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第11回 「ノーチラス号の新入生」
名台詞 「そう、人間が良い心と悪い心を両方持っている以上、科学にも善と悪とが出来てしまう。それを使うのは人間なのだから。そして、使い切れない大きな力はそれだけ多くの不幸も呼ぶわ。この艦のように…。」
(エレクトラ)
名台詞度
★★★★
 ジャンはエレクトラの部屋で「ノーチラス」号に関する文献を読んでいるように見えたが、実は別の事を考え込んでいて様子がおかしい。これに気付いたエレクトラがどうしたのか尋ねる。ジャンはネモに「この艦は人殺しの道具でしかない」と言われた事で悩んでいる旨を語る。そしてその際、ネモに「科学は知恵のみを食べてしまった人間の罪を背負っている」と語られた事をジャンはエレクトラに告げる。この言葉の意味について「どういうことなんだろう?」と悩んでいるジャンに、エレクトラはこう告げるのだ。
 私がこの台詞を初めて聞いたのは、まだ東日本大震災の記憶が生々しく残っている2012年の再放送時のことだ。この台詞を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、震災によって大事故を起こした科学技術の塊…福島第一原子力発電所のことである。原子力による強大なエネルギーが津波の被害によって制御できなくなり、最悪の事態は免れたとは言え多くの人々が放射線から逃れるために避難生活を余儀なくされている事実は、この台詞が言いたいところを具現した事故だったと言って良いだろう。
 科学力というのは普通の人間では出す事の出来ない力を発する事になる。乗り物が動く事もそうだし、発電だってそうだ。この力を正しく使わない限りは必ず人を傷つける事になる。そんな科学の裏と表を、このエレクトラの台詞を通じて視聴者に訴えたかった点でもあるだろう。「ノーチラス」号の科学力をもし平和利用できれば、当時の人々から考えられない便利な物が生み出されるのは確かだが、同時に使い方を誤ればガーゴイルのようになってしまう。こんなところは裏のテーマとして存在するはずだ。
 わかりやすい例は自動車だ。自動車という科学技術は、人々を早く快適に遠くへ送り届ける便利に物であるが、一方では悲惨な交通事故で多くの人々が生命を落としている。このように科学には光と影があることから目を背けない点は、旧作の「宇宙戦艦ヤマト」と通ずるところがあり好感が持てる点だ。
名場面 報告 名場面度
★★
 ネモが新たに乗組員に加えたグランディス一味や、ナディア達の事についてエレクトラから報告を受ける。動物であるキングが簡単な計算が出来る事、グランディスの料理の腕が確かな事に感心するネモに、エレクトラは神妙な面持ちでナディアについて報告する。「何をやっても失敗ばかりしています。今までが今までですから、心配なさる事は無いと思いますが…」とのエレクトラからの報告に、ネモは「そうか…今まで誰も教えてくれる人がいなかったんだろう」と評する。それを聞いたエレクトラは「私にもいませんでした、そんな人…」と呟く。
 ここへ来て見えてくる一つの設定、つまりナディアとエレクトラは親がないまま育ったであろうことが見えてくる。エレクトラがナディアを気に掛けている理由はこんなところだ、と言う点が見えてくるだけではあるが、私はなぜかここが印象に残った。
 そのナディアを何とかしようという気持ちが二人に共通して見えるところが良い。こうして「ノーチラス」号はナディアの親代わりになろうとしているのか? それよりネモはナディアの何なんだと気になるシーンであろう。
感想  今回はもう、グランディス一人によるドタバタ回と言って良いだろう。サブタイトルから見える筋は冒頭の数分だけ、後はひたすらグランディスの一人舞台だ。だが彼女の一人舞台はジャンを「ノーチラス」号の機関室に迷い込ませ、名台詞欄シーンに続くように上手く作ってある。今回の本題はそこだからだ。
 しかし、ナディアが第1回以来初めてあの派手なサーカス衣装から着替えたが…「ノーチラス」号の作業服でも無理矢理ヘソ出しスタイルにしちゃうとは参ったな。それもちゃんと「大きい服を自分に合わせる事が出来ない」という、名場面欄に繋がる設定としているのも面白い。こうしてナディアが不器用で普通の少女なら出来る事も出来ない点を描いた事は、彼女の生い立ちの設定を固める上で重要だ。しかし指を怪我したシーン、痛そうだなぁ。
 あとはドタバタ劇の中でも一人落ち着いているマリーが印象的だった。それとグランディスの食事を奪ったキングの動きもコミカルで気に入ったぞ。
研究 ・ 
 

第12回 「グランディスの初恋」
名台詞 「みんな始めはそう思っているさ。でもいずれ、その人に感謝するようになるわ。人間は一人では生きていけないからね。」
(グランディス)
名台詞度
★★★
 ナディアに自分の過去の事、そして初恋の事を語ったグランディス。彼女はナディアにジャンを「あんたみたいな女につきまとう珍しい男」としてもっと大切にするよう説く。これに対しジャンとはそんな関係ではなく単なる友達だと反論するナディアに、グランディスは優しくこう答える。
 恐らくグランディスの言いたい事は、大切な人だからこそ、自分を気に掛けてくれる人だからこそ、いつもそばにいるからこそ、その有り難みや大きさが解らないという論点だ。グランディスの過去の話を振り返れば、彼女も決して一人ではなかった事はうまく読み取れるようになっている。お嬢様として育ち、母が死んだ後は父がいたし、全財産を失ってもサンソンとハンソンがいてくれた。そんな「そばにいてくれる人」の有り難みをあの体験談の後に語れば、説得力が生まれる台詞であり今話では強烈に印象に残る。
 このグランディスと思いはナディアの心を揺さぶったが、揺さぶっただけで終わってしまう。ナディアが持つ心の闇がそれだけ深く、彼女が素直になるにはまだ時間が掛かるという設定の方が自然だ。ナディアが心を揺さぶられつつも、心の中で何かが溶ける前に銃声がこのシーンを切り裂くのは上手く出来ていると思う。こうして折角の良い台詞も台無しにされる運命にあった事で、この台詞がとても印象に残った。
名場面 留守番 名場面度
★★★
 「ノーチラス」号に訪れた「狩りの日」。無人島の入り江に艦を停泊し、乗組員の殆どがその無人島に上陸して陸上生活を楽しむ。だが「ノーチラス」号をカラにするわけにも行かず、艦橋には副長のエレクトラ、機関長、それに操舵長の3人が留守番をしていた。
 機関長が「最近の若い女はなっとらん」とグランディスを批判すれば、操舵長は「恋する女は恐ろしい」と返す。だが操舵長が「船長もあれだけ積極的にアタックされれば男冥利に尽きるもんですよ」と言うと、機関長は先程までの批判を忘れて「口は悪いがなかなかの美人だ、おまけにグラマーと来ている」と語る。続いて操舵長が料理の腕を褒めれば、機関長は自分がもっと若ければ絶対にアタックしたと言い切る。その会話は聞きたくもないのに聞こえてしまうエレクトラは、イライラし始めて靴を鳴らし始める。操舵長が「でも船長も島へ行ったってことは、まんざらでもないってことですかね」と続ける、機関長がこれに「だとしたら面白いんだがな」と返したところで、エレクトラが突如立ち上がり「私も島へ行ってきます。後の任務はよろしく」と険しい声で二人に告げる。そんなエレクトラを黙って見送る二人だったが、艦橋の扉が閉まると操舵長の「おー怖っ…でも行っちゃいましたね」で始まり、機関長が「たまにはネオアトランティスの事を忘れるのも良かろう。副長も少しは自分の気持ちに素直になって欲しいものだな…あのグランディスみたいに」と返す。
