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第11話 「こっそりとやること
名台詞 「これじゃ、森にだって忍んで行けはしないわ。でも、しばらくのところはもうたくさん…逢えないのってこんなにも辛いことなのね。まるで1000キロも離れて暮らしているみたいだわ。ほんと、腹の立つ雪ーーーーっ!!」
(ローニャ)
名台詞度
★★★★
 病から立ち直ったローニャは、病で寝込んでいる間に「ビルクに逢いたい」「そのためには父に隠れて逢わねばならない」という思いを強くしていた。だが、病から立ち直ってみると雪の日々が続き森へ出られない。そんなローニャが雪が降り続く外の景色、そして「地獄の口」の向こう側を眺めながら、何度も窓ガラスに頭を小突きつつ呟くのがこの台詞だ。
 病の間に色々と考えて「ビルクに逢いたい」という自分の気持ちが間違いないことを理解しているローニャにとって、本来は口にしてはならないこの思いを誰もいないところで口に出すことは既に問題でなくなっているのだろう。あとはどうやって思い人に会うか、それは「一人で森へ出かけたときに逢う」という結論が出ていたものの、いざその時になってみると天候不良でそれは叶わない。その時、彼女が感じたのはビルクとの実際の距離感ではなく、精神的な距離感だったはずだ。彼が今すぐ隣の山城の分割された側にいるという事実も相まって、「相まって逢いたいのに逢えない」という悔しさと悲しさがローニャの心の中にどんどん積もっている状況だ。そのローニャの思いをこの台詞はうまく再現していると思う。
 恋愛経験がある人なら、一度でも相手の異性の人と「どうしても次に会う日程の都合が合わない」という経験をしたことがあるだろう。その時にどんな思いをしたかを考えれば、このときのローニャの気持ちはよへく理解できるはずだ。精神的距離の遠さは実際の距離とは無関係で、思い人がものすごく遠くにいるように感じる。そんな思いをこの台詞はうまく再現している。
 そしてそれだけで終わればこの台詞は大して印象に残らないが、この台詞の最後にローニャが良い具合に「砕ける」のが面白い。自分とビルクが会えない当面の原因である「雪」に対して、ありったけの悔しさをぶつける。ローニャも良い感じのキャラクターに育っていっているなぁと感じた台詞である。
名場面 貫通 名場面度
★★
 ローニャは一つの決心をする。山城の最下層、地獄の口の下を経由して「地獄の口」の向こう側へこっそりと行けるルートを開拓することを。だがそこは「地獄の口」形成時の瓦礫で埋まっていたので、彼女は来る日も来る日も通路確保のための石運びをすることとなった。そしてある日、ローニャが運びだそうとした石が自然に崩れると、崩れたところから風が吹き抜けてくる。ローニャが目をやると通路の天井近い部分が向こう側に貫通しているではないか。一瞬笑顔になるローニャだが、すぐに瓦礫の向こう側に足音が聞こえることに気付く。「自分が危うい道にさしかかっているのが、ローニャにはわかりました。それでもビルクのところへ行ってみたいという気持ちは止められませんでした。ローニャはビルクに逢いたくて溜まらなかったのです」とナレーターが語ると、今話はそのまま終わる。
 彼女が通路の瓦礫を掘り出したときに、「貫通」という結果があることは多くの視聴者が予測していたことだろう。だがその貫通の瞬間が今話のうちにくること、そして同時にこの通路の反対側に「先客」の存在があるとまでは思ってみなかったはずだ。貫通してもローニャはビルクの姿を追い、また元の通路の続きを歩かねばならないと思っていたはずだ。
