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 今回の「羊蹄丸」の見送りと撮影では、私は2つの要素のどちらかを考えていた。
 1つはなるべく彼女に近付く案、この方法として考えたのは東京湾湾口の浦賀水道を横切る東京湾フェリーに乗船し、少しでも彼女に近付こうと考えた。だが調べれば調べるほどこの作戦はリスクが高いことがわかる。フェリーは1時間に1本。「羊蹄丸」通過がフェリーが水道中央にいる時間に当たればそれはラッキーだが、もしフェリーが港にいる間に「羊蹄丸」が航路を横切ればかなり難しい。曳航とは言えその間に30分も進んでしまうのだから、5〜8キロほど離れてしまう。このように「ハズレ」となれば満足な写真も撮れないし、満足な見送りもできない。
 そして考えたもう一つの案が、「少しでも長く見られる場所」であった。少しでも長く彼女の姿を見るためには陸地が海に突き出した「岬」が候補に挙がった。浦賀水道の西と東で富津岬と観音崎という岬がある。このどちらかで見送れば彼女を長く見られると思った。
 帰り道の事を考えると、どうしても千葉県側というのは躊躇してしまうところだ。また千葉側の富津岬は神奈川側の観音崎よりも北に位置し、また航路を考えると途中で観音崎の影になってしまう可能性がある。だから観音崎の方が長時間見送れるのではないか…と朧気に考えていたところへ、神奈川寄りに航路を取るという情報が入ったことが決定打となり、観音崎での見送りを決定した。
 ただ、当日まで「少しでも近付く」という東京湾フェリーの案は捨てていなかった。船の速度を見て予想より早かったら13時代、遅かったら14時代のフェリーに乗るという考えも、観音崎に着くまでは捨てていなかった。
 また観音崎への道中に何ヶ所か彼女が見られそうな場所もあるが、それと全てパスして三浦半島へ急ぐことにした。それは観音崎で見送るテーマである「少しでも長く」に良い場所を早く行って陣取ろうと考えていたためである。
 そんなこんなで愛車は横横道路を南下し、観音崎公園駐車場に午前10時過ぎに到着した。事前情報では波打ち際に最も陸地が海へ張り出している場所があるとのことだったが、この場所は現地に着いてみると立ち入り禁止で近付くことすらできなかった。仕方なく見送りに適した場所を求めて公園内を歩き回り、観音崎灯台に上がって景色を見た瞬間「ここしかない」と思ったのは10時半を少し回った頃だったと思う。灯台の上では既に2名ほどカメラを構えて「羊蹄丸」を待っている人がいた。
 私は灯台職員に航路の位置を聞き、「遠すぎる」と言うことは無いことを確認。撮影を灯台の上と決めた。そして東京港から沖まで180℃見渡せる景色を見て、東京湾フェリーの案は捨てることを決意した。

 私は努めてはしゃいだ。そうでないと涙が出てきそうな気持ちだからだ。自分でも信じられないほど、この日はハイだったと思う。

10:20

 観音崎の公園に入り、最初に通った貨物船の写真を何気なく撮影している。灯台下の波打ち際からの撮影で、「羊蹄丸」が通過するときはこの場所も彼女を追っている人で一杯だった。
 天気が良くて視界も良く、東京港まで見えるのでこの景色の何処かに既に彼女は姿を現しているはずである。それが灯台上で共に彼女を待っている人達と共通の話題となってきていた。視程は30キロ以上ある、彼女の船足が6ノットと解っているから、2時間後に最大接近だとしてももう視程の中に入っているはずだ。だが11時半が近付くと急に空が曇り、少し北側では雨が降っている事を示す風景になった。視程は急激に落ち、彼女の姿を見つけるのは困難になってきた。
 望遠レンズを付けたカメラや、双眼鏡を使って北の水面を舐めるように眺める。
 12時02分、灯台上でカメラを構えていた一人が望遠レンズを付けたカメラのファインダーの中に「羊蹄丸」の姿を確認した。私のカメラも最望遠にして確認したけど、未だ確認出来ず。だが間違いなく彼女がこちらへ向かっていることが解り、私の心は妙に盛り上がった。
 私は何度も自分のカメラのファインダーを覗いた。北風が強くなり、目を開けていると涙が出てくる。そんな寒さと風との闘いが数分続いた。
12:14