 このシーンの面白いところの一つは、エレクトラのイライラが上手く表現されている事だ。もうここまで見ていればネモに恋をしているのはグランディスだけでなく、エレクトラもだと言う事は多くの視聴者が理解している事だろう。だがエレクトラの恋心は自覚がなくて潜在的なものなのか、はたまた彼女は「船長と副長」という立場からその思いを胸にしまっているのか、それは解らない描かれ方をされている。いずれにしても明確なのは、エレクトラもネモを思っている事だけだ。
 そこへ現れたグランディスの存在が、エレクトラにとって面白いはずがない。しかも艦橋の二人がそれを高評価で語っているのだからもっと面白くないだろう。さらに面白くない事に、ネモがグランディスがいる島へ向かっているという。もちろん彼女にはグランディスなんかにネモを取られるはずがないという自信はあるはずだが、これは監視しなきゃならないと感じて艦を出て行くまでの心境変化が上手く描かれている。
 問題はこの機関長と操舵長だ。この二人の会話の内容をよく聞いていると、二人はエレクトラの気持ちに気付いていてわざと聞こえるようにこの会話をしたとしか思えない。こういうシーンがあることで、「ノーチラス」号乗員のチームワークというものも見えてくるから面白い。そんな意味で印象に残ったシーンだ。
感想 …ったく、途中までサブタイトルの意味が解らない話だった。グランディスにとってネモへの恋愛は間違っても「初恋」じゃないだろーに…このエレクトラを巻き込んだ恋愛ドタバタを最後まで見せられるのかと思ったら、ナディアとグランディスのシーンになってグランディスが過去を語るという展開へガラリと変わって驚いた。そのグランディスが語る「過去」にちゃんと「初恋」が入っていて、「これか!」と思ったわけだ。
 このグランディスが過去を語るシーンをきっかけに、物語は「グランディスとエレクトラとネモの三角関係のドタバタ劇」から、やっと主人公ナディアを中心とした展開に変わる。前々回辺りからどうも主人公ナディアの影が薄くなっていたからなぁ、前回ではジャンまで影が薄くなり始めていたし、でも前回も今回もマリーの圧倒的な存在感には驚く。マスコット的なキャラクターとしての地位を確立させたのは確かだろう。次回はそのマリーが主役の話のようだ。
 しかし、サンソンの不満ももっともだけど、潜水艦なんだから食事が魚ばかりになるのは致し方ないと思う。でもあの魚、「ノーチラス」号が航行しながら捕獲しているのかな? ちゃんと野菜などもあるみたいだし、食べ物は基本的に備蓄だろうから肉はあってもいいと思うんだけど…。
研究 ・ 
 

第13回「走れ!マリー」
名台詞 「そーうだなー…人は一人では生きてはいけないし、一人で生きてちゃいけないんだ。ま、そのうちナディアにも解るさ。」
(サンソン)
名台詞度
★★★★
 今回は「ノーチラス」号乗組員のキャンプの朝から始まる。皆が目を覚まし、ジャンはサンソンやハンソンと一緒に歯磨きをする。歯を磨きながら「女心」を軸にナディアの話題となったジャンとサンソン、「ナディアは一人で生きてゆくつもりなのかな?」と問うたジャンにハンソンはこう答える。
 いやーっ、深い台詞だ。「人は一人では生きていけない」…これだけなら前回の名台詞欄でグランディスが語った台詞だ、だからこれだけだったら特に印象に残る台詞にはならなかったはずだ。このシーンでのサンソンは、その前回のグランディスの台詞にもうひとつの論理を付け加えた。それが「一人で生きていちゃいけない」というところだ。
 そう、人というのは一人で生きていけないからこそ一人で生きちゃいけない。必ず誰かと交わらねば生きていけないから、誰とも交わらずに生きてちゃいけない。なぜならそれは、他の人も一人で生きてゆく事が出来ないからだ。だからこそ相互依存が必要だし、そのためにどうしても「人付き合い」という物が発生する。これから逃げてはいけないと言う事だ。
 そして劇中のナディアの場合、「ノーチラス」号の皆がナディアを守るのだし、世話もしてくれる。そんな世界にいるからこそ「一人で生きていちゃいけない」のであって、前回のグランディスの言葉である本来はこれに感謝しなければならないということを上手く補強してくれる。
 さらに言えば、サンソンの中にこのような論理がしっかりしているからこそ、過去に財産を失って独りぼっちになってしまったグランディスから離れる事は無かったのだろう。「一人で生きていけない」「一人で生きちゃいけない」からこそ、彼はグランディスのそばにいる「誰か」になるべく、彼女の元で働いているという「過去」をも思い起こさせてくれる。そういう意味でもとても印象的な台詞だ。
名場面 射殺 名場面度
★★★★
 薪集めに出かけたはずのサンソンと、行方不明のはずのマリーが、突如として敵発見のためにキャンプを撤収中の「ノーチラス」号乗組員達の元に帰ってくる。しかも「崖から落ちてくる」という形で、テントがクッションになって助かる形だ。ナディアに抱きつくマリーとサンソンは、空を指さして「ガーゴイル!」と叫ぶ。すると一同がいる場所にガーゴイルの人型ロボットが墜ちてくる。驚く一同の様子をよそに、人型ロボットのハッチが開いて中から仮面が取れかかっているネオアトランティスの兵士が出てきて銃を構える。「あの人怪我をしているわ」とナディアが語るが、それに構わずそのネオアトランティス兵士は銃の引き金を引く。ナディアの眼前を掠める銃弾、続いて兵士はナディアに明確に照準を定めて発砲しようとするが、ナディアの隣に現れたネモが拳銃の引き金を引く…銃声と驚くナディア…次のシーンでは兵士は生命を失って倒れていた。悲鳴を上げた後「どうして? どうして撃ったのよ? あの人は怪我をしていたのよ!」とネモに詰め寄るナディア、だがネモは冷静な声で「お前が撃たれていたのかも知れないんだぞ」と告げる。ナディアは「そんなの関係ないわ、どんな理由があるにしても人殺しよ! そうでしょ?」と今度は「ノーチラス」号乗組員に同意を求めるが…皆はナディアの言葉に耳を貸さず、恨みに満ちた表情で兵士の亡骸を睨み付けるだけだ。この展開にジャンやマリー、それにグランディス一味はむ戸惑いの表情を見せる。驚いて辺りを見渡すナディアが「人殺しー!」と叫んだところで、今回が幕を閉じる。
 今回はナディアの短絡的思考が二度に渡って描かれるが、この今回のラストシーンはその二度目だ。そのナディアが安っぽい正義を振り回す事で、「ノーチラス」号の中で浮いてしまうだけでなく、自分の殻に閉じこもってゆく展開が上手く描かれている。
 ナディアの言っている事は間違っていない。人を殺したのだから「人殺し」なのは間違っていない。だけどそこに「どんな理由があるのか」「この人達は何のために一同に介しているのか」という論点をナディアは見落としたままであり、そこに考えが至らない。ネモの発砲は何よりも「乗組員」の一人であるナディアを守るための行動だったし、「ノーチラス」号乗組員の反応については「彼らはネオアトランティスを滅亡させるために集まっているから」である。ネモは「乗組員を守る」という正義の上で動いていたし、乗組員達は「親しい人の仇」という論理だけでなく「世界の人々に同じ思いをさせない」という正義がある。その正義を持って戦っていて自分を殺す事も厭わない人間が集まっていると解っていながら、そのネオアトランティス兵士が来てしまったのだから仕方の無い事、という論理がナディアの中にないのだ。そして、自分がその兵士に殺される立場である事も。
 このシーンを見て思う、この時点でのナディアは自分に銃を突きつけている人間をも殺すべきではないというのだから、ネモが発砲しなかったら間違いなく死んでいたであろうことを。本来なら生命を守ってもらえた事を感謝せねばならないが、ナディアの安っぽい正義はそれをさせない。そんな彼女の年相応の「甘さ」がうまく表現されていると言う点で、とても印象的なシーンだ。
