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第21話 「それぞれの夢」
名台詞 「それを口答えと言うんだよ。若い者は年寄りをバカだと思うし、年寄りは若者がバカなのを知っているのさ。もっとも、私は自分を年寄りだと思ってないけどね。エムリー。」
(ルース)
名台詞度
 第一話でこのおばはんを最初に見た時、間違いなくこのおばはんは名台詞欄に出てくるようなキャラになるとは思っていなかったのだが…脇役で終わると思っていたおばはんが、主人公の留学先での保護者として物語の前面に出てくるとは思わなかった。
 下宿先であるルース宅に来たエミリーは、窓を開けて夕暮れの風に当たる。ところがそれを見たルースは病弱な子供がそんなことをしてはいけないと窘める、これにエミリーが自分は病弱でも子供でもないと言い返すと、ルースはこう返答したのだ。
 エミリーが子供かどうかはともかく病弱でないのは正解なのだが、ルースは「エミリーは痩せていて顔色が悪い」という理由で病弱だと決めつけているという前提を考慮すれば、エミリーの行為は「口答え」に相当するのは当然だ。だがその「口答えするな」という部分に付け加えた後半部分の論理は、ルースがいかに世の中をしっかり見ているかという点が解るだろう。いつの時代も若者から見れば年寄りは口うるさい存在で、年寄りは「近頃の若者は…」が口癖で若者を認めないものなのだ。もちろん全部がそうだとは言わないが、そういう流れがあるのはどんな時代も変わらない。ルースも若いときは年寄りを理解できず、この歳になって若い者が理解できなくなったからこんな事を言うのだ。
 そしてこの台詞の最終部分に反して、ルースは立派な年寄りだと言うことが分析できよう。なぜなら彼女はエミリーという若い者の考えていることが理解できず、それで無自覚のまま見下しているからだ。だからこそエミリーは自分の言う通りに支配されるべきだと考えるし、見下しているからこそ名前も正しく覚えない。ルースもそんな年寄りなのがこの台詞から見えてくるだろう。
 しかしルースが「エムリー」と呼ぶ度に、エミリーが「エミリーです」と答えるのはおやくそくになってきたな。なんか「クレヨンしんちゃん」の「組長先生」「園長です」を思い出す。そういえばその組長先生、今回は出てこなかったなぁ。
名場面 野宿 名場面度
 エミリーとイルゼは新聞社の営業のバイトで遠くまで来てしまい、さらに道に迷い家に帰れる時間で無くなったので干し草の上で野宿をすることになった。
 夜、その干し草の上で二人は語り合うシーンがとても印象深かった。ここでイルゼがエミリーの詩を朗読して子供達に喜ばれて事で自分は朗読家を目指すと決意するのだが、このシーンにはそれだけでない要素が沢山詰まっていて説明するのが難しい。最後にナレーターがこの夜の二人の会話はエミリーの一生の思い出になったと語るが、それを聞いて頷けるシーンになっている。
 自然の風、そして点に瞬く星空は人を素直にさせる。このときの二人は親友同士として素直に自分の考えや思いを語ったのであろう。こういう経験が仲の良い二人の絆を強固にするのは言うまでもなく、このシーンではその要素を二人が演じ切ったと見るべきだろう。こういう思い出のひとつやふたつがあるという人は、いい友に恵まれているということだ。
感想  物語は今回からシュルーズベリー編とも言うべき新展開に入る。登場人物はこの町に来ただけで唐突に成長したようで、いつもの4人は全話と比較して背が伸びているようだ。イルゼなんか顔まで変わっていて、これまでの「しつこいお顔」が嘘みたいになっている。「しつこいお顔」と言えば最初の頃のエミリーもそうだったが、物語が進むにつれ徐々に「しつこさ」が抜けてきていた。これは気のせいではなくオープニングに出てくるエミリーと比較すればわかることだし、何よりも1話のエミリーと比較してもそう感じるのだ。んで顔から「しつこさ」が無くなったエミリーは、「おでこが広い」という共通点のせいか「小公女セーラ」のセーラにどことなく似てるし。
 物語はきれいな「起転承結(起承転結じゃないよ)」を描いた、まずはシュルーズベリーに来たエミリーにルースが厳しい態度で当たり、続けて全くそれに呼応せずに学園生活という展開に切り替わる。学園生活を受けて新聞販売の営業というバイトの話へ流れ、それで道に迷うことをきっかけにルースの厳しさを利用してエミリーが野宿を決意、そして名場面シーンがオチになって終わり。という展開だ。実は野宿を決意する際の「敗北を認めましょう」というエミリーの台詞も好きだが、印象度ではルースの台詞の方が上なので名台詞欄はこっちにした。
