第26話「さようならトーマス家」 |
名台詞 |
「なんであの子に言ってやらなかったんだろう? いつも冷たく当たって悪かったって。今になって気が付いた、あの子がいたから私はやってこられたんだ。あの子が私の支えだったんだ。あの子を愛してた。もっと優しくしてやればよかった。あの子にウェルターとバーサの話をしてやればよかった…。あの子はもういない。」
(ジョアンナ) |
名台詞度
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アンが荷物をまとめているときに言い出せなかった言葉、それがアンが出て行った後に怒濤のように独り言として出てくる。アンに帽子を渡そうと思い立ち、倉庫をあさっている内にアンは旅立ってしまった。その後ろ姿を家の中の窓から見送りつつ、ジョアンナはこの台詞を吐きつつ泣き崩れる。
ジョアンナは最後の最後までアンに対して素直になれなかったことをここで後悔する。本当はアンが可愛くて、本当はアンに何度も救われていて、本当はアンにもっと優しくしてやりたくて、本当はもっと…この女性もバートと同じ位不器用だ、バートは素直すぎるからそれを隠すために酒に走った点もある。ジョアンナは自分が素直であることを人に見せたくないという意地がある。だから特にアンのような存在に対して素直に優しくすることが出来ない、いつも虚勢を張っては冷たく接する。
ジョアンナだってそんな対応に疲れていたはずだ。だが日々の忙しさや夫の不摂生が先に立って、それに気付くことが出来なかったのである。そして夫が死に、アンが手から離れて行くときにやっとこれに気付いた。自分がアンに対しどう接すべきだったかに気付いた。どれだけアンが大事だったか思い知った。
だがそれにやっと気付いて素直になれたときというのは、得てしてその対象人物がいなくなってしまった時なのである。そんな悲しみをこの台詞に全て込めている。いや、この台詞の最後の部分「あの子はもういない」に込めているのだ。こうしてジョアンナはこのときだけでなく、自分の生命が尽きるまでアンに対して後悔の念で一杯の人生を送らねばならなくなるのだ。
そしてこの台詞、ここまで物語を彩ってきたトマス家の人々の最後の台詞となった。 |
(次点)「多分、牢屋みたいなところだ。狭い部屋に子供が一杯押し込まれて、一日中ぶたれて働かされるんだ。なのに俺、なんにも出来ないんだ。」(フォーレス)
…エドワードに「孤児院ってどんなところなのか?」と問われたときの返事。フォーレスが持っている「孤児院」というところの偏見も重要で、それほど苦しい場所に連れて行かれるアンを守ってやれないという「男の子の悔しさ」が滲み出ている。亡き父に誓った「弟たちとアンを守る」という約束を果たそうとしても、あんまりにも自分の力がなくてどうにもならないことに、この少年は初めて挫折を覚えるのだ。この少年が、父親を失ってから大きく成長し「男」になってきたと思わせてくれる台詞だ。 |
名場面 |
アンの決断 |
名場面度
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別れは突然にやってくる。トマス家に突然、製材所社長のハモンドと名乗る男が現れ。男が名乗るとジョアンナは「バートはそちらからもお金を…」と条件反射に問うが、彼はアンを子守として引き取りたいと主張するのだ。名家の令嬢と結婚したがその夫人が身体が弱く、しかも妊娠中なので子守がどうしても必要だと言うのだ。この言葉に今まで「孤児院に連れて行かれる」とテーブルの下で泣いていたアンはそこから這い出てきて、ジョアンナは驚きの小さな声を上げる。