感想  うーん、今回はいろんなアニメのパロディが目立ったなぁ。マリーはアラレちゃんみたいに「きーん」走りをするし、ネオアトランティスの人型ロボットが岩石を投げるシーンはどう見ても「大リーグボール1号」だし…あ、マリーの「きーん」走りはオープニングでもやってたか。
 マリー大活躍の回である。みんなが忙しく誰にも相手にしてもらえないマリーは、「つまんない」の言葉と共に無人島を縦横無尽に走り回ってしまう。そのシーンではオープニングテーマ曲をBGMにとてもゆったり、そして雄大に描かれていてマリーがこの島を楽しんでいることがよくわかる。そして線路づたいに歩くところから、マリーは「楽しみ」ではなく皆とはぐれた「不安」を感じるようになり、その不安の中でネオアトランティス兵士と遭遇、サンソンと合流しての逃避行を迫力たっぷりに、そして第8回のようにノンストップで描いた。この部分も何度視ても面白い。
 だがこのサブタイトルであり主軸となったマリーの冒険が今回の本筋ではない、あくまでも本題はナディアの事だ。名場面欄シーンも含め、ナディアが二度に渡って安っぽい正義を振り回すところが今回の本題であり、マリーの冒険はその合間にピッタリはまり、二度目のシーン(名場面欄)につなぐためのシーンである。
 ナディアが最初に安っぽい正義を振り回すのは、言うまでも無く冒頭の「子鹿を捕まえて食べた」ことに対する反発だ。ナディアの言っている事は間違っていない。だがここは徹底的に安っぽく、彼女の論理はあくまでも「可哀想」だからなのだ。「野菜を食べる事だって植物という生き物を殺す事だ」「肉食動物が草食動物を食べるという食物連鎖も許せないのか」と劇中のナディアに突っ込みたくなった人は多い事だろう。「人が生きる」ということは、他の生き物の生命をもらう事に他ならないのだから…だから「安っぽい正義」であり、これにしがみつく彼女が孤立してゆくしかないのである。ここでもナディアの正義は年相応で「甘い」ということは言うまでも無いだろう。
 そんなナディアの「甘さ」と「若さ(というかガキ)」と言う点を、前回のラストと今回でうまく視聴者に印象付けた。正直言って物語にやっと「主人公の成長物語」という一面が加わったと言って良いだろう。この「甘い少女」がどう成長するのか、楽しみでもあり怖くもあるなぁと感じた話であったのは確かだ。
研究 ・ 
 。

第14回「ディニクチスの谷」
名台詞 「確かに、わしも船長は変わったと思っておるよ。ガーフィッシュを目の前にし、反転命令を出したのには正直言ってわしも驚いた。じゃがな、船長の判断が間違っておるとは思わん。いくら目的のためだからと言って、幼い生命を犠牲にしてしまう事はガーゴイルのしている事とちっとも変わらんからな。わしも息子や孫の仇は取りたい、だがそのためには何をやっても許される訳ではなかろう。なぁ、エレクトラ。わしはネモ船長を信じておる、あの人がいたからわしらは今まで生きてこれたんじゃからのう。」
(機関長)
名台詞度
★★★
 マリーに続きナディアも高熱で倒れると、ネモは二人を治療するための薬草を手に入れるため、やっと追い詰めたガーフィッシュの追跡を中断して方向転換する事を決断する。この決定に納得のいかないエレクトラは機関室で機関長に愚痴ったのだろう。背を向けて俯くエレクトラに、機関長は作業をしながらこう訴える。
 艦橋でネモが反転を決断したシーンでエレクトラが反論したとき、視聴者の誰もがこうツッコミを入れたかったことだろう。ネオアトランティス殲滅のためには手段を問わないネモが、その敵を目前にして反転するのは驚いたがそれこそが人の道に沿った正しい行為であると。その誰もが感じた思いを、劇中のキャラクターを代表して老いた機関長が論じてくれる。
 そう、いくらガーゴイルが極悪人とはいえ、それを倒すためにそのガーゴイルによって両親を殺された子供の生命や、ガーゴイルに一度捕まったことで戦いに巻き込まれた少女の生命まで奪って良いはずはないのだ。この二人はガーゴイルに酷い目に遭わされたいわば「同士」であり、その生命をないがしろにする事はまさにガーゴイルと同じことをしているに過ぎない。それだけでなくいかなる理由があるにしても「同士」の生命をないがしろにする事は、鉄のチームワークがあるはずの「ノーチラス」号の乗組員の間に疑心を発生させ、いずれは艦を破滅に導く事になるだろう。付け加えればそんな仲間の生命をもないがしろにするやり方も、ガーゴイルのやっている事と同じである。「ノーチラス」号の乗組員を悪魔ではなく、人間にするためにはどうしてもネモはマリーとナディアを助けなきゃならないのは明白で、だからこそネモの判断は間違っていないのだ。
 この機関長の思いがエレクトラに通じたのか、この後のエレクトラはマリーやナディアを救おうとするネモの行動に協力的になる。だがここでエレクトラにネモに対する疑心は生まれていたのは確かなようで、こんなところにエレクトラの「若さ」が描かれている事も見逃してはならない。
名場面 ネモとエレクトラ 名場面度
★★
 今回のラスト、ナディアもマリーも無事に回復したことが描かれると、最後に艦橋の様子が描かれる。進路を元に戻した旨を報告して立ち去ろうとするするエレクトラに対し、ネモは目的を目前にして進路を変えた事を「すまん」と詫びる。エレクトラはこれに「私も船長を信じていますから」とネモに背を向けたまま答える。「そうか…」と呟くネモ。
 名台詞欄に書いたとおり、ナディアやマリーのために進路を変えた事に納得がいかなかったエレクトラは、機関長の説教を受けて命令通りに行動する。そして全てが上手く丸まった後でこのようなシーンになる訳だが…もちろん名台詞欄に書いた事の繰り返しになるが、ここでエレクトラにネモに対する疑心が芽生えているのは確かだ。
 このシーンの直前までエレクトラは、命令に従順とは言えちょっとよそよそしいところがあったのも事実。そしてこのシーンでは必要最小限のことを終えたら、ネモの顔も見ずに逃げるように去ろうとしている。こんな何気ない描写が、エレクトラの心にある「引っかかり」を上手く演じている。そして口では「信じている」と言いつつ、相手の方も見ないで告げる辺りは決してその台詞が素直に口から出た訳ではない事を示している。
 そんな二人のギクシャク感を、短いシーンでうまくまとめて今回のオチとした。このシーンを見るとエレクトラについて「なんかおかしいぞ」と思えるよう上手く作ってある辺りが、とても印象的だ。
感想  今回には二つの要素がある。ひとつは前回のラストでナディアが「ノーチラス」号やネモについて「人殺し」と一方的な非難を行った答えだ。これは今回の本筋で、彼らも若い約一名を除いては「敵を倒す事よりももっと大事な事がある」という事が解っている人間だと言う点だ。つまり敵には容赦しないが味方は大事にする。だからこその「敵を目の前にしての反転」であり、これに力を注ぐのだ。ま、ネモにはもっと他の理由がありそうだが…。
 つまり「味方である少女の生命」と「敵殲滅」を天秤に掛け、前者の方に傾いたと言う事だ。ネモが決断した直後の艦橋シーンを見ればそれは解る。敵は逃してもまた追いかければ良いが、少女を二人も死なせてしまったら絶対に後悔すると言う事を、みんな知っているのだ。
 そしてこちらが本筋であるが、今回は「エレクトラがネモに対する疑心を持つ」ということで先の展開に対して伏線を張るという重要な役割がある。この二人がこのまま上手く行く訳がない臭いというか、そんな予感をびんびんに漂わせているから間違いないだろう、と2012年の再放送を見たときにも感じた事だ。二人の仲がこじれるきっかけとして、この事件は後になって上手く思い出させるように上手く作ってあると考えられる。
