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・「愛の若草物語」の総評
・物語について
 物語については大きく3つに分類できるだろう。まずは完全なアニメオリジナルである一家がゲティスバーグから焼け出されてニューコードに移住するまでの物語でこれは第1話〜第13話までの話となる。続いて原作「若草物語」の内容を踏襲するようになる第14話〜第47話までの展開。そして最終回という物語に分類できるのだ。
 まず最終回は原作にない展開であるだけでなく、ジョオの旅立ちという展開を通じてアニメで膨らましてしまったローリーのジョオへの恋心をハッキリさせて決着をつける展開、原作ではハッキリと描かれなかったベスとフレデリックの全快、さらに南北戦争終結という姉妹にとってハッキリとしたハッピーエンド要素を付け加えた。つまり最終回はアニメ向けに追加されたエピローグであり、万人受けが必要なアニメ番組としては必要な追加要素だっただろう。特に序盤で一家が戦災に遭って焼け出される展開を付け加えた以上、戦争終結というのはなくてはならない展開だったはず。またアニメオリジナルキャラの一人であるデーヴィットについてもある決着をつけて終わる事にもなっている点も見逃せない(もう一人のアニメオリジナルキャラであるアンソニーが旅立つ第47話終盤からがエピローグの物語と見て良いだろう)。
 次に序盤の展開であるが、原作では背景にある前提条件でしかなかった「戦争」を前面に出して一家を苦しめる展開には賛否両論があると思うが、私はこの展開は「プロローグ」としてはあってもいいものだと感じた。父が兵隊として戦っているだけでなく自らも戦災で焼け出されるという傷を背負って力強く助け合って生きる姉妹の姿、また心を閉じているおば様の元で慣れない生活で苦しむ姉妹の姿に視聴者はいろいろ思うこともあったはずだし、なによりも応援したことだろう。そのおば様の心を少しずつ開いて行くジョオとメアリーが好きだという人も多いことだろう。
 そして本編の多くを占める原作踏襲ストーリー、最初の方はプロローグから原作への合流のためアニメオリジナルの展開が続くものの、舞踏会の話からは順序が一部違うものの原作に沿った展開となる。ただ第34〜35話は原作にない展開、原作にはあるもののアニメでカットとなったストーリーは数知れずという感じだ。ひょっとすると「愛の若草物語」はアニメ化で削られたエピソードが最も多いかも知れない。ただ削られたエピソードの多くが子供向けとしては難解だったり、宗教色が強すぎたりするので放映すること自体に無理があったものも多いだろうし、ベスやエイミーの設定年齢を引き下げたことで再現が不可能になったりしたという事情があったのだろう。
 それでも原作の再現度という点では、「世界名作劇場」シリーズの中では高い方だと思われる。一部で原作の面白い展開をカットしたりしてしまっているが、アニメ化された原作エピソードの多くが原作をほぼ忠実に再現している。だがクリスマスの芝居、エイミーのお仕置き、夏休みの「経験」というように設定変更の都合や事情があって改編せざるを得なくなったものの改編が上手く行かなかったのが印象に残ってしまう結果になっているようにも感じる。それでも「南の虹のルーシー」のように後半丸々原作を無視して結論だけ原作に合わせてあるものや、「ポルフィの長い旅」のように物語のきっかけだけが原作踏襲で他は原作無視(現在の展開を見ていれば最終回が原作通りになることはあり得ない)というものに比べたら、圧倒的に原作の再現度が高いのだ。
 結論として、「愛の若草物語」は原作「若草物語」を思い切ってスリム化し、難解なエピソードを省き(その反動で一部面白いエピソードも省略せざるを得なくなってしまったが)、その空いたスペースに新たな物語の要因を付け加えて万人受けする素晴らしいアニメ番組として仕上がってはいると思う。ただ一部物語の改編に失敗してしまっている回があって、それが印象に残ってしまう点があるのは否めないだろう。私もそれによって本放送時に一時視聴を中断したほどだし。
 原作「若草物語」を読んだという人にも安心して勧められるし、またアニメでこの物語を知った人には是非とも原作を読んで欲しいと強く勧めたくなる作品でもある。私もアニメで入ってから原作を読んだが、この物語の面白さや奥深さを知って感心した。