 その中で漠然と「自分らしければいい」という方針しか持っていなかったイルゼが、エミリーに能力を引き出されて自分の目指すものを見つけるという展開。このイルゼの将来というテーマにおいてイルゼを主人公にせず、エミリーを主役としたまま進めたのは良かったと考える。もしこの展開までイルゼ主導で進めてしまったら、この物語は誰が主役なのか分からなくなってくるところだった。イルゼというキャラに色々な面があり、使いやすいのは解るけどこれ以上主役を取るような話はやめないとダメだろう。ただでさえエミリー以上に印象に残るキャラなのに…。

第22話 「雪の中の告白」
名台詞 「まぁ私の場合、9人には誘われても、肝心の10人目にはきっと誘ってもらえないんだ。」
(イルゼ)
名台詞度
 ある日の教室にて、エミリーとイルゼは近日実施予定のダンスパーティについて語り合う。イルゼはエミリーが100人の男子に誘われるとするが、エミリーは「この学校に男の子は100人もいない、10人がいいとこ」と答える。それに対してイルゼは急に俯いて、小さな声でこう言う。
 この台詞でここまで明確にはしてこなかったが、あらゆるシーンでその存在が示唆された「イルゼの意中の人」の存在が確定する。そしてこの台詞の内容をよく見れば、その相手はイルゼの方を見ていなくて他の女の子ばかりに気を取られているという事も瞬時に理解できるだろう。物語をしっかり見てきた人はここで「やっぱりね」と思うことだろう…そう、イルゼの「意中の人」がペリーであると明確に示唆された瞬間がこの台詞なのだ。
 もちろんペリーはエミリーに夢中でイルゼの方なんか全然見てない。エミリーとの結婚目指して驀進し、エミリーの相応しい男になるために猛勉強して学年でトップの成績を誇るまでになったペリーを見ていられないというイルゼの気持ちがよく出ていると思うのだ。こんな状況だからダンスパーティになってもペリーがイルゼに声を掛けることはないだろうことは明白で、だからこそイルゼの「気が進まない」気持ちがよく表れているのだ。
 この台詞は今回の展開全てを示唆しているともいえる。サブタイトルを見せられた後にこの台詞を聞けば、今回でこの複雑な恋愛関係にひとまずケリが着くことは容易に想像できるだろう。ペリーがエミリーにフラれ、イルゼがペリーに告白し、その二人の結果に関わらずエミリーとテディがうまく収まるという展開だ。前回見せられた次回予告ではあたかも雪の中で告白するのがエミリーであるかのように描かれていたが、実はそこで告白するのはイルゼの方だと解る瞬間でもあるのだ。
 ちなみにこの台詞にエミリーは「好きな人がいるの?」と反応する。もちろんそういう事を素直に示さないキャラであるイルゼは、それ相応の対応でここを切り抜けるのだ。
名場面 雪の中の告白 名場面度
 シュルーズベリーからニュームーンへの帰り道、いつもの4人を猛吹雪が襲い一行は完全に足止めを食らう。やむなく近くの廃屋に避難した4人だが、ペリーはエミリーにフラれた直後で刺々しい態度を取り、イルゼはそんなペリーの態度が気に入らず、状況を理解していないテディと原因の一端が自分にあることを知っているエミリーは明るく振る舞うが、やはり4人が避難した廃屋の空気が凍り付く。そんな中でエミリーとテディが見つめ合って笑い合い、「私テディが好きなの? こんなにドキドキするなんて…」とエミリーの心の中の声に多くの視聴者が「何を今更!」と反応したことだろう。そんなエミリーを呆けた顔で見つめるペリーに我慢が出来なくなり、ついにイルゼの叫び声が上がる。イルゼはいつものユーモアを交えながらも、徹底的にペリーがエミリーにフラれたことを「いい気味だ」と笑い、それにいつまでも縛られているペリーを批判する。もちろんペリーも黙っていられず、「黙れ!」と叫びながらイルゼの手を掴んで反撃する。「あんたなんか、あんたなんか…」と続けようとするイルゼの目からはいつしか涙が溢れてくる。そしてイルゼがペリーの前で腰を落とす、驚きの表情でこれを見守るエミリーとテディ。「私ずっと…ずっと…ペリーが…ペリーのことが、好きだったんだよ!」とイルゼが言い切ると、ペリーはイルゼの前で立ち尽くす。