 しかし、マリーが倒れたと聞いて医務室に駆け込んできたサンソンに笑った。前回の件から突然気になるようになったのか、はたまた単なるロリコンなのか…と2012年の再放送を見たときには感じたものだ。今回のサンソンは格好良すぎて名台詞も沢山あるが、機関長の台詞には負けたなぁ。
研究 ・ディニクチス
 今回、ナディア達の病を治すための海藻を採りに行ったネモやジャンらの行く手を塞いだ魚が、サブタイトルにもなっているディニクチスだとされている。劇中ではこの魚がいた場所を「海流などのせいで何億年も外界と隔絶された場所」とされ、サンソンが銃で撃てば「奴は頑丈な皮骨に覆われている甲冑魚」だとして銃撃は無効であり、潜水服のライトに反応してやってきた「走光性」のある魚だとされていた。
 実はこの魚の名称とされている「ディニクチス」というのは特定の種の名称ではなく「科」の名前であり、この「ディニクチス科」に属する魚は何種類かあるのだ。つまり人間で言えば「ヒト科」は古代人であるホモ・サピエンス以外全てをさしてしまうが、劇中でそのような呼び方をされてしまったのだ。ネモは本当に海洋生物学者か?と疑いたくなるような現実である。
 この魚は、ディニクチス科に属する魚の中でダンクルオステウスと思われる。化石から推定される復元図と、劇中の描写がダンクルオステウスがとてもよく似ているからだ。この魚は板皮類と呼ばれる魚で、デボン紀後期(約3億8千万年前)の海に生息し、デボン紀末の大量絶滅で姿を消したことは化石から解っている。
 特徴は劇中でも描かれたとおり、頭部から肩部に掛けて甲冑のような装甲板で覆われていた事だ。だが甲冑魚とは異なりこれは皮骨が発達した物ではなく、顎骨が進化したものだ。本当にネモは海洋生物学者なのかよ…。
 その巨大な顎を武器とした捕食魚であったと考えられている。獲物を強引にかみ砕いて丸呑みし、消化できない部分を後から吐き出すという捕食方法だったと考えられる。現に化石と一緒に吐瀉物の化石も出てきた例があるそうだ。食物連鎖の上位にいたと考えられるが、当時いた棘魚類(背びれに鋭い棘を持つ魚)が弱点だったようで、棘魚類の棘が喉に刺さって喉を詰まらせて死んだと考えられる化石も発見されている。
 劇中では獲物を追うにしてもゆったり泳いでいたが、あまりにも頭部の装甲板が重く、素早く泳げなかったと考えられている。だが「ノーチラス」号の潜水服はとても重そうだから、逃げ切れないだろうな。

第15回「ノーチラス最大の危機」
名台詞  「まぁ、いいさ。形ある物はいつか壊れる、これも運命だよ。神様が父さんの事でくよくよするなって、言ってるんだよね。」
(ジャン)
名台詞度
★★★
 「ノーチラス」号の格納庫でハンソンのグラタン修理を手伝っていたジャンは、作業中の手違いから愛用のメガネを落としてしまう。そこへ現れたナディアがジャンのメガネを踏んで壊してしまう。メガネが父の形見である事を語るジャン、ひたすら謝るナディア…だがジャンは壊れたメガネを掛けると、明るい声でこう語る。
 前回まで我が儘発言をし放題のナディアと対照的でとても印象に残った。今回は今回限りの主人公である「ノーチラス」号甲板員のフェイトが多くの印象的な台詞を吐いているが、この台詞はそのフェイトのどの台詞よりも印象に残るものだと私は感じた。
 自分の大事な物を壊されても、それが「わざと」でなければ「運命」として受け入れる。そんなジャンの「大人」な部分が垣間見えるからだ。本音ではジャンだって悲しい事だったし辛い事だが、その感情を胸にしまっておく事でナディアや周囲が余計に傷ついたり気遣ったりしなくて済む事を知っているし、感情にまかせて怒っても壊れた物は取り戻せない。これを良く理解しているのだ。だからこそここでこのメガネが壊れた事を「運命」として受け入れ、出来事を「神の思し召し」として冷静に受け入れる事が出来るのだ。
 彼のこんな考えは、少年にして科学者という彼の生い立ちが育んだことは容易に想像できる。折角作った物が失敗により壊れる、そんな経験を何度もしてきたからこそ彼はそれが「運命」と考えるようになったのだろう。
 もちろんジャンは、部屋で一人になったときに泣けばいいとでも考えていたのだろう。だが近くにいたフェイトがそんなジャンの気持ちを見抜いていたに違いない。彼は名台詞欄次点の台詞を吐いてジャンのメガネを修理する。
 そして前述したが、この台詞はナディアの性格と比較してみると面白い。もしこれがナディアだったらこんな風には受け止めず、踏んだ事を徹底的に非難し、感情をまき散らすだけまき散らして辺りに当たり放題だった事だろう。だからこそ彼女は主役を張れるのだと言う点は、この手の物語を多く見ている人にも納得できる話だ。
 (次点)「壊れた物は直せばいいよ。人の生命以外なら、たいていは取り返しのつくものさ。こぼれた水は元に戻らないけれど、また汲めば済む事だよ。貸せよ、俺が直してやる。」(ジャン)
…名台詞本欄の台詞を受けて、ナディアがそれでもジャンが悲しい事を見抜いたのか、二人に無口になってしまうが、そこへフェイトが現れてこう声を掛ける。「形ある物はいつか壊れる」というジャンの考え方に対して、「壊れた物は直せば良い」という解決策を提示する。この「壊れた物は直せば良い」という考え方は、消費社会の現在ではなかなか難しい点であり大事な事だ。
名場面 フェイトの最期 名場面度
★★★★★
 ガーフィッシュの体当たり攻撃で損害を受け浮上した「ノーチラス」に待ち構えていたのは、「大海獣」を追いかけてきたアメリカ連合艦隊だ。「大海獣」を発見した艦隊は「ノーチラス」号に対し容赦ない砲撃を加える。偽装沈没でこれを乗り切ったが、砲撃による損傷は大きく、また海上にアメリカ艦隊が残っているため浮上する事が出来ないピンチに陥る。
 そんな中、被弾して損傷を受けた補助機関室で異変が発生する。被弾により発生した小爆発は、機関室内のパイプを切断したのだろうか、有毒ガスを吹き出す事態を引き起こしてしまう。ネモは補助機関室を完全閉鎖する事を命じる。放っておけばそのガスが館内全体に回り、最悪の場合は全滅という結果を招くからだ。そしてその閉鎖区画の中にいたのは…フェイトだった。
 この出来事にジャンとナディアは閉鎖区画の最後の扉まで駆けつける。ジャンも、そしてナディアもそこからインターホンで機関長やネモに中にいるフェイトを助けるよう懇願する。これが聞こえたフェイトは、区画が閉鎖された理由も、浮上できない理由もすべて承知しており、その上で「船長の判断が遅ければ犠牲はもっと増えた」と語る。フェイトを助けない事でネモを「人殺し」と罵り、グランディスに平手打ちされ「一番辛いのはネモ」だと説教されたナディアにフェイトは語る。「この船の超科学は人の目に触れてはならない…解ってくれ。ネモ船長の事は悪く言わないでくれ」と。そしてネモに対して「俺たちの目的、ネオアトランティスの壊滅を果たしてください」と、ジャンに「元気でな、ナディアとは仲良くしろよ」と言い残し、「じゃあな…」と言い残す。そして15秒の沈黙…扉の向こうまで有毒ガスが迫ったブザーが鳴ると、「嫌だ! 俺はまだ死にたくない! 俺にはまだやりたい事が残っているんだ! 俺にはまだ…」とフェイトの絶叫が聞こえてくる。フェイトの名を叫びながら扉を叩くジャンはその場に泣き崩れ、その泣き声が補助機関室への通路に響き渡る。
 今回、突然出てきた甲板員のフェイトというキャラクターが、死亡フラグも立たないうちに唐突に最期を迎える。その最期は本人も「どうにもならない」という理解と諦めの上に成り立っているという重し展開となった。ここまてせ重い展開は本作では、マリーの両親の死以来だ。
