第32話 「あらしの夜」 |
名台詞 |
「ハイジ、何か言ってちょうだい。私に出来る事なら何でもするわ。ね、して欲しいことはなんでも言ってちょうだい。」
(クララ) |
名台詞度
★★★ |
ロッテンマイヤーが「クララのためにハイジが山の話はしないように、山のことを思い出さないように」と再びハイジに厳しく突き付ける。それに力無く「はい」と答えたハイジは、ロッテンマイヤーが部屋から出て行くと一人でベッドに座り込む。そこへクララがハイジの部屋を訪れる。「ハイジ」と声を掛けるクララに、ハイジは「いいの…いいの…もうなんだっていいの」と呟くと、ベッドに突っ伏して号泣する。その姿を見たクララが焦ってハイジにかけた台詞がこれだ。
そう、クララは焦っているのである。「おばあさま」がいなくなってからハイジがまた変わってしまったことに。しかも今回は前よりも状況が悪くなっていることにクララは気付き、どうして良いのか解らず焦っているのだ。ハイジがおかしい証拠に顔も心なしか青白いし、ほっぺたの赤い丸まで消えている。そのハイジの変化にクララは慌てふためき、どうして良いか解らない焦りがこの台詞に上手く現れている。
そしてクララは、ハイジがこのようにおかしくなってしまった原因の一端を自分が握っているという事など夢にも思っていない。自分の存在によりハイジは帰れないという点でなく、クララが見ていないところでロッテンマイヤーがクララをダシにしてハイジを追い詰めていることなど知る由もないからだ。それを知らないクララは、そのハイジの悩みを自分で解決できないかと考えるが、ハイジの「もういいの、もう何もしてくれなくてもいいの」というこの台詞に対する返答で、自分が悩みに乗れない存在になっていたことを知り、驚いたはずだ。
ハイジから見てもロッテンマイヤーの叱責のせいで、その苦しい胸の内をクララに語ることすら出来ない。それを誰かに語り理解してもらえるだけでハイジはずっと気が楽になるはずなのに、誰にもそれを話せないという最悪の状況に追い込まれたのだ。このハイジの精神的疲弊を描き出すことにも、この台詞は一役買っているのは確かだろう。
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(時点)「風だけは同じだわ、風だけが吹いている」(ハイジ)
…夜、ベッドの中でハイジはこう独り言を言う。そう、風だけは何処も同じなのだ。風という同じ者があるからこそ、思い出すことすら許されない「山」が「つながっている」と感じ、切なくなるのだ。 |
名場面 |
再び「魔法の国」 |
名場面度
★★★★★ |
クララに花摘みを頼まれたとはいえ、また無断で外出したハイジはロッテンマイヤーの叱責を受ける。そして部屋を飛び出してしまったハイジは、「おばあさま」から「魔法の国」とされていたあのコレクションの収納部屋に一人立っていた。そしてあの山の絵の前で、アルムを思い出していたのである。
だが思い出せば思い出すほど、ハイジの中に悲しみがこみ上げてくる。そこに後からロッテンマイヤーの声が突き刺さる。「まぁまぁまぁ、こんなところにいたのですか?」と言いながら、近付いてくるロッテンマイヤーの描き方が怖くて良い。ハイジがこの部屋に入れるようになった経緯を説明すると、ロッテンマイヤーはハイジに向き合って「いつまで山にこだわっているんですか? いい加減に忘れておしまいなさい。あなたはもう街の子です」と突き付ける。ロッテンマイヤーは例の絵画の前にハイジがいたことで、ハイジが何のためにここにいたのか瞬時で理解したのだ。「いやよ、山に帰るの」ハイジは力強く反論するが、ロッテンマイヤーは「お嬢様をひとりぼっちにしてもいいのですか」とハイジに突き付ける。ハイジが気を落として下を向いたところで「山のことを思い出したり、帰りたいなどと言ってお嬢様を心配させてはいけません」と告げる。「クララを…」「お嬢様はたいそう心を痛めておられます。あなたは山のことばかり言って、お嬢様のご病気を重くなさるつもりですか? 以後少しでも山のことを言ったら承知しませんよ」とクララをダシにしてハイジにとどめを刺したロッテンマイヤーは、ハイジの手を引き部屋の外へ向かう。ハイジは振り返って絵画を見ながら立ち去る。
やはりハイジの心のよりどころは、収蔵庫にあったあの絵画だったのだ。「おばあさま」がいた頃は、「おばあさま」とともにここへ来て、「おばあさま」の前だけではアルムのことを思うことが出来たのだ。だが今は違う、自分の「山への思い」を受け止めてくれる人が誰もいない。ハイジが一人で絵画に向き合っているときは、そんなハイジの寂しさが上手に描き出され、視聴者も心を痛めるであろう。
だがそれに追い打ちを掛けるのがロッテンマイヤーだ。クララに「このままじゃハイジがいなくなってしまう」と言われたロッテンマイヤーだ、さすがにハイジに優しい言葉を掛けるかと思って見ていたら…甘かった、と多くの初見の視聴者が感じた事だろう。ロッテンマイヤーはずるいことに自分の言葉や考えでなく、クララをダシにしてハイジを全面否定する。この「クララをダシにした」というのは大きなポイントで、この点があったためにハイジはクララにすら胸の内を語ることが出来なくなってしまったのだ。ここでクララをダシにしたことで、ロッテンマイヤーの「人の悪さ」が完成してしまっただろう。
そんな辛い構図の中で、ハイジはこの家での唯一のよりどころであった絵画と引き離されてしまう。「アルプスの少女ハイジ」全編の中で、最も胸が痛むシーンはまさにこのシーンであり、強く印象に残っている。
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感想 |
今回から物語は新しい局面に入って行く、その新展開最初の今話ではハイジの精神的疲弊がこれでもかという程描かれる。そして今話、何よりも見ていて辛いのは、ゼーゼマン邸の中でハイジの味方が1人もいないことだ。クララまで一緒になってハイジを精神的に追い込んでしまう。もっとも、クララまでハイジを追い込む結果になった理由のうちの半分は、クララ自身の「ハイジと一緒にいたい」と言う気持ちだが、残り半分はクララが見ていないところでロッテンマイヤーがクララをダシにハイジに叱責したためであり、半分はクララの責任ではない。
そしてゼーゼマン邸でハイジが精神的に疲弊して行く中で、同時進行でゼーゼマン邸での幽霊騒動が描かれる。初見の人はこの幽霊騒動が物語の本筋と関係ないのではないかと疑いつつの視聴だろう。幽霊の正体は次話に回されるのが何とももどかしいが、ここではロッテンマイヤーは全く動じないところも見ていて面白い。最初はセバスチャンも動じていなかったが、二度目にはヨハンと一緒に逃げ出しちゃうし。何よりもいつも無表情のチネッテがこれまた今までと違う恐怖や驚きの表情を見せる点だろう。彼女の目が「線」でなかったことは、今回の視聴で再認識した点だ。目を丸く開いているチネッテなんて、記憶に無かったんで。
「ハイジの精神的疲弊」と「幽霊騒動」を同時進行で描き、今話では前者に重きを置いて描いておきながら、どちらにもまだ答えは出ていない。物語はいよいよ目が離せなくなってきた。 |