 だからこそこの貫通シーンで、「足音」がずっと響いているのは効果的である。その足音の主は誰なのか? ビルクなのか? それとも見張りのボルカ山賊の誰かなのか? 視聴者は様々に展開を想像できるはずだ。そして何よりも、劇中でローニャはその足音に気付いているがその件については口に出さないし、ローニャの気持ちを代弁しているナレーターもこの足音について一切触れないのは好印象。ここでナレーターがこの「足音」について言及すれば、そこで緊張感が削がれてしまい白けてしまう。だからナレーターは敢えて「足音」について話題にしないし、視聴者もテレビから「足音」の情報が一切流れないことでもどかしい思いはしても、その「想像」を張り巡らす余地は奪われない。だからここは緊張感も増すし盛り上がるのだ。
 そしてナレーターの解説は、あくまでも「現時点のローニャがどれほど危ないか」という点と、「にも関わらず何がーニャを突き動かしているのか」という点だけである。つまり「足音」は無視してローニャの気持ちだけを語っている…だからこそ視聴者はローニャとともにこのピンチを緊張感をもって迎えられる。そこで一週間話を焦らすこのもどかしさが、何ともいえない味を出しているといえるだろう。
感想  う〜ん、良い具合にローニャが弾けてきた。名台詞欄の台詞もそうだし、「もう二度と石を運びたくない」といいながら寝るシーンもそうだし、「こんなに怒っているのに、なんで石がみんな溶けないのよ!」と倒れ込むシーンもなかなかだ。だんだんローニャの性格がハッキリしてきたし、性格上の特徴ってやつもうまく描き出されるようになってきた。今まではそんなシーンがあまりになかった上に、マッティス山賊の面々やビルクが「個性派」揃いだったこともあって、ローニャが他のキャラに埋没していた間があった。それが今話では実に主人公らしく目立つ立ち回りをしていると感じたのが、今話の第一印象だ。
 たとえば今話前半なんかは、典型的な「ローニャが他のキャラに埋没する展開」である。主人公が病に倒れて寝込んでいて、周囲が看病をするという展開では本作に限らずどうしても主人公が埋没しがちな展開だ。そこをローニャが病で寝込んでいる時間を最小限にとどめ、速やかに主展開に持ち込んだのは根幹が持てるところだ。主人公の病気という展開を引っ張り、それを通じて「主人公がしたいこと」という事を描き出そうとする点では同様の展開がある他の物語と変わらないが、主人公にさっさとその答えを出させたことであとはナレーターに月日が流れたことを解説させて済ませたのだから、疲れない展開で良いし逆に「ローニャ」というキャラクターを立たせる展開(名台詞欄シーン)に持ち込む良いきっかけとなった思う。
 そしてローニャがひたすら穴を掘るという展開では、ローニャにあり得ないほどの「独り言」を語らせたのは正解だと思う。あれを無言でやられたらローニャというキャラクターは今話でも大して印象に残らなかっただろう。
 そして合間に入る山賊たちの日常生活のシーンも面白かった。山賊たちは相変わらずつまらないことで揉めているし、ロヴィスがその中で絶対的権力を持っている構図も面白かった。そして山賊たちが忙しく、ローニャの不在に気付くのが年老いたペールだけという構図を今話のうちに確立させておくつくりにも恐れ入った。今話はいろんな意味でうまく出来ていると思う。この出来の良さを次回以降にちゃんと回せば、本作はとても面白い物語になっていってブームになると思うんだが…。
 しかし、ローニャが穴を掘っているシーンや、名場面欄シーンでは、このサイトの「隧道レポート」で何度も見たような光景が出てきて笑った。

第12話 「地下室の口笛
名台詞 「とうとう私、ここまで来ちゃった。」
(ローニャ)
名台詞度
★★★★
 地下通路が貫通し、ローニャとビルクが地下通路でコッソリと逢うようになるまでを描いた今話の物語。その最後、差し入れられたパンをむさぼり食うビルクを見つめながら、ローニャが最後に口にする台詞がこれだ。
