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「クレヨンしんちゃん(劇場版) 嵐を呼ぶジャングル」総評

・物語
 物語は4編に分けられる。

 最初の14分半は物語の導入部分だ。野原一家や「かすかべ防衛隊」の面々がクルーズ旅行に出発し、その先でアクション仮面との再会と、大人が全員連れ去られる事件が発生するまでの過程が描かれる。この部分では普段の「クレヨンしんちゃん」のギャグを交えつつ、この船旅の楽しさをある程度印象付けて今後の物語を盛り上げる要素が含まれているのは言うまでもない。冒頭ではこの船旅の存在を野原家の日常と「劇中劇」としてのアクション仮面から上手く引き出し、オープニングテーマを挟むとそのまま彼らの「非日常」へと流れて行く展開は、映画館で本作を見る客にとっても同様の経験が出来る素晴らしいつくりだと私は思う。そして船に乗ってしまえば登場人物は相変わらず、というのは「クレヨンしんちゃん」らしくて好きだ。
 だがこのような展開の中でも、今回の「敵」についての情報は画面に一切出てこない。アクション仮面との再会が描かれると、ここまでの登場人物全員が突然襲撃されるという暗転を描く。このような急展開で物語に観客を引き込んで行く役割が、この「導入」に与えられた役割なのであろう。

 続く30分と30秒が次の展開で、ここは「かすかべ防衛隊」のメンバーを中心にした冒険譚となる本作の骨格を成す部分だ。ここは「かすかべ防衛隊」4人の活躍に絞って描かれ、他のキャラクターや展開の描写については最小限にされている。
 そしてこの部分は、「かすかべ防衛隊」によるギャグを彼ららしく描いているのも面白い。各々のシーンにおいて4人のメンバーが強烈に個性を発揮し、彼ら4人を印象付けている面を見ていると、この映画が元々劇場版「クレヨンしんちゃん」の最終作として考えられていたことも頷ける。またこの過程でこの4人の諍いや団結も描かれ、これらのシーンは今後作られる「かすかべ防衛隊」を中心とした劇場版作品の基礎となっていることは確かだと思う。本作のこの部分がなければ本サイト考察済みの「夕陽のカスカベボーイズ」「嵐を呼ぶオラの花嫁」、その他では「B級グルメサバイバル」(2013年作品)や「ユメミワールド大追撃」(2016年作品)と言った「かすかべ防衛隊」が主役となる劇場版作品は生まれなかったと私は思う。
 だがこの部分でも、後半からは他のキャラが動き始める。まずはひまわりとシロが4人の後を追う展開が面白おかしく描かれ、合流してしんのすけ一行が6人になったところで、この本題の流れの合間に「拉致された大人達がどうなったか」が少しだけ描かれる。この部分ではひろしやみさえが恐怖しているだけであるが、捕らえられて強制労働などの痛い目に遭っていてすぐ助けなきゃならないことは短時間ながらも上手く示唆されている。こうしてこの部分のラストでしんのすけとひまわり以外のメンバーが全員捕まった後に、次の展開へと自然に流れるよう上手く出来ている。

 続いての約36分が次の展開だ。ここはいよいよしんのすけが敵の元にたどり着き、その戦いの前半が描かれるまでである。まずは「敵」であるパラダイスキングについて、続いて捕らえられた大人達がどうなったのかをしんのすけの足取りを追いながら明らかにしてゆくことから始める。
 これを通じてパラダイスキングの目的がなんなのかを明白にしてアクション仮面との戦いが始まる展開と並行して、しんのすけが捕らえられた大人達を救い出して立ち上がる様子が描かれる。特に後者は「しんのすけが主役」という点が明白になっている最大の展開であろう。しんのすけがいなければ大人達が救い出されて一致団結することはなかったし、その上でしんのすけお得意のギャグ「ケツだけ歩き」で大行進という迫力シーンに展開してしんのすけを先頭に立たせたストーリーは見事と言うしかない。
 同時に描かれるパラダイスキングとアクション仮面の戦いでは、アクション仮面を不利にすることで話がうまく行っている「しんのすけによる大人救出劇」とバランスを取る。こうして見ている側にとっては不安と安堵が交互に訪れて緩急が付くのである。
 だがふたつの物語が合流した後は、物語は上手く行かないがしんのすけを中心に一致団結するというストーリーに変化して行く。ここも「しんのすけを主役に据える」という本作のテーマに沿ったもので、彼が積極的に物語の先頭に立って話を進めていく展開は見ていて気持ちが良い。だが本展開はそのまま決着を付けずに終わりとなる。もちろんラストの展開が残っていることが主であるが、ここでは決着を付けるよりしんのすけを主役に据える方を優先したつくりになっているからだ。パラダイスキングに操られたサルたちを元に戻すのはしんのすけとひまわりの役目となり、ここで彼らが主人公として最も盛り上がったところだろう。

