「あにめの記憶」過去作品・14
「史上最強のギャグ漫画家」臼井儀人さん三回忌・野沢那智さんと郷里大輔さん追悼企画

「クレヨンしんちゃん(劇場版)
 アクション仮面VSハイグレ魔王」

・「クレヨンしんちゃん」銀幕にデビュー
 今回は1993年に上映された「クレヨンしんちゃん」初の劇場版を考察してみよう。この作品には表題に記した通り、昨年相次いで他界した私の印象に強く残っている声優が悪役として登場しているので、その意も込めることにする。

 さて、私が「クレヨンしんちゃん」より前に臼井儀人さんの漫画に出会い、その作品群にはまっていたことはこのサイトで何度も記してきた。「クレヨンしんちゃん」連載第一話を連載誌である「アクション」でリアルタイムに読み、以後いろいろありつつもこの作品の原作漫画も読み続けていることは記してきた通りだ。

 連載初期の「クレヨンしんちゃん」はそんな私の意とは別に波乱の経緯を歩むことになる。これは今年になって双葉社から発行された「クレヨンしんちゃん」の暴露本とも言うべき「クレヨンしんちゃん大全」を読んで初めて知ったことが多いが、実は1991年頃には「クレヨンしんちゃん」は早くも連載打ち切りの危機に喘いでいたというのだ。だが担当編集者の努力でなんとか命脈を繋いでいたというのが実状のようだ。私が「アクション」に連載されている「クレヨンしんちゃん」初期作品を読んで大笑いしていた裏で、そんなことがあったなんて知らなかった。私もこの漫画がのちに世界的大ヒットを生むことになるとは想像すらしていなかったが、もし当時この「打ち切り」の危機にあったことを知ったら双葉社に抗議の葉書でも書いていたかも知れない。
 だが私のように「面白い」と笑いながら呼んでいた人はいたようで、そのような人達に目を着けられたのが1991年年末と言うことだったようだ。テレビ朝日系列で放映するアニメ原作を探していた人達に「クレヨンしんちゃん」が目に止まったのだ。そこから存続の危機にあった「クレヨンしんちゃん」という漫画は一転して「アニメ化決定」という道を歩むこととなり、1992年春に放映が始まると最初は低視聴率に喘いだが、やがて「このアニメは面白い」と噂が噂を呼ぶようになって視聴率はうなぎ登りとなり(あの名番組「クイズ100人に聞きました」を終了に追い込んだ)、視聴者が増えることで全国的なブームを巻き起こし賛否両論の社会現象まで引き起こす作品に成長する。
 さすがの私も「クレヨンしんちゃん」がここまでのブームになるとは思っていなかったし、自分だけが知っていた面白い漫画が別の世界に行ってしまったような寂しさも少しだけ感じていた。

 勿論、社会現象になるような大人気アニメを興行界が放っておくわけはないだろう。放映から1年が経つと当たり前のように次は「映画化」の話が出てきたわけである。「クレヨンしんちゃん」映画化…「クレヨンしんちゃん」以前から作者の作風を知る私はこのニュースを最初は「これは何かの間違いに違いない」と思い、次は「なんかのジョーク」と思った。だって当時までに読んでいだ臼井儀人さんの作風を考えれば、あのノリで90分もやられたら笑いすぎて身体が持たない、真剣にそう感じた。
 それとは裏腹に強烈に「見たい」と感じたのも確かだ。映画館で上映するということはそれなりの芸術作品として仕上げることが求められると言うことであり、映画制作者(といってもテレビアニメのスタッフだが)がどのような形で「臼井儀人作品」「クレヨンしんちゃん」を銀幕の上で再現するのか、非常に興味があったのは事実だ。

 だが当時の私は映画館に足を運ぶことはなかった。テレビで予告編を見てどうなるかは非常に気になったが…いや、映画館の前までは行ってみた。だが家族連れや子供ばかりのところに、当時22歳の私が一人で入っていくのはとてもできなかったというのが正解だ。


・劇場版「クレヨンしんちゃん」成功の鍵
 さて人気連続アニメ、しかも「クレヨンしんちゃん」のように日常生活が舞台のアニメだと、これをどう映画にするかはかなり難しい問題だと思う。

