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2016年4月3日追加記事
我が家の京急のラインナップは充実

 2015〜2016年に掛けて、我が家の京急車両の模型が何点か増えた。トップ画像のように80年代の「京浜急行」の車両も充実したが、同時に現在の電車も充実したので紹介していこう。

追加1.「H特」1000形(T)
我が家の京急1000形(T)は1編成増えた

 私が子供の頃に京浜急行を代表する電車と言えば1000形(T)であることは以前書いた通りだ。そして鉄道模型でも多くの製品が世に出されたが、私個人としてはその中でも「鉄道コレクション」シリーズのものが決定版であると以前書いた。
 2016年1月、「鉄道コレクション」シリーズの京浜急行1000形(T)にラインナップ追加された。これまでは一次車だけだったが、このたび二次量産車で分散冷房装置搭載のタイプの6連と2連が追加されたのだ。
 これは1000形(T)でも比較的後年の姿がプロトタイプとされた。先頭車の連結器は密着連結器に改造後、車体は1980年代末期に更新して以降の全車両に側面行き先表示が設置された後という姿で、私が欲しい京浜急行1000形(T)とは少し違った。
 だが折角分散冷房6連が出たので、購入して雰囲気だけでも私が子供の頃の「H特」を再現しようと考えたのだ。「H特」は私が子供の頃の1000形(T)分散冷房車の主力運用であった都営浅草線乗り入れの特急である。
 側面行き先表示はやむを得ないので妥協することにして、先頭のダミーカプラーは家で余っているグリーンマックスキットの密着自連のダミーカプラーを胴受けごと付けることにした。何よりも行き先表示の変更で、製品では「快特11A 三崎口」が印刷済みだったが、種別と運行番号のみ付録のステッカーで変更して「特急53H 三崎口」とした。
 こうして我が家では1000形(T)による「H特」を実現した。編成で並べると、京浜急行に夢中だった子供の頃を思い出す。下に写真を示すが、都営5000形と並べればもうサイコーだ。

我が家では京浜急行1000形(T)は2編成に。普通電車を再現した一次車4連に加え、ついに一度模型で再現したかった「H特」を手に入れたのだ。
「鉄道コレクション」の京浜急行1000形(T)は最初に事業者限定として一次車4連が登場したのが5年前。その仕上がりは私に「決定版」と思わせるものだった。
今回の6連は、赤がちょっと濃いのがおわかり頂けるだろう。どっちも正しいように感じる。
川を渡る。ついに「鉄道コレクション」シリーズの京浜急行1000形(T)に、パンタグラフ付きの先頭車がラインナップされた。やっぱりこの時代の私鉄高性能電車は「先頭車後位にパンタグラフ」「分散冷房がズラリ」なのがきれいだ。
え?「西武電車は違う」ってか。あれは違う美しさがあるからね。
ホーム目線でこの京浜急行1000形(T)のすれ違いを見てみよう。やっぱり色の濃さの違いが少し気になる。
一次車の方にナンバー入れなきゃな、今のところ1009編成ってことにしているんだけど。
いつものカーブでのすれ違い。どちらも光線具合によって雰囲気が変わる。このカーブは撮影時間に逆光気味で、今度は二次車の赤が少し変に写っている。
以前紹介した都営5000形と並べてみた。もうこの組み合わせだけで私が子供の頃、京浜急行に夢中だったあの時代の記憶がよみがえってくる。
こちらは新塗装。この組み合わせのすれ違いは京浜急行線内だけでなく、都営浅草線はもちろん京成押上線でも見られた。
こちらでは旧塗装と並べてみた。都営からの乗り入れ運用である「T急行」の行き先が羽田空港ではなく川崎だったあの時代。これを知っている人はもうおっさんやおばはんの世代になっているはずだ。
こういう雰囲気満点の写真も入れてみた。こんな光景は子供の頃に何度も見た気がする。
都営5000形は新塗装も旧塗装もどっちも好きだ。
80年代の京浜急行のフラッグシップ、2000形と並べてみた。当時の京浜急行を象徴する光景も再現できるようになった。
次は鉄道コレクションで600形(U)が末期の姿で出ないかな、そうしたら4連×3で通勤快特の3B運用を再現するのに。