 最後の27分は、本作のハイライトである最終決戦だ。逃亡したかに見えたパラダイスキングが再度船を襲撃することをきっかけに、彼らの最終決戦を迫力のある空中戦として描いた。ここでは終始パラダイスキングが優位に戦いを進め、アクション仮面としんのすけは常に劣勢に立たされてピンチが何度も描かれる。ここでもしんのすけが主となってパラダイスキングを倒す展開となるが、ちょっとこの戦いは長いような気がしてきた。いくら映画が「非日常」のものとはいえ、このパラダイスキングとしんのすけ&アクション仮面の戦いはここで少し冗長だと見る人も出てくるだろう。かと言ってここを短い戦いで済ませれば、パラダイスキングの「強さ」について説得力が失われるのも事実、ここは制作時のさじ加減の難しいところでもあったと思う。
 そして悪役が倒されれば最後は「オチ」だ。何度も尻切れで結末が演じられなかった劇中劇の「アクション仮面」の結末がゲストキャラまで使用したオチとして描かれ、見ている者を笑わせてくれる。この結末はわざと感動させるつくりでもなく、「クレヨンしんちゃん」らしいギャグとして描かれている点も「本作が最後」と匂わせている。

 本作は全編で88分、物語が上記のパート毎に雰囲気が少しずつ違うこともあって見ていて飽きることもないし、良い意味で長く感じる作品だ。ただ最後の戦いは人によっては悪い意味で長く感じるかも知れない。
 ギャグは最初のふたつのパートで集中していて、特に2番目のパートの「かすかべ防衛隊」主軸の展開では臼井作品らしいノリの良さが上手く再現されている。臼井先生が生み出した4人の個性が強く出てきて、それぞれが出しゃばりで目立ちたがり屋という点を上手く使ってギャグを丁寧に組み立てている。
 本作では野原一家の「家族の絆」という点はあまり強調されてなくて、ひろしとみさえの夫妻は「パラダイスキングに拉致された被害者」としての面を強くしている。このような絆を1人で演じていたのはひまわりで、赤ん坊ながら兄の足取りを追うという健気さは「あり得ない」シーンだとしても色々考えちゃう人もいることだろう。本作では野原家の絆よりも、「かすかべ防衛隊」の一致団結の方が目立つこともあって、どっちかというと「かすかべ防衛隊」の物語なのかも知れないと感じる人もあると思う。
 そして後半を中心にしんのすけの活躍を目立たせ、丁寧に描いたことで「しんのすけを主役に据える物語」として完成していると思う。本作は高評価作品である「オトナ帝国の逆襲」や「アッパレ戦国大合戦」の前にあるので目立たない作品だが、私は多くの人に見てもらいたい良作のひとつだと感じている。

・登場人物
 本作品でのキャラクター構成は、敵であるパラダイスキング以外の殆どが普段の「クレヨンしんちゃん」のキャラクターであることが特徴であるだろう。野原一家はもちろんのこと、「かすかべ防衛隊」一行とその保護者、さらに「アクション仮面関係」の3グループを中心に悪役と対峙するという構成で、これはゲストキャラが中心で普段のキャラの登場が殆どない「暗黒タマタマ大追跡」とは趣を異にしている。

 野原一家の特徴としては、主人公の両親であるひろしとみさえの登場が最小限に抑えられつつも、要所で印象的に出してその存在をしっかりアピールするという出し方がされているのが面白い。その存在感は冒頭シーンでのギャグやラストのオチ、それに物語中盤の「敵に捕まった恐怖」の演出という点で大きくされていて、本作では実は本筋に全く係わっていないという点に誰も気付かないような扱いをされているのは面白い。
 同時にひまわりの出し方も印象的だ。「赤ん坊」であるという設定を多少逸脱し、「単なるマスコット」ではなく「自我を持って行動する」という点でその存在感を印象付けている。特にひまわりがシロとともにクルーズ船を脱出し、しんのすけを追いかけるシーンは恐らくは彼女が主役を取って「冒険」をした最初のシーンと考えられ、当時は意外性もあったのではないかと考えられる。「ひまわりがほぼ単独で冒険する劇場版作品」というのは他に見られず、本作品の見どころの一つだと私は思う。
 主人公しんのすけについては、本文などで徹底的に書いたが物語そのものが彼を中心に据えるように作ってあるので、常に物語の中心に位置していたといって良いだろう。実は「クレヨンしんちゃん」の劇場版作品は、「しんのすけが物語を引っ張る」というより「しんのすけが事件に巻き込まれるドタバタ劇」というものが多い。