 とても短い台詞だが、うまく今話を締めたと思う。今話の物語を一言で片付けるならまさにこの台詞だけで開設可能だからだ。だがこのローニャの「ここまで来た」には様々な意味があるはず。ローニャが地下通路の瓦礫を除去してここまで来たという物理的距離を縮めたという点ももちろん、雪の中で遭難した日からここまで二人の精神的距離を縮めたという意味もあるはずだ。そして何よりも、4話で出会ってから様々なすれ違い等を経て二人の関係がここまで来たという意味合いも込められているはずだ。こうして敵対すると思われていた二人が、少しずつ距離を縮めて今この関係にあるという気の長い話を視聴者に思い起こさせる意味があってとても、ありきたりの言葉だがとても印象に残った。
 そしてこの思いは、この台詞を口にするローニャの目の前にいたビルクも同じはずだ。まぁ、今は空腹でそれどころじゃないかも知れないが。
 (次点)「僕は君の声を聞くのが好きだ。けれど、君を目でも見たいよ。君は前の通りに黒い目をしているかい?」(ビルク)
…地下通路が貫通し、やっとローニャと言葉を交わすことが出来たビルクがローニャに告げた一言である(名場面欄参照)。ハッキリ言えばビルクの愛の告白に聞こえないでもないが、ビルクがローニャが好きになっているという気持ちが痛いほど伝わってくる台詞だ。実はビルク、ローニャのことが最初から(4話での出会いの前から)好きだったんじゃないのか?と想像もさせてくれる。どちらを名台詞シーンに挙げるか、最後まで悩んだ。
名場面 貫通 名場面度
★★★★
 ローニャが地下室の瓦礫を掘り抜き、ついに地下通路が天井近くの狭い通路で向こう側と繋がる。聞こえる足音、ローニャの緊張は嫌でも高まる。ローニャが息を呑んだ瞬間、足音が止まると同時に聞こえてきたのは口笛だった。しかもそれはローニャに聞き覚えがある音色とメロディ…ローニャはその口笛の音に、雪の中で遭難しビルクに助けられたあの時を思い出していた。そう、ビルクの口笛と同じ音色とメロディなのだ。目を閉じて心を落ち着けたローニャは、その口笛の音に合わせて自分も口笛を鳴らす。そして瓦礫の向こう側の口笛が不意に止まったことにローニャはすぐに気付く。代わりに瓦礫を登る物音が向こう側から近づいてくる。ローニャがボルカ山賊のだけかだった場合に備えて逃げようとした瞬間に、「ローニャ?」と少年の声が響く。振り返って笑顔で「ビルク?」と問い返すローニャ。「ビルク? 本当にビルクなのね?」とローニャが問うが、返事はない。「あなたが私のきょうだいになりたいっていうのは、本当?」とさらにローニャが問うと、ビルクの笑い声が響いてきた。「僕のきょうだい」…力強くビルクが答えると、ローニャは笑顔になる。「(名台詞欄次点の台詞)」ビルクの声にローニャは微笑み、「だったらこっちへ来て見てみなさいよ!」と返す。だが二人の感動の再会を、マッティスの山城側から響いてくる扉が開く音と足音が消してしまう。ローニャは「誰かが来ている」ことを理解し、「明日ね!」とだけ言い残してそこから走り去る。
 前回のラストシーン(前回名場面欄)の続きで、ローニャとビルクの再会がまた描かれることになる。だが今回ばかりは違う、二人とも互いに会いたくて行動を起こした結果で再会をするのだ。だから視聴者もその再会を感動的に見るし、今話の注目どころでもあったはずだ。
 そしてこのシーンのスパイスは、なんと言っても二人がまだ互いに顔を合わせていないことと、マッティス城側から何者かが近づいてきて中止させられることだ。このもどかしさが「やっと出会えた二人の物語」を盛り上げたのは確かだろう。ここで瓦礫の向こうからビルクがヒョイと顔を出したら感動半減と思うし、ピンチもなくそのまま二人の会話へと進めば物語に緩急が付かなくなってつまらなくなるばかりでなく、後半の二人の会話シーンへの盛り上げも伏線も生じない、さらに言えば「やっと会えた」という二人の気持ちを盛り上げることもなく、平坦でつまらないシーンとなって白けたことだろう。だからここで二人が顔を合わせないまま邪魔が入るのは、物語を大いに盛り上げたと思う。
