5.「だるま」こと800形(U)
私が小学生の頃、京浜急行での最新車両と言えばこれだった。だけどその小学生時代に見たことも殆ど無い、何度か本線を普通電車として走るのを見ただけだったが、その変わった「顔」をみて新車と判断し、また当時は側面の塗装がその後の2000形などと同じデザインであったことから目を引いたのは確かだ。 京浜急行は標準型として1000形(T)の増備を続けていたが、その製造を打ち切ったのは昭和52年だ。それに引き続いて出てきたのがこの800形(U)で、地下鉄乗り入れを考慮しない普通電車に特化した電車として、昭和53年に登場した。 前面からは貫通扉が姿を消し、それによって正面大きな2枚窓と大胆な額縁デザインとしてあっと言わせた。そして行き先表示や前照灯を「額縁」の中にさらに小さな「額縁」をつくってそこに入れるデザインは、この時代の電車の前面デザインを完成させたと言って良いだろう。国鉄201形も通じるこのデザインは、鉄道界では「時代の顔」として記憶に残る。 その斬新なデザインの中に、京浜急行が長年守り続けた「伝統」を融合させたのも特徴だ。前照灯は中央上部に1個、尾灯は腰部に左右1個ずつという「基本」は変えていない。さらに側面を見れば4扉車ではあるが扉は「片開き」、そしてロングシートに座ると「そのままこぼれ落ちるんじゃないか」と思うほどの大きな窓。これらは京浜急行電車の個性であり、斬新な設計の中でもキチンと守ってきたものだ。 これらの個性を持つ電車も減ってきた。特に片開きの電車は関東大手私鉄の通勤電車では、現役のものはこの形式が最後となっているはずだ。 この電車はデザイン的に話題になったことで模型化されたと言って良いだろう。まだ新車だった頃にNゲージ鉄道模型の老舗KATOから「組み立てキット」という形で販売された。その後完成品へと販売形態が変わり、実物の塗装変更(2000形の用に窓回り白塗装から1000形(T)と同じ白帯塗装に変化)に合わせて再生産時に製品も変化している。3両セットから3両編成を2本繋いだ6両セットになるなど製品形態も変わったが、最後に再生産されてからもうかなり日が経っていて今は入手困難だ。 私は比較的最近の6両セットのうち、何故か基本編成側の3両だけを持っている。何かの事情で1セット半分の床下機器類だけが欲しかった後輩から、「余りパーツ」を買い上げた物だ。これで基本編成側の3両は完全な形で、他に中間車の車体だけが2両分ある。これで次の再生産でもうひと箱購入すれば6両編成が作れる…と企てているのだが、肝心な再生産が無くて6両編成が作れないという状況で止まっている。 この3両は、3連運用時代の本線の普通電車を再現している。ところがKATOの製品付属のステッカーの文字が小さする上に字体がおかしくてて気に入らず、最近まで行き先などは入れてなかった。前述した鉄道コレクションの1000形(T)に付属のステッカーを見て「これだ!」と思い、去年になってやっと行き先が入った。勿論1000形(T)と同じく「普通 浦賀」を入れている。 中学生の頃、夏休みに品川から浦賀まで普通電車で通した事があるが、この時に乗ったのがこの800形(U)であった。その時のクーラーが涼しくて快適だった記憶は、横須賀中央の先で見えたあの青い海の美しさと共に今でも色あせない。そんな京浜急行の記憶をこの模型を見ると思い出す。 次は6両貫通編成だ。それを作りたいのでKATOさん、早く再生産して下さい。もう部品は揃っているんです。朝ラッシュの6連普通、梅屋敷でドアが開かない記憶を再現したいのです。蒲田の完全高架までもう少し、間もなく梅屋敷の「ドアが開きません」は過去の物になります。その前に再生産を…って、もう間に合わないのは確定ですが急いで下さい。
2015年1月12日追加・「800形(U)6連化工事完了」 をご覧下さい(ページ閲覧後にここに戻ってこられます)。 |
6.新しい「快速特急」2000形
昭和57年末、以前から噂されていた京浜急行の「快速特急」専用車が姿を現した。運転席側に巨大な窓を配した左右非対称デザイン、800形(U)を基本とした額縁デザインとしつつ京浜急行として始めて腰部に下げて2個とした前照灯、側面に目をやればこれまた京浜急行初採用の両開き扉、そして特急電車のような大きな窓が並ぶ。車内に入ると、回転や転換はしないもののゆったりした座席が並ぶ。その配列は「集団見合い式」…東北新幹線とは逆に回転しないシートが車両中央を向く配置だ。
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