闇になったばかりでなく、海上へも出られなくなってしまう。ナディアとジャンは死を覚悟したのか悲しい表情で向き合い、手を取り合って沈んでゆく。続いて排水口から水が流れるシーンとなり、二人は手を取り合ったまま水の外に出ることが出来た。だが手を取り合ったまま10秒間の沈黙、この間は二人に表情は無く動きもない。だが突然ナディアが再起動し、「助かったわ!」と叫ぶまでが印象的なシーンだ。
 実はこの第4回は、1990年の本放映時に視聴経験がある。その時に最も印象に残ったシーンがこのシーンだ。二人の動きがおもしろおかしいだけでなく、いろんな細かい部分で「間」がうまくとれいてる点がこのシーンをさらに面白くさせている。たとえば二人が泳いで上昇しようとする秒数や、ジャンの目の前で「海獣」の口が閉じるシーンなどは「間」の勝利で、このタイミングが少しでもずれたら何でも無いシーンになってしまったと思う。そして排水後に二人が10秒もフリーズしていたシーンでは、二人の冒険がいつしか「命がけ」になっていた事実だけでなく、「手を取り合ってなにをしているんだか…」と気が付くまでの二人における「何が起きたか解らない」感を上手く再現している。
 また、この一連のシーンでキングの動きがいちいち面白いのも印象的だ。それだけでなくその直前のシーンでキチンとキングを印象付けておいたからこそ、キングの動きに視聴者は気付くのだ。
 このシーンは当面の主役メカ「ノーチラス」号最初のシーンである点も、印象深いところだろう。
感想  名場面欄にも書いたが、本回は本放映時に見たことを間違いなく覚えている。他に2回くらい当時見たはずだが、2012年の再放送時に見たときにその回が第何回だったのかついに解らなかった。当時見た3回くらいの中で唯一印象に残っていて、「このアニメ面白い」と私に思わせた話だ。
 そして本回が初視聴でも、たとえ「一見」であっても、ちゃんと物語がどう進んでいるのか解るという優れた話だ。主人公の二人がなんで海に漂流していたかは冒頭でナレーターがちゃんと説明してくれるし、本回が始まれば前回以前から引きずっている話はほとんど無く、あったとしても自然に理解できるように作ってあるのだ。だからこの回をいきなり見た1990年の私には違和感がなかった。初めて見るのでなく毎週見るアニメと同様に楽しめたからだ。
 そして「ノーチラス」号へと話が進むが、今回はまだナディアもジャンも囚われの身である。ジャンは潜水艦に興味を持ちつつも、戦いの時には足を引っ張るという大失態。だがこれで咎められるわけでもないのは見ていて気持ちいい、というか艦のことや事情を何も知らされていない二人にとっては当然のことだ。あくまでも今回は二人が特別扱いされることはなく、「単なる遭難者」としてしか扱われないから白けなくて良い。
 だがツッコミどころはある。後半の「ノーチラス」号の戦いは緊迫感があって好きだが…「ノーチラス」号が二人を助けるシーンは強引じゃないか? ふつー、ああいうときは潜水艦は浮上して救命艇か何かが出てくるはずだぞ。あんな助け方では、それがきっかけで遭難者が死んじゃうぞ。
 視聴者にとっては「ノーチラス」号が何をしているかだいたい理解できる話であるが、主人公達がこれが理解できないように作ってある。こういう構成も見ていて面白い。そして視聴者は、この「ノーチラス」号が単なる通りすがりでなく、今後物語の根幹となってゆくことは理解できるし、船長のネモとナディアやブルー・ウォーターの関係にも伏線が張られているのに気付き、物語に見入るところになるだろう。
研究 ・ 
 

第5回「マリーの島」
名台詞 「知らない…マリーおねんねしてたから。ママが起こしたのよ、マリーおトイレだと思ったの。パパもママも怖い顔してた。それで…どんどん、森の奥の方まで走ったの。そしたら後ろから、こわーい人たちがいっぱい追いかけてきて、ダダダダッてすごい音がしたの。そしたら…そしたら…パパとママが寝ちゃったの。ムックも寝てたわ。あとはなんにも覚えてない。でも、ママの手がどんどん冷たくなったの覚えてる…。」
(マリー)
名台詞度
★★★★
 ナディアとジャンが島で助けた女の子マリー、マリーの案内でマリーの家に避難した3人と1匹だったが、ここでナディアとジャンがマリーのことや両親のことを問う。マリーの父が島の火力発電所で働いていたことが解り、家族を連れて急いで出かけた人を知ると、ジャンはマリーの父が急いでいた理由を問う。そのマリーの返事がこの長い台詞だ。
 両親に手を引かれ逃げる幼女から見た、危険な逃避行というものが上手く再現されている。寝ていたら急に起こされて家から急いで逃げ出したって、ガチな展開ではあるが闇夜に紛れてコッソリ逃げるということはありがちと考えるべきだろう。その時、子供というのは「何でこんな夜中に出掛けなきゃならないのか」という疑問と、両親がとても急いでいることが印象に残るだろう。その子供に印象が残る部分はちゃんとそれなりに語らせているのがリアルで良い。
 そしてマリーは年齢的に「人の死」というのを上手く理解できていないのだろう。両親は倒れただけであり、どこかにいると信じている前提でこの体験を語らせるが、その内容はあまりにも無残であり当面の「敵」の強大さを視聴者に植え付ける要素となっている。
 そして何よりも、このシーンではマリー担当の役者さんの演技も光るところだろう。あえて舌っ足らずな語り方はせず、まるで少し年上の少女のように抑揚を込めて語ることで、このマリーという少女が経験した恐怖をしっかりと演じ、劇中のナディアやジャンだけでなく視聴者までもがすっかり同情できてしまうようになっている。このマリーが胸に秘めている恐怖をしっかり再現しているからこそ、今回の悲しい展開だけでなく今後のマリーというキャラが印象的になるのだ。
名場面 お葬式 名場面度
★★★★
 マリーの家で「敵」に襲われた3人と1匹は、何とか「敵」の追撃を逃れて岬の近くにある洞窟まで逃げてきた。そこに逃亡者達が用意した毛布があったので一同は寝ることにしたが、眠れないジャンは起き上がって「朝、マリーが目を覚ます前にやらなきゃならないことがあるんだ」と外へ出て行く。
