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・「ペリーヌ物語」の総評
・物語について
 物語は1話から26話までが前半で、主人公ペリーヌがマロクールの祖父のもとを目指して旅をする物語。28話から52話までが後半で、パンダボワヌ工場での主人公ペリーヌのサクセスストーリーを軸にした、祖父の元に近付き認められ受けいれもらうまでの物語。そして27話は前半展開と後半展開の繋ぎとなるべく1話で、53話は物語の結果を受けての変化を描く「オチ」というべき展開であろう。

 前半ではペリーヌとマリの旅を軸に、マリが娘ペリーヌに注ぐ愛情を通じて視聴者に物語で「愛」という要素が重要であることを印象付けると共に、ペリーヌがその愛情によって成長することで後半展開に説得力を与えるという構造になっている。
 この前半も1話から15話と、15話から26話という形で物語が2つに大きく分かれており、15話までが前述したように「マリがペリーヌに注ぐ愛情」とそれによる「ペリーヌの成長」が詞湯軸である。様々なゲストキャラだけでなく、レギュラーである同行者マルセルを含めた楽しい旅と、写真屋の商売をしながら健気だけど最低限の「生活」が回っている点が自然に描かれ、これは15話以降の展開と対比させるという役割も持たされているのは確かだ。そしてトラブルの発生においては、マリが相手を敵視することでなくあくまでも「愛」を持った態度で貫くことで、「人に愛されるためには自分が人を愛さねばならない」というこの物語のテーマに首を突っ込むと共に、そのテーマそのものとそれを主人公が実行する後半の展開に説得力を植え付ける。この最初の15話がなければ、この大仰なテーマとそれに従う主人公の行動はあそこまで人々に印象付かなかっただろう。
 15話以降はマリの病と死を通じる物語に一変する。ここからは出てくるキャラクターも固定化してきて、一話完結が減って「一連の物語」という流れになってくる。15話以前とは違い物語を暗い影が覆い、母娘が持っている財産を食いつぶしながら何とか生きて行くという悲惨な展開は視聴者に多大な不安を与えることになる。そしてマリの死では母の言う「愛」がしっかり娘に受け継がれる「プラス」と、財産を食いつぶしてきた母娘にさらに「ビルフランは温かく迎えてくれはしない」という「マイナス」の双方が描かれ、物語をさらに陰鬱にしてからペリーヌの一人旅へと転換する。そしてその陰鬱な空気の通りにペリーヌの旅は上手くいかず、それでもルクリが手をさしのべることで後半展開に先回りして、「頑張れば報われる」という要素が描かれる事になる。さらにこれも後半展開を先回りしている点だが、ペリーヌが母の教えに従い、愛情を持った態度でルクリに接したことで、ルクリの心をがっちり掴んで前半の物語が終わる。

 後半は52話までが全て一連の物語として、途切れることなく流れて行くのが特徴である。33話までは見ず知らずの地でペリーヌが生活を軌道に乗せるまでの話と、マロクールでの物語に必要なキャラの人物設定に費やされるが、34話からは休む間もなく怒濤のサクセスストーリーが展開される。このサクセスストーリーではペリーヌの立場が順調に上がっていって、ついには社長のビルフランの屋敷での生活をするまでにのし上がる。だがペリーヌの心境は一進一退で、祖父に認められたり、自分や母に恨みの感情を突き付けられたりを繰り返すことでペリーヌの感情を揺さぶられるが、それでも負けずにペリーヌが祖父への愛を貫くことで最終的には「収まるべきところへ収まる」のだ。この過程は各話考察でしてきたようにとても流れが良いだけでなく印象的で、多くの人の心に残る物語であるのは確かであろう。

 前後半の間に挟まる27話はこの間の「橋渡し」である。後半に入る前にペリーヌの気持ちを整理することで物語を一度リセットして再起動させるだけでなく、ペリーヌが辿り付いたマロクールという地が間違いなくペリーヌの父が生まれ育った街であることを明示し、ビルフランを存在のみ出すことで「後半の目標点」が定められる1話である。同時に後半の初力キャラを一人一人出すのでなく、ここで一気に登場させる。
 最終話については、最終話の考察の繰り返しになるのでここでは記さない。

 物語全体を見ると、物語の起承転結が上手くできていて全話通して見るととても印象深く、また一度物語に引き込まれるとなかなか抜け出させてはくれない魅力を持っているとも言える。起承転結で言えば、前半15話までが「起」、26話までが「承」、27話が「転」、残り全話で「結」であり、特に「結」に入ってからの展開は途中から見ても目が離せなくなるほど面白い。
 そしてこの「起承転結」を通じて、見る者に「愛」というものを突き付けてくる。その「愛」についても家族愛や友愛というものとは違うもっと基本的な事、「人に愛されるためには自分が人を愛さねばならない」という大きな教訓だ。そしてそんな愛し愛されることが「幸せ」であると、最終話でオチとして上手くたたみ掛けてくるのだ。
 この壮大な物語は、「世界名作劇場」シリーズでも1・2を争う名作と言って、誰も異論はないだろう。

