…帰って来た事を喜ぶ人々、だがしんのすけは「そうだ」とあることに気が付く。映画の世界で共に過ごしてきたつばきの姿が何処にもないのだ。しんのすけは必死になってつばきを探し始めるが…。 |
名台詞 |
「おーっ、シロ、久しぶり。そうかそうか、オラがいなくて寂しかったか。ごめんね。ようし、帰ったらすぐご飯あげるからな。」
(しんのすけ) |
名台詞度
★★★ |
下記名場面欄のシーンを受けて、「かすかべ防衛隊」の仲間達に脇を抱えられて生気を失った顔で出口へ向かうしんのすけ。そこにどこからともなく犬の鳴き声が聞こえる。すぐにしんのすけは「シロ?」と気が付き、出口の扉へと駆けて行く。そうすると扉が開いて飼い犬のシロがしんのすけに飛びついてくるのだ。そのシロと戯れながら、しんのすけはシロにこう言ったのだ。
これは言うまでもなく物語の冒頭、野原一家が「カスカベ座」で行方不明になった「かすかべ防衛隊」の仲間達を探しに行くシーンの伏線回収だ。夕飯前に家を出て行くことになってしまったため、腹を空かせて飛びつくシロに「帰って来たらご飯あげるからな」と言い残して出てきている。そうして出かけていってなかなか帰らない飼い主を、シロは心配したのだろう。結局はこの映画館まで追いかけてきて、このラストシーンを演じることになった。
そして冒頭のシーンとラストシーンをこの台詞によって上手くつなぎ合わせることで、実は映画の外ではたいして時間が経っていないという事実を見る者に印象付ける役割がこの台詞にはあるはずだ。「映画の中」ではしんのすけらは2年近い日々を過ごしていたが、まともにこれだけの時間が流れていればしんのすけは立派な小学生になっているはずだし、映画の外の人は野原一家を初めとする人々がいなくなって大騒ぎすることだろう。なによりも夕飯を後回しにして置いて行かれたシロが心配な視聴者も多く、もし空腹状態のシロが2年も置き去りにされたら、どうなるかは言うまでもない。だからここでシロが元気に登場することで、彼らが長きにわたって「映画の中の世界」にいた事実と、劇中での現実時間の誤差を埋めたのだろう。
そしてしんのすけはシロの鳴き声で、この世界には残してきた者がいたことを思い出す。これはつばきに対してシロを心配する台詞を吐いた事に対する伏線回収だ。そのシロが置き去りにされつつも飼い主を追いかけ、ちゃんと愛情を示してくれたことでしんのすけはつばきとの別れのショックから立ち直り、元通りのしんのすけになれた。この台詞はしんのすけが元通りになったことを印象付ける役割も追わされているのだ。
こうしてこの物語は無事に幕を閉じることが出来る。最後に皆が映画館から出て行き、「カスカベ座」の客席に誰もいなくなったところで、主題歌が流れ出すのだ。 |
名場面 |
かすかべ防衛隊 |
名場面度
★★★★ |
しんのすけはカスカベ座の中につばきの姿がないことに気付き、館内を必死になって探し回る。これを見たひろしは「もしかして、つばきちゃん映画の中の人だったのか…」と呟き、風間が「僕らと違ってここにはいないんだ」と付け加える。その間もつばきを探すしんのすけの声が映画館に響く。
そのしんのすけに風間が後ろから近付き、「つばきさんは映画の中だけの存在だったんだ、だからここにはいないんだよ」と事実を告げる。しんのすけは「ウソだ、一緒に帰るって約束したんだもん」と反論する。「でもここにいないってことは、やっぱり映画の中の…」と風間が言いかければ、しんのすけは「だったらオラ、映画に帰る」と叫んで今や何も写っていないスクリーンに突進、そして倒れる。
その間にカスカベ座からは人々が去り、マイクもひろしに挨拶すると帰ってしまい、館内は野原一家と「かすかべ防衛隊」だけになる。スクリーンの前で倒れているしんのすけ、それを見守る「かすかべ防衛隊」の仲間達。7秒の沈黙を挟んでまず風間が「帰ろう」と声を掛ける。しんのすけは拗ねて「やだ、オラあっちの世界がいい」と返すが、風間は負けずに「何言ってんだよ、さんざん僕らに帰ろう帰ろうって言ってたくせに」と言う。ネネも「こっちの世界の方が楽しいって教えてくれたでしょ」と付け加えると、しんのすけは「つばきちゃんがいない世界なんて楽しくない」とさらに拗ねる。それに反応して「代わりと言っちゃ難だけど、僕たちがいる」とボーちゃんが声を上げ、マサオが「うん、かすかべ防衛隊!」と声を掛ける。そして全員が「帰ろう」としんのすけに声を掛け、しんのすけは風間とネネに抱きかかえられて出口へ連れて行かれる。