 そして島の朝、岬に並ぶ3つの墓標が朝日に照らされ、ナディアとジャンとマリーはこの墓標に祈りを捧げている。そしてナディアはマリーに両親が死んだことを「天国へ行ってしまった」と告げるが、マリーは無邪気に「自分も行く」と我が儘を言ってナディアを困惑させる。「ダメだ! とても行けやしないよ。行っちゃ行けないんだ…もう会えないんだよ。マリー、わかってよ…」とジャンが語る。するとマリーは「もう、会えないの?」と目に涙を貯めてナディアに問う。ナディアが頷くと、「もう会えないなんて、嫌だ…」とマリーはナディアの胸の中で泣く。マリーを抱きしめて泣くナディア、静かに涙を流すジャン、3人を朝日が照らすシーンで今回は幕を閉じる。
 このシーンになるまで気が気でなかった、3人目の主人公マリーの両親の亡骸はほったらかしかよ…と。だがちゃんとジャンとナディアが二人を手厚く葬ったシーンを挟んだことは、「死」というつらい現実から逃げることさせなかった点で印象深い。そして両親の死を理解できないマリーに、その真実を隠し通すのでなく現実を語り向き合わせた点はとても評価できる。他の物語なら適当にごまかしてマリーの両親の死は伏せられたままだったかも知れない。
 ここもマリー担当の役者さんの演技がいい、名台詞欄ではわざと年相応に演じたことでマリーが持つ「恐怖」を上手く視聴者に伝えたが、ここではマリーをちゃんと年相応の幼女として演じている。そうすることでマリーが現実を知った悲しみというものがうまくにじみ出てきたと言って差し支えがないだろう。ジャンの台詞も印象的だし、マリーに我が儘を言われて困惑するナディアも良い、とにかく印象でかつ「深い」と感じたシーンだ。
感想  そういえば、前回を本放映時に見たときに「オープニングに出てくる女の子がいない」と感じたが、2012年の再放送視聴時にその女の子が次の回で初登場だったとは初めて知った。今回はとにかく3人目の主人公マリーの登場であり、マリーをいかに3人目の主人公として印象付け、今後ナディア達と同行することに不自然がないようにするか、ここに注力していると言って過言ではない回だ。
 前回で存在が示唆された「島」、そして前回でエレクトラが根拠もなく語っていた「平和な島」という前提。これがジャンの乗機が撃墜されるという形で崩れ去るところからが今回の本題であろう。同時に同じ島にグランディス一味が上陸しているという展開は、今後の展開への伏線だ。いずれにしろ通りかかっただけのジャンが、何の警告もなしに乗機を撃墜されたことでこの島が「平和」ではないことは視ている者はすぐに気が付くはずだ。そしてすぐに出てくるマリー一家、両親と飼い犬は死んでいて母に抱かれていた少女だけが生きているという展開、これをナディアとジャンが助けるということで二人はマリーの身元引受人になってしまったという状況に落とす。これでマリーがナディア達と共に行動することは確定だ。
 ここまで出来たら、後の展開は「マリーの印象付け」ということになるだろう。幼児らしく「敵」に襲われれば大声で泣いてジャンの足を引っ張るのは「おやくそく」とは言え、マリーを印象付けるのに必要だ。そして名台詞、名場面、これは全てマリーの印象を強化するためにあると言って良いだろう。マリーが体験した恐怖、両親を失った悲しみ、これをキチンと演じておくことでマリーは単なるマスコットではなく、悲しみを内に秘めつつも元気いっぱいに生きる女の子というキャラクターとしての立ち位置が決まるのだ。
 このマリーという少女、最初出てきたのを見たときは「どんな方向に成長するんだろう?」と密かに期待したものだ。いやーっ、その期待以上のキャラになるとは思わなかったけどね。
研究 ・ 
 

第6回「孤島の要塞」
名台詞 「理論だけでは話にならない。実戦で役に立ってくれなければな。」
(ガーゴイル)
名台詞度
★★
 敵要塞で「人造オリハルコン」について説明する担当官が、敵の親玉であるガーゴイルに「計画は完璧で理論通りの性能が出せる」と説明すると、ガーゴイルは落ち着き払った声でこう答える。
 本作の特に敵側であるネオアトランティス(この段階ではまだその名は漠然としかわからないが)は「科学力」をベースにした設定作りがされているが、その親玉が「科学力による理論」より「実際の成績」を優先させる姿勢は恐れ入った。たいていこういう科学者集団の親玉って、理論が先走りがちだ。理論的考察により結果を予想し、その通りになるかシミュレートする。ところが実験してみるとその予想通りにならないなんてことはよくある話で、それは仕事で研究施設に出入りしている私がよく聞く話でもある。実験結果が予想通りにならなかったら、理論を疑うのでなく実験そのものの方を疑う人も多い。
 だがガーゴイルは違う。恐らくこの装置を使った実験を行い、予想通りにならなかったら実験ではなく、供試体の「人造オリハルコン」を疑うと言っているのだ。理論は完璧、実験も完璧な自信が彼にはあるのだろう。つまり上手く行かなかったら、実験担当部署ではなく製作部署が悪いと決めつけているのだ。
 こんな研究者がいたら…計測屋さんはやりやすいだろうけど、試作品製作屋さんはやりにくいだろうなぁ。そんなこんなを感じて、古今東西、フィクションも含めて科学者というのは「自分の論理を疑うことが一番後回しである」ことは同じなんだなぁと、こり台詞を聞いてしみじみ感じた。
名場面 ナディアの突撃 名場面度
★★★★★
 敵に捕らわれてしまったマリーとキングを助けるべく敵要塞に乗り込んだナディアとジャンであったが、要塞内の工場に潜り込んだところでナディアのブルー・ウォーター突如として激しい光を放ったことで見つかってしまう。敵に追いかけられ、二人は要塞内の崖に追い詰められるが、その際にジャンは敵の弾丸が脚をかすったために軽傷を負う。
