「あにめの記憶」過去作品・18

「クレヨンしんちゃん(劇場版)
 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」

・「クレヨンしんちゃん」とは思えぬ意外性
 当サイトでは「クレヨンしんちゃん」連載開始時期から、原作者の臼井儀人さんの命日が含まれる今の時期は毎年「クレヨンしんちゃん」を取り上げている。今年もその例に漏れず2ヶ月ほどの考察連載にお付き合い願いたい。
 そして私が劇場版「クレヨンしんちゃん」考察の4作目に選んだのは、2002年に上映された「嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」(以下「戦国大合戦」と略)だ。本作品は以前当サイトでも取り上げた「オトナ帝国の逆襲」の好評を受け、さらに質の高いアニメ映画として完成させた作品である。「オトナ帝国の逆襲」では部外より制作側での評価が高いようだが、こちらは外野からの評価がとても高く、当年のアニメや映画の賞を数多く受賞している。「子供に見せたくない番組」に常にランクインする「クレヨンしんちゃん」らしくない展開だ。
 さらに本作品を原案とした実写映画も作られた。しんのすけ相当役を小学生の少年に置き換えるなど設定変更を加えつつ、本作の世界を忠実に再現した「BALLAD 名もなき恋のうた」として2009年秋に公開された。
 また「子供向けのアニメだから」と時代考証などに手を抜くこともなく、戦国時代の人々の暮らしや風景、それに合戦シーンも信じられないほどリアルに作られているという。例えばNHK大河ドラマなどでも、戦国時代の合戦をチャンバラ中心に描いているが、現実には様々な攻撃法を組み合わせた総力戦であったそうだ。この「総力戦」を余すところ無く再現しているのは、本作のもうひとつの魅力と言っていい。戦国時代に詳しい専門家などからも、本作における合戦シーンは、戦国時代の闘いを再現した映像資料として正確と評されている。

 本作は「クレヨンしんちゃん」の舞台を戦国時代に移し、武士と姫の恋を通じて野原家の家族の絆だけでなく(どちらかというとこれは前提条件になっている)、男はどうあるべきか、女はどうあるべきかを訴えている。
 「クレヨンしんちゃん」としての特徴を挙げるとすれば、これまで「ギャグ漫画」「ギャグアニメ」であり「この物語の中で誰が死ぬんだ?」というノリであった「クレヨンしんちゃん」に、始めて「死」というものを持ち込んだ点だ。原作漫画でも単行本47巻以降で、まつざか梅の恋人である行田徳郎の死を通じての物語が描かれ、登場人物達が「死」と直面するストーリーが描かれたが、本作はその展開より前の出来事である。
 「クレヨンしんちゃん」の連載やアニメ放映が長引くにつれて、様々な方向へ話が広まると共に「人の死」というテーマはいくらギャグでも避けて通ることが出来なくなっていたのは確かだろう。「オトナ帝国の逆襲」では敵勢力の親玉が自分達の企みが成就出来ないと知って自殺を企てるシーンで「死の臭い」が始めて描かれた、だがこれは主人公しんのすけのいわば「勘違い」によってそれが回避されただけという風に描かれ、主人公が「人の死」によって何かを失ったり、何かを教えられたりという要素として描かれていない。
 だが本作では、「戦国時代」を舞台としたことでこれが明確になった。合戦シーンではそれが直接描かれなくても、合戦の裏側に戦死者がいることは絶対の前提条件であるし、どちらの勢力も敵の大将を殺すことを前提に闘っている。そしてこの合戦の最後には、メインのゲストキャラの「死」によって主人公しんのすけは「信用出来る大人」を一人失い、同時にこの「死」を通じて様々な事を知る。

 さらにもう一つ、本作で個人的に気に入っている点を挙げれば、主人公や一家が戦国時代にタイムスリップするという物語なのだが、このタイムスリップについて「タイムマシン」の類の道具や、原理や仕掛けを追求するような設定が一切無いことであろう。主人公はタイムスリップした自分が書いた手紙を見つけただけで、何の説明も無く戦国時代にタイムスリップしてしまうのである。これは「タイムスリップ」や「時間旅行」、それに必要な「タイムマシン」という設定を不必要にし、さらに観覧者にもそれを考えさせない秀逸な「作り」である。この「タイムスリップ」の描かれ方は言い方を変えれば「問答無用」であり、主人公達のタイムスリップまでもを「前提条件」にしてしまい、観覧者が物語の本筋に集中出来るようになる要素である。この点も本作の評価が高い理由の1つだと私は考えている(見た者の自覚はないだろうけど)。

 このような展開はギャグ漫画として、ギャグアニメとして成長してきた「クレヨンしんちゃん」としては意外性を持って受け入れられ、その仕上がりの良さから好評を持って受け入れられたと言って良いだろう。個人の好き嫌いは別にして、ギャグ以外の要素で本作を越える「クレヨンしんちゃん」のシナリオはもう出てこないかも知れない。

