第1話 「教会の小さな娘」 |
名台詞 |
「ポリアンナ、神の御心に従えないというなら食べなくてもいい。だがお前は本当にそれでいいと思っているのか?
今ここにパンとミルクがある、このことに感謝しなければならない。お前は毎日、大好きなパンとミルクをたっぷり食べることが出来る。そのことを喜ばなければいけないだろう?
今日は食べられなくてもお前には明日か明後日、とにかくハムエッグを食べる楽しみがあるんだよ。そうは思わないか?
ポリアンナ。」
(ジョン) |
名台詞度
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朝っぱらから外で走り回ってきたポリアンナと父ジョンの食事の時間、ポリアンナは火曜日恒例のハムエッグが無いことに腹を立てて「いらない」と言って席を立つ。その時に父が娘に言った台詞がこれだ。
この台詞の前半はよく出てくる論理だ、食べ物が何不自由なく食べられる幸せというものは我々飽食の時代に生まれて育ってきた人間はつい忘れがちだが、忘れてはならない大事な事だ。だがこの論理は色んな場面で出てくる教えでもあり、こう言っちゃ悪いが耳にタコ状態でもあろう。
この台詞の優れているところはこの台詞の後半だ。食べ物が何不自由なく食べられることを喜ばなければならない、とした上で「今日はダメでも明日がある」「楽しみが先へ伸びたと思えばいい」という論理を付け加えて、思い通りにならなかったことを逆手にとって楽しみに変換しようとさせるのだ。
この論理はこの物語の象徴である「よかった探し」へとやり方についても説いているとも言える。思い通りにならなかったなら次がある、楽しいことを先へ延ばすという論理は「よかった探し」における一つの基本であり、また辛いことを乗り越えるためのヒントにもなるであろう。ただ単に食べ物を粗末にするなという説教だけで終わるのでないところが、「世界名作劇場」らしくていいと思う。
この台詞を受けたポリアンナは、今日食べたら当たり前だと思って面白くなかったはずだと考え、今度食べるときはいつもより美味しく感じるに違いないと結論づける。むろんお決まりの「よかった!」の台詞も忘れない。 |
名場面 |
ジョンが手鏡を使ってポリアンナを諭す。 |
名場面度
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夕食の後片付けをしながら、昼間ホワイト夫人に厳しく叱られた事を愚痴るポリアンナ。それに対する父の言葉は朝食の時と同じで「お前は本当にそれでいいと思っているのか?」である。さらにポリアンナがここまで何不自由なく生きてこられたのはホワイト夫人の尽力があったからこそで、厳しく言ってくれるのは親身になってくれるからだと諭すのだが、ポリアンナはこれに納得せずに悲しい表情をする。そこでジョンはポリアンナに母の形見の手鏡を持ってくるように言うのだ。
ポリアンナが手鏡を持ってくると、父はその鏡で自分の顔を映してみるように言う。そしてそこに映っているのは醜いポリアンナだと言うのだ。その上で人間は誉められてばかりだといい気になって人の気持ちが分からなくなってしまうこと、ホワイト夫人のように嫌なことや辛いことを言ってくれる人がいることはとても素晴らしいことであるということを言い聞かせ、さらにポリアンナはどんなことからでも「よかった」を探すことが出来るのにされを忘れてしまったのか?と問うのだ。ポリアンナの返事は「いけない!
忘れてた」。そのポリアンナの表情の変化を確認した父は再度ポリアンナに鏡を見るように言う、「そこにあるのがいつものお前の顔だ」としたところで娘は父の言いたいことを確認し、「いやだ、そばかすばっかり!」と冗談を言うのである。
誉められたり甘やかされていい気になっているポリアンナを通じて、人間の性格上の短所を説いて自分を叱ってくれる人の大切さを諭すこのシーンは、ジョン存命中の説教の中で最も印象に残ったものだ。特に一部で「叱る」と言うことにまで批判があったり、「叱られる」と言うことから逃げる事が正義みたいに言われる世の中でもある。このような論理こそしっかりと子供に伝えて欲しい物だ。 |
今回の
「よかった」 |
初回から「よかった」炸裂。記念すべき最初の「よかった」は、ポリアンナを象徴する「よかった」の台詞こそは無いが物語冒頭のチップマックとのかけっこシーンであろう。ポリアンナはチップマックにかけっこを挑むが、負けた上に坂道を転げ落ちて身体のあっちこっちをすりむいてしまう。だがそのおかげで母の墓前に供える綺麗な黄色い花を見つけるのだ。「よかった」とは言っていないがこれこそが最初の「よかった」を見つけたシーンであろう。。 |
「よかった」の回数
5 |
感想 |
ポリアンナの声って、まんまドナルド・カーマイケルぢゃん。ちなみに病気がちのジョン牧師は体力には自信のラムダスが、解説はミンチン先生でお送りしています…って、これはマジで本放送当時に思ったこと。「わたしのアンネット」のナレーターはアメリア先生だったので、これでミンチン女学院姉妹はどっちも「世界名作劇場」ナレーターをやったってことになるわけか。で特別出演は工藤夕貴ってか?
今回の視聴にあたって出演声優を再確認してみたけど、今考えると凄いメンバー揃えてるな。「世界名作劇場」シリーズの常連はもちろん、鉄郎とメーテルまで出てくるじゃん(←本放送時気付かなかった)。
この最初の1話を再視聴しただけで、なんで本放送時に印象に残らなかったかが分かったような気がする。恐らくポリアンナのノリについて行けなかったんだと思う。マイペースに「よかった」を探しまくるポリアンナのノリについて行けずに序盤で脱落したんだろうな。自分に娘が出来てみると、あんくらいのノリの女の子って娘の友達に一人や二人は出てくるのでポリアンナのノリにもついて行けるようになるのだ。つまり当時高校生になろうとしていた私の世代にはきつかったんだろうな。 |
研究 |
・物語の始まり
「愛少女 ポリアンナ物語」の舞台は1920年、場所はアメリカの何処かにある廃坑の町から物語は始まる。第3話までに出てくるこの町の描写には廃坑や廃線が多く出てきて、廃坑によって寂れたであろう寂しい町の光景がこれでもかという程描かれている。恐らくはアメリカの内陸地方、ロッキー山脈が近いところであろう。この町の名前はこの第1話では明らかにされない。
主人公ポリアンナは8歳、ということは父であるジョンの年齢は30代といったところか(これは後ほどジョンが死去した後に墓石が出てくるであろうからそれで確認してみよう)?
てことはポリアンナは1912年生まれと言うことになり、実在の人物ならば96歳で存命していてもおかしくないところだ。お、なんかこういうと急にポリアンナに、いや「世界名作劇場」主人公に親近感が湧いてきたぞ。まぁポルフィだって1939年か1940年生まれ(劇中の誕生日で13歳になったのか14歳になったのかハッキリしない…劇中の地震が1953年のものだったとの仮定)だから、68〜69歳で生きていてもおかしくない。他のサイトで取り上げたアニメの主人公は皆現在生きているのは難しいだろう、「宇宙戦艦ヤマト」のキャラだって100年後に実現するにしてもまだ親ですら生まれていないと思うぞ。
この1920年という年代を日本史に置き換えれば…おおっ、箱根駅伝が始まった年だ。大日本帝国の国連加盟という歴史があった日本は大正9年ということになる。ちなみにポリアンナと同い年の有名人は、北朝鮮の前国家主席である金日成だ。 |