・登場人物
 この物語の登場人物は上手に性格付けられていると思う。これはどちらかというとアニメ制作者が上手に作り分けたと言うより、原作で既に姉妹の性格付けが完成していた点は否めないと思う。だがベスとエイミーは設定年齢が引き下げられており、それによる性格的な変化は無いのだがどちらもその変更を感じさせないように仕上がっている。原作を読むとこの二人は年相応より少し幼い言動を取ることが多いからかも知れない。
 またエイミーを物語の進行役となるナレーターに起用したのも成功していると思う。ナレーターだけでなくアイキャッチやサブタイトルの読み上げなども行っているのは、やはりこの「若草物語」という原作が基本的に10代半ば以上の少年少女で展開する物語だからだろう。アニメとして子供が見るためには、10歳前後、またはそれ以下のキャラクターが目立たなければならず、ベスも含めて設定年齢が下げられたのはこの辺りの事情によると思われるし、キャラクターとしてエイミーを中心に据えたのもこのような事情によるものだろう。
 メグは原作と殆ど変わらないが、ジョオは原作とはかなり違う点がある。原作のジョオは男勝りでお転婆という性格を前面に押し出しており、舞踏会に着る服に継ぎ接ぎがあることや手袋が汚れていることにも気にしていない様子だ。しかしアニメのジョオは第1話以外では男勝りやお転婆という部分はあまり表に出てこず、ドレスを焦がして泣いたりしている。原作のジョオならドレスを少し焦がした位では泣かないだろう、だいたい舞踏会で着るようなドレスに全く興味が無いようだし。しかし、アニメのジョオが人気あるキャラになったのはこの辺りの改編が大きいと思う。
 メアリーやフレデリックは原作通り、優しくて厳しい両親を演じている。またマーサおば様は原作のような「厳しさこそが愛」という性格ではなく、本当に人の良いおば様になっている。マーサを原作通りに描いたら「赤毛のアン」のマリラのような感じになっていたのだろうか?
 ローリーとローレンスも原作からそのまま出てきたような人物である。ニセ手紙をきっかけにローリーが急にガキっぽく見えてしまう点も同じ。ローリーの名前が変更された理由はやはり子供の視聴を考えればややこしくなるのは避けたいからだろう。ブルックも名前がジョンからカールに変更されているが…まさかこれは黒人のジョンを出したときに気付かなかっただけじゃないだろうなぁ?
 オリジナルキャラクターもいい性格付けがされている。最終回の前まで徹底的に悪役と情けないキャラを演じてきたデーヴィット、この人の声優さんは辛いだろうけどこのような性格の人がいると目障りだけどいなければ何か物足りないのは事実。アンソニーはアニメではローリーのジョオに対する淡い恋心を描くために設定された恋敵であり、またジョオに大人の世界の厳しさを包み隠さず不器用に伝えて成長させる存在だったのだろう。ヘンリーはアンソニーと一緒にジョオを成長させるが、アンソニーの対極として描かれている。ジョンは視聴者に当時の黒人の現実を見せるために追加されたのだと私は考えている。

 今回、姉妹のサブタイトル表示の回数、物語展開上の主役となった回数、次回予告登場回数を本編考察で取り上げた。その結果をグラフにしたので見ていただきたい。

・サブタイトル表示
 メグの登場回数が少ないのが際だつ、第4話で初登場の後、第16話まで採用されないのだ。またベスも中盤で全く出てこない時期がある。
 対してジョオとエイミーは序盤から終盤まで一定して採用されており、順調にグラフも挙がっているのが分かるだろう。
 サブタイトル表示の絵もジョオは3種類(通常・頭の上で本を持って手を組む・ショートカット)、ベスは2種類(通常・ミルキー・アンを抱いているもの)、エイミーも2種類(通常・窓にもたれている)が用意されていたのに、メグは花束を抱えている1種類しか存在しない。他のグラフでも言うことになる結論だが、メグの扱いの低さが目立つのだ。
・物語展開上の主役
 やはり圧倒的にジョオである。最初こそはベスにリードを許すものの、あとは順調にグラフを伸ばして行く。あとは似たような軌跡を描いているのだが、その中でもベスの回数の伸び方に特徴がある。何話がまとめて連続でグラフが上がるのだ。つまりベス中心のエピソードは何話分かまとまってやってくるので、特に活躍が印象に残るのだろう。
 メグとエイミーはほぼ同じ傾向と言ってもいいだろう。両者とも序盤の持ち上がりが鈍く、中盤で少しずつ稼いでいる感じである。これは物語が進む中で自然に主役を取る回が多いのだ。やっぱりメグ主役回は少ないなぁ。
・次回予告回数
 こちらは上2つのグラフと一転して、水色の線が最も伸びている。やはりナレーターをやっているエイミーが自然に次回予告を行う事が多かったのだろう。前半はジョオとエイミーが数を競っているが、中盤以降では一気にエイミーが数を伸ばす。
 反面、メグとベスが次回予告に採用された回数は少なかった。ここにもメグの扱いの低さが表れている。