 「かすかべ防衛隊」は前半部分では殆ど出ずっぱりで、その中で彼らひとりひとりの特徴を上手く引き出したのは見ていて面白い。全員が目立ちたがり屋でスタンドプレーが多い彼らを、全員平等に目立たせて一致団結する物語を見事に描いたと感心した。前述したが本作品がその後の「かすかべ防衛隊」の活躍を中心にした劇場版作品の基礎になったと考えられる。

 敵のパラダイスキングは、主人公を危機に陥れる敵として上手く描いた。基本的にノーギャグではあるが、アフロヘアーを手入れすると戦いを忘れるなど「ノーギャグになりきれていない」点が残っているのが上手いさじ加減だと思う。だがこのパラダイスキングの登場を境に、劇場版に出てくる敵の様相が変わったのは確かだ。これまではしんのすけや他のキャラと一緒にギャグをやってしまいそうな敵が主だったが、ギャグなどやらない真剣な敵が増えていったのは明らかにこの作品がきっかけである。本作で考察した範囲では「モーレツオトナ帝国」のケンとチャコ、「戦国大合戦」の戦国時代の人々、「カスカベボーイズ」のジャスティス、「オラの花嫁」の益蔵といった辺りがこれに該当する。もちろん他作品でもそのような敵役が存在する。

 アクション仮面は「アクション仮面VSハイグレ魔王」の設定を一部消去するなどの改編があるが、その性格やキャラクター性は変わっていない。その上でパラダイスキングという悪にひとり立ち向かう正義の味方という位置づけで、劇場版では最も印象に残る活躍をしていると言っても過言ではない。

 最後に名台詞欄登場回数一覧だ。トップがしんのすけはいつものこと、だけど2位のメンバーにアクション仮面やパラダイスキングがいるのは当然として、ここに喃語しかしゃべらないひまわりや、「かすかべ防衛隊」のマサオがいるのが面白い。また1回登場に出番自体が1回しかないミミ子や、特別出演の小林幸子が入っているのも面白い。ひろしやみさえがこのランクというのは、この作品のキャラクター配置の特徴を示していると言ってもいいだろう。

名台詞登場頻度
順位 名前 回数 コメント
しんのすけ 主人公で本作品では明確にその座に着く活躍が多かった。特にしんのすけが物語を進める台詞も多く、船の上で「真剣に何をするの?」と風間に問う台詞はとても印象的だった。
アクション仮面/郷剛太郎 本作でも相変わらず「しんのすけが憧れるヒーロー」を演じた。それに見合う印象的な台詞を各所で放っているのは否定しない。個人的には「いっちょ飛ぶか!」のあの台詞が印象に残った。
マサオ 「かすかべ防衛隊」の泣き虫キャラで、4人の中で最も「いじられた」のは彼であることは間違いない。ピンチで助けられたとき、助けた相手を好きな名前の女の子の名前で呼んじゃうのは彼らしい。
ひまわり 喃語だけけの彼女が本欄に二度も登場したのは、それだけ活躍も多かったということ。「だーめー」の演技は何度聞いても秀逸。
パラダイスキング 劇場版クレヨンしんちゃんの中でも印象的な悪役のひとり。しかも己の私利私欲のためだけに動く真の悪役だ。「まともじゃ王様は務まらない」とほざくシーンは、悪役としてとても印象的だ。
ミミ子 登場回数も台詞も少なく、「本作に出てたの?」と思う方もあるだろう。ただ彼女の最初の台詞は劇場版第一作と全く同じ台詞で、本作が「何のために作られたか」を強く示唆していて印象的だった。
ひろし しんのすけの父、今回は登場回数や活躍は少ないものの、冒頭シーンのギャグではちゃんとその印象度を掴んでいる。1度の菜台詞欄登場もそんな台詞だ。
風間 「かすかべ防衛隊」のお坊ちゃんキャラで、今回は自分こそがリーダーを演じようとする。その他キャラの個性の強さに埋もれそうになるが、各メンバー全員に商号を耐えてうまくまとめたのは印象的だ。
みさえ 母みさえも登場回数や活躍は少ないが、年相応の女性を等身大で演じることで印象度を高めている。彼女が名台詞欄で演じたのは、そんなシーンの一つだ。
小林幸子アクションミレニアムビーム発射装置 本作のオチを演じる「特別出演」。あのビームをノリノリで発射する小林幸子はいいねぇ。