 ナディアが手持ちのハンカチでジャンの脚を手当てしている間に、敵はその数を増し二人は完全に包囲される。敵将校が5秒以内に出てこないと殺害する旨を宣告し、カウントダウンを始める。ナディアは近くに洞窟があることを見つけ、ジャンにブルー・ウォーターを渡して「私が出て行く、あの穴の中へ逃げて」と語る。もちろんジャンは出て行く役を自分が引き受ける旨を訴えるが、ナディアは力強く「あいつらは私を探しているの」と返す。これを見たジャンは「わかった…でもきっと、きっと助けに行くから」とナディアの作戦を了承し、ナディアはこれに優しい表情で「うん、待ってる」と返す。そしてナディアはジャンの首にブルー・ウォーターを掛け、額にキス。「ママのキスよ」と言ったかと思うと立ち上がって、洞窟と逆方向へ走り出す。ナディアを見た敵将校は、部下達に銃撃ではなく生け捕ることを命じ、敵兵達はナディアが走り去った方向へと消える。これを見送ったジャンは託されたブルー・ウォーターを握りしめ、ナディアの名を呟いたところで今回が終わる。
 序盤戦で最も印象的なシーンだ。ナディアがジャンを信頼してブルー・ウォーターを託して敵の元に走る。この「ナディアが敵の手に落ちるきっかけ」を上手く描いたと感心した。ここへ至るにはどうしてもここまでずっと一緒だったナディアとジャンを別れさせる必要があり、ナディアには「捕まっても必ずジャンが助けに来る」という信頼を演じさせ、ジャンには「助けに行かねばならない」という決意を演じさせることで、この二人の間に芽生えた信頼関係を印象付けた。
 またこのシーンでのナディアの表情の変化はとても印象的だ。ナディアがジャンに洞窟へ逃げるよう促すシーンでは決意に満ちた厳しい表情を、「きっと助けに行く」と語るジャンに「待ってる」と返すシーンではとても優しい表情になる。この少女のキャラクター性を目一杯使ったシーンとしてもとても印象的だ。
 また前半でのマリーを含めたシーンを上手く活用している。ナディアはマリーを寝かしつけるときにマリーにキスをして「ママのキス」と言うが、これをジャンにもというのはとても印象的だ。何でも無いシーンにこんな伏線があったというのも驚きだ。
感想  前回を受けて、今回はまさに「おやくそく」通りに話が進んだと言って良いだろう。前回でのマリーの登場、これを受けて島を占領する悪の存在とそれから逃げ惑う人々の存在が示唆されたとなると、今回はどう考えてもマリーが敵の手に落ちるとしか考えられない。こうすればナディアとジャンがその救助に向かわざるを得ないわけで、物語が自然に次回の「要塞の謎」へと進んでゆく。もちろんその次はジャンの活躍でナディアやマリーが助かり、島から逃げる話へと進むはずだ…という感想は2012年の再放送で前回からの流れを初めて見た感想だ。まさか本当にその通りに進んでゆくとは…。だがグランディス一味が同じ島でどう絡むのかは興味深かった点だ。もちろん、前回から既にグランディス一味から「悪役」の仮面は剥がれていることに多くの視聴者は気付いていることだろう。
 冒頭ではジャンが島の偵察。これは彼らがたどり着いた島がどんな島であるかを語るものではなく、この島に起きている現実を訴えるシーンだ。敵の警備兵が町中をうろつき、脱走して泳いで逃げようとした島民も容赦なく射殺されるという現実で、この現実から視聴者は3人の今後が不安になることだろう。
 そしてその直後の、ナディアがマリーを寝かしつけるシーンは名場面欄シーンへの伏線であることはそちらに書いたとおり。夜明け後はマリーが敵の手に落ちるシーンを描くと、次は「要塞に何があるか」という物語へと変化する。ナディアとジャンの潜伏劇はそのためにあると言っても過言ではない。
 それらの「島」と「要塞」について語るだけで、本回のほとんどを使ってしまい、本題のその間に挟まれた「グランディス一味が逃げられずに苦労している」というシーンと、名場面欄だシーンだ。しかしネオアトランティスも抜けているなぁ、名場面欄シーンでは隠れているのはナディアだけでなくジャンも一緒であることは解っているのだから、全員でナディアを追うのでなくジャン捜索部隊を何人か置いていけよ…と突っ込みたくなったのをこらえていた。
 しかし、ネオアトランティス全員が仮面をかぶっているのは良いが、あれでは誰が誰だか解らなくならないのかな? 無関係な人間が変装して潜伏しても気が付かれないぞ。ハンソンが倒した敵兵から仮面を奪ってかぶろうとしてのは、見つからなければ最高のアイデアだったはずだ。
研究 ・ 
 

第7回「バベルの塔」
名台詞 「素晴らしい…世界を再び我らに跪かす、神の光だ…。」
(ガーゴイル)
名台詞度
★★★
 ガーゴイルが「ネオアトランティス」という組織を作り上げ、孤島を要塞化して建設していたものは「バペルの塔」という大量破壊兵器であった。この試射を行ったガーゴイルは、近隣の島を丸ごと破壊するという「戦果」を見て、こう呟く。その直後には「ノーチラス」号から同じ光景を見たネモが、次点欄のように呟く。この台詞は2つでワンセットと言えるので、その前提で解説する。
 この二人の台詞にはそれぞれ「立場の違い」によって、同じ物が違う見え方をするという点が上手く描き出されている。物語が進むと「バベルの塔」によって過去に何が起きたか判明するのだが、それを「威力」と受け取り利用することを考えたガーゴイルと、「脅威」と受け取り封印することを考えたネモの「立場の違い」であ。この2つの台詞はそれぞれの立場を鮮明化し、戦いの構図をハッキリさせるという役割があるはずだ。
 特にガーゴイルの台詞に「素晴らしい」の一言が付いているのがこれまた印象的で、既に彼が「自分が手にした力」に酔ってしまっている「本当の悪党」としての印象が完成したと言って良いだろう。名場面欄シーンではガーゴイルの「悪役としての容赦のなさ」というものが描かれ、このシーンでは彼の野望がハッキリすることで、ガーゴイルが「悪役」として完成したのだ。
(次点)「世界を再び滅ぼす、悪の光だ…。」(ネモ)
…名台詞本欄参照。
名場面 ガーゴイルVSナディア 名場面度
★★★★