 途中まではフェイトは格好良く最期を迎えるかに見える。名台詞欄のジャンの台詞のように、自分に訪れた運命を受け入れ、それを他の生命を守るために仕方が無いと理解し、感情を押し殺して皆に心配を掛けずに逝くと誰もが思うように作ってある。だが15秒の沈黙の後、最期が迫ったフェイトから出てきた言葉は「死にたくない」という本音だ。これがあったからこそフェイトが等身大の青年キャラとして完成した。彼はまだ夢も希望も多い年相応の若者だと言う事で、「死にたくない」という普遍的な思いを胸に抱いているからだ。
 この最後の最後でフェイトの本音が出た事で、このシーンはとてつもなく重くなってしまった。「人の死」を軽く扱わず、その一つ一つに感情というものが植わっている事を視聴者に突きつけてきたのである。彼の死を英雄的な死として仕上げるのは簡単だが、それだけで済ましてはならない事を上手く描ききったことが本作の評価を上げた部分である事は確かだ。
 そしてさらに、ラストシーンで「ノーチラス」乗組員が彼を弔うシーンなどを入れなかったのも大きい。彼のような死が英雄的ではなく、「ノーチラス」号では日常的で皆はそれを承知の上で乗り込んでいるという点が、うまく再現されているのだ。だが本当は、「彼らを弔うべき時と場所は他にある」と言う事は次回解る訳だが…。
感想  名場面欄にも書いたが、とてつもなく重い話だ。この回を最初に見た2012年の再放送では、感動と同時にその「重さ」に圧倒された。今回、突然出てきたフェイトという人の良い乗組員、印象的な台詞が多いキャラだがその多くは「事件」が起きて彼に死の宣告が下されたからだ。それまでは死亡フラグと呼べるようなものもなく、「ジャンと仲良くなった乗組員」として描かれ、今後の活躍に期待しちゃうようなキャラであった事は否めない。
 「大海獣」を追うアメリカ戦艦が、こんな形で物語に再登場したのも驚きだ。あの戦艦は今回に対しての伏線として登場したのは、今回を見て初めて解る事だ。戦艦の乗組員だけでなく、何気なくエアトンも再登場しているが、声が違うので最初は誰だか解らなかったのは悲しい。今後の展開を見ていると彼はとことん「ハズレ役」ということは解ってくる。
 しかしガーゴイルも今回は上手く仕掛けたなー。「ノーチラス」号にガーフィッシュを発見させ、おびき寄せて体当たり攻撃で「最小限の損害」しか与えないところは今回のポイントだ。ガーフィッシュの体当たり程度では「ノーチラス」号を沈められない事くらい、彼には解っていたのだろう。体当たり攻撃でガーフィッシュを1隻失うとは言え、その体当たりポイントを「ノーチラス」号の重要部分などが少なく最も装甲が薄そうな一点に絞る、そうすれば装甲板をやられて彼らは浮上せざるを得ない…そこまで考えないとこの作戦は上手く行かないはずだ。そしてアメリカ海軍に「大海獣の出現ポイントと時刻」として体当たり敢行の場所と時刻を知らせておけば…あとは自分の手を汚さずにアメリカ海軍が「ノーチラス」号を葬ってくれる、そうでなくとも大きな損害を与えて「ノーチラス」号の活動を中断させる事が出来るのだ。
 ガーゴイルがこんな回りくどい作戦を採った理由は、あの要塞島が壊滅した事で彼らの潜水攻撃能力が払底したからと考えられるだろう。もしナディアやマリーが高熱で倒れていなければ、この攻撃は前回に行われていたと考えられる。そしてガーゴイルにとって必要なのは戦力を立て直すための「時間」であるが、そのために「ノーチラス」号の足を止める力も無いというネオアトランティスの台所事情からこのような作戦になったのだと考えられる。
 そう見てみると、ここからの話の筋が上手く繋がるんだよね。ここからしばらく「ノーチラス」号はガーゴイルに襲われる事は無かったと記憶しているのでね。
研究 ・ 
 

第16回「消えた大陸の秘密」
名台詞 「船長の罪に対する罰がナディアとの再会であるなら、これほど過酷なものはない。」
(機関長)
名台詞度
★★★
 ナディアがネモに問う、「どうして…どうしてこんなに人を死なせて、あなたは生きていられるの?」。「いずれ私も死ぬ。だが、その前にやらねばならぬ事がある」…ネモはこう答えるとナディアが問い返すのも無視して歩き去ってしまう。その背中を見ながら機関長は「罪を犯した者は、それに値する罰を受けなくてはならん…船長は重い十字架を背負っておる、死んだ大勢の人たちの分まで生きて、生き抜いて、どうしてもやらなければならない事があるからじゃ…いずれ解るときが来る」と語る。この言葉を聞いたナディアは何も言わずに走り去るが、その後ろ姿を見ながら呟く台詞がこれだ。
 ナディアはネモの「人を殺した」という結果が、いかなる理由があっても許せない。だがネモは信念に従って生き、目的のために人を死なせてしまった事もある。彼が背負ったものは、その死んだ者も分まで生きて目的を果たす事であり、そのために生命を賭して協力する人間が彼の元に集まっている。これは機関長に言わせれば「運命」のはずだ。
 だがその運命の悪戯か、ネモにとって大事な人物であるナディアが現れてしまう。ここまで見ていれば視聴者は、漠然とネモとナディアはブルーウォーターで繋がった血縁者…つまり真の親子であると気付き始めているだろう。そのネモが本来愛さねばならない娘が、いまネモの罪を問うているという現実。真実を知らないからとはいえその娘がネモを受け入れようとしない現実。ネモの信念は「死んだ仲間達のため」であるのだが、それをナディアは理解しようとしない。
 ナディアはそんなネモの気持ちなど知らずに、ネモに辛辣な言葉を浴びせる。これによってナディアはスッキリしないし、何よりもネモが苦しむ事になる。こんな運命を機関長は「罪に対する罰」と言っているのかも知れない。難しい論理ではあるが、今回で最も印象に残った台詞だ。
名場面 ナディアとジャン 名場面度
★★★
 父が死んだ事を知ったジャンは、フェイトらの葬儀の集まりから外れて一人で過ごそうとする。そこにナディアが現れる。ナディアのジャンを見つめる表情、これに答えて寂しい表情から一瞬笑顔を見せて振り返るジャン。私が今回の名場面に恨んだのは、この二人の表情だ。
 ナディアは名台詞欄シーンで自分が求めている物の答えが見つからず、途方に暮れてそれを追うのをとりあえずやめたようだ。彼女が気になったのは父の死を知ってから落ち込んでいるジャンの事だ。そのジャンを心配し、何とかしてあげたいと思う少女の表情というのがこのシーンではうまく描かれている。16回目にして初めてナディアの「かわいい表情」が出てきたと言って過言でないだろう。
 一方のジャンは、16回目にして初めて見せる深刻な表情だ。愛する肉親を亡くした悲しみ…これはこのシーンの直前で描かれているが、それを「表情」としてキチンとナディアに示し「自分には慰めが必要だ」というサインを惚れた少女に送っている。同時に彼が笑顔になるのは、そのサインを送るまでもなく、ナディアがジャンのためを思った表情を作っているのに気付いたからだ。
 この年頃の、悲しみの中にある少年と、誰も自分を解ってくれないと勘違いしている少女の、「今は相手を必要としている」「今は相手の力になりたい」という思いを、台詞はなしで二人の表情だけでキチンと再現したのだから凄いと思った。今回の展開は、冒頭のナディアの苦悩や名台詞欄シーンなど論理的な部分が多いが、その中で最も印象に残ったのはこんな論理もへったくれもない短いワンシーンだ。
感想  おーいっ! マリーとキングは何処へ消えたんだ? グランディス一味も今回はどっかへ消えてしまったぞ。どーゆーこった?