おまけ
・「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル」予告編について
 本作の予告編は劇中未使用のシーンが多いのが特徴だ。この予告編で使用された劇中シーンは3シーン位しかなくて、本当にこんなんで予告になるのか?とツッコミを入れたくなる。
 まず古い写真を連想させる粗い白黒画像から予告編が始まる。海の景色が出て「南海の孤島」、ヤシの木が出てきて「そこは恐怖が支配する地獄の世界」、そして南の山々の景色が出てきて「しかしその中で、希望を信じる者達が立ち上がった」とテロップと同時に静かなアナウンスが流れる。と思うとしんのすけがドアップで出てきて「嵐を呼ぶジャングル!」といよいよタイトルコールだ。タイトルコールに続いて出てくるのは、ひまわりを背負ったしんのすけがジャングルを走り回ったり、ターザンよろしくツタにぶら下がって移動する光景だがこのシーンはもちろん劇中にはない。その間にマサオがワニの上を飛ぶシーン(劇中登場シーン)、風間が水上バイクで走り回るシーン(劇中未使用)、同じく(劇中未使用)ボーちゃんが弓矢を鼻水で避けるシーン、パラダイスキングらしい人物がサルたちを率いるシーン(劇中未使用)、ネネがウサギのぬいぐるみを武器にサルと戦うシーン(劇中未使用)と続くが、なんでマサオのシーンだけ予告編専用シーンが作られなかったのかな…そりゃともかく、それらのシーンを挟んだ後にひまわりを背負って走るしんのすけは回転しながら銃弾を避けるという、本作劇中からは考えられないシーンに変わる。「絶海の孤島を彷徨う子供達、魔界のジャングルの奥に待ち受ける王国」とアナウンスが続くと、劇中にあった水上バイクのシーンや、劇中ではなかったしんのすけとワニの戦いシーン、劇中使用のケツだけ歩き大行進シーンと続くと「捕らわれの仲間を救うのは…」とアナウンスが続くと、しんのすけの声で「オラだゾ」と声が続いて再度改めてタイトルコール。そして雨の中を走る「かすかべ防衛隊」一行(ネネがマサオに背負われている)、そしてその「かすかべ防衛隊」一行に背後から何かが迫るシーンになると、星形のサングラスで目を隠したパラダイスキングのアップが一瞬出てきた後、今度は「かすかべ防衛隊」の面々が崖から落ちる。そしてジャングルの草地を隠れるように歩くしんのすけ、彼が振り向くと口に草を咥えていて「野生のおバカが目をさます!」とアナウンスされると公開日が大写しになって予告編が終わる。二度目のタイトルコール以降の画像は、全て劇中未使用シーンだ。
 劇中未使用のシーンが多いとはいえ、この予告編は本作の空気をキチンと伝えているのだから面白い。パラダイスキングが「敵のリーダー」らしく描くだけでなく、彼に使われているサルたちもキチンと出したことで彼らが「敵」である事は明確に伝わるし、アナウンスと合わせれば彼らとの戦いであることがキチンと予測出来るように作ってあるのだ。その上で「ネタバレ度ゼロ」だから凄い。
 だがこの予告編がそのような理由で優れていることを知るのは、本編を見た後だ。先にこの予告編を見たら、やはりどんな物語なのか全く予測が付かないだろう。

・注意
 当考察では、一部の表現を臼井儀人作品の世界観に合わせるべく独特の言葉遣いを使用した。
 例えばしんのすけの台詞の語尾をカタカナの「ゾ」にする(原作表記に従ったがアニメ公式設定も同様、ただし日本語の使い方としてはどうかと思う)、しんのすけが両親を呼ぶときの表記を漢字と平仮名で「父ちゃん・母ちゃん」とする(アニメ公式では「とーちゃん・かーちゃん」らしいがここは原作設定に従った)、「幼稚園」を漢字ではなく「ようち園」と表記する(原作ではほぼこの表記に統一されている)等。
 なおしんのすけが通う幼稚園名、今回名称が出てくることはなかったがひろしが勤務する会社名は、今後「クレヨンしんちゃん」を取り上げる場合にはアニメの設定に従いそれぞれ「ふたばようち園」「双葉商事」に統一するつもりである(原作では「アクションようち園」「アクション商事」)。

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