 実はここには「映画」で受ける作品と、「連続テレビアニメ」で受ける作品というのが真っ向から対立する場合が多いからだ。
 後者を先に言ってしまうと「日常生活と密接な関係」がある番組のアニメが受けていて、長寿作品と呼ばれるものがこの方向性であることが多いことは言うまでないかもしれない。当サイトで散々取り上げてる「世界名作劇場」シリーズもそうだし、現在も続いている作品で言えばこの「クレヨンしんちゃん」を始め、「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」「ドラえもん」という長寿作はみんなこのカテゴリに入るだろう。「名探偵コナン」だって殺人事件やその犯人捜しが無ければ立派にこのカテゴリに入る。その世界には見ている子供達の等身大のキャラクターが、見ている子供達と同じような日常生活を送っているのだ。ただ違うことはそのキャラクター達が成長しないことだが、そのアニメで育った子供達が大人になって今度は親の立場で見てみると、今度は自分と等身大の「親」が画面の中で活躍している。そうして親から子へと受け継がれて行くアニメは「日常生活」というストーリーの上に成り立っているのだ。「クレヨンしんちゃん」や「ちびまる子ちゃん」は既に親から子に受け継がれる時期に入り始めており、「ドラえもん」は完全に子の世代のものになった。「サザエさん」なんかは早いところではもう孫の時代に入り始めている。

 だが映画ではそんな暢気なことを言ってられない、毎週新作を作るなど不可能だし、制作に時間が掛かるからこそ流行や世相に敏感でなければならない。そして視聴者を90〜120分の「非日常」に誘うアトラクション的な要素でなければならないのだ。もちろんテレビアニメでもこういう作品は作れるが、ストーリーが持たなくて1年が限界になるのは確かだろう。「ウルトラマン」や「仮面ライダー」のように黄金パターンを作って毎週同じことをやったり、「戦隊もの」のように1年サイクルで「新作」に切り替えて毎年同じことをやるか、特殊な方策をとれば話は別だがそれでも視聴者は限られ万人が楽しめるものではない。
 そしてこの「非日常」へ誘うストーリーを日常生活を描く作品群が取れるかどうか、ここが鍵になってくるのだ。

 実はこれが一番難しくなかったのは「ドラえもん」だと思う。「ドラえもん」というキャラは日常生活系の物語にも、非日常系の物語にも、どっちにも対応できる便利なキャラなのだ。それは「ドラえもん」の原作を見た人ならすぐ理解できるだろう、物語は日常生活の中に「タイムトラベル」「瞬間移動」などのSF要素が入り込んでくるというここまでは良くありがちなのだが、「ドラえもんのポケット」という要素でそれらを必要の無いときに封印することができるのだ。だからこそ普段は日常生活を中心の物語を展開し、いざ映画版はこの「ポケット」の使い方を少し改めるだけで「スリル」「冒険」といった非日常の物語に簡単に転換できる。藤子F不二夫さんは本当に便利なキャラクターを作ったと今でも感心する(同じ要素を持つのが実は「パーマン」だったりする)。
 だが「サザエさん」「ちびまる子ちゃん」にこれをやれと言ったら無理だろう。これらの物語には「非日常」が入り込む余地は何処にもないのだ。普段の「サザエさん」を120分見せられたら流石に飽きるだろう、年に数回の「サザエさんスペシャル」は劇中で磯野一家が旅に出るという「非日常」が用意されているから120分見せられても飽きないのだ。「ちびまる子ちゃん」も同じことで、こちらは映画化されたものの連続アニメと同じく日常生活にこだわってしまいお世辞にも成功したといえる結果は残していない。