 ネオアトランティスに捕らえられたナディアは、ネオアトランティスの首領であるガーゴイルと対面する。「久しぶりだね」のガーゴイルの言葉に、視聴者はガーゴイルとナディアの関係に「?」が付くが、それはハッキリしないままシーンが進んでゆく。「ところで、ブルー・ウォーターはどこだね?」とガーゴイルが切り出す。「海に捨てました」と言い張るナディアだが、窓の方を向いたままのガーゴイルが指を鳴らすとナディアの背後のカーテンが開き、縛られたマリーとキングが現れる。「あの子がどうなっても良いのかな?」と問うガーゴイル、「捨てたって言ってるでしょ!」と口答えするナディアの前にガーゴイルは小さな銃を出す。ガーゴイルは銃で周囲の物を撃ったかと思うと、最後にはマリーとキングを見張っていた部下の兵士を撃ち殺す。ナディアとマリーはこれに驚くが、ガーゴイルはあくまでも冷徹に「お前の強情がこの男を殺したんだ」とナディアに突きつける。ナディアはありったけの言葉でガーゴイルを侮蔑するが、その中で「あんたなんかに絶対教えない」と口を滑らせてしまう。「教えない、と言うことは知っていると言うことだな。何の罪のないこの子達の生命を奪うのは、お前だ」と語りながらマリーに銃を向けるガーゴイル、銃口を向けられ涙を流すマリー。そしてガーゴイルが引き金を引こうとした瞬間、ナディアは「待って」と叫び、「ブルー・ウォーターは何処にある?」と今度は厳しく問うガーゴイルに、「連れの男の子が持ってます」と力なく答える。「ありがとう」と棒読みで答えるガーゴイル、「ごめんなさい、ジャン」と呟くナディア。
 いやーっ、ガーゴイルは血も涙もないわ…と感じたシーンだ。銃の引き金を引いて部下を殺したのは自分のくせに、本当のことを言わないナディアが殺したという詭弁を堂々と吐いちゃうんだから。しかし殺された兵士も、一緒にいた別の兵士もたまったもんじゃない。首領の命令に従っていたら、その首領に直接殺されちゃうんだから。もし私たちが会社で「用事があるから社長室に来なさい」と言われ、言うがままに行ったら射殺されたなんて話があったら、絶対に士気が上がらないぞ。
 このシーンではガーゴイルに「冷酷」というキャラクター性を植え付けることに成功している。目的のためなら何だってする、人を殺すこともいとわない。ナディアが言うとおり「人殺し」という印象をうまくつけたと思う。そしてナディアのキャラクター性も上手く植え付けている。逆上してつい口を滑らせ、それが災いとなってしまう年相応の少女としてとても印象深く描かれているのだ。
 だがガーゴイルの悪役度はまだまだこれからどんどん上がってゆく。このシーンは本当に序の口でしかないと、物語を見てゆくと解るのも面白いのだ。
感想  バベルの塔って、「宇宙戦艦ヤマト」に出てくる波動砲と反射衛星砲のパクリですね、ありがとうございます(意味不明)。発射シーケンスなんか波動砲にそっくりだし、発射直前に「対閃光防御」とかいってみんなサングラス掛けちゃうところなんかそのまんま。いやーっ、笑ったのなんの。
 ただ、今回は物語がある程度シリアスに進んでしまうので、物語の合間に出てくるグランディス一味がギャグ担当になってしまっている感が否めない。ただ前回までナディアやジャンやキングやマリーが存在自体で緩急をつけていたが、今回は彼らにもシリアスに話を進めてもらわねばならないので、グランディス一味は「息抜き」を入れることで物語に緩急をつけるという重要な役回りでもある。そしてギャグだけでなく、彼らがちゃんと「島から脱走する」という目的に沿った上での行動であり、彼らがジャンと合流する道筋をつけるという役割が今回自体にあることを忘れてはならない。
 しかし、今回は劇中にトロッコなどが出てきたけど、これは鉄ヲタのこころをくすぐるような存在ではないなぁ。ジャンやグランディス一味が忍び込んでいる貨車が二軸車で、ガーゴイルがナディアを乗せて案内している客車がボギー構造という描き訳がキチンとされているのに。しかも客車が「城」への急勾配を登るときはちゃんとアプト式になるようで、急勾配区間の手前で減速・停止するし。リアルと言えばリアルなところはあるんだけどなぁ。
 いよいよ次回、ナディアやマリーの救出劇だ。この話、好きなんだよなぁ。
研究 ・バベルの塔から「マリーの島」の広さを考える
 バベルの塔と言えば、波動砲と反射衛星砲を足して割ったような大量破壊兵器であることは前述した。ガーゴイルはこの大量破壊兵器で世間を脅し、世界征服を企んでいると言うところが物語の筋と考えて良いだろう。このガーゴイルの野望を阻止すべく、ネモが「ノーチラス」号で出撃していると言うことは、本回まで見てきた人には理解できていることだろう。
 劇中では、バベルの塔のエネルギー源は要塞化した島に立てられた火力発電所だとガーゴイルが解説していた。ガーゴイルの解説によると、その発電所の総発電量の半分で「パリとロンドンを昼間にできる」というものである。この「昼間にできる」という表現が問題だが、これを単純に「家の中を明るくできる」と考えて「これらの街の電力をまかなえる」としてみよう。「電気事業連合会」のサイトによると、日本の一般家庭の一ヶ月あたりの使用電力量は約300キロワット、単純計算で1日10キロワットということだ。これに19世紀末のパリの人口が330万人、同じくロンドンの人口が645万人、合わせて975万人である。するとこの島の発電所の総発電量は9750万キロワット、世界最大クラスと言われる千葉県の富津火力発電所の発電量が約500万キロワットだから、最大クラスの火力発電所19.5基分と言うことだ。富津火力発電所の敷地面積は116万平方メートル、これは東京ディズニーリゾートとほぼ同じ大きさ。つまり、この島は発電所だけで東京ディズニーリゾートが19個すっぽり入る大きさがあることになる。ほぼ同じ面積を持つ市町村は、なんと札幌市だ。なんかだんだん「孤島」というイメージがなくなってきたぞ。
 それにバベルの塔や他の設備を入れたら、さらに広くなることは確実だ。この島、少なく見積もっても静岡市くらいの面積があるんだろうな。静岡市の広さをバカにしちゃいけない。なんてったって、太平洋岸から長野県との県境まで…っていうと「広い」でしょ?