 最後に名台詞の数である。
 本編を読んできてお気づきの方もいるとは思うが、ご覧の通りエイミーがダントツのトップである。
 だがエイミーの名台詞のうち半数以上に当たる5回はナレーターとしての解説である。エイミーとナレーターを別扱いにして差し引くとエイミーのキャラクターとしての名台詞数は4回となる。この場合はトップは主役のジョオであり、2位にメアリーとナレーターと言う結果となる。エイミーはメグやベスと同じ4回となり、キャラクターとしての印象に残る台詞は他の主要登場人物と同じ回数となるのだ。進行役となって解説を入れるというのは美味しい役ではあるが、「南の虹のルーシー」のケイトの例をみれば解説をしているからと言って印象深い台詞が大幅に増えるというわけでもない。つまりこれもエイミーがメインマスコットとして役割が大きくなっていることの証拠であろう、物語本編以外ではエイミーを大きくすることによって幼年齢の視聴者に対処したものだと考えられる。「若草物語」の主役となるジョオの年齢を考えた場合、やはりアニメとしては当然の対処ではないかと思う。

名台詞登場頻度
順位 名前 回数 コメント
エイミー 物語の進行役として名解説が多い。ハッキリ言ってエイミーはキャラクターとしてのエイミーよりもナレーターとしての解説の方が印象に残っている。その証拠にうち5回もナレーターとしての台詞である。
エイミーとしては第22話と第28話が印象的、ナレーターとしては第40話と第48話の解説が秀逸。
ジョオ 物語の主役であるので当然印象に残る台詞も多いが、解説を兼ねているエイミーには回数で負けた。だがエイミーとナレーターを別扱いにすれば堂々の1位となる。
第17話の台詞は非常に印象に残ったし、第37話の台詞はジョオらしくて好きだ。
メアリー ベスやメグ、解説以外のエイミーといった姉妹より印象に残る台詞が多かった。この物語の優しい母を印象付けるいい役だった。
ジョオとエイミーが大喧嘩したときの台詞が印象に残った、これらは初見が大人になってからだが…。
ベス 優しくよく手伝いをする妹として描かれたベス、そのキャラクター性ゆえに出番が少なく印象に残る台詞も少ない。
第26話のローレンスにお礼を言う台詞は何度聞いてもいい。
メグ 姉妹の長女であるが、「登場人物」でも語ったとおり扱いが悪くて名台詞にも恵まれなかった。
第47話のブルックへの想いをマーサにぶちまける台詞は強印象。
マーサ 第一印象が悪かったが、徐々に印象が良くなって行くおば様。実は中盤ではあまり出ていないので名台詞回数はこんなもんだろう。
第36話の台詞にはいろいろ考えさせられた。
ローリー 本放送時の私に一番近いキャラ、だが当時の私よりもずっと大人の振る舞いをしている時もあって、その行動が印象に残った。
第46話の台詞、格好良すぎ。
アンソニー 原作にはいないキャラだが、アニメではジョオの成長にこのキャラクターの存在が大きくなる。
第10話の台詞は、私を変えた。
ブルック あんまり印象に残らなかったキャラの割には名台詞多いな〜。他の人が名台詞を言わないときにさりげない台詞が多かったんだな。
第15話の台詞は印象に残った。
10 ハンナ 一家と行動を共にし、登場回数も姉妹とほぼ同じなのに台詞に恵まれなかった。でも第42話の台詞は美味しいと思う。
ポリー まさか九官鳥の台詞が2回も取り上げられるとは…。。
12 トム 第34話のぶっ飛んだ展開への扉を開けたのはまさにあの台詞。あのボケ具合がよかった。
ローレンス この人も登場回数の割に名台詞に恵まれなかった。第38話のお茶目な台詞がいい。

・はいじま的「愛の若草物語」解釈
1.「愛の若草物語」完結版について
 2000年に製作・放映された「愛の若草物語」総集編、「愛の若草物語」が「若草物語」に変身した。

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