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第41話 「トゥルクの人々」
名台詞 「それはカトリを見ていれば、叔母様にも解るようになりますわ。」
(ロッタ)
名台詞度
★★★
 カトリがトゥールクのロッタの実家に到着する。まずは使用人のセルマに迎え入れられ、そしてロッタの叔母であるイーネスの前に出される。イーネスはこの屋敷に来た以上は自分の言うことが絶対だとして、セルマの指示命令は自分の命令だとして聞くようにカトリに突きつける。これを受けてセルマが「私の言いつけに背いたら承知しないよ」とカトリに言い渡したところでロッタがイーネスの部屋に現れる。ロッタは「それは待ってちょうだい」とセルマに命じ、イーネスにカトリはあくまでも自分が雇った使用人であり、カトリは自分の命令だけ聞けば良いことを突きつける。これに対してイーネスが「全く解らないわね、こんな田舎娘に何が出来るって言うの? なんであんたはこの娘を特別扱いするの?」と問うと、ロッタが返答したのがこの台詞だ。
 カトリだけでなくイーネスに対するロッタの絶対の信頼も上手く描かれている台詞だと感心した。カトリに対して厳しい言葉を浴びせかける自分の叔母に対して、カトリの弁護を一切しない上でこの台詞だ。つまりロッタはイーネスの性格を知っていて、このカトリという娘は自分だけでなくイーネスも気に入る少女であることをロッタが知っていると言うことだ。恐らく、ロッタは幼い頃に母を亡くし、この屋敷で叔母であるイーネスに育てられたのだろう。だからイーネスがどのような娘なら気に入るのか知っているはずだし、そのイーネスに育てられた自分だからこそカトリが気に入っているという事を自覚できているに違いないのだ。だからこそここでカトリを弁護してその場を繕うのでなく、時間は掛かってもカトリの言動を見てもらえばこの少女がイーネスの信頼を得られる娘になると確信していたのである。
 もちろん、もう話数に限りがあるとは言え、イーネスがカトリを簡単に理解するような展開は考えられない。イーネスがカトリを信頼するようになる過程で、カトリを巡ってロッタとイーネスが衝突することになるのも確かだろう。だがロッタはカトリはイーネスが気に入る少女だと信じているからこそ、突き進むことになるのだと考えられる。
 またイーネスにとってカトリが気に入るはずの少女だからこそ、ロッタはこれ以前にカトリにイーネスについて語らなかったとも考えられる、。もしイーネスにとってカトリが気に入らない存在であるとしたら、カトリに警戒するよう事前に説明したと考えられる。そんなことまで見えてくるから、この台詞が印象に残った。
名場面 リラク邸到着 名場面度
★★★
 カトリのトゥールクでの働き先となる、ロッタの実家であるリラク邸に着いた。カトリは玄関の前で大声で屋敷の人を呼ぶが返事がない、続いて呼び鈴を引いてみるが反応がない。もう一度呼び鈴を鳴らそうとしたところで、屋敷の使用人が出てくる。「こんにちは、私カトリです」とカトリは声を上げるが使用人は黙ってカトリを見下ろすだけだ。「私、カトリです。奥様はいらっしゃいますか?」続けてカトリは問うと、「奥様というのはイーネス様のこと?」とやっと使用人は口を開く。「ロッタ様です。カトリが来たとお伝えください」とカトリが続けると、「ロッタ様はいらっしゃらないわ」と使用人は冷たく答える。「あの、どういうことなんでしょうか? 私は奥様に呼ばれて…」カトリの言葉を遮るように「知っているわ、ロッタ様はお散歩よ」と使用人が答えると、やっとカトリは安堵して「あの、私カトリと言います」と自己紹介する。使用人は冷たく「三度目だよ」とだけ答えると、奥から老齢の女性の声で「誰が来たの?」と声が飛んでくる。