・「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」の登場人物

野原家
野原 ひろし 野原家の大黒柱で35歳、本作では息子の蒸発の謎とき役で、合戦シーンでは「男」を見せる役割がある。
 …戦国時代の男達の多くが自分より年下と知り、驚くのは今のこの世代ならありがちだろう。
野原 みさえ しんのすけの母で29歳、しんのすけのタイムスリップには懐疑的で最後まで平静を装おうとするが…。
 …彼女が作るおむすびは、とても塩がきいているらしい。
野原 しんのすけ お馴染みの主人公で5歳、ふとしたきっかけから戦国時代へタイムスリップ。又兵衛と廉姫に出会う。
 …最初は廉姫にぞっこんだが、又兵衛の気持ちを知ると又兵衛を上手く導く。
野原 ひまわり しんのすけの妹で乳児、本作では目立った活躍が無い。
 …たいや!
シロ 野原家の飼い犬、しんのすけがタイムスリップのきっかけになる「穴」を掘り出す。
 …序盤のしんのすけとシロのかけあいは大好きだ。
戦国時代・春日家側の人々
井尻又兵衛由俊 本作のもう一人の主人公であろう。春日家に使える武士で、空を眺めるのが好き。敵からは「鬼の井尻」と恐れられている。
 …こんな武士でもしんのすけに掛かれば「おまたのおじさん」。密かに廉姫を思うが、バレバレであるのが良い。
春日 廉 春日家の姫で、又兵衛とは幼なじみ。大蔵井家に嫁ぐことになっていたが…。
 …戦国の姫にしては大胆、と言うところがあるのはやはり現代受けを狙うからか? 自動車に正座で乗るのはらしいと思った。
春日和泉守康綱 春日家の当主で武蔵国春日領を治めている。野原一家から聞いた未来の話を信用したことで、結果的に戦となる。
 …唐突に「自分は歴史に名を残すことが出来ない」と告げられた戦国武将というのは、他では見たことがない。
仁右衛門 井尻家の足軽頭で又兵衛と共に生活している。又兵衛最大の戦友にして、家族と言える存在。
 …又兵衛とは普段の軽口こそが慕っている証というとてもよいコンビを演じる、本作で印象的なキャラの一人。
お里 仁右衛門の妻で又兵衛と共に生活している。とても明るい性格だ。
 …臼井儀人作品の妻にありがちな、夫より強い妻を演じる。楽しそうな夫婦だ。
吉乃 廉姫に古くから仕える女性で、当時の女性としての礼儀には厳しい。だが廉姫を心から想っている。
 …こういうキャラがいるからこそ、当時は何がはしたないのかが見ている我々にも伝わってくる。
彦蔵 劇中で廉姫やしんのすけらを襲った野伏、助けに来た又兵衛に倒されると、又兵衛の家来となって大蔵井家と戦う。
 …野伏二人組の中で太刀を持っている方。携帯電話に「あめあがり」と入れて漢字変換すると、「雨上がり決死隊」になるのはこいつらのせいか…。
儀助 彦蔵と共に野伏であったが、後に又兵衛の家来となり大蔵井家と戦う。
 …野伏二人組の中で金棒を持っている方。最初にしんのすけらを襲ったときは絶望的な強さを見せつける。
おおまさ 春日城下の子供達の中でガキ大将的な存在で、城下の子供達を集めて「おおまさ一家」を組織している。
 …佐藤マサオの先祖らしいが、性格的に丸っきり逆。でも野伏に襲われると…。
ねね 「おおさま一家」の紅一点、ウサギが苦手。
 …ネネちゃんの先祖らしいが…野伏に襲われて地が出るのはネネママの性格のような。
かずま 「おおまさ一家」にいる臆病な少年。だが野伏に襲われると恐がりもせず饒舌な言い訳をする。
 …風間君の先祖らしい、あの風間君になりきって言い訳をするシーンは大好きだ。
ぼうしち 「おおまさ一家」にいる目立たない少年。しんのすけと意気投合する。
 …ボーちゃんの先祖らしい、あの正確はいじりようが無かったんだろうな。。
戦国時代・大蔵井家側の人々
大蔵井高虎 春日家と隣国の大名、廉姫が嫁ぐはずだったが康綱がこれを取り消したため、春日領に戦を挑む。
 …「悪役」ではなく、純粋に「強い大名」として描かれるのが良い。だがしんのすけに掛かれば戦にも勝てなくなる。
真柄太郎左右衛門直高 高虎の槍持ちであり、本陣に切り込んできた又兵衛と戦う。この闘いシーンは大迫力だ。
 …こんな強い武士に、ダイエット道具で戦おうとするひろしがこれまた面白い。

9月9日更新
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