・ペリーヌの旅路の旅程
 劇中におけるペリーヌの旅程は以下の通りである。本文にも出してきたものではあるが、ここに再度挙げておきたい。
第1話以前(ダッカ→サラエボ)
第1〜6話(サラエボ→トリエステ)
第6〜12話(トリエステ〜ミラノ)
第13話 第14〜15話(ミラノ→「ミロード村」想定位置)
第17話(「ミロード村」想定位置→パリ)
第23話 第24〜27話(パリ→「マロクール」想定位置)

ダッカ→サラエボ 船舶・馬車 1話以前 11070km
サラエボ→トリエステ 馬車 1〜6話 500km
トリエステ〜ミラノ 馬車 6〜12話 415km
ミラノ→「ミロード村」想定位置 馬車 13〜15話 386km
「ミロード村」想定位置→パリ 馬車 17話 536km
パリ→「マロクール」想定位置 鉄道・徒歩・馬車 23〜27話 154km
合計     13061km



・登場人物
 上記の物語の特徴から、登場人物の傾向には2パターンある。前半は「旅もの」なのでゲストキャラが多く、登場人物の入れ替わりが激しいが、後半は主人公がマロクールの地に腰を落ち着けることもあって、登場人物は固定化してくる。

 まず主人公ペリーヌだが、全編を通して基本的な性格は変わっていないが、前半では年相応の我が儘や正しい事をしているときの意地の強さなどが目に付くようにしているのが見ていて面白い。そしてそのような面は「母の死」をきっかけに、そのような「子供っぽい」要素は影を潜めるという「成長」を見せる。さらに「意地っ張り」に部分は「我の強さ」へと変化し、強く逞しく変わって行く。
 だがその部分を差し引いても年相応より賢く、謙虚であるのは劇中でビルフランが語った通りだ。前半の旅の中でも母を気遣い、生活を立てて行くために共に悩む事を忘れず、父の死に際してはなるべく泣かないようにと健気さも持っている。前半でこの性格が印象付けられるからこそ、後半でこの性格が「武器」として有効となり多くの人の支持を得たことは確かだろう。
 そしてこのようなキャラクターの容姿を特に美しくも特に醜くも描かず、まるで画面の隅にいるような脇役レベルの「普通の顔」(悪く言えば「へのへのもへじ」)とした事がとても印象深い。この美しくも醜くもない平凡な顔が、賢さと強さを持ち合わせているだけでなく、様々な困難に耐えているからこそ物語が進むとだんだんこの「へのへのもへじ」が美しく見えてくる用に考えられている。そして終盤でビルフランからこの「へのへのもへじ」が、とても可愛く見えることに納得出来てしまうようにまでなってくる。実に不思議なキャラで、大人になって見るとこのペリーヌの言う少女が「へのへのもへじ」で描かれた理由がよくわかる。

 次にペリーヌの母、マリは「愛の人」として描かれた。だからといって特に強いわけではなく、女性としての「弱さ」も印象付けることを忘れない。むしろ娘の方がしっかりしているように見える時もあるのは、「ふしぎな島のフローネ」のアンナとの共通点だろう。だがその「弱さ」の中にも確固たるものを持っていて、娘がどうあるべきかという思いもしっかり持った上で娘を育て、そして大事な言葉を言い残し先に逝く。こんなキャラの声がメーテルでお馴染みの池田昌子さんというのも、うまい人選だと思った。あの何処か神秘的でマリの声が演じられたことで、この女性の「愛情の深さ」はキチンと視聴者に印象付いたと思う。

 前後半を跨いで登場するキャラは、ペリーヌ以外ではマルセルとルクリだけである。マルセルは「サーカス少年」として印象深く登場した後、前半ではことある毎に画面に登場してペリーヌのピンチを救う功労者である。そして最終話ではこの功労者の存在を忘れずに、ちやんと出してあげたのは良かったけど担当声優が演技を忘れてしまったのか、完全に別人になってしまっていたのが痛かった。ルクリはパリで出会い、マロクールへの道中でペリーヌに同行し、ペリーヌの「母の死」を通じての変化を見せつけるために出てきたと言って良いだろう。さらに彼女には旅回りの行商人という設定があり、前述の要素でペリーヌに他人とは思えない感情が生まれ、「何処で再登場してもおかしくない」というキャラとして完成する。それがあったからこそ32話がわざとらしくなく、上手くいくのだ。