 そう、前回流された予告編で示唆された内容と裏腹に、この場で「告白」をするのはイルゼだった。イルゼはペリーがエミリーの方ばかり向いているのを、ずっとそばで見てきたという事実がここでわかるのだ。もちろんこの二人はことあるごとに名コンビ的な活躍をしており、視聴者の多くが「イルゼとペリーはお似合いだ」と感じていたことだろう。そうでなくても二人で名コンビ的な活躍をしているときのイルゼの嬉しそうな表情をみていれば、こういう展開になるのは誰もが予想できたはずだ。この答えがこのシーンで出てきたのである。
 ペリーの気持ちもうまく表れている。ペリーはここまでエミリー一本だったわけで、イルゼという少女の「良さ」には気付くことが出来なかった。それ以上にいつも一緒にいたイルゼの気持ちに気付くことも出来なかった。ところがその一筋だったエミリーにフラれて間もないときに、自分をずっと見ていた女の子の存在を知り戸惑うばかりであったのが正直なところだろう。簡単にペリーが心変わりして終わるのでなく、この戸惑いを表現してこの告白の結果を先へ持って行ったのは好ましい展開だと思う。
 そしてこんなに仲の良い4人組なのに、イルゼの気持ちをエミリーもテディも知らなかったというのはイルゼという少女のキャラクター性を示しているものだろう。こんな大事な思いを誰にも言わず、心に秘めて「そんなのとは無関係」を演じるのがイルゼってもんだ。でもエミリーなら名台詞シーンで気付いていても良いはずだけど。
 今話のサブタイトルになっているシーンではあるが、今話の展開の主軸でないのがややこしい。実はこのシーン、今話のもうひとつの展開と、今話のオチへ向けての伏線提供でしかない。オチはこの告白の結果と言うことになるのだが、もうひとつの展開がここに隠れていたなんて想像できなかったなぁ。
感想  だからテケミしろって、あの状況はどう見てもテケミだろうが…ってこれは「ポリアンナ物語」や「赤毛のアン」の時に言ったっけ。「風の少女エミリー」で当サイトに初めて来た人のために説明するが、「テケミ」とは「テンコウ(天候)」の「テ」、「ケイカイ(警戒)」の「ケ」、「ミアワセ(運行見合わせ)」の「ミ」で「テケミ」。詳しくはこちら(長文注意)を参照のこと。
 とはいうもののテケミしていたら物語が全く成立しないし、エミリーにフラれてお先真っ暗だったペリーが可哀想なので彼らの無謀はやむを得ないだろう。それよりも今回のサブタイトルを見て、これがテディとエミリーの話だったらハッキリ言って白けると感じた。だってこの二人についてはもうどう見ても相思相愛で間違いないから、今更告白だのなんだので1話かける必要もないのだ。それより今回「けりが付く」と思って期待していたのは、ペリーのエミリーに対する片思いと、イルゼについてだ。ペリーが一方的にエミリーに婚約宣言しているのは何度も描かれているし、イルゼがペリーと一緒に行動すると嬉しそうなのは何度も描かれている。みんな年頃であることを考えると、そろそろこの4人の中の複雑な恋愛感情をまとめる必要があったのは否めないだろう。
 そしてイルゼのペリーへの思いを明確化(名台詞シーン)したところで、まずはペリーがエミリーに真剣に告白する。この告白に「またそれぇ?」と反応するエミリーは面白かったよ。その上で名場面シーンへ持って行って、サブタイトルの展開をエミリーが演じるのでなくイルゼが演じることになるというのは視聴者を驚かせる点で面白かった。
 さらに今回の副展開としてもうひとつの物語が用意されていたのは驚きだ。それはエミリーとイブリンの対決で、エミリーがシュルーズベリーに来てから何かと突っかかってきていた彼女と唐突に対決するのだ。ローダとは一対一の対決という構図にならず、ローダがエミリーの、エミリーがローダのプライドを完全にへし折ったことで二人を完全決裂させただけだった。だからイブリンとは明確な一対一の対決を描いてきたのは正直言って驚きだった。最終的にエミリーがイブリンの「弱み」握って一方的勝利という単純な構図には見えるが、その過程でイブリンが悪役として活躍しエミリーら4人が停学処分されるというピンチが描かれ、ルースがこのピンチを脱するための助け船を出すという展開を含んでいたのは感心した。エミリーがイブリンに一人で勝ったのではなく、ルースの力があったからこそという展開にしたのはリアルで良い。まさかルースがここまで好印象のキャラになるとは、これが一番驚いた。
 こう複数の展開があるから、今回は名場面も名台詞も選ぶのに苦労したし、選び出したらそれぞれ長文になった。

第23話「はなれてゆく心」
名台詞 「嘘だ、そうじ