第14回「ディニクチスの谷」 |
名台詞 |
「確かに、わしも船長は変わったと思っておるよ。ガーフィッシュを目の前にし、反転命令を出したのには正直言ってわしも驚いた。じゃがな、船長の判断が間違っておるとは思わん。いくら目的のためだからと言って、幼い生命を犠牲にしてしまう事はガーゴイルのしている事とちっとも変わらんからな。わしも息子や孫の仇は取りたい、だがそのためには何をやっても許される訳ではなかろう。なぁ、エレクトラ。わしはネモ船長を信じておる、あの人がいたからわしらは今まで生きてこれたんじゃからのう。」
(機関長) |
名台詞度
★★★ |
マリーに続きナディアも高熱で倒れると、ネモは二人を治療するための薬草を手に入れるため、やっと追い詰めたガーフィッシュの追跡を中断して方向転換する事を決断する。この決定に納得のいかないエレクトラは機関室で機関長に愚痴ったのだろう。背を向けて俯くエレクトラに、機関長は作業をしながらこう訴える。
艦橋でネモが反転を決断したシーンでエレクトラが反論したとき、視聴者の誰もがこうツッコミを入れたかったことだろう。ネオアトランティス殲滅のためには手段を問わないネモが、その敵を目前にして反転するのは驚いたがそれこそが人の道に沿った正しい行為であると。その誰もが感じた思いを、劇中のキャラクターを代表して老いた機関長が論じてくれる。
そう、いくらガーゴイルが極悪人とはいえ、それを倒すためにそのガーゴイルによって両親を殺された子供の生命や、ガーゴイルに一度捕まったことで戦いに巻き込まれた少女の生命まで奪って良いはずはないのだ。この二人はガーゴイルに酷い目に遭わされたいわば「同士」であり、その生命をないがしろにする事はまさにガーゴイルと同じことをしているに過ぎない。それだけでなくいかなる理由があるにしても「同士」の生命をないがしろにする事は、鉄のチームワークがあるはずの「ノーチラス」号の乗組員の間に疑心を発生させ、いずれは艦を破滅に導く事になるだろう。付け加えればそんな仲間の生命をもないがしろにするやり方も、ガーゴイルのやっている事と同じである。「ノーチラス」号の乗組員を悪魔ではなく、人間にするためにはどうしてもネモはマリーとナディアを助けなきゃならないのは明白で、だからこそネモの判断は間違っていないのだ。
この機関長の思いがエレクトラに通じたのか、この後のエレクトラはマリーやナディアを救おうとするネモの行動に協力的になる。だがここでエレクトラにネモに対する疑心は生まれていたのは確かなようで、こんなところにエレクトラの「若さ」が描かれている事も見逃してはならない。 |
名場面 |
ネモとエレクトラ |
名場面度
★★ |
今回のラスト、ナディアもマリーも無事に回復したことが描かれると、最後に艦橋の様子が描かれる。進路を元に戻した旨を報告して立ち去ろうとするするエレクトラに対し、ネモは目的を目前にして進路を変えた事を「すまん」と詫びる。エレクトラはこれに「私も船長を信じていますから」とネモに背を向けたまま答える。「そうか…」と呟くネモ。
名台詞欄に書いたとおり、ナディアやマリーのために進路を変えた事に納得がいかなかったエレクトラは、機関長の説教を受けて命令通りに行動する。そして全てが上手く丸まった後でこのようなシーンになる訳だが…もちろん名台詞欄に書いた事の繰り返しになるが、ここでエレクトラにネモに対する疑心が芽生えているのは確かだ。
このシーンの直前までエレクトラは、命令に従順とは言えちょっとよそよそしいところがあったのも事実。そしてこのシーンでは必要最小限のことを終えたら、ネモの顔も見ずに逃げるように去ろうとしている。こんな何気ない描写が、エレクトラの心にある「引っかかり」を上手く演じている。そして口では「信じている」と言いつつ、相手の方も見ないで告げる辺りは決してその台詞が素直に口から出た訳ではない事を示している。