感想  いよいよ穴を掘り続けたローニャは、その果てにビルクとの再会を果たす。そしてその再会までの間に、二人にあった「精神的距離」が上手く描かれたことが作用し、今話では再開後の二人が他人には言えないようなことまで語り合うという展開に無理がなかったと言い切って良いだろう。二人が思い合って苦労した末の再会だから、放したいことはお互いに山ほどあったはずだ。
 だから、名場面欄シーンもそうだが、二人はとにかく「会話がしたい」という方向に突き進んでいたのは感心。これが抱き合っていたりしたら思いっきり白けるところだったぞ。
 ローニャが地下室の瓦礫を掘り抜いたとき、その瓦礫の向こうにビルクがいたのは偶然ではないと私は解釈している。私はビルクもローニャと同じように、コッソリと山賊達のもとを抜け出しては山城の地下室にこもって瓦礫を掘っていたと解釈している。ビルクも前々話で「きょうだい」になってからは、ローニャに逢いたいという気持ちを強くしていたのだろう。そして彼もローニャと同じように、何者かに引かれるように地下室へ向かって瓦礫を掘っていたのだ。
 その相思相愛がしっかりと読み取れるように名場面欄シーンを描いたからこそ、その後の二人のに会話が生きてくるのだ。好きな女の子を目の前にして「自分は泥臭い」とか「自分の頭にシラミがいる」とか言えるか? でもローニャがそれを受け止めてくれると信じていたのは凄いなぁ。
 そしてビルクの口から語られるボルカ山賊の悲惨な実情。冬の蓄えが底をつきかけており食べる物に不自由している現実と、城に家畜を飼える場所がないから山羊や羊は処分して馬は近くの百姓に預けているという現実。ビルクは当然のように腹を空かせており、ローニャが差し入れたパンを遠慮もなくむさぼり食うだけだ。そして全部食べた後に同じように空腹に苦しむ母を気遣うが、その際も冷静で「自分がパンを持ち帰れば入手先が詮索され、結果二人がきょうだいの誓いを交わしたこともバレて会えなくなる」と判断している。ビルクは大人だ、うん。
 しかし、ローニャやマッティスの髪は確かに櫛通したら痛そうだなぁ。マッティスはあんなでかい図体で髪に櫛を通されるのが嫌いと…それより、今話ではついにローニャのフルヌードでの入浴シーンが描かれたが、色気ゼロでとても安心した。でもあんなシーンでも「萌え〜」とか言い出すバカロリがいるんだろうな。
 ヌードついでに言えば、次回予告でマッティス山賊全員がヌードになっていたぞー、オエーッ…次話ではなにが起きるんだ? いったい?

第13話「あわれな山賊たち」
名台詞 「へっへっへっへっへっへっ…老人に素っ裸で雪の中を転げ回れというのかい? 死ぬことくらい手伝ってもらわなくてもできるさ。だがなロヴィス、わしはこの泥をつけたまんまで死んじまいたいのさ。」
(ペール)
名台詞度
★★★★★
 春を前にして、山賊達はロヴィスによって身ぐるみを全て剥がされ、着ていた服を熱湯消毒することとなった。大鍋で湯を沸かしている火の前にいたペールに、ロヴィスが「あなた、その泥汚れを落とさないまま春をむかえるつもり?」と声を掛けて、他の山賊達と同じように服を消毒することを促す。そのペールの返答がこれだ。
 深い、とても深い台詞だ。正直次点欄の台詞と最後までどっちを★×5の名台詞にするか悩んだほどこっちの台詞は深い(あちらの台詞は劇中での印象度で★×5になる)。年老いて既に現役を引退している老山賊が語る「自分がこうありたい」という想いが、こちらでは強く伝わって来るのだ。