 結論、バベルの塔があるネオアトランティスのあの島は、「孤島」というような小さな島ではない。だったらマリーの両親だって、隠れるところはいくらでもあったろうに…。

第8回「ナディア救出作戦」
名台詞 「ま、いいさ。乗りかかった船だ。それにどうもこいつら、いけ好かないからね。」
(グランディス)
名台詞度
★★★★
 グランディス一味は「島を出るまではナディアのブルー・ウォーターに手を出さない」という条件の下、ジャンと手を組んで島からの脱出だけでなく、ナディアの救出に手を貸す。その作戦はグランディスとサンソンがネオアトランティス兵士を襲ってその仮面と制服を奪い、ネオアトランティス兵士に変装してジャンをガーゴイルの元に突き出す、機を見てガーゴイルを狙撃するというものであった。
 そして作戦通り、ネオアトランティス兵士に変装したグランディスとサンソンはジャンをガーゴイルの前に突き出すが、そこでジャンはガーゴイルから「ブルー・ウォーターは君が預かっていることを知っている」と言われる。「兵士を下げ、ナディア達を自由にすれば(ブルー・ウォーターのありかを)話す」と言われガーゴイルが兵を下げる際、グランディスが「あんたがブルー・ウォーターを持っていたのか?」と問い、ジャンが「ごめんね、黙ってて」と返し、サンソンが「けっ、子供にだまされるとは…」と呟くと、グランディスがこう語ったことで「作戦続行」となる。
 この台詞により決定された事項、それは前述の通りジャンと手を組んだ「島からの脱出」「ナディアの救出」というふたつの作戦の「続行」である。本来ならばジャンからブルー・ウォーターを奪ってトンズラすれば、グランディス一味の本来の使命を果たせるはずである。だがこの時点で、首領のグランディスが既にブルー・ウォーター入手の必要性を感じていないと言うことがこの台詞で上手く描かれている。それよりも目下の問題は島から脱出することであり、そのために極悪非道の目の前の敵を倒さねばならないということだ。そして当初は「悪役」として物語に登場したグランディスをして、目の前にいるガーゴイルが「悪すぎて」許せないという彼女の心情が上手く出ていて印象的な台詞だ。
 グランディスがブルー・ウォーター入手に固執しなくなった理由と、ガーゴイルが許せないという点は連動しているのは言うまでも無いだろう。グランディスはガーゴイルに捕まったことで「ブルー・ウォーターに賞金を掛けてまで探しているのは誰か?」ということを知ったはずだ。前々回でネオアトランティスの広報部がブルー・ウォーターに賞金を掛けておいたと兵士が語ったことを忘れていない人は多いことだろう。グランディスは「ブルー・ウォーターを入手し賞金を得る」ことは自分たちの野望だけでなく、もっと大きく極悪なガーゴイルの野望までを成就させてしまうことに気付いたのだ。この「こいつら、いけ好かないからね」には、そういう意味で「ブルー・ウォーター」追跡は中止だと言うことを命じている意味もあるだろう。
名場面 ナディア救出 名場面度
★★★★★
 名台詞欄シーンの後、ジャン達が細工した発電所がオーバーヒートを起こして停電。同時にハンソンがグラタンで現れ、停電の隙にジャン達はナディア達を救ってグラタンで脱出する。
 ネオアトランティス兵士達が逃走を確認すると、外を走るグラタンの姿が現れる。なんとグラタンの「手」には十字架に掛けられたままのナディアをむき出しにしたままで…目を回したマリーとキングを抱きかかえたグラタンが「さよーならー」と叫ぶ。グラタンは城から要塞の湖へ降りるレールの上を猛スピードで下ってゆく。大笑いしながら「俺様にハンドルを握らせたら最後だぜ!」と叫ぶサンソン、「いつもこうなの?」とジャンが問えばハンソンは呆れ顔で頷くだけ。機外の「手」では相変わらずナディアが悲鳴を上げている。正面から「人型人間タンク」登場、「俺様とやろうっていうのか!」叫ぶサンソンの華麗な操縦でタンクはあっけなく落とされる。ジャンとグランディスとハンソンはそんなサンソンを呆れ顔で見てる…マリーとキングは目を回したままだ。多数のタンクを退治したサンソンが高笑いすると、今度は正面から装甲車だ。「邪魔すんな!」とサンソンは叫んで砲撃、停止した装甲車を華麗に飛び越えて避ける。機外で「もーゆるしてー!」と叫ぶナディア。高笑いのサンソンの前に要塞外部へ通ずる扉が現れる、これを砲撃するが今度はピクともしない。マリーやキングだけでなく、ジャンやハンソンも目を回している機内で「湖に飛び込むんだよ!」と叫ぶグランディス。サンソンの華麗な操縦でグラタンは海に飛び込み、脱出口を目指すがそこでネオアトランティスの潜水艦に道を塞がれる。
 このシーン、何度視ても面白い。暴走的な活躍をするサンソンが称えられるのでなく、彼らにとって新顔のジャンまでもが呆れ顔で見ているのはとても面白い。サンソンのキャラクター性というものが初めて存分に披露され、ここまでクールな二枚目を演じていたサンソンの突然の暴走に多くの視聴者は驚かされたことだろう。
 それだけでない。ナディアがグラタン機内に収容されず、外で巨大な「手」に握られたままというのはこのサンソンの暴走的な活躍に花を添えるだけでなく、ギャグとして完成されていると思う。そしてマリーとキングは目を回したままというのも、サンソンの暴走ぶりを強調するものとであるのはいうまでもない。現れる敵の強さや数、それに対するサンソンの対処方法とその結果、機外のナディアと機内の面々の動きや声、これら全ての「間」がうまくて、この「孤島の要塞」のシーンでは最も印象的なシーンとなった。
感想  この回、面白すぎ。名場面欄シーンもそうだが、話のテンポも良くてとても見ていて面白い。適度に緩急も付いているし、「主人公達はどうなってしまうんだろ?」という緊張感、前回までの悪役グランディス一味が突如味方になるという予想外の展開、ガーゴイルの手加減のない悪役具合、主人公達のピンチとそれを救う存在…物語の全ての要素が今回を徹底的に印象深い物にしている。今回は何度視ても面白くて飽きないし、何度視ても同じところで笑えるし、何度視ても同じところで手に汗握り、何度視ても同じところでガーゴイルに腹を立てる。本当に上手く出来た回で、序盤では最も印象に残る回である。
 序盤ではジャンとグランディス一味合流の経緯が自然に描かれ、同時に前々回辺りまですっかり「悪役面」していた3人の表情がそれと違う物になっているのは見所だ。同時並行でガーゴイルがナディアを脅してジャンのことを知り、結局はナディアもマリーもキングも人質だという事実がさらに強調される。しかしマリーとキングの生命はナディアの態度次第って、結局殺すのはお前だろ?ってツッコミを入れたい視聴者はごまんといたはずだ。