そんな二人のギクシャク感を、短いシーンでうまくまとめて今回のオチとした。このシーンを見るとエレクトラについて「なんかおかしいぞ」と思えるよう上手く作ってある辺りが、とても印象的だ。 |
感想 |
今回には二つの要素がある。ひとつは前回のラストでナディアが「ノーチラス」号やネモについて「人殺し」と一方的な非難を行った答えだ。これは今回の本筋で、彼らも若い約一名を除いては「敵を倒す事よりももっと大事な事がある」という事が解っている人間だと言う点だ。つまり敵には容赦しないが味方は大事にする。だからこその「敵を目の前にしての反転」であり、これに力を注ぐのだ。ま、ネモにはもっと他の理由がありそうだが…。
つまり「味方である少女の生命」と「敵殲滅」を天秤に掛け、前者の方に傾いたと言う事だ。ネモが決断した直後の艦橋シーンを見ればそれは解る。敵は逃してもまた追いかければ良いが、少女を二人も死なせてしまったら絶対に後悔すると言う事を、みんな知っているのだ。
そしてこちらが本筋であるが、今回は「エレクトラがネモに対する疑心を持つ」ということで先の展開に対して伏線を張るという重要な役割がある。この二人がこのまま上手く行く訳がない臭いというか、そんな予感をびんびんに漂わせているから間違いないだろう、と2012年の再放送を見たときにも感じた事だ。二人の仲がこじれるきっかけとして、この事件は後になって上手く思い出させるように上手く作ってあると考えられる。
しかし、マリーが倒れたと聞いて医務室に駆け込んできたサンソンに笑った。前回の件から突然気になるようになったのか、はたまた単なるロリコンなのか…と2012年の再放送を見たときには感じたものだ。今回のサンソンは格好良すぎて名台詞も沢山あるが、機関長の台詞には負けたなぁ。 |
研究 |
・ディニクチス
今回、ナディア達の病を治すための海藻を採りに行ったネモやジャンらの行く手を塞いだ魚が、サブタイトルにもなっているディニクチスだとされている。劇中ではこの魚がいた場所を「海流などのせいで何億年も外界と隔絶された場所」とされ、サンソンが銃で撃てば「奴は頑丈な皮骨に覆われている甲冑魚」だとして銃撃は無効であり、潜水服のライトに反応してやってきた「走光性」のある魚だとされていた。
実はこの魚の名称とされている「ディニクチス」というのは特定の種の名称ではなく「科」の名前であり、この「ディニクチス科」に属する魚は何種類かあるのだ。つまり人間で言えば「ヒト科」は古代人であるホモ・サピエンス以外全てをさしてしまうが、劇中でそのような呼び方をされてしまったのだ。ネモは本当に海洋生物学者か?と疑いたくなるような現実である。
この魚は、ディニクチス科に属する魚の中でダンクルオステウスと思われる。化石から推定される復元図と、劇中の描写がダンクルオステウスがとてもよく似ているからだ。この魚は板皮類と呼ばれる魚で、デボン紀後期(約3億8千万年前)の海に生息し、デボン紀末の大量絶滅で姿を消したことは化石から解っている。
特徴は劇中でも描かれたとおり、頭部から肩部に掛けて甲冑のような装甲板で覆われていた事だ。だが甲冑魚とは異なりこれは皮骨が発達した物ではなく、顎骨が進化したものだ。本当にネモは海洋生物学者なのかよ…。
その巨大な顎を武器とした捕食魚であったと考えられている。獲物を強引にかみ砕いて丸呑みし、消化できない部分を後から吐き出すという捕食方法だったと考えられる。現に化石と一緒に吐瀉物の化石も出てきた例があるそうだ。食物連鎖の上位にいたと考えられるが、当時いた棘魚類(背びれに鋭い棘を持つ魚)が弱点だったようで、棘魚類の棘が喉に刺さって喉を詰まらせて死んだと考えられる化石も発見されている。
劇中では獲物を追うにしてもゆったり泳いでいたが、あまりにも頭部の装甲板が重く、素早く泳げなかったと考えられている。だが「ノーチラス」号の潜水服はとても重そうだから、逃げ切れないだろうな。 |