「ロッタ様がお雇いになった…」とここでセルマという名前が判明する使用人が答えると、「ああ、あの娘が勝手に雇った田舎娘ね」と奥の声は手厳しい返答が返ってくる。セルマがロッタが不在だからどうするかを尋ねると、「外で待たせるわけにも行かないでしょう」と返答があってカトリは屋敷の中に通される。その過程でセルマはカトリがアベルを連れてきたことを非難し「奥様が何というか…」と付け加えると、カトリが「奥様が連れてきて良いと…」と訴えると「この家では奥様はイーネス様ですよ」と冷たく言い放つ。カトリは力なくアンサーバックし、アベルに待つように言うと屋敷の中に入る。
 カトリが新しい勤務先に到着するのはこれが三度目、最初はメンヘルの奥様への不安、二度目は話が全く伝わっていないことを不安材料として描き出したが、屋敷の人や空気が悪いようには描かれずカトリに取ってそこが楽園となるよう上手く描かれていた。だが今回は違う、最初の応対した使用人のセルマは冷たくて厳しい印象を一発で植え付けてくるし、ここではまだ声だけで登場の屋敷の主イーネスはさらに厳しそうな口調でまだ姿すら見ていないカトリを田舎娘と罵る。この上でセルマがアベルの存在を非難すれば、この屋敷の「空気」は完成だ。この空気でカトリは完全に警戒モードに入っているし、何よりもその表情からいつもの明るさが消えている。こうしてこの屋敷はカトリに取って楽しい場所ではないことがうまく示され、今後の不安を盛り上げる事に成功している。
 ここだけ見ているとカトリに味方はいないんじゃないかと感じてしまう。ひょっとしたら散歩から帰ったロッタもイーネスに合わせて辛いことを言い出すんじゃないかと…でもこの後、名台詞欄シーンでロッタが現れればやはり以前と同じ優しい奥様なのでカトリと一緒に視聴者も安堵するところだろう。登場人物と一緒に視聴者も一喜一憂できる、こんなアニメって最近のではあまり見ないなー。
感想  ミンチン院長 キターーーーー!!!! ジェームス キターーーーー!!!!
 リラク邸を取り仕切る厳しい声の「奥様」は、中西妙子さんじゃないですかー。なんかミンチン院長とかぶるところが多くて怖かったぞ。対照的に恐らく庭師であろう男性の使用人であるサロモンは郷里大輔さん、ジェームスとは違って主人公に優しい使用人だなぁ。だんだん「小公女セーラ」の声も揃ってきたぞ、考えてみればロッタの中の人も「小公女セーラ」ではざーますざーます言ってたもんなー。
 前半はコミカルで面白かった。前話からずっと荷物車に閉じ込められたアベルが何かやらかしそうな空気を匂わせておいて、やっぱり何かするところは面白い。でもそのアベルを巡る騒動は「何も起こらない物語を盛り上げる」だけでなく、カトリが列車内を走り回ることになってアッキと再会するというご都合展開の発端を担っている。でもアッキとエミリアが実は知り合いだったという展開はなく、二人は初対面であることが明確に描かれたのはとても良かったと思う。確か、この二人は恋人同士になって終わった記憶がよみがえってきた。これだけでなく、今話を見て色々と今後の展開を思い出したのは事実だ。
 そして前半の最後にカトリはいよいよ屋敷に着く。ここでロッタが留守というのはこの手の物語ではおやくそくで、名場面欄のように物語を不安な方向に盛り上げる。だけど今話は敢えてロッタ&カトリとイーネス&セルマの対立は第一ラウンドだけで終わらせる。本話の目的はあくまでもトゥールク編における新キャラの紹介にあるからだ。
 イーネスもセルマも覚えてる。確かセルマは早い段階でカトリに落とされた記憶がある、イーネスはなかなか落ちないんだよなー。確かカトリの声を聴くと頭痛が…とか言い出すんじゃなかったっけ? でもラストまでに結局はイーネスもカトリの側に落ちるんだ。