 そして始まるジャンとグランディス一味による島からの脱出作戦と同時並行のナディア救出作戦。準備シーンにあまり時間を割かなかった点が、今回のテンポとノリを良くした重要なポイントと私は見ている。その僅かな準備シーンもガーゴイルの要塞の設備を強調する時と、サンソンのキャラクター性を強調する時としてしっかり利用している。そしてハンソン以外の3人でガーゴイルの元に乗り込むにしても、ちゃんとバックアップ体制として発電所に仕掛けをするという作戦の細かさで、ジャン達が逆にネオアトランティス兵士に囲まれる事態になっても物語が止まらず、ちゃんとテンポ良く話が進むように出来ている。
 そして大笑いの名場面シーン。この直後にグラタンでの逃亡に一度は失敗し掛かり、ネオアトランティスの潜水艦「ガーフィッシュ」に行く手を塞がれるところは、物語に良い緩急と緊張感がついた重要なポイントだ。もちろんその危機的状況も短時間で済ませることで、物語のテンポの良さは止めない点も重要で、すぐ「ノーチラス」号が現れてグラタンのそのドサクサに逃亡という描かれ方がされる。いやーっ、この時の浮上してくる「ノーチラス」号がこれまた格好良く描かれているのもこれまたいい。
 さらに物語はそれだけで終わらせない。「ノーチラス」号が出てきてガーゴイルが撃退されてめでたしめでたし、なんて甘い展開にしないことでテンポの良さは止まらないし、また物語に緩急が付く。ガーゴイルが「バベルの塔」の力を過信し、これで「ノーチラス」号を亡き者にしようとするという次なるピンチだ。この伏線として前回の終わりや今回の始まりに「バベルの塔」の心臓部である「人造オリハルコン」が破壊している様が描かれており、これを活用して「バベルの塔」発射失敗→要塞が大爆発という衝撃的なシーンで戦いの幕が下りる。この決着に初見の視聴者はこれまた驚くことだろう。
 その後に、物語にキチンと「オチ」まで付ける事を忘れていないのが、これまた今回の重要なポイントだ。ガミラスの下品な高官のように要塞の責任者である「隊長」が穴に落とされて殺されるという「オチ」は、今回の印象をさらに強くする物だ。
 こうして強印象だらけの話というのは、通常は見ていて「しつこい」と感じるところであるが、本回はテンポ良く話を流す事で視聴者に「しつこさ」を感じさせないよう上手く作ってある。こういうアニメって実はあまりないし、正直言ってこの「ふしぎの海のナディア」でも本回だけのものだ。面白いシーンを引き延ばさず、どんなに面白いシーンでもテンポ良く次にシーンへ流してしまうという最近のアニメにない作りに、まさに脱帽だ。
研究 ・ネオアトランティス兵士
 今回ではジャンがグランディス一味と手を組んで、ネオアトランティスと戦いナディア達を助け、同時に島からの逃亡を図るという序盤でのクライマックスと言って良い。そしてジャン達が戦った相手はガーゴイルだけでなく、その下で働くネオアトランティスの兵士達だ。
 彼らには基本的に名前はない、何人か役職が決まっている者がいて演じている役者も固定しているが、それでもガーゴイル以外の者は名前が明らかにされていない。それだけでなく首領のガーゴイルから雑魚兵士まで、全員が同じ仮面を付けている。雑魚兵士同士が名前で呼び合っているシーンもなく、すべて代名詞で済んでいる点を考えると、彼らはお互いに相手の名前だけでなく素性すら知らないのかも知れない。隣にいる兵士が何者か、それが何歳の人で男か女かすらわからないのだろう。
 ネオアトランティス兵士の素顔が出ないと言う点では、細かいところまで見ていると徹底している。たとえばグランディス一味が雑魚兵士を倒して仮面を奪い「変装セット一丁上がり」とするシーンでは、雑魚兵士が倒れて上手く画面の外に出てしまうように描かれている。
 恐らく、ネオアトランティスの構成員は互いに相手の事を知ってはならないという鉄の掟があるのだろう。彼らの控え室は一人一人全部個室になっていて、そこから出るときは仮面の着用を徹底されるに違いない。個室にはトイレや風呂も完備、食事も仮面を付けた配膳係が配給するのだろう。食事を作る賄い係も仮面を付けていて、料理の味見なんかも出来ない事だろう。居室にいる際は良いが、現場に出た場合も誰にも顔を見せないと言う事で徹底していると考えられる。現場のトイレは男女別に分かれておらず、男性も「個室」で小用を足すよう通達されているのだろう。徹底した秘密主義の上でこの組織が成り立っているのだ。
 この秘密主義の必要性は、ガーゴイルのやり方を見ていれば理解できる。理由もなく殺される可能性が高い仕事だ、雑魚兵士は極度の緊張に精神をすり減らしていることだろう。恐らく食事などを完全支給する事で給料はないと考えられるし、組織から出る事もできないので休日は与えられた個室に閉じこもっているしかない。このような状況で周囲が何者か解らなければ仲間意識も芽生えないし、手を組んで反乱を起こそうということも出来なくなる。ガーゴイルがやりたい放題やるためには必要な制度なのだ。
 デメリットは今回のグランディスとサンソンの行動を見ていればわかる。つまり外部から何者かが侵入し、雑魚兵士を適当に倒して仮面と服を奪って着用してしまえば怪しまれる事なく侵入できてしまうのである。外部の人間のなりすましに、他の雑魚兵士が気付く事が出来ないからだ。ガーゴイルですらそれを見破れなかったんだから、間抜けと言えば間抜けである。
 もちろん、ネオアトランティスにも「人事部」があって、そこでは雑魚兵士一人一人の顔や名前だけでなく、生年月日や血液型や出生地などのデータが厳重に管理されている事だろう。あれ、こんな組織、他にもあったな…最近当サイトで考察した事があるぞ。うーんと、えーとっ…あ、「名探偵コナン」に出てくる「黒の組織」だ。仮面の有無だけで、やっている事はよーく似ているぞ。

第9回「ネモの秘密」
名台詞 「いや、科学の力だよ。まったく、凄い船だ。」
(ハンソン)
名台詞度
★★
 ナディア達とグランディス一味は「ノーチラス」号に救助されるが、その際にグランディスが風邪を引いてしまい船医の診察を受ける事になる。これを見舞ったサンソンとハンソンは船医から診察結果を聞くが、それは「薬が効いて眠っているだけじゃ、明日には治る」というものだった。風邪が薬を飲んだだけで治ると聞いたサンソンは「魔法の薬だ」と驚くが、それに反論するハンソンの台詞がこれだ。