 「クレヨンしんちゃん」、特に初期の作風では完全に「日常生活」ものの部類に分類されるのは言うまでもない。当時は原作漫画でまだ「外伝」という使い捨て設定を使っておらず、おとぎ話や童話のパロディやSF映画のパロディなどの「非日常冒険もの」のストーリーは持っていなかった。それ以前に臼井儀人さん作品自体に「長編が」なかった(当時「クレヨンしんちゃん」は1話3ページ、他作品は4コマから8コマのみ)。
 前述の「クレヨンしんちゃん大全」によると、ここでもどういう映画を作るかかなり悩んだことが示されている。それまでの作風の短編作品をオムニバスで上映するという提案もあったようだが、結局は長編作品を製作するという方向に落ち着く。だが今度はどういう物語にするかという問題が出てきて、ここで原作者臼井儀人さんから出てきた案がこの「アクション仮面VSハイグレ魔王」だとの事だ。「クレヨンしんちゃん」劇中劇である「アクション仮面」を前面に出し、これと悪の組織との闘いに野原一家が巻き込まれるというストーリーで「スリル」「冒険」という非日常ストーリーとして原作漫画やテレビアニメとの差別化を図ることにしたのだ。さらに「アクション仮面はテレビヒーローではなく、実は異世界から来た本物のヒーロー」というローカル設定を付加することで、物語は「非日常的冒険アクション」として完成したのだ。

 そしてこの作品だけの悪役は臼井儀人さん自らが描いたキャラクターで、当時の流行と氏独特のギャグセンスが上手く融合されたものとなった。それに連載初期のメインキャラがほぼ全員登場して、初期「クレヨンしんちゃん」の雰囲気が良く出ている映画となっている。臼井儀人さんの手によるこの作品の原作漫画も存在し、「クレヨンしんちゃん」単行本6巻に掲載された。これは世に出た臼井儀人作品では初の長編作品である。

 このように作られた「クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王」は大当たりし、興行収入が20億円を越える大ヒットとなった。その理由は何よりも原作漫画やテレビアニメと違う「クレヨンしんちゃん」を作り上げることに成功したことと、作品自体が面白くて何度見ても笑えるからだ。
 そしてこの作品の大ヒットをきっかけに、以降「クレヨンしんちゃん」の映画は毎年作られることになりGWを中心にした期間に上映されることになっているのは皆さんご存じの通りと思う。来年の作品で20作目を数えるが、どれも前述のように日常生活中心である連載漫画やテレビアニメ版とは明確に差別化した冒険ストーリーとなっているのは言うまでもない。流石にこの「アクション仮面VSハイグレ魔王」ほどの集客力はないが、それでも一定量の興行収入を得ており今や子供向けアニメ映画では「ドラえもん」「名探偵コナン」「ポケットモンスター」と並ぶ定番になっている。

