第21話 「ラプラタ川は銀の川」 |
名台詞 |
「これが川だなんて…本当に川なの? これが。まだ何にも見えないのに、本当に2時間で着くのかな? なんだかおかあさんに逢えるのも、ジェノバから船に乗ったのも、みんな夢みたいだ。待っててくれるの? おかあさん…僕を本当に。あんなにハッキリおかあさんの顔を覚えていたはずなのに、何だかそれが忘れてしまいそうなんだ。消えてしまいそうなんだよ。分からない事がいっぱいありすぎて、だから僕怖がってる、怖いんだよ…なぜ手紙をくれなくなったの? 病気だって書けるはずだよね? 誰かに頼んで出すことだってできるんだ…かあさんが手紙を書かない…かあさんが手紙を書かない…僕に、トニオ兄さんに、父さんに……どこからもかあさんの手紙が来ない。冬なんだよね、ここはもう。イタリアはまだ真夏だっていうのに、銀の川、ラプラタ川は冬さ。何も見えはしないけど冬なんだ。待っててくれるよね、おかあさん? 僕を。とうさんにラプラタは冬だったけど、おかあさんは元気さって、一緒に手紙を書いてくれるよね?…何故黙っているの、おかあさん。銀の国、銀の街、ジーナおばさんが言ってたっけ? ブエノスアイレスは大都会よ、マルコ。大都会…大都会よって…。ロス・アルテス通り175番地、おかあさんがいる街、なにの…なのに…何も見えはしない。夢を見たんだ、悪い夢を見ちゃったのさ。みんな嘘だよね? おかあさなんがいないなんて…おかあさんが死んだなんで…。さあ、走るんだ、もう一息さ。嵐だってへこたれなかった船じゃないか…待っていてね…待っていてね…待っていてね…おかあさん…。」
(マルコ) |
名台詞度
★★★★★ |
今話でマルコが、自分の胸の内にある「不安」を心の中での呟きとして視聴者に語る台詞だが、長い、長すぎる。
マルコの不安は、詰まるところは「分からない事が多すぎる」ってことで、その最大のものはやはり音信不通になってしまったことにあることはわかるだろう。それによって「自分の事は忘れてしまったんじゃないか」という不安と、「何か良くない事態が起きているのではないか」という不安で、マルコの心がいっぱいであることが細かく語られている。
その細かい内容の一つ一つは、この長い台詞を読んで戴ければもう解説不要だ。アルゼンチン上陸前のマルコの台詞では、最も印象的な台詞だ。 |
名場面 |
マルコとレナータ |
名場面度
★★★★ |
移民船がブエノスアイレスに到着する朝、マルコは昨夜見た不吉な夢と「母は大丈夫なのか、自分を覚えているだろうか」という不安に苛まれ、甲板中を歩き回って落ち着かない様子だ。そんなマルコを航海甲板でレナータが見つける、フェデリコが届けるつもりだった朝食をマルコに渡し、マルコが母に無事逢えることを祈っている旨を伝える。これにマルコは「僕、夕べから変なんです」と告げる、レナータは「疲れていたのよ」とするがマルコは「一年半もかあさんに会っていないんです、だから心配なんです、僕のこと覚えてくれるかどうかって…」と自分が持つ不安を具体的に口にする。これを聞いたレナータは笑い、マルコが「おかしいですか?」と聞くと「1年や2年別れてたって、自分の子供の見分けがつかない母親なんて世界にいるはずがない」と告げる。これにマルコが目を丸くして「じゃ、僕やっぱり変なの?」と問うと、「かなり重症だわ、あなたがそんなになっているから変な夢を見るのよ」とした上で、「おかあさんは病気どころか、街中を走り回れるくらい元気でいると思うわ」とマルコに語る。「本当に?」マルコの表情が少し明るくなると、「本当だわ、この船がもうすぐブエノスアイレスに着くのと同じ位、確かな事よ」ととどめを刺す。マルコが完全復帰したところで、レナータはマルコに「別れるのは辛いけど、あなたには素晴らしいおかあさんが待っているわ」と告げる、どこからとも無く聞こえる船員の「陸だ!」の声。
「フォルゴーレ号」に乗っていた頃は、マルコの不安は船上での充実した日々に支えられていたことで影を潜めていた。ところが移民船に乗り換えて彼が「船員扱い」から「船客の一人」になり退屈になると、これまで影を潜めていた「不安」が明確な形で強くなっていった。しかもその不安はブエノスアイレスが近付くにつれて増すばかりで、到着当日の朝になるともう彼は完全にいつもの自分を見失っていた。
その不安からマルコを救ったのがレナータである。彼は幼いニーノの母親であり、マルコが求める「母」からの立場でマルコを勇気づけることになったのだ。正常な母親から見ればマルコの不安は杞憂に過ぎないことは明白で、どんなに月日が流れても特に可愛い息子の顔を忘れるわけがないという言葉は、マルコにとって説得力を持って迎えられる。もちろんこの説得はフェデリコや船長が言っても無駄で、あくまでも「母親」という立場の人間がしなきゃならないことだ。