 実は「宇宙戦艦ヤマト2199」の最終回を見ていたときに思い出した台詞がこのやりとりだ。「宇宙戦艦ヤマト2199」最終回考察で名台詞欄次点に上げた台詞では、科学者である真田が「充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない」旨の台詞を吐いているが、ここでのサンソンやハンソンの反応はまさにこれだと言って良いだろう。サンソンは信じられない出来事を「魔法」とし、これに対して「科学」を知っているハンソンはその正体を掴み、その科学力がどれだけ発達しているかをすぐに理解する。もちろんサンソンだけでなく、ハンソンにとっても魔法のように感じたはずで、彼はその「魔法のように感じる」ということが優れた科学なのだと理解しているのは確かだ。
 時代的には、風邪を引けばとにかく栄養のあるものを食べて寝て養生する時代だっただろう。それで治るのに何日も掛かるのが当時の風邪だったはずで、これを薬によって1日で治してしまうのは本当に凄い事だ。だって、現代だって風邪を1日で治す薬なんかありゃしない。現代の風邪薬は「風邪の症状を抑える」だけであって、根本的な治療ではないのだ。やはり凄い、こりゃ魔法だ。
 ちなみに人気ナンバーワンの看護師、イコリーナの初登場シーンはこのやりとりの背景だ。確かに今のところは「病室には看護師が必要」というだけで描かれたキャラに過ぎない描かれ方になってる。
名場面 ナディアとネモ 名場面度
★★
 グランディスに続き、今度はキングが風邪を引いてしまう。ナディア達はキングを船医に診せ、その帰りにエレクトラとネモに会う。そこでエレクトラがナディア達を紹介する。まずジャンが紹介されると、ジャンは緊張しながら挨拶をするが「私を艦長と呼ぶな、この船は軍艦ではない」と返されてしまう。続いてそのまま立ち去ろうとするネモに後ろ姿に向けてエレクトラは「こちらがマリーにライオンのキング、そしてナディアです」と続ける。すると立ち去ろうとしていたネモは立ち止まり、自分を睨むナディアと、その胸に輝く「ブルー・ウォーター」を見つめる。「ナディア…まさか…」と呟くネモ、ネモを睨むナディア。「船内を無断で歩き回る事は許さん」とだけ言って、ネモはその場を立ち去る。その後ろ姿を睨み続けるナディアと、すました顔のエレクトラ。
 もちろん、このシーンが示唆するところはネモという人物がナディアや「ブルー・ウォーター」と関係があると言う事だ。そしてその事実をネモより先にエレクトラが気付いていたという事実。恐らくエレクトラはナディアの胸に「ブルー・ウォーター」がある事で、ナディアが何者であるかに気付いていたに違いない。そしてこのシーンでは、ネモがナディアが何者であるかに気が付く。ここまてせ冷静沈着に描かれていたネモが、ナディアを見て明らかに狼狽えていることを思えば、この二人はただならぬ関係である事は多くの視聴者が気が付くところだろう。
 ナディアの側はネモが自分の関係者だとは気付いていない、ただ彼女がネモを睨んでいたのは嫌いなフネの責任者だからという理由に過ぎないだろう。
 この二人の出会いは、好む好まずにかかわらずナディアがネモの戦いに巻き込まれる事を示唆しているのは確かだ。そしてそこに理由がある事をほのめかし、その内容を語らぬことで視聴者に期待と不安を持たせる事になる。ただ、ネモがナディアの関係者である事で、構図的に「ノーチラス」号は主人公の敵ではないと言う事だけは視聴者に伝わってくる。そんなシーンだ。
感想  うーん、前回のあのテンポの良さが信じられないほど、今回は話が進まないなー。だって全編の4分の3位はグランディス一味によるドタバタで話が進んでいるんだもん。グランディス一味は嫌いじゃないが、ちょっと今回だけは出過ぎと感じた。グランディスがネモに一目惚れするという話は大事だけど…でも今回の話をなぞると、本題以外はグランディス一味にネタをつないでもらうしかないんだよね。ナディア達一行にも「間をつないでもらう」ようなギャグが出来るようなシーンは少なかったし(キングが注射されるシーン位かな)。今のところマリーはいるだけで、まだキャラは立ってないし。
 だから名台詞シーンはグランディス一味による「つなぎ」のシーンから出てきた。そして名場面欄シーン以降が今回の本題、いや今回はそこだけ語れればいいという点だ。ナディアとネモの関係の深さを匂わし、それがハッキリするようラストの方でネモもナディアと同じく「ブルー・ウォーター」を所持している事を明確にする。今回はそれだけあれば十分だ。
 しかし、「ノーチラス」号ってすごいなー。船長室にパイプオルガンがあるなんて…そっちに感心したのは私だけ?
研究 ・ 
 

第10回「グラタンの活躍」
名台詞 「ああ、俺たちが上手くやればこの艦は助かる。姐さんと一緒にな。」
(サンソン)
名台詞度
★★★
 ネオアトランティスの飛行船を追っていた「ノーチラス」号は罠にはまり、ガーゴイルが設置した機雷原に行く手を塞がれる。グランディスはネモに「グラタン(カトリーヌ)」による機雷除去を具申し、これが認められる。ところがその準備中にクランディスはサンソンに当て身を食らわされて失神させられる。サンソンとハンソンが失神したグランディスを部屋へ連れて行き、サンソンが「こうでもしないと止められない」と語りハンソンが「危ない橋を渡るのは僕らだけで充分」と語った後、サンソンがとどめとして語る台詞がこれだ。
 もちろん、二人の行動理由は主人であるグランディスを守る事だ。そのためには「機雷除去」なんていう危険な仕事をさせられないのは当然の事。荒っぽいやり方ではあったが、この行動の裏にはサンソンとハンソンの主人に対する忠誠が見えてくるのは言うまでも無い。
 だがサンソンのこの台詞が印象に残るのは、彼は直前まで「ノーチラス」号から脱出することを考えていたからだ。もし3人がグラタンに乗れば、視聴者はそのまま3人が逃げてしまうことも想像できる。グランディスはネモに従順であってもサンソンがそうは見えないという固定概念が視聴者に出来てしまっているからだ。
 そこへこの台詞を吐く事で、サンソンが自分の判断でグランディスを「ノーチラス」号に残した事が解る。彼にとって「ノーチラス号からの逃亡」よりも「グランディスの生命を守る」ことが上位であり、その方針が同僚のハンソンと一致している事まで解るこの台詞によって、普段はバラバラな事を考えているようにも見えるグランディス一味の絆というものがうまく表現されるからだ。