「急なお話なのでよく考えないと…」とジョアンナは力無く言うが、ここではもう彼女の答えは決まっていたのだろう。彼女は静かに窓辺へ歩くと、「孤児院へ行くよりは製材所の社長のところの方が…」と呟く。これに反応したのは長男のフォーレスだ、母親に「一緒にに引っ越すわけにいかないの?」と猛抗議をする。それに「仕方ないじゃないが、(私の)母さんがああいうんだもの…」と力無く返答し、今度は椅子に座って「どうしようもない…」と泣き出す。バツが悪そうな顔をするハモンド氏、悔しそうな顔をする兄弟達…「私行くわ」と静かにアンが決断を下す。驚く一同、「だから泣かないで」と続けるアンに、「そんな、お前いいのか!?」と問うフォーレス。「だって仕方がないんですもの、私は孤児なんだもの。それに孤児院へ行くのはこの世の希望が全て消えてしまうような気がして嫌なの」とアンは続ける。「ではいいんですね?」とハモンド氏が問うと、ジョアンナは立ち上がりアンに背中を向けて小さく頷く。
このシーンには「アンがいなくなる」という現実と戦うジョアンナとフォーレスが克明に描かれている。ジョアンナは自分の母親に「アンは孤児院へ引き取ってもらえ」と命じられていたのも関わらず、ここまでアンと別れるという事実を現実として受け止められていなかったのだろう。少なくとも彼女は自分で決断することを避けた。アンは孤児院へ行くよりもハモンド氏に引き取ってもらった方がいいに決まっていると自分で自分に言い訳をしたし、自分がどうしてもアンを連れて行けない立場だと息子に言い聞かせた。だが自分で決断して「連れて行って下さい」と言うことは出来なかった。ここに彼女がアンと別れる決心がつかなかったことが見てとれる。
フォーレスについては名台詞次点欄で語った通り。ここでも彼は男として力の無さを痛感したはずだ。
アンはジョアンナの気持ちを察していたのかも知れない。だからこそ自分で決断の台詞を言うしかなかった。アンの決断理由は前述した通り、「孤児院に行くよりはいい」と言うことだろう。トマス家と一緒に行くことは不可能だろうし、このまま流されていたら孤児院行きは確実、だったらそれを回避する唯一の手段に見えたのかも知れない。
こうしてアンは物語の新たな舞台であるハモンド家へと引き取られることになった。しかもトマス家の人々と別れを惜しむ間もなく、今すぐ出て行くのである。何処まで話を辛くするんだ、この物語は? |
感想 |
「こにんちはアン」第二部「メアリズビル編」最終回。いよいよ「赤毛のアン」設定にあったハモンドのおじさんが登場する。同時にここまで物語の中核であったトマス家の面々が全員退場、作品のマスコットになると思われたぬこのロキンバーも退場。これは「世界名作劇場」シリーズで目立たなかった主人公のペットの一匹として記憶に残りそうだ(どっかのボナパルトと一緒に)。ここ数話で存在感を急に強くし、ロキンバーよりも印象に残った赤ん坊のひまわりちゃんノアも当然お別れ。ぬいぐるみの行方がどうなるかと思って見ていたら、ノアのものになったというのは上手くやったと感心。
前作「ポルフィの長い旅」では「別れ」というのに深い意味を持たせなかった。そりゃ当然で旅モノであって出会いと別れを繰り返すのだから、いちいち別れを細かく描いていたら大変な事になる(その中でもポルフィとデイジーの二度にわたる別れは印象に残るものであったが)。だから「ポルフィの長い旅」では回想シーンが邪魔だったのだろう。逆に「こんにちはアン」で描かれたトマス家の人々の別れは、それまで家族として一緒に暮らしてきた人との突然の別れであるので、これは印象に残さねばならない別れなのだ。回想シーンも上手く使っており、安易に過去の名場面を繰り返すのでなく、異次元背景の前にトマス家の人々とメアリズビルで出会った人たちが笑顔で並んでいるというイメージとしたのは、彼らとの思い出が変に鮮明にならずにいい効果だったと思う。「ポルフィの長い旅」で回想シーンを全く使わなかったのと同じ効果だ。
しかし、引っ越していなくなってしまったという設定のサディはともかく、ランドルフとミルドレットは出してやって欲しかったな。まぁアンの旅立ちが突然だったから、彼らを出してしまうと逆にしらけてしまったかも知れないので正解だったかも知れないが。 |