 後半ではビルフランが物語の大きな立場を占める。だがこの人こそがこの物語で最も「成長」した人であるのは異論はないだろう。工場の長として「君臨」して、無意識に人を高いところから見下ろすようになったしまった事を、この老人が知ることになるのが後半の本筋だろう。初期ではその「近寄りがたい雰囲気」を上手く描き、その雰囲気が「オーレリィ」の登場で消えて行く過程はしっかり描かれている。そしてペリーヌの正体を知ると、これまでの気難しさが嘘のように孫バカ老人に変わる。そして彼も最後には「人を愛する」という事を実践し、タルエルやテオドールに人としての信頼を示すように変化する。

 ロザリーは後半の物語で最も使い勝手が良かったキャラだろう。主人公と視聴者が知らねばならない劇中の謎を上手く語ってくれるだけでなく、主人公の性格を上手く表現して分かり易くさせる役割、主人公と喧嘩して主人公の立場の変化を描くためにも使われた。変わったところではペリーヌがファブリに真実を打ち明けかけたときには「空気を読まず割り込むキャラ」としても使われている。そしてこれらのどんな役にも違和感がないよう、最初から性格設定が上手くできているのが注目点だ。

 フランソワーズは何処か頼りないがしっかりしている老女という難しい設定を上手く表現している。これで彼女がビルフランから一定の信頼を得ていることと、ペリーヌの顔を見て何かを感じるが思い出せないという設定に説得力を与えている。
 ロザリーの弟ポールは悲劇のキャラだ。本文考察でも語ったが、立場的に前半でマルセルが負っている役割を得るはずだったが、一芸に秀でていなかったことで物語や他のキャラに呑まれ、結果制作陣に描き忘れられてしまったのは本文で解説した通りだ。

 ファブリはペリーヌに必要な「理解者」としての立ち回り、見事にその役割を果たして気が付いたら画面から消えていた。その「理解者」としての立場に相応しい性格付けが成されると同時に、それによって32話でルクリ再会シーンに居合わせるという状況に違和感を感じる事もなかった。結果「理解者」だけでなく、ペリーヌの正体について唯一「感付いた人間」としても機能し、レギュラーの中で最も「当たり役」となる。

 他にも解説すべきキャラクターは沢山いるが、後は名台詞欄登場回数欄で短い解説で替えさせて頂きたい。
 その名台詞欄登場回数だが、トップは主人公ペリーヌであることは、唯一の全話登場キャラであることを考慮すれば当然だろう。だがペリーヌの登場頻度はそれほど高くなく、また特徴としては前半ではマリと一緒に多くの名台詞を残したが、後半では当欄にその名前がほとんど登場しないという有様だ。これは前半はペリーヌやマリが物語を引っ張っていたが、後半ではビルフランなどのマロクールの人物が物語を勝手に引っ張り、ペリーヌは良くも悪くもこれに巻き込まれるという構図に変化したからに他ならない。
 2位はビルフラン。登場話が後半だけで9回というのは、登場頻度で言えば9/27だから3話に1回はこの欄に名が上がったことになり、またペリーヌの11/53とは比べものにならない。これで後半はペリーヌの台詞が食われてしまったのは否めない。
 3位のマリも登場話数は21話までだから、7/21でビルフランと同じ登場頻度だ。
 4位にはナレーターはともかく、ロザリーが食い込んだのは意外だった。それだけ彼女が劇中で使い勝手が良く、また視聴者が言いたいことを劇中で言ってくれたことが多いってことだ。
 以下マルセルとファブリが同回数というのも、二人の劇中での位置を考えれば納得のできる数値だ。タルエルは悪役として2回登場し、フィリップは脇役としての優れた台詞で2回だ。あとは1回ずつの登場である。

