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 久慈に着いた私は、そのまま折り返し田野畑行きの列車へ。だがこの「帰路」も普通の車両ではない。折からの大型連休で三陸鉄道も車両運用を観光客に合わせたモードで対処だ。
 いちどコンコースに出て、駅の回りの雰囲気を一通り眺め直してからまた切符を買ってホームへ。
 今度乗り込む車両はこれ。三陸鉄道がイベント運行などに使用する「レトロ車両」こと36−500形だ。
 車内はなかなかの混雑で、私は先頭のデッキで「かぶりつき」。被災区間はデジカメを動画モードにして回していたので静止画での撮影データは残ってない。
 このトンネルへの前照灯の反射が、前面一灯ライトの車両だと示している。
 安家川橋梁で一時停止して景色を眺めるタイム。
 この橋梁は大沢橋梁と並び三陸鉄道を象徴するものだ、規模はこちらの方が上だが、規模が大きすぎて写真では全景を掴みにくいのと、強風対策の防風壁に線路が囲まれているために「撮り鉄」のポイントになり得ないのが痛い。
 だがこの美しいコンクリートトラスは一見の価値があると思う。

 この橋梁で超える安家川は、少し上流へ行くととても美しい渓谷を見せてくれる。奥入瀬渓谷のようにメジャーでないのが嬉しい。
 レトロ調車両の車内。もうちょっと露出を下げて撮れば、白熱灯の暖かみが伝わる写真になったのに…。
(写真は一部修正してあります)
 そんなこんなで田野畑駅着。座席には座れなかったけど快適な旅でした。
 今回はこんな感じて、少し変わった三陸鉄道の旅を楽しめました。
 久慈へ戻るレトロ調車両を「撮り鉄」してみた。だけどブレてしまい失敗。
 単行でトコトコと走る雰囲気は出ていると思うけど。
 負けずに振り返って後を撮影。やっぱ少しブレた。ま、本格的な「撮り鉄」は明日と言うことで。

 この車両、また乗りたいな。
 「乗り鉄」の行程をこなした後に訪れたのは、去年も訪れてショックを受けた島越駅だ。
 駅に着いてみたらビックリ、観光バスの団体さんが「見学」していた。
 観光バスの団体さんがいなくなるのを待って、周囲の様子を見てみた。
 昨年と違い、駅や周辺集落の瓦礫はほぼ完全に撤去され、橋脚だけが残っている状態である。宮古側の倒壊したラーメン高架橋も完全に撤去されている。
 駅舎があった場所に言ってみると、去年来たときに「墓標のようだ」と感じた9段の階段が残っていた。改札とホームを結んでいたこの階段は、復旧時に使用するのだろうか?
 反対側から全体を眺めてみる。
 レールにロープが巻き付けられているのが見えると思うが、これは震災直後、道路が通れなかったときに人々が三陸鉄道のレールを伝って移動した名残である。築堤を上りやすくするために、誰かが巻き付けたのだろう。

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