最後の最後でしんのすけの立場が逆転した。この物語の主展開として違う世界で他人を演じる風間・ネネ・マサオに帰ることを訴え続けていたしんのすけは、いざ戻ってみると帰って来た事を後悔し戻りたいと訴え始める。その理由は映画の世界で恋物語を演じてきたヒロインであるつばきがこちらの世界にいなかったこと。つばきはヒーローに対するヒロインとして立派にヒーローの恋人を演じ、そしてヒロインらしく最後にはヒーローとの別れまで演じてしまうことになったのだ。
もちろんこの事実に対するしんのすけの落胆は理解できる、しんのすけから見ればキチンと告白して良い返事をもらえた相手だ。ストライクゾーンを外しているとはいえ可愛いおねいさんである以上、これはとても嬉しかったことに違いない。そんな相手と一緒に自分達の世界に帰り、今後もずっと付き合える、そんな未来が突然断ち切られたのだ。
それに対し「かすかべ防衛隊」の皆がしんのすけを説得する。彼らは何があっても一貫して春日部に戻り友情を取り戻す事に力を注いだしんのすけに感謝しているのは確かだ。だからこそ恋人を失いショックに陥っているしんのすけを力づけようとする。映画の中で居心地のよい配役を与えられ、それに染まりきっていた自分達を救ってくれたしんのすけが、つばきの消滅により映画の世界からの呪縛から解けずにいるのだ。だからこそ自分達が帰してあげようと考えたのだろう。
こうして最後の最後でしんのすけの役割を逆にし、それに対して「かすかべ防衛隊」の皆がしんのすけに精一杯の感謝と友情を見せたことで、この映画は劇場版「クレヨンしんちゃん」では異色の「かすかべ防衛隊の友情物語」として見事に完成した。こうしてこの映画はラストシーンを残すのみとなる。 |
研究 |
・映画の中の人々 物語の最後で、実はつばきも映画の登場人物だったことが判明する。従ってつばき・ジャスティス・オケガワ・ジャスティス一派の悪党全て・クリスと用心棒と言った面々が本来の映画の登場人物だったと言える。このキャストから考えると、映画の中に足りなかったのはヒーローであり、このヒーローを演じてくれる人を探すために映画自身が人々をその中に取り込んだと考えることが出来る。
つばきの役割はもちろんヒーローに対するヒロインであり、ヒーローの恋人役だ。だからヒーローが告白すればそれを受け入れることが役付けられており、また最後は「おやくそく」としてヒーローと別れを演じる事も役付けられていたのだろう。それだけではなくヒーローになるべき人物が、ヒーローになるためにオケガワとを結ぶ役割も背負っていたはずだ。こうして見るとつばきの役どころがハッキリしてきて、彼女が登場人物の側の人間だった事にも頷ける。
しんのすけらによって映画が完結させられ、「カスカベ座」に戻ってこなかった彼らはどうなったのか? そのまま消えてしまったのか、それとも他の帰るべき場所に帰ったのか?
私は後者だと考えている。彼らが映画の登場人物という事を考えれば、彼らも「俳優」という仕事を持った人間のはずだ。つまり彼らも何らかの形でこの映画の世界に取り込まれてしまったのだと思う、さらに彼らは取り込まれた時点で彼ら自身の記憶を全て失い、この映画で演じていた役にすっかり洗脳させられてしまったのだ。この点では春日部から「カスカベ座」を通じてきた人たちよりも悲惨だったのかも知れない。
そして彼らはこの映画が完結させられて人々が「カスカベ座」に戻っていた頃、元の「俳優」に戻って他の映画の撮影に参加したり、はたまた私生活に戻ったりしていただけの話であると考えられる。
ただこの映画の世界での記憶が残っているかどうかは…それは皆さんのご想像にお任せしたい。つばき役の少女だけはしんのすけとの仄かな恋を覚えていて欲しいなぁ、と私は思った。 |