名場面 帰還後 名場面度
★★★
 グラタンによる機雷除去から生命からがらに帰還したサンソン、ハンソン、ジャンの3人は、夕日に照らされた甲板に呆けた顔で座り込んでいる。「甲板が熱いね」とハンソンが語れば、「熱いと感じるのは生きている証さ」とサンソンが返し、「生きてるんだな…」とハンソンが呟く。「姐さんが、ビンタ一発で済ませてくれるとは思わなかったな」とハンソンが続けると、サンソンは「ああ、泣きながら叩いていたな」と返し、これに「ナディアも泣いてた」とジャンが付け加える。「どうだ?ジャン、今回の感想は?」とハンソンが問えば、ジャンは「もう機雷なんか大っ嫌いだよ」と返す。突然のオヤジギャグに笑い出す3人、「ノーチラス」号の向こうに沈む夕日。
 今回の物語に上手くオチがついたと言えよう。本来なら作戦終了後のグランディスやナディアの様子をそのまま流しても良さそうなところだが、ここは敢えて3人に語らせたのは面白い。それもただ語らせるのでない、もちろん生命を賭した重大な作戦によって「ノーチラス」号を救うという大金星を挙げたことで胸を張るわけでもない。疲れ果てて呆けているという「普通の人」として自然に描かれたのはポイントが高いと思う。わざとらしくもなく印象的に、その後のグランディスやナディアの様子を視聴者は知る事が出来るのだ。特にグランディスについては、その光景が目に浮かぶようにここまでのシーンが作ってあるからこそ印象深くなる。
感想  相変わらず話は進まないが、今回はキチンと「緊張感」のある話だった。前半はナディアとジャンの仲がこじれる展開で、前回同様またダラダラと時間だけが経過する話になり掛かるが、ネオアトランティスの飛行船が現れた瞬間に物語は一変する。これまで物語を覆っていたダラダラ感は瞬時に吹き飛び、「ノーチラス」号による飛行船追跡が緊張感を持って描かれる。そして曰くありげに出てくる地下水道、その向こうに機雷原があるとなれば多くの人は「おおっ」と思った事だろう。
 この展開ではとにかく「ノーチラス」号を印象的に描く事に注力しているのは、見た人なら簡単に理解できるだろう。今回のまず一つ目は視聴者にしっかりと「ノーチラス」号を印象付ける事である。「ノーチラス」号の発進シーケンスを順を追って描き、操縦や索敵、潜行手順なども印象的に描かれる。そして機雷原発見で急制動、後退、再度の急制動ではナディアやマリー、それにグランディス一味をギャグに使いながらその「加速力」「減速力」の鋭さを上手く表現している。
 そしてガーゴイルによる挑戦状が描かれ、解決法としてグランディス一味の登場だ。ジャンとグランディス一味が和解している以上、物語はどうしてもナディア達だけでなくグランディス一味が「ノーチラス」号と行動を共にする方向へ行かねばならない。そのために彼らに「実績」と「ネモの敵ではないと認めさせる展開」が必要なのは言うまでも無いだろう。この課程でいつか逃げ出しそうなサンソンは実はそうではないという要素と、グランディス一味3人の絆をしっかり印象付け、彼らを主役にした後半の展開はまさに「手に汗握る」というものだ。
 大迫力は機雷除去成功後、「ノーチラス」号が浮上するシーン。ピンチは完全に過ぎていないということで視聴者を揺さぶるとても良いシーンだ。でもゃっぱり今回は名場面欄のラストシーンだな。あのオチの良さで今回の物語が上手くまとまったのは、再度言うまでも無いだろう。
研究 ・浮遊機雷
 今回、「ノーチラス」号はガーゴイルの罠にはまり、ガーゴイルが敷設した機雷原に囲まれてしまう。「ノーチラス」号側やガーゴイルはこれを「浮遊機雷」と称し、ガーゴイルは「接触・磁気・水圧などでも爆発する複合起爆式」だとしている。
 機雷とは水中に設置される爆発装置で、艦艇が接近したときに浮上して爆発するして艦艇に損害を与える兵器なのは言うまでも無いだろう。その機雷には様々な敷設方法…つまり「仕掛け方」がある。「浮遊機雷」というのはその1形態であり、海面または海中に浮いているタイプの物をいう。他に海底に係留されている「係維機雷」、海底に沈める「沈底機雷」などがあるが、劇中の描き方からみてもこれが「浮遊機雷」であることは確かだ。
 続いて機雷の作動方法だ。まず機雷は艦艇が機雷本体に触れると爆発する「触発機雷」、機雷に設置されたセンサーが船舶の通過を感知すると浮上爆発する「感応機雷」に分類される。もちろん言うまでも無く劇中で描かれたのは後者だ。海中を漂う「浮遊機雷」や、海底に潜む「沈底機雷」では浮上してから爆発するため船舶通過の感知が必要で、多くが「感応機雷」の機能を持つ事になる。
 浮遊機雷や感応機雷の歴史はちょっと解らなかったが、機雷自体は14世紀の中国でそれらしいものが使用された記録が残っているなど古くからあるようだ。日本でも薩英戦争で使用された記録が残っている。「浮遊機雷」で「感応機雷」であるものは第一次世界大戦で使用されている。
 第二次世界大戦ではアメリカが日本の経済活動を妨害するため、日本の主要航路に沿って大量の浮遊機雷を敷設した。この機雷こそが今回劇中で描かれた機雷とほぼ同様の物で、音響・磁気・水圧を感知する事で浮上・爆発するものであった。また劇中と同様に航空機によって空中から散布されるように敷設したと言う点も同じである。ただアメリカ軍の機雷の方がネオアトランティスのものよりもさらに陰湿で、センサーが音響や磁気や水圧をただ感知しただけでは爆発しない。機雷にカウンターが取り付けられていてセンサーが反応した回数を数えていて、カウンターが設定した回数に達して初めて爆発するというものであった。そのカウンターの設定回数も決められておらず、ランダムで規則性もなかったとされている。つまり、一度機雷に触れて大丈夫だったから「不発弾」だと判断して近づいたら…ドカン!と来る訳だ。
 だがこのカウンター機能はガーゴイルの機雷にも付いていたと考えられる。それは劇中でこの機雷が「ノーチラス」号のエンジン噴射や移動における水圧を受けているのに、爆発しないシーンが描かれているからだ(グラタンの接近時についても同じ事が言える)。「ノーチラス」号は膨大な電気を使用しているから多量の磁気も発しているはず、なのにこれが近づいても爆発しないというのは機雷にカウンタ機能が付いているとしか思えない。これが爆発しなかったからと不用意に近づいた人間がいなかったことが、真の「ノーチラス」号側勝利の要因だと思うのは私だけ?

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