 さらに台所担当の使用人ノーラは、どこかで声を聴いたと思ったら「小公女セーラ」のパン屋のおかみだ。このキャラも覚えてた、「初登場で陽気に歌っていたキャラは誰だったかなー」ってずっと思い出せなかったんだ。それに犬小屋担当のサロモン、もう残り10話をきっているこの段階で、新キャラが続々と出てくるのは前作「わたしのアンネット」と同じだな。サブタイトルのつくりまで同じだし。
 いよいよ次話から、この屋敷での「本題」が始まる。次回予告では早速ロッタ&カトリとイーネス&セルマの対立の第二ラウンドが示唆されていた。ここまでのライッコラ屋敷の物語やクウセラ屋敷の物語が平穏だっただけに、ここからは新しい「カトリ」が見られるかもと思ってちょっと期待しちゃうぞ。

第42話 「絵のない絵本」
名台詞  「叔母様も大変だったのね。そう、きっと疲れてしまったんだわ。」
(ロッタ)
名台詞度
★★
 名場面欄シーンの事件があった夜、クラウスを寝かしつけた後でロッタがカトリに「さっきは酷い目に遭ったわね…叔母様はだんだん偏屈になるわ。昔はこれほどでもなかったんだけど」と語る。カトリはロッタの母がいつ他界したのかを問い、ロッタが「私が8歳の時」と答えると「その時から、あの方がこの家の主婦代わりをお勤めになっているんですね」とカトリが語る。これへの返答としてロッタが語ったのがこの台詞だ。
 本話の前半〜中盤にかけて、カトリを巡ってイーネスと激しく対立していたロッタだが、そのロッタも心の中ではキチンとイーネスを理解している事が解る。これだけの屋敷を切り盛りすることがどれだけ大変か、その気苦労はクウセラ屋敷を切り盛りしていたロッタはよく承知していたことだろう。だから実感を込めてイーネスに同情することができる、疲れてしまったら常に優しくなんかしていられないし、何かに当たりたくなってしまうこともよく解っているのだろう。
 この台詞によって、カトリの件では対立しているロッタとイーネスは、他の件については良好な関係を築いていることが行間に込められたと思う。ロッタはイーネスのカトリについての考えは、今はこのように偏屈だがカトリの人格を知れば必ず信用してもらえるという絶対の信頼を持っている点も前話で描かれている。だからあそこまで対立してもイーネスに対する批判は出ない、これはカトリの今後のことを思って言わないのでなく信用しているからだ。
 つまり、ロッタが長年世話になっている叔母様に対しての「思い」が上手く表現されているのだ。
名場面 カトリvsイーネス 名場面度
★★★
 夕食前のひととき、カトリはクラウスに本の読み聞かせをしていたが「5分後にクラウスを連れて食堂に来るように」とロッタに命じられていたので時間になったところで食堂へ行った。だがそこにはカトリの食事は用意されておらず、「カトリごめんなさい、ちょっと変なことになっちゃったの。叔母様があなたにいろいろ聞きたいことがあるらしいの。食事の前にどうしても知っておきたいって言うのよ」とロッタが語ったところからカトリとイーネスの対決が始まる。「あの、どういうことでしょうか?」とカトリが叔母様に向き合うと、イーネスはカトリにではなくクラウスに今カトリと何をしていたかを問う。クラウスは純粋にカトリに本を読んでもらっていたことを語り、その本が「絵のない絵本」であるとする。するとイーネスは笑って「カトリは何も描いていない白い紙を見ていい加減な話を聞かせていた」と決めつけて「学校へも行かなかったんだ、別に字が読めなくても恥ずかしくはないさ」と続ける。クラウスが「カトリは字が読めるよ」とカトリを擁護し、ロッタが「絵のない絵本」がアンデルセンの本であることを語る。するとイーネスはこの件について「冗談だ」と誤魔化し、ロッタはすかさず「カトリは字が読めるんです」と突きつける。それでもイーネスは「デタラメを読んだに決まっている」と言い放ち、カトリに新聞紙を投げつけ、この新聞の論説を読んだから信じるとロッタに突きつける。