そうしてマルコの不安が和らいだところで、レナータは一気にたたみ掛ける。勿論彼女にはマルコの母が元気でいるという確証はなにひとつない、だがこれを強く言い切ることで目の前にいる少年に勇気を与える。この女性の母性愛を見せられたことで、レナータがとても強く印象に残るシーンだ。
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感想 |
今話では上陸を目前に控え、マルコの不安が一気にあぶり出されるという展開を取った。ここまではマルコは不安を感じるどころではない旅程を過ごしており、移民船に移っても嵐が来たりと「自分の身を守る」のが精一杯の状況もあったことでそれどころでは無かったのが実状だろう。
何かの目的に向かっている人というのは、その目的が達せられる直前に最も不安を感じているものだ。私もその経験は何度もあるし、よくスポーツ選手とかもインタビューでそういう話をするのをよく耳にする。ある程度の人生経験を経た上で今話を見ると、その目標達成の目前に沸き上がるこれまで押し込んでいた「不安」というものを上手く描いたととても感心するのだ。子供の時に今話を見たことはあるが、何だか意味不明のつまらない回だったという悪い印象が強烈に残った。いや、子供の頃の印象がそうである話はこの「母をたずねて三千里」と「ペリーヌ物語」には非常に多い。
考えて見ればこんな悩み多き主人公というのも、当時のアニメでは少なかっただろう。アニメの主人公はいつも元気で気が強く、悩みなんかないような顔をしていたものだ。だからこそ私が子供の頃のマルコの記憶がどうも良くなく、小学校高学年になってもこの物語の本当に言いたいところがわからないまま視聴して、「話はわかりにくいしつまらない」という当時の感想に繋がったのかも知れない。その頃から「大人になって見直せばわかることも多いのではないか?」と感じていたので、いま全部見直しているわけだが…そんな子供の頃の感想を思い出させてくれたのはまさしく今話の視聴だったといっても過言ではないだろう。 |
研究 |
・移民船の航海 今回はマルコが乗った移民船の航跡を辿ってみよう。
毎度恒例でこの地図を見ながらの考察としたい、「1」地点がマルコが「フォルゴーレ号」から乗り換えてきたリオデジャネイロ、2地点が目的地のブエノスアイレスとなる。この間の距離は約2240キロで120海里だ。船の平均速度を12ノットとすればほぼ100時間の船旅となるが、ここでは嵐による難航や、船修理のための足止めなどを考慮して110〜120時間前後かかったのではないかと推測される。つまり5日弱の航海だったと考えればいい。
まず1日目の夕方に船はリオデジャネイロを出港する、2日目は特に平穏でマルコがフェデリコ一行と知り合ったのはこの日と見て良いだろう。嵐が来たのは3日目の後半、所要時間ベースで全行程の半分のところと推測される。嵐が去ったのが4日目の朝で、ここでマルコは「翌日にブエノスアイレスに到着する」旨を伝えられているので辻褄が合う。そして翌朝には船がラプラタ川を遡上していたが、このラプラタ川遡上で150キロほど距離があるので6時間ほど掛かるはずである。到着時刻が10時ならば朝の4時からラプラタ川を遡っていたわけで、マルコが朝の8時前に目をさましたら既にラプラタ川を遡っていたという描写も辻褄が合う。
これならばリオデジャネイロからブエノスアイレスまで112時間で、私が推測した船の性能や嵐によって船足が鈍ったという推測と、現実のリオデジャネイロ〜ブエノスアイレス間の距離、それに劇中の描写は一致する。
この考察結果から劇中のシーンを地図に落としてみた。「3」地点から「4」地点までが嵐に遭遇していた区間、「5」地点がラプラタ川の河口である。地図を見ているだけでは沿岸に近いように感じるが、これが距離を測ってみるとけっこう離れていたりするのだ。
2240キロで120海里、これを「里」に換算すると、570里となる。既にブエノスアイレスの段階でマルコの旅は「三千里」を突破していたのだ。
・今回の旅程
(リオデジャネイロ〜ブエノスアイレス) |
移動距離 |
2240km |
570里 |
合計(ジェノバから) |
12640km |
3220里 |
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