名台詞登場頻度
順位 名前 回数 コメント
ペリーヌ 11 主人公だから首位は当然にしてもちょっと寂しい数字。「へのへのもへじ」顔だけでなく名台詞でも損をしているのは、前半は自分で物語を引っ張るが、後半は物語に「巻き込まれる」という位置付けに変化するからである。特にマロクールに到着した27話以降では、ペリーヌの当欄登場は僅かに3回だ。第2話の深い台詞は、旅好きの人には印象的だろう。
ビルフラン 主人公に代わって、後半の物語を力強く引っ張ってきたのは彼と言って間違いないだろう。33話以降の本欄をほとんどかっさらってしまっている。その中でも特に印象深いのは第50話の名台詞、この物語が伝えるべき点をさらりと言ってのけて視聴者に強い印象を与えたことだろう。
マリ 主人公の母という立場で、物語のうち3分の1しか出てこないがこの順位に付けたのは、前半は彼女が物語を引っ張ったからに他ならない。第10話で「人に愛されるためにはまず自分が人を愛さねばならない」というテーマを最初に語り、第20話では母としての強さと人としての弱さを前面に出した台詞がとても印象に残った。
ナレーター ペリーヌと共に全話登場した解説、物語の要所で的確な解説を入れて印象に残っている人は多いことだろう。やはり最も印象に残っているのは、最終回の最後の解説(第53話次点欄)。物語の教訓を視聴者に委ねる形で終わったことで、物語が上手く締まったと思う。
ロザリー 主人公の親友というポジションかつ、使いやすいキャラクター性で名台詞欄登場回数でも健闘を見せた。ビルフランがほぼ名台詞を言ってしまう展開でもこの回数は彼女の「使いやすさ」の証明であろう。その中でも最も印象的な台詞は第38話、ペリーヌの服選びの際の台詞だ。
マルセル 数少ない前後半を跨ぐキャラだが、後半は最終回だけの登場。よって名台詞は全てパリまでの間である。その中でも印象深いのは初登場の第7話、母親を自慢する少年の照れくさいけど誇らしげな気持ちが表現された台詞だ。
ファブリ 後半のみ登場で、やはりビルフランが当欄登場をほとんどかっさらう中での大健闘。本作で出てくる男性キャラで最も当たり役と言っていい。印象的なのはそのキャラクター性を確固たるものにした第32話の名台詞と、自分で答えを出してしまった第40話だろう。。
タルエル マロクール編で悪役として君臨し、2回の名台詞欄登場はその雰囲気が強い台詞だ。特に第45話の名台詞は、これまでのタルエルには無かった言い回しで「悪役」としての印象を上にすることで優先は、成功した凄い台詞だと思う。
フィリップ 後半では脇役も固定化されるが、その後半の脇役の中で最も印象深いのは彼だという考えには異論はないだろう。第49話の名台詞は「自分はペリーヌの気持ちも含めて全部知っている」というとても印象深い台詞だ。脇役では最も当たり役と思う。
ガストン 第19話で名台詞欄登場、シモン荘の中で最初にペリーヌのペースに巻き込まれた彼の心情を上手く描き出している。シモン荘の人々は固定キャラでありながら、登場回数が少なく当欄登場機会そのものが少なかったのが痛い。
シモン 第22話で名台詞欄登場、シモン荘の主にしてパリ編で最も印象深い彼だが名台詞には恵まれなかった。だが名台詞となった彼がペリーヌに掛けた最後の言葉はとても印象深い。永井一郎さんの歯の抜けた演技も唸らざるを得ない。
ルクリ 第26話で名台詞欄登場、ペリーヌからパリカールを買い上げるという役柄だけでなく、その後の偶然からペリーヌと旅を共にし、さらに後半も登場してファブリがペリーヌの正体に気付くきっかけを与える。名台詞では彼女の優しさが見え、ペリーヌを娘のように感じているのがとても印象的。
テオドール 第35話で名台詞登場、二大悪役のもう一人だがタルエルと違い名台詞には恵まれなかった。ここに彼の「悪役」としての使いづらさ(ダメ人間)があったと思う。名台詞ではダメ人間ぶりが強調されていてとても感じがよい。第49話次点欄は、担当声優の役どころという意味でとても印象深い。
下宿屋主人 第41話で名台詞登場、ほんの数話の間にしか出ないキャラだが強烈な台詞を残して去っていった。あの台詞を言えるのはこのような脇役だからこそ、というのもあるだろう。
セバスチャン 第52話で名台詞登場、第33話での初登場から何度も画面に出てきて印象深いキャラだが、この人が良いことを言うとビルフランがもっと良いことを言ってしまうという当欄での不遇のキャラ。名台詞では主人を思う彼の気持ちが良く出ていて好印象。
ゲスト プラガ男爵 第11話のゲストキャラ、次元大介の声で怖いキャラとして登場し、その仮面が少しずつ剥がれて名台詞では完全に面白いおっさんとなったキャラ。この冗談に真剣に答えてしまうペリーヌも強印象。
西瓜農家の弟 第23話のゲストキャラで、声はマスオさん。ゲストキャラの彼が背負った役割は、主人公と視聴者にペリーヌの祖父がどれだけの人かを伝えるという重大なものであった。名台詞もこの役割通りだ。


・「ペリーヌ物語」の追加考察
・「ペリーヌ物語・完結版」
 2000年に製作された「ペリーヌ物語」の総集編、後半だけを上手く再編集しています。

・劇場版「ペリーヌ物語」(新作)
 1980年に制作されたものの諸般の事情により公開されず、1990年までお蔵入りだった「ペリーヌ物語」の総集編。

・ペリーヌの家馬車徹底解剖!

 「ペリーヌ物語」の前半展開で主人公の生活の舞台となった、馬車を徹底解剖。この馬車の意外な面も見えてきます。

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