 彼がこの台詞の前半で語ったことは、この歳になれば「死ぬことは難しくない」「死ぬときは近くまで来ている」という覚悟。そしてその時を自分の良いところも悪いところも失わずに自分らしく笑った死にたいという想いが、この台詞の後半で語ったことだろう。老山賊は老山賊らしい「死にざま」というのを上手く語りあげており、この物語ではこれまでに無かった要素だ。
 この台詞に対して、ロヴィスが「それならそれでいいわよ」とした上で、「そうなる前に羊たちの髪や髭の面倒を見てくれるでしょうね?」と問い返す。これはロヴィスがペールに対して、「あなたにはまだやらねばならないことがあるので、死なれたら困る」と突きつけているのだろう。この後、マッティスがペールにもっと直接的な台詞で「死ぬのはやめておけ」と突きつけるが…いずれにしろこの「誰が死ぬんだ」的な物語で初めて「死の影」が露わとなった生々しい台詞であることは確かだ。
 (次点)「私、春の叫びを上げなくちゃならないの。そうしないと私、弾けちゃう!」(ローニャ)
…名場面欄にあるローニャが春の叫びを上げたシーンでの台詞だ。叫ばなくても充分に弾けているだろ…と思うのは置いておいて、この台詞も彼女の「春が来た喜び」がとてもよく伝わってきて印象に残った。詳しくは名場面欄参照。
名場面 春の叫び 名場面度
★★★★★
 春が訪れ、雪解けが進んだところでマッティスらは仕事を再開し、同時にローニャは森へ出ることを許される。森へ出たローニャは鼻歌交じりに森の中を駆け回り、沼のほとりの岩の上でビルクが昼寝しているのを見つける。ローニャが投げた石はビルクの近くの水面に落ちるが、その音で目を覚ましたビルクがローニャの来訪に気付く。ローニャのビルクを呼ぶ声に「僕は長いこと待っていたよ」と叫び返すビルク。この声を聞いたローニャは岩に登ってビルクの隣に立つ、そして最初は美しい歌声のような声を上げ、深呼吸に続いてもう一度歌っているような声を上げる。声を上げるローニャを不思議そうな眼差しで見上げるビルクの姿を放っておいて、ローニャは続いて野性的な声で叫ぶ。ローニャはビルクに訴える、「(名台詞次点欄の台詞)」と。ビルクの笑顔に「聞いて、春が聞こえるでしょ?」と返すと、ローニャはさらに野性的な声で「あ゛ーーーーーーーーーーーっ!」と雄叫びを上げる。
 これまで、様々なアニメやテレビドラマや映画などの物語を見てきたが、「長い冬が終わり春が来た」というシーンでこんなに印象的なのは見たことがない。主人公の雄叫びだけで春を再現するなんて、まぁとても野性的で印象的に「春の訪れ」を再現したととても感心した。特にこのシーンでローニャは最初からいつもの野性的な声で叫ぶのでなく、最初にまるで歌っているようなきれいな声を出させるのがこのシーンではポイントが高いと思う。「ローニャにもこんなきれいな声を出させるんだ…」と視聴者に思わせ、視聴者の多くはローニャが野性的な少女であることを一瞬忘れる。その油断を突いてあのいつもの声での叫びなのだから、本当に人々の印象に残るよう計算され尽くされているとしか言いようが無い。これが最初からあの声で叫んでいたら、このシーンは大して印象に残らないシーンになったはずだし、なによりも「春が来た喜び」というのが伝わって来ない。ローニャに最初はお淑やかにやらせて我慢をさせたことで、彼女の「はちきれんばかりの喜び」が表現されたのだし、あの名台詞次点欄の台詞も説得力と強印象を残すことになったのだ。
 本作の主題歌の歌詞は、まさにこのシーンのことを言っていたんだろうな…。
感想  今回はローニャの雄叫びと笑い声が妙に印象に残った。だって途中までローニャは笑いっぱなしだったもんなぁ。地下室でのビルクとのシーンから、山賊達が女装で出てくるところまで、ローニャが馬鹿笑いしているシーンしか思いつかない。そのくらいの勢いで笑ってた。あの笑い方、正直言って耳につくと離れない。
