北海道方面 5.キハ183系特急気動車(その2)ほか
(トミックス・KATO・グリーンマックス Nゲージスケール)
北の大地の特急列車!

模型写真・我が家の北海道の特急列車

今回撮影に使った貸しレイアウト
埼玉県所沢市「所沢市電気鉄道」さんです。
(西武新宿線航空公園徒歩2分)

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1.私が大好きな特急形気動車 キハ183系の模型記事の続き

 十代後半から二十代前半に掛けて、私はよく北海道へ旅行に行っていた。その頃に北海道の鉄道で主役だったのはローカル列車ならキハ40系、特急列車ならキハ183系であった。

 「ワイド周遊券」などで北海道を回る場合、地域間の移動は必ずといって良いほど夜行列車や特急列車であった。その特急列車は一部の例外を除き必ずやってきたのが、様々な形状の先頭車が編成を従えるキハ183系であった。その迫力のあるエンジンの音や走りなど、若い頃の私を虜にした。この183系気動車が私は大好きだった。

 その私が大好きなキハ183系気動車特急は、前回「キハ183(その1)」としてその大部分を紹介した。だがまだ紹介し切れていない部分もあるので、今回は「その2」として前回紹介しなかったものを紹介したい。ただし、これで我が家のキハ183系のラインナップは全てではないので、それはまた機会を改めたい。
 今回紹介するのは、石北線で活躍していた「オホーツク」とその仲間たち、それに500番台車だ。

2.「オホーツク」と石北本線の仲間たち

北見・網走方面へのラインナップ。
  キハ183系はJR北海道に継承された後も、札幌を中心に道内各地への特急として活躍していた。当初は新塗装に変わっただけでその姿を大きく変えることはなかったが、外観に変化が生じ始めたのは1991年からである。
 1991年秋のダイヤ改正でグレードアップが図られ、ダブルデッカーグリーン車などを連結した「スーパーとかち」はグレーを基調にした新しい塗装に変更された。そして1992年春ダイヤ改正で石北本線の夜行急行「大雪」が特急格上げされることが決まると、「オホーツク」に運用されていたキハ183系0番台は「スーパーとかち」の後を追うようにグレー基調の塗装に変更された。
 私がこの新塗装の「オホーツク」を最初に見たのは、1991年年末であった。「スーパーとかち」のような大胆な塗装は気に入ったには気に入ったが、国鉄新塗装の方が好きだったなーと未練があったのも事実。こうして国鉄新塗装のキハ183系は、この頃から時と共に数を減らしてゆくことになる。
 「オホーツク」はその塗装だけでなく姿も少しずつ変えてゆく。「大雪」の格上げで新しく設定された夜行便は14系寝台客車のスハネフ14を組み込むことになり、スハネフ14がこの「オホーツク」用の新塗装と同じ色に塗り替えられて編成に組み込まれた。さらに短編成化を推進するためにキロ182の売店スペースを普通客室に改造したキロハ182が登場した。こうして「オホーツク」は他のキハ183と違う独特の編成を組むことになる。
 模型でもこのキハ183「オホーツク」の様々な編成が組めるよう、2つのセットがトミックスから販売された。このセットを購入して我が家ではこの塗装変更後の「オホーツク」で様々な編成を組んで楽しんでいる。

 ここでは「オホーツク」用のキハ183系だけでなく、我が家で再現している「石北本線を通じて北見や網走へ向かう列車」の模型をご覧戴こう。
これがキハ183系「オホーツク」色だ。左は0番台先頭車、右は貫通型の100番台先頭車。
グレーを基調に細い帯を入れたデザインは、1990年代前半の流行だ。
「オホーツク」用キハ183系の特徴は、このキロハ182の存在だ。キロ182の売店を撤去して普通座席を付けただけでなく、グリーン座席を一部撤去して喫煙室に改造されている。
同時に、車内販売基地を追設した先頭車も登場している。
これは1992年春ダイヤ改正で登場した、「オホーツク」組み込み用のスハネフ14。
気動車に寝台客車を組み込む運行体制は、1990年春ダイヤ改正で気動車化された稚内方面の夜行急行「利尻」で始まった。
その後この「オホーツク」を経て、伝説の急行「まりも」の特急格上げでも採用された。
夜行「オホーツク」の基本的な編成を組んでみた。編成中間に14系客車があるのがおわかり頂けるだろう。
「オホーツク」は険しい峠道を越えて網走を目指す。こんな風景が…石北線とはちょっと違うなぁ。
でもここのレイアウトで最も景色が良いのはこの橋梁だと思う。どんな車両を置いてもうまくハマるもんなぁ。
100番台の「オホーツク色」、4両のうち1両だけがこの塗装になった。国鉄新塗装の頃までは、100番台と言えば「オホーツク」というイメージがあったんだけど。
100番を横から見てみる、運転席のすぐ後ろの行き先表示が特徴だ。なんであそこに残したのかな…。
これはキハ183系の前に北海道で活躍していたキハ82系だ。
KATOのリニューアル製品に、何とかして「オホーツク」の絵入りマークを入れだ。本当は「おおとり」にしたかったけど、「おおとり」の絵入りマークが手に入らなくて。
キハ82系は大きな全面ガラスとヒゲ塗装が、貫通タイプの先頭デザインを美しく際立ている。まさに国鉄が残した名車だ。
この景色にはキハ82は上手くはまりますね。一定年齢以上の人は、こんな景色を見た事があるのではないだろうか。
私はキハ82は二度乗った。一度はJR東海の特急「南紀」で、二度目は北海道の臨時「北斗」だ。
もうひとつの石北線の車両は、「オホーツク」の空白時間帯に網走と北見を結んでいた特別快速「きたみ」だ。この模型については以前このページで紹介している。
ステンレスボディのローカル気動車に大きなヘッドマーク、これに乗ってよく北見乗り換えで網走を目指したよなぁ。18きっぷでの旅行では重宝する列車だった。
キハ54系も今はかなりスタイルが変わっている。やっぱりこのオリジナルの姿が好きなんだけど。
ワンマン化される前のキハ54では、最前デッキで前面展望を楽しむのが定位置だった…そんな楽しい旅ももう過去のもの。
特別快速「きたみ」専用車を横から見る。トイレ部分に専用ロゴを入れたのは1両だけ、検査時以外はこれが必ず連結されていた。
ついでにこれも走らせてので写真を紹介するのは、宗谷本線の急行「礼文」仕様のキハ54系だ。窓上の赤いラインがアクセントだ。
2両編成の身軽な急行が懐かしい。旭川から日帰りダイヤという運用が組まれていた。
特急に格上げしても、この位の編成にしておけば良かったのでは…。

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