 今回は異様な雰囲気の中で物語が進む。序盤ではナディアの苦悩が描かれている、いやーっ思春期だねって思う論理が多いのが年相応で良い。だがそれもナディアの中の回想では、「誰」という相手はハッキリしているものの、それがいつの会話なのかよくわからないように編集してあるからややこしい。いずれにしろこのナディアの苦悩が、ややこしく回りくどい回想で描かれていることが、今回の異様なムードに上手く入ってゆくように出来ている。
 そして前回で印象的な最期を遂げたフェイトらの葬儀が決まると、もういつもの「ふしぎの海のナディア」でなくなってしまう。雰囲気が変わるとマリーとキングとグランディス一味が消えている事に待っとく違和感を感じないからこれまた不思議だ。「ノーチラス」号が海底深くに眠るアトランティス大陸跡地に向かい、そのままフェイトらの葬儀が始まるのかと思ったら…なんとジャンの父親の死が明確になるという予想外の展開で、さらにムードはいつもの「ふしぎの海のナディア」ではなくなってしまう。
 こんな感じで、今回描かれたのは「ノーチラス」号乗組員らによるフェイトらの葬儀だけでなく、ジャン一人によるジャンの父親の葬儀も描かれたと言って良いだろう。「ふしぎの海のナディア」というのは主人公に関わりがある人物の死については、ちゃんとそれなりに死と向き合って主人公の糧にするというストーリーを貫くのだろうか? あまりにも話が深いので驚いた回だ。
 ナディアの苦悩からは、名台詞欄に示したとおりネモの持つ信念と罪と罰、こんな難しい論理に挑戦している。だけど難しい話ばかりなのは、今回だけだった記憶も…。
研究 ・ 
 

第17回「ジャンの新発明」
名台詞 「ねぇ、ジャン。もう空飛ばないの? また飛んでみたいなぁ、ジャンの作った飛行機で。」
(ナディア)
名台詞度
★★★
 艦内の何処へ行っても子供扱い、それが嫌で各所に正式な乗組員として扱ってくれるように懇願し断られたジャンは、デッキで一人海を眺める。そんなジャンを心配して現れたナディアは空の美しさを強調する台詞に続いて、ジャンにこう語りかける。
 大人になりたいと焦っていたジャンが見失っていたもの、それは「なぜ自分がここにいるのか?」という事と、もうひとつは「いま自分に出来る事」の二つであろう。それらを見失ったジャンは「ノーチラス」号で自分が役に立っていないのではないかと不安になり、早く一人前になりたいと焦ってしまったのである。彼がなぜ「ノーチラス」号にいるのか、それはネオアトランティスを倒す事も父の敵を取る事も全て「後付け」の理由でしかなく、本当はナディアを故郷へ送り返すべく旅に出たからであり、ナディアを守る事と楽しませる事であったはずだ。そして「ノーチラス」号にいる限り、彼に出来る事はさしあたってはそれだけだし、それが役割であるはずだ。
 このナディアの台詞は、ジャンにその「自分の存在理由」や「自分の使命」を思い出させ、今回の物語を始動させるきっかけである事は言うまでも無いだろう。それだけでなくこの台詞を語るナディアの口調は妙に色っぽく、14才の少女とは思えない「色気」までかぶせてある。これはジャンがナディアに惚れた事が全ての始まりである事をジャンだけでなく、視聴者にも思い出させる工夫であろう。
 もちろん、この台詞にジャンは「自分がすべき事」を思い出す。だがジャンの中から「早く大人になりたい」と焦る気持ちは払拭されず、今回の本題へと物語をうまく誘導してゆく。そのきっかけとしてとても印象的だ。
 しかし、ナディアって基本的に「自分で物語を引っ張る」タイプの主人公でなく、「物語で起きている事件に一方的に巻き込まれる」タイプの主人公だからなぁ。主人公の割に名言が少ないなぁ。
名場面 離陸 名場面度
★★★★
 ジャンが苦心の末に作った航空機が、「ノーチラス」号の甲板で披露される。パイロットシートにはジャン、そしてタンデムシートにはナディアが乗っている。今回彼が作った航空機は「ヘリコプター」であった。このヘリが飛び上がるまでを印象的に描き、ジャンとナディアの遊覧飛行を残り時間全部使ってたっぷりと描く。そしてジャンが「早く大人になるためにすべき事」という答えをヘリコプター製作を通じて得た事をナディアに告げる。「ノーチラス」号の中で勉強を続ける事、その内容は科学の事だけでなく、世の中の事や大人の世界の事もだ。「いまは空を飛ぶだけだ、それじゃ君をアフリカへ市連れて行けない。でも君を守る事が出来る大人になったら…必ず連れていってあげるからね!」…ジャンが決め台詞を言うと、ナディアは驚いた表情の後に笑顔になり「うん、待ってる」と返す。
 今回はジャンが一回り大きくなる物語が描かれたが、そのオチとしてとても美しく、しかも印象的に描かれた。彼が苦悩を通じて「色々と学ばなければならない事が沢山ある」という事を知り、それが誰のためであるかも悟り、その思いを全てナディアに打ち明ける。まるでプロポーズだ。
 またここでナディアの名台詞も生きてくる。ジャンが一回りして大きくなるきっかけとして、ナディアをここに連れてきてしまった責任や、ナディアを守らねばならないという義務感、何よりもナディアが好きで一緒にいるという彼の気持ちを浮かび上がっていたからこそ、このシーンがこの台詞と連動して生きてくるのだ。そう、ジャンは好きな女の子を守るために科学もそれ以外の事も学ばねばならないと、視聴者も頷く事だろう。
感想  今回は名台詞が多すぎだ、序盤のサンソンの台詞からラストのジャンの決め台詞まで、どれを名台詞欄に取り上げるかでとても悩んだ。悩んだ結果、ナディアの台詞に落ち着いた。
 名場面欄にも書いたが、今回はジャンの成長物語だ。前回と打って変わってマリーやグランディス一味も画面に復活し、特にサンソンやハンソンがジャンを正しい道へ導くべく多くの名台詞を吐く。いやーっ、ジャンの研究室でのハンソンは格好良かったなぁ。でも彼らしいのは、その都度照れる事だ。そしてジャンが相談に来ればそれ相応に喜ぶ、彼は「少年少女に頼られれば喜ぶ大人」という側面をキチンと演じているのが見所だ。
 そしてその合間ではイコーリナを巡る「ノーチラス」号男性乗組員のドタバタ劇や、エレクトラとグランディスの一悶着などの面白いシーンも挟まれる。物語としては「ジャンの成長物語」という展開だが、それだけでなくキチンと背景に「ノーチラス」号の日常を描いているのは面白い。今回で「ノーチラス」号の乗組員がとても印象に残った、という人も多い事だろう。
 しかしグランディス、みんなが体操しているところでピーチパラソルでくつろぐなんてあり得ないぞ。でもあれはネモが認めていたって事だろうな、もちろんエレクトラはそれが面白いはずはないだろう。そういうつまらないところでも細かく描いているのは、けっこう好きだぞ。
研究 ・ 
  

市販のDVDには、この間の物語としてこんな番外編が収録されています

第18回「ノーチラス対ノーチラス号」
名台詞 「電子頭脳で処理した映像を、電気と磁力と電子の力で映しているのよ。」
(グランディス)
名台詞度
★★
…ってことは、つまりブラウン管モニターって事でしょ? 古っ!
 もしも本作が、ここ数年で作られていたら…この台詞の後半は液晶ディスプレイの説明になっていたんだろうなぁ。まぁ、1990年代初頭じゃ、テレビまで液晶になるなんて誰も思っていなかった時代だから、こうなるのは仕方ないんだけどね。タッチパネルなんてまだなかった時代じゃないかな?
 なーんて事を、この台詞を2012年の再放送で聞いたときに考えてしまったことで印象に残っている。もし今の時代に「ふしぎの海のナディア」がリメイクされたら、「宇宙戦艦ヤマト2199」みたいに「ノーチラス」号はグラスコックピット化され、エレクトラはタブレットを持ち歩いているんだろうなぁ。
名場面 ノーチラス対ノーチラス号 名場面度
★★
…あ、ありえねー(これは褒め言葉)。
感想  サブタイトルを見たとき、何が起きるんかと思ったよ。「ノーチラス」=「オウムガイ」と戦うとはなぁ…でもよく考えてみたら14回でディニクチス(ダンクルオステウスと思われる)と戦ったからなー…でも、劇中に出てきたのはオウムガイと言うより、巨大なヤドカリにしか見えなかったし。
 いや、本回にケチを付けようって言うんじゃない。この回はこの回で緊迫感があってとても面白いのだから。オウムガイを巨大に、しかもヤドカリ風に描く事でその恐怖は伝わってくるしスピード感も出てくる。そんなバケモノと戦う主役艦という物語は、男の子なら手に汗握ってみる事だろう。また南極に向かうという展開も面白いし、その南極に興味を持ったジャンの言動も面白い。南極の事をジャンに説明するエレクトラの顔がおかしいとツッコミを入れたくなるけど…とくに「それはひ・み・つ」という時の口の場所がおかしくて、福笑いみたいな顔になってる。
 海底火山などツッコミどころは多い回だし、主人公のナディアは全く物語に絡まないので主人公らしくないし(むしろジャンの方が積極的に物語に絡んでいってる)、純粋に主人公の活躍が見たい人にとってはこの回はつまらなかっただろうなぁ。
…って感想が愚痴っぽくなっているのは、これは2012年の再放送時の視聴でもそうだったのだが、なんか後味が悪い回なのだ。「ノーチラス」号が南極に向かいました、氷が厚くて海底に潜りました、そこにオウムガイがいました、戦いました…だから何?って感じで。ジャンが南極について乗組員に聞いたところ、エレクトラは「ジャンを驚かすために誰も何も言わない」と物語に伏線を張っていたが、これが回収されないまま終わっちゃうし…まさか、基地に驚いているジャンが伏線回収のつもりだったの?