 この「クレヨンしんちゃん」劇場版成功の鍵を開けた本作品を、当サイトでは私なりの視線で考察してみたいと思う。

・「クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王」の登場人物

野原家
野原 ひろし 野原家の大黒柱で35歳、本作では活躍は地味だが重要な物語の牽引役となる。
 …初期作品ではどちらかというと「冴えない父親」としての側面が強い。アクション仮面のアトラクションにノリノリの子供っぽい面は好きだ。
野原 みさえ しんのすけの母で29歳、本作ではしんのすけに対するツッコミ役として初期作品のノリで登場する。
 …初期作品ではしんのすけとみさえの二人で物語を引っ張った感がある。本作でも前半はまさにそんな感じだ。
野原 しんのすけ お馴染みの主人公で5歳、ふとしたきっかけから正義のヒーロー「アクション仮面」とともに悪と戦うことになる。
 …主人公の永遠の5歳児、本作品ではまだ初期のまったりしたしゃべり方で出ているので最近の作品を見慣れていると違和感が。
シロ 野原家の飼い犬、本作ではしんのすけのサポート役として大活躍。異世界のテクノロジーで人の言葉も話す。
 …何らかの設定でもって人間の言葉を話すと、しんのすけより頭が良いのはおやくそく。
ふたばようち園関連(上映当時は「かすかべ防衛隊」の設定はなかった)
風間 トオル ようち園でしんのすけと同じクラスの秀才、本作では「アクション仮面」の放映を視聴していないと言い張るが…。
 …本作品の頃から彼のキャラクター性はブレていないのは感心だ。もう既に「嫌味なおぼっちゃん」キャラでなくなっている。
桜田 ネネ ようち園でしんのすけと同じクラスの女児、男の子向け番組の「アクション仮面」だが彼女はミミ子の活躍目当てに視聴している。
 …風間とは対照的に、まだ初期のヒロイン的要素を持ったキャラクターとして出てくる。うさぎのぬいぐるみを持ち歩く前だ。
佐藤 マサオ ようち園でしんのすけと同じクラスの臆病な子、スナック菓子の付録「アクション仮面カード」収集に凝っている。
 …泣き虫キャラよりも後にボーちゃんに譲るコレクターキャラとしての面が強い。本作の話のきっかけは彼のコレクションからだ。
ボーちゃん ようち園でしんのすけと同じクラスにいる謎の子、「アクション仮面カード」をマサオより多く集めている。
 …当時のボーちゃんは台詞が少なく印象が薄いが、コレクションでマサオの上を行くというおやくそくは持っていた。
高倉 文太
(園長先生)
しんのすけらが通う「ふたばようち園」園長だが、ヤクザにしか見えないような怖い顔が特徴的。
 …本作ではヤクザ風に凄む組長先生の姿を見ることが出来る、納谷六朗さんサイコーの名演だ。
副園長先生 園長先生の妻で夫婦でようち園を経営している。さりげなく夫である園長を傷つけるのがいつもの役回り。
 …本作では一言失言するだけの役だが、それだけで存在感があるんだよなー。
吉永 みどり
(よしなが先生)
「ふたばようち園」の先生でしんのすけら「ひまわり組」の担任、顔は可愛いが短気でノリやすい。
 …日本の田舎の家の縁側で西瓜を食べながら過ごす夏って、良い過ごし方だと思うけど…。
まつざか 梅 「ふたばようち園」の先生で「ばら組」の担任、プライドが高くいつもひまわり組に対抗心を燃やしている。
 …見栄っ張りでプライドが高かい彼女のキャラクターも、今も昔も変わってない。
アクション仮面関連
アクション仮面
(郷 剛太郎)
「クレヨンしんちゃん」劇中世界の子供達を夢中にさせる正義のヒーロー、本作では異世界から来たというローカル設定をとる。
 …意外に知られていないが、前作「だらくやストア」から通して出ている「クレヨンしんちゃん」では最も古いキャラの一人。
桜 ミミ子 アクション仮面を補佐する少女、アクション仮面本人と同じく異世界から来たというローカル設定である。
 …「助けてーアクション仮面ーっ!」がお約束、アニメに出てくる度に悪人に捕らえられる印象が強い(本作でも例外ではない)。
桜 リリ子 異世界に住むミミ子の双子の妹で、存在自体が本作のみのローカル設定である登場人物。
 …異世界に迷い込んだしんのすけを上手くサポートし、今作品ではミミ子よりも印象に残ったような。
北春日部博士 劇場版のみに出てくるアクション仮面秘密基地の科学者、常に下痢気味で他の作品では小林幸子の大ファンという設定がある。
 …劇場版ローカルキャラらしいが、そのキャラ設定は最も臼井儀人作品らしいと言って良いだろう。
ハイグレ魔王関連
ハイグレ魔王 本作で地球を侵略しようとした悪の組織のリーダー、見た目は女性だが実はオカマ。
 …かつての臼井儀人作品らしい悪役、その他作品では見られない特徴的な悪役を野沢那智さんが見事に再現してくれた。
Tバック男爵 ハイグレ魔王の部下で大柄な男、北春日部博士曰く「目的のためなら手段を選ばない冷酷非道なホモ」。
 …こちらも臼井儀人らしい悪役で、郷里大輔さんが見事にそれを演じて臼井儀人作品の「ノリ」を上手く再現したと思う。
ハラマキレディース ハイグレ魔王の手下で女性三人組、悪の組織の「中間管理職」という設定で会社員の視聴者を笑わせる。
 …「ハラマキのコスチューム」「中間管理職」というのは臼井儀人さんならではの発想だろう、リーダーは「ガンダム」のセイラ役でお馴染みだった井上瑤さんだ。

9月10日更新
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