カトリは新聞を手に取ると論説を探し出し、軽く咳をすると何度かつっかえながらも論説を読み始める。その論説を書いたのがアッキだというのもこれまた驚きだが、ロッタに難しい所を教えられながらも何とか読み切る。「叔母様、解りましたでしょう? カトリは字が読めます」とロッタが訴えるが、イーネスは今度は「詩を知っているかい?」とカトリに直接突きつける。「詩ですか…?」と聞き返すカトリに対し、「やっぱり詩は無理のようね」と結果を待たずに決めつけるイーネス。だがカトリは13話でも出てきたカレバラの詩の一節を朗読、さすがのイーネスもこれに驚きの表情を浮かべる。そこへエリアスが登場し、カトリの朗読に感激して「お前はカレバラをみなに読めるのか?」と問うと「この章だけです」と正直に答えるが、エリアスは「大したもんだ、なぁイーネス?」とイーネスに振る。イーネスは反論の言葉が出ない。
 この後のシーンでノーラが結果を語るまでもなく、カトリの勝利と言ったところだ。だがこの勝負における会話はイーネスとロッタの間で行われ、カトリはその展開に従って攻撃していただけだ。カトリ自身の意見の陳述や反論が一切ないまま進んでいるのが、「世界名作劇場」で多く見られる「主人公と気難しいおばさん」の対決とはひと味違うところだ。そしてカトリが今回の決戦兵器である「カレバラの詩の一節の朗読」で攻撃すると、決着のジャッジをするのはロッタでなく突然登場したエリアスというのは説得力があった面白い。これはイーネスにとってこの対決での敗北を突きつけられただけでなく、もはやこの戦いにおいて味方がいないことを思い知らされた事になるからだ。イーネスは自分より上位の旦那様まで、カトリの側に着くとは思ってもみなかったのだろう。
 そしてこの戦いでさりげなくカトリに手を貸していたのは、画面には出てこないアッキという点も面白い。カトリが朗読させられた新聞の論説はアッキが書いたものだし、朗読した詩もアッキに教えられたものだ。カトリに対するアッキの影響力というのが強く描かれていて、アッキが「カトリの成長に必要な大人」としての地位を確立したと言っていいだろう。
感想  いよいよカトリを巡るカトリ&ロッタとイーネスの争いが激化する。とりあえず第二ラウンドは名場面欄の通りでカトリが有利に終わる。だがすかさず次の不安を入れるのがこの物語の良いところだ、この屋敷ではカトリの強力な味方であるロッタとエリアスの長期不在が示唆されるのだ。この展開に後半以降ではカトリの不安が明確に描かれ、ついには夢でうなされるようになる。このロッタの不在がこの争いをイーネス有利にしてしまうことは確かだろう。だが次話ではこの争いの続きが描かれるのでなく…次回予告で示唆されているのはソフィアとの再会だ。
 あとはいつもの「牧場の少女カトリ」で、これと言って何も起きていない。前半ではノーラとサロモンが今後起こるであろう事を上手く予測したり、セルマが本音をノーラ達に本音を語ったりすることでカトリが使用人扱いでなく家族扱いの厚遇を受けている事が広まり、名場面欄シーンの事件への橋渡しをする展開だ。ここからロッタとイーネスの激しい論争となり…って色々起きているように見えるが、よーく考えてみよう。前々話でカトリが祖父母の家を出発してから前話〜今話までと2話半かけては、劇中での同じ日の出来事なのだ。残り話数が僅かなのに、なんとまぁのんびりした物語なんだ…。
 とはいえ、カトリにとっては祖父母と別れて初めての街に行き、初対面の人達も沢山いたのだからとても長い1日に感じたはずだ。だからカトリ主人公の物語としてこの時間の流れ方は正しいのかも知れない。そう考えるとよくできた物語だなーとも思う。

第43話「自動車に乗った!」
名台詞 「そうね、あれだけ言