追加2.4扉車700形(U)
カッコイイとは言えないけど…地味な「日本一」のタイトルを持った電車

 京浜急行では1960年代を通じて1000形(T)の増備を続けていたが、全車電動車という特徴をもつ1000形(T)は建造費が高かったり消費電力が多いなどの問題を抱えていた。だが地下鉄乗り入れという条件と京浜急行線内の高速運転を両立させることを考えると、違うタイプの通勤電車を投入するのも困難であった。
 だが1966年に浅草線乗り入れが始まると、京浜急行では地下鉄乗り入れ対応車両数が明確化したこと上で、1000形(T)がその必要数を上回っていたこともあって自社線内用の新たな通勤電車を投入できる状態が出来た。そこで作られた電車がここで紹介する700形(U)である。
 700形(U)の最大の特徴は、京浜急行で初の4扉通勤電車となったことである。京浜急行も多分に漏れず高度経済成長期の朝ラッシュ輸送に苦慮しており、扉を増やして普通電車の足を速めることは必須であった。だが京浜急行では18メートル電車が基本であったため、4扉化は困難と思われた。だが開閉窓と戸袋窓と扉を順に配置するスタイルで4扉化を実現した。そしてもう一つは他の大手私鉄高性能電車でこの時期に多く見られた設計であるが、全車電動車設計を捨ててT車を挟んで動力車比を減らして建造費を減らす工夫をしたこと。ただし当時の京浜急行では他社のようにMT比1対1では優等電車の高速運転にも普通電車の高加減速運転にもついて行けないので、3両編成で両先頭車の2両が動力車という設計が採られることとなった。前面デザインは1000形(T)を基本に、平面部を多くして工作数を減らすことで建造費の低下に貢献し、前照灯はおでこに埋め込みという特徴が1000形(T)との識別点になった。その中でも初期の数編成は、運転台の窓の位置が上げられて独特の表情となった。
 700形(U)は4両編成でMT比1対1という編成で1967年に登場、1971年まで増備された。4両編成であったが増備時にT車のうちの1両を編成から外して、増備編成へ組み込むことで3両編成化する予定だったと言われる。だが増備時にそのようなT車の運用がされることはなく、1970年代中頃の一時期にT車を外した3両編成を組成したときは、外したT車を1000形(T)に組み込むという使い方がされた。だがこの使い方は1000形(T)の使い勝手が悪化するという問題があったため、700形(U)は結局4両編成の組成で固定化することになる。その後、1980年代に入ると冷房改造されたが、この時に冷房装置関連器機を2両のT車に分散して搭載したために本来の3両編成での運行は不可能となった。
 700形(U)は、主に本線の各駅停車と大師線で使用された。朝ラッシュ時は増結車として特急運用などにも入り、その場合は1000形(T)8連に増結する4両として使われることが多かった。一時期ではあるが700形(U)を3編成繋いだ12両編成での運用が存在したことがあり、当時は側面の扉数が日本一多い列車(旅客用扉だけで片側48箇所)だったとされている。
 1980年代後半から更新修繕がされると、初期車の独特の前面窓位置が高い顔も他車と揃えられただけでなく、行き先表示幕が黒くなって印象が大きく変わった。冷房化や更新修繕の後も使われ方はあまり変わらず、1998年から淘汰が始まり2005年秋までに全車廃車となった。廃車になった車両の一部が高松琴平電鉄に譲渡され、現在も彼の地で活躍中である。

 この車両、趣味的に話題になる事も少なく模型も恵まれていなかった。「側面の扉が日本一多い列車」という記録も地味で、当時もあまり話題になっていなかったと思う。ところが古くなって淘汰が始まると最初は板キットで市場に出てくるようになる。全車引退後の2012年になると鉄道コレクションシリーズの事業者限定バージョンとして限定発売された。ところがこれは私は欲しいとは思わなかった。700形(U)の末期の姿であり、自分の記憶にあるものとは違うのである。そしてこの鉄コレ、2015年年末に事業者限定バージョンとしてラインナップ追加がされた。今度は700形(U)非冷房車、しかも初期車の顔が違うタイプがでるというのである。これは私にとってもろストライクゾーンだ。「変な顔」の700形(U)は、私の記憶にもキチンと残っていて、これを模型で買うなら量産タイプより初期車の方が…と思っていたところだ。
 という訳で、2015年末に上大岡の京急百貨店のイベントで並んでこの模型を仕入れてきた。一緒に走行化に必要なパーツも購入、2015年内には走行可能な整備は終了していた。行き先は「普通 品川」を入れた。

 これを見ると子供の頃、「いつもの電車とちょっと違う顔の電車がいる」と気が付いた子供の頃を思い出す。こういうカッコイイとは言えない電車にも役割がある…こういうことを「カラーブックス」などの本を通じて私に教えてくれた電車だ。本線をかっ飛ぶ特急や快特に混じって各駅停車で走っていた変な顔の電車を、あの頃の思い出と共に大事にしていきたいと思う。

700形(U)4両編成。
この模型のプロトタイプは初期車、小さくなって位置も上げられた運転台の窓が特徴。
子供の頃は、普通の700形(U)よりもこの顔の方が好きだった。
橋を渡る、90年代に各社に登場した多扉車にも匹敵する「扉だらけ」の側面。これがこの車両に、地味ではあるがひとつの「日本一」のタイトルを持たせることになる。
700形(U)を3編成繋いだ12両編成では扉の数は片側48箇所、常磐線に103系15両編成が登場するまでは日本一の扉の多さだった。
その「扉だらけ」をズームアップして見る、開く窓が少ないから夏は辛かったろうな…って、私は非冷房時代のこの車両に夏に乗ったことがないんです。
ホーム目線で見てみる、ちなみに700形(U)には幌座はないので他編成と連結しても貫通できない。
1000形(T)と並べてみた、これは5年前の一次車の方の1000形(T)。
ホーム目線で1000形(T)と700形(U)の顔を見比べてみよう。幌座のないスッキリした前面扉回り、おでこに埋め込まれたヘッドライト…これだけでも印象はガラリと変わるが、初期車の場合はさらに前面ガラスの大きさと位置の違いが決定的違いとなって現れる。
でもこうして並べると「兄弟車」であることもよく分かる。そのコンセプトは全く違う通勤電車なんだけど。
京浜急行でもう一つの4扉車である800形(U)と並べてみる。こちらの車両は全電動車で高性能を誇る。800形(U)も引退が近付いてきたようだ。

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