 展開が良かっただけに、「オチ」がない(もしくは解りづらい)まま終わった今回は、どうも印象が悪いと言わざるを得ない。
研究 ・今回ノーチラス号と戦った相手は…
 今回、「ノーチラス」号と戦った相手はオウムガイとされている。だが感想欄でも語ったとおり、見た目がどう見てもオウムガイには見えない。まずここではオウムガイについて考える事から始めたい。
 オウムガイとは漢字で「鸚鵡貝」、オウムガイ目のオウムガイ科に属する軟体生物と言ってもよくわからないだろう。頭足類に属しているのでタコやイカの仲間だが、タコやイカとの類似点も少なく、巻き貝のような殻を持っている事が特徴である。この殻は細かく仕切りがしてあって、その多くは浮力を得るためのガスを出し入れするのに使用していると考えられている。
 てまぁ、オウムガイについては検索するとその生態などについて詳細に書かれているサイトは多いのでこの辺にして、問題は劇中で「ノーチラス」号と戦った巨大ヤドカリのような生物である。この生物は劇中では「オウムガイ」とされていたが、「オウムガイ」独特の特徴は持っていない。本当にネモは海洋生物学者なのか…。
 劇中ではこの生物がまるで過去の生物のように扱われている事を考えると、今回「ノーチラス」号と戦った生物は「チョッカクガイ」と考えられる。「チョッカクガイ」は今から約4億5千年前、オルドビス紀の各地の海に生息していた頭足類の生物で、イカやタコやオウムガイやアンモナイトと共通の祖先から分岐して絶滅した生物である。イカの「頭」の部分にヤドカリのような貝を乗せたような生物で、大きさは数センチのものから10メートルを超えるような巨大なものまで様々あったことが化石記録から解っている。だが腕や頭部などの軟体部分は化石として残りにくいのでよくわかっていない部分が多く、その外見は想像によるところが大きい。
 もちろんこれは「オウムガイ」ではないので、英名が「ノーチラス」ではない。「オルトセラス属」と呼ばれており、今回のタイトルは「ノーチラス対ノーチラス号」ではなく「オルトセラス対ノーチラス号」というところが正しいのだ。

第19回「ネモの親友」
名台詞 「科学的には太陽からの電子や陽子が、地球の大気に衝突したときに生じる発光現象だと言う。しかし、そんな理論などでは自然の美しさを語り尽くす事は出来ないだろう。」
(ネモ)
名台詞度
★★★★
 イリオンとの会話が終わると、ネモはナディアとジャンを地上へと連れて行く。たどり着いた場所は単極大陸の核心部である南極点だ。ここには誰もたどり着いていない事、だが20世紀中には誰かがたどり着くはずでそういう人間の力を信じているとネモが二人に力説すると、上空にオーロラが現れる。オーロラの輝きに感動している二人に、ネモは静かにこう語りながら目に涙を浮かべる。
 そう、私もこの「はいじまゆきどっとこむ」というサイト、「あにめの記憶」というコーナーを通じて繰り返し言っている事だが、自然の美しさというものはどんな理論でも語り尽くせないものなのだ。一つ一つの現象はここでネモが語ったように、科学的にどんな現象なのか解っているし、そのような物理的現象によって生じている。だが元は自然から生まれた人間の目、目によって得られた画像を処理する人間の脳はそれを単なる科学現象として捉えるのではない。そこに美しさだけでなく、神々しさをまで感じ取ってしまう。これは自然が作った素晴らしい景色に出会った経験があれば誰でも同意できる台詞なのだ。
 ちなみに私は日本国外に出た事はないが、一度だけオーロラを見た事があるのが自慢だ。2001年秋に北海道で過ごした出張の合間の休日、釧路から北へ行った根釧台地の多和平というところ明け方に出かけ、台地から上る朝日を見るつもりだったのだが…東の方が朝日で明るくなっているのとは別に、北の空にぼんやりと赤い光があって「あれは何だろう?」と現地では正体がわからなかった。その夜にカーラジオから流れてたアナウンサーの声が、それがオーロラだった事を教えてくれた時の驚きと言ったら…その時は旅行の後半でカメラの電池が切れていたのが悔やまれる。
名場面 ナディアとイリオン 名場面度
★★★★
 ネモがナディアとジャンを連れてきた場所は巨大なプール、そこにネモの親友である鯨のイリオンがいた。ネモはイリオンと「会話」を交わすと、イリオンをナディアとジャンに紹介する。するとネモは「彼が話したいそうだ」と言って退室する。困惑するナディアの胸のブルー・ウォーターが輝いたかと思うと、その場でジャンはフリーズしてしまいナディアとイリオン以外はモノクロの世界となる。イリオンが「そうか…お前がナディアか?」とまるでナディアを知っているかのように声を掛ける。ブルー・ウォーターを通じてイリオンはナディアとだけは会話できるのだ。これをきっかけに始まる二人の会話は、最初はネモとの別れの挨拶の事やイリオンの年齢の事、それを通じてイリオンが感じた「人間」についてだ。そしてイリオンは、ネモがナディアを信じて未来を託しているからナディアはそれに応えるようにと懇願する。この会話の最後に、イリオンはナディアの知りたがっている事を教えると言う。身を乗り出すナディアに「お前が探している人物はすぐ近くにいる」「そして、もう一人思いがけない人物に会う事だ」と告げると、「思いがけない人物…お兄さん!?」「そうね? そうなのね? 私にお兄さんがいるのね!」とナディアは驚きの声を上げる。「ありがとう、さらばだ子供達よ」「さらばだ、ブルー・ウォーターの継承者達よ」と言うと一方的に水面下に戻ってしまうイリオン、「待って! まだ聞きたい事が!」ナディアが叫んだときには周囲の景色に色が戻り、ジャンも再起動している。
 ここは物語の転換点と言って良いだろう。ここまでは「ネオアトランティス」という悪の存在と、これと戦う「ノーチラス」号の存在。そして主人公は「ノーチラス」号とともに旅をするという過程が描かれ、その中での日常にナディア達が落ち着くまでの物語だった。だがこのシーンを持って物語は明らかに一歩前へ進む。
 といっても今後の物語の「伏線張り」でしかないが、このシーンと名台詞欄シーンで初めてネモがナディアの父である事が示唆され、これにナディアが感づき始めている事も示唆される。天涯孤独のナディアが探しているのは、生き別れた父親であるのは確かであり、これが近くにいると明確にイリオンが告げた事で視聴者にとってはこの親子関係は決定的になった。そしてここで明確に示唆されたのはナディアの兄の存在、これも今後物語に何らかの形でナディアの兄が出てくる事、同時にその兄がネオアトランティスとネモの戦いに巻き込まれている事も視聴者から見れば確定と言ったところだろう(そしてまだ画面には登場していない事も含めて)。ナディアの兄がどんな立場で、どんな形で物語に登場するのか視聴者の期待が高まる、そんなところだ。
 この意外な展開でこれまで停滞していた物語は一歩前進したということと、イリオンというネモの友人があまりにも印象的だった事で、とても印象に残ったシーンだ。
感想  今回は物語のテンポはほぼ停まる、「ノーチラス」号が南極大陸基地に到着してしまえば基本的にキャラクター達はやる事がなくなってしまうからだ。もちろんこういう展開ではずっと停滞していた「本題」の方を進める良い機会であり、物語は名場面欄に記したイリオンの登場とナディアとの会話に収束してゆく。そしてここでナディアとネモについていくつかの謎を明示し、同時に新たな大きな伏線を張る。こうして物語はいよいよネモとネオアトランティスの次なる衝突…つまりは最初の全面対決に向かうのだ。