 ついに私も、自分のカメラのファインダーに彼女の姿を発見した。最望遠で撮影してやっと真ん中に船みたいなのが移っているなーという程度だ。
 だが、拡大して見たら間違いなく「羊蹄丸」の美しい姿だった。

(画像の上にマウスを合わせると拡大写真になります)
12:28

 「見えた」「見えない」で一緒に撮影している人々と話が盛り上がる。その盛り上がりは灯台の下でカメラを構えている人に伝わり、上ってきて向きを確認する人まで出てきた。
 横浜の街をバックにさらに彼女が近付いたのが解る。最初はこちらに左舷を見せていたが、向きが変わりつつあるのがわかる。

(画像の上にマウスを合わせると拡大写真になります)
12:33

 ファインダー越しに見ると、彼女の舳先が完全にこちらへ向いたのが確認出来た。その少し後でシャッターを押してみた。
 相変わらず風が強く寒い。隣の人は上着を車に置いてきたことを後悔していた。

(画像の上にマウスを合わせると拡大写真になります)
12:39

 完全に右舷をこちらに見せるようになった。そして形もさらにハッキリ見えてきた。
 この頃から、その姿は肉眼でも見えるようになってきた。肉眼では黒っぽい船に見えていた。

(画像の上にマウスを合わせると拡大写真になります)
12:56

 いよいよ最望遠では拡大しなくても、ハッキリと「羊蹄丸」と解るようになってきた。この頃には肉眼でも煙突や後部マストがハッキリ見えている。
 彼女を曳くのは「とよら丸」だが、後をガードするのは「上総丸」だと解るのはもっと近付いてからの話。

(画像の上にマウスを合わせると拡大写真になります)
13:00

 ここからは拡大写真無しで良いだろう。横浜ベイブリッジをバックに浦賀水道へと向かってくる。
13:08

 今度は鶴見つばさ橋がバックだ。
 雲が厚く、少し薄暗いがそれがまたこの船にピッタリな光景で良い。だんだん寒いのが気にならなくなってきた。
13:12

 いよいよ最望遠では「とよら丸」が入らなくなってくる。
 第二海堡をバックに行く。海堡の向こうには多くの船がひしめき、首都の近くの海であることを思わせてくれる。
13:18

 この辺りからは写真が急に増える。鉄道だったらシャッターチャンスは1回だけだが、船だといくらでも撮れてしまう。列車の撮影のつもりでシャッターを押すと大変な事になる。
 モータードライブの音が聞こえる辺りが、鉄道好きが多いことを教えてくれる。
 この写真は、波を蹴立ていてあたかも自力航行しているように見える。
13:19

 背景をよーくみると2月に開通したばかりの東京ゲートブリッジが見える。
 彼女はお台場に来たときと、立ち去る今とで東京湾の様子がかなり変わっているので驚いていることだろう。
13:20

 第一海堡の全景が写り込むように撮ってみた。
 この写真だと、「羊蹄丸」と「とよら丸」の位置関係がよくわかるだろう。かなり長いロープで曳いているのね。
13:23

 背景は富津岬に変わる。その奥に海ほたると、東京湾アクアラインがうっすらと見えている。
13:25

 君津の製鉄工場を背景に、商船三井フェリーの船とすれ違う。こうして見ると津軽丸型って意外に小さいんだなぁ。
13:27

 彼女が観音崎灯台に最も接近し、完全に右舷をこちらに向けた瞬間である。
 この瞬間から、私にとってこの船は一方的に遠ざかるだけとなる。泣きたい位悲しかったが、無理矢理はしゃいで乗り切った。
13:31

 いよいよ船尾の車両甲板の大扉が視界に入る。これ以降は後ろ姿を見えなくなるまで追ってみよう。

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