 もちろん残り話数を考えれば、その全面対決で決着が付かない事も明白だ。展開的には引き分けるかネモが負けるかで、最終決戦に向けて「出直す」という展開となる事は多くの視聴者は予測が付いている事だろう。そしてその過程でただ戦うだけでなく、新たなナディアの関係者「兄」という存在を先に明示しておくのは視聴者を良い意味で混乱させてくれるので面白い。
 今回はマリーだけでなく、グランディス一味までがマスコットと化していたなぁ。ジャンはこれまでナディアがやっていた「物語に巻き込まれるキャラ」にすり替わっていて、ネモが物語を牽引してナディアがこれに積極的に絡んでゆくという、これまでにないキャラクター配置で見ていて新鮮な展開でもあった。
 しかし、ネモの親友って誰かと思ったら鯨とは…他に友達がいなかったら寂しい奴と思うけど、彼の場合はそうでないはずだ。2万年生きている鯨と語っちゃうほどの人なんだから、古代生物についての知識も正しく持って欲しいものだと思う。自称海洋生物学者さんよぉ。
研究 ・ 
 

第20回「ジャンの失敗」
名台詞 「大人のやる事は許せなかったけど、そのうち物事には必ず理由があるって事に気が付いたのさ。大人のやる事にはそれなりの訳があるってね。ま、あんたも自分が少女だったと思うときが来るのさ。」
(グランディス)
名台詞度
★★★
 ジャンの失敗により「ノーチラス」号はガーゴイルの発見される。だがこれでジャンが叱られた事が受け入れられないナディアは、ネモに抗議しては殴られ、その愚痴をグランディスにぶつける。するとグランディスは「自分にも大人のやる事が許せない時期があった」とした上で、ナディアをこう諭す。
 若いときは大人のやる事が見えずに、これに許せないと感じる時は誰にでもあるだろう。だがその許せない大人の立場に自分が立ってみると、「ああ、こういう事だったのか」と妙に納得してしまう事は大人になった多くの人が感じる事だと私は思う。そんな「大人」な台詞であり、多くの大人が共感するであろう台詞としてこの台詞は印象的だ。
 そしてナディアも、この自分を見守る大人の女性の言葉に反論はしない。身近な大人の「活きた言葉」を胸にしまい込むのだ。そしてグランディスが現在のナディアのもう一つの不満に話を切り替えたところで、ナディアの意識にこの台詞が深く刻み込まれたはずなのだ。
名場面 エレクトラとナディア 名場面度
★★★
 ジャンがエレクトラの事しか考えていないと誤解したナディア、さらに間が悪い事にジャンがナディアを褒めるがその理由を「エレクトラに聞いた」と語った事で完全にブチギレしてしまう。その勢いでエレクトラに抗議にいったナディアだが、それを受けてエレクトラはナディアに一緒に風呂に入ろうと提案する。
 マリーの「♪ビバノンノ!」で始まる入浴シーン。ナディアは単刀直入に問う、「ジャンの事、どう思っているのですか?」と。エレクトラは「弟みたいな子」と答えナディアは一度は安堵するが、逆にナディアがエレクトラに「ジャンの事どう思っているの?」と聞き返されてしまう。言葉が詰まりつつも頬を赤くして「ただのお友達よ」と答えたナディアは、「あなたこそネモ船長の事どう思っているの」と切り返す。あっけなく「好きよ」と答えたエレクトラは、ネモは冷たいけどその分傷ついていること、大勢の人を殺したがその責任を必ず取る男だと訴え、ネモに救われた過去を語る。「そんな危ない目に遭ってまでなんでガーゴイルと戦っているの?」と問うナディアに、「彼らの非道な行いは誰かが止めなければならない、それが出来るのは彼らと同じか学力を持っている自分たちだけなの」と返す。「大義名分ね」と呟くナディア、「たいぎめいぶんって?」と口を挟むマリーにエレクトラは「人が何かを行うために必要な理由」だと返答すると「でもそれだけじゃないの…復讐よ」と続ける。驚くナディアにエレクトラは弟の存在と、今は両親と共に他界していない事…そして13年前に一人の男が自分の故郷を滅ぼしたときに死んだ事を打ち明ける。「きっとガーゴイルがやったのね!」と立ち上がって怒りを露わにするナディアを見上げたエレクトラは、意味ありげに「そうね、本当に酷い男」と返す。エレクトラはその時の生き残りがネモの元に結集し、ガーゴイルとネオアトランティスに復讐するために「ノーチラス」号を作ったと力強く語る。
 ここはナディアとエレクトラとマリーがヌードである事を気にせずに、物語に集中しなければならないところだ。いよいよこの「ノーチラス」号の存在理由と、エレクトラの過去が明らかになってきたのだ。その上でエレクトラはネモに対してグランディスとは違う特別な感情を抱いている事も明らかになる。
 何よりもこのシーンが入浴シーンという状況で描かれたのは印象的だ。3人がヌードである事ではなく(しつこい)、裸の付き合いである事で互いが心に秘めていた事を暴露するという展開となって自然に「信頼感」が生まれている事だ。だからエレクトラはジャンにも語った事の無いような事をナディアに語った事に説得力が生まれるし、ナディアの側にも「これを機に色々聞こう」という考えが無意識に働いている事に説得力が生まれる。そしてエレクトラはナディアとネモの関係を知っているだろうから、ナディアには包み隠さず話した方が良いとも考えた事だろう。
 だがこの中には、若干の嘘が混じっている事も視聴者は見逃してはならない。それはナディアがガーゴイルへの怒りを露わにするところである。恐らくエレクトラの故郷を破壊したのはガーゴイルやネオアトランティスではないという事は、ここのエレクトラの反応を見ていればだいたい解るだろう。それにネモが「沢山の人を殺した」「その責任を取る」という部分の確信にも触れられていない点で消化不良でもある。だがその辺りの消化不良が、このシーンをさらに印象的にするのだ。
感想  前回を受けて、物語は明確に「ノーチラス」号とネオアトランティスの決戦へと舵を切る。冒頭はここしばらくその姿を現さなかったガーゴイルが、ネオアトランティスの現況について方向を受けるところから始まるが、もうここで「決戦近し」の雰囲気を盛り上げている。そしてそちらに物語が転ぶきっかけとして、今回のサブタイトルである「ジャンの失敗」を演じる。ここからしばらくはここ数回に見られた典型的な物語、ナディアとジャンを中心とした展開で「思春期」がテーマになりかかるが、名場面シーンでエレクトラの過去や「ノーチラス」号の存在理由が語られれば、もう展開は「決戦」に向かうしかないだろう。そしてラストでは「ノーチラス」号がネオアトランティスに囲まれ、その緊張感を盛り上げて終わる。この時のガーフィッシュの探針音がとても緊張感あふれていて、サンソンが「今回はいつもと違う」というまでも無く決戦の時が来た事を視聴者は思い知る事になる。
 しかし気になるのは、前半で「ノーチラス」号が洗濯物を甲板に干したまま急速潜行した事だ。あの干してあった服はどうなったんだろう? グランディスにより洗いかけだったネモの服は? それよりあれだけ最新設備が備わっている「ノーチラス」号に洗濯機や乾燥機がないという事実が信じられない。洗濯機も乾燥機もないからこそ、グランディスは洗濯板で洗濯していたのだし、甲板に洗濯物を干していたのだろう。
 ジャンの失敗? 今回を最後まで見ると妙に印象に残らないなぁ。
研究 ・ 
 

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