 しかし、マッティス山賊の方々はいつも同じ服を着ていたのは、本当にそれ一着しか持ってなかったからなのか…つまり他のアニメのようにいつも同じ服を着ているからといって「同じ服を沢山持っている」という解釈をわざわざしてはならないって事なんだ。あいつらが同じ服を着ていたのは冬の間だけじゃないだろーにというツッコミはしちゃ行けないんだろうけど…いやーっ、凄い匂いがするんだろうなぁ。確かに熱湯消毒のシーンではローニャが顔をしかめている一瞬もあるし…でも彼らが代用に着ていた服だが、なんで女性がロヴィスしかいないあの山城に女物の服が複数、しかも色んなサイズがあるのかは疑問だ。マッティスが先祖代々受け継いだものらしいが…やっぱり賄いやらなんやらで、もっと女性が必要なはずだぞ。
 で、そういういわば「余計なシーン」(←これは褒め言葉)で時間を稼いだ後、万を侍して春のシーンとしたところも、名場面欄シーンを盛り上げた大きな要素の一つだ。視聴者もローニャといっしょに、春が来るのを待たされるというつくりはとてもよく出来ていると感心した。年内に放映された13話の中で、もっとも印象に残った1話だ。キャラクターで面白かったのは「ずんぐり小人」だけどね。

第14話「すばらしい春に」
名台詞 「だけど、ボルカ山賊達だって同じ事を思っていて、マッティス山賊をすっかりおしまいにしちゃうかもって、そういうこと考えたことないの?」
(ローニャ)
名台詞度
★★★
 名場面欄の事件が起きたその日の夕方、ローニャが城に帰ると山賊の皆はボルカの矢に倒れたストゥルカスを囲んで無口だった。ローニャがペールから事の次第を聞かされると、マッティスは「これは始まりだ、俺はあいつらを一人一人順番にひねり潰してやる。これまでは穏やかにしていたが、もうボルカ山賊共をすっかりおしまいにしてくれる!」と叫ぶ。この父親の雄叫びにローニャが反論する台詞がこれだ。
 このやりとりにこの親子の「ボルカ山賊に対する認識の違い」を見せつけられた気がした。マッティスにとってボルカは自分たちの縄張りを荒らす敵でしかない。マッティスはボルカ山賊達が自分たちに対してどんな気持ちを持ち、どのように考えているかなんて考えたことがない。今回のような事件発生についても「なぜこんな事になったのか?」「なぜボルカは食糧確保に焦っていたのか?」「自分たちに問題点はなかったのか?」などの追求をしない。ただ怒りにまかせて片っ端から相手をひねり潰す…これは相手が「人間でない」と思っているから生じる思考回路かも知れない。
 対してローニャは違う。ビルクとの交流を通じてボルカ山賊もマッティス山賊と同様に「人間の集団」として理解しているのだ。それぞれに「気持ち」や「考え」があり、腹を空かせて苦しむときもある。そして何よりも同じ人間として自分のピンチを救った人間が向こうにもいる「きょうだい」として自分との交流を楽しみにしている人がいる…だからこそこんな事件になり両者の争いになれば、向こうだって同じようにこちらに対して怒るという感情を持つことを理解するに至ったのだ。
 この娘の反抗に対するマッティスの返答は、「そんなの俺は考えようとも思わない。そうなるはずがこれっぽっちも無いからだ」という雄叫びであった。その論理性のない返答にローニャは呆れたような表情をして「そんなことわからないのに」と呟く。ローニャはこの父の姿に、どんな落胆を感じたのかは物語が進めば判ってくる…と思いたい。
名場面 事件発生 名場面度
★★★★
 春のなりマッティスは山賊仕事を再開、さっそく「今年最初のお宝」として街道を行く馬車を襲って「お宝」を手に入れる。その「お宝」の回収作業が終わったところでボルカ山賊が現れる。そして「そのお宝を渡してもらうぞ」とボルカが叫ぶ。
 「少し遅かったな、お前にくれてやるお宝なんて野ねずみの涙ほどもないぜ」と語ると、マッティスはすぐに馬に乗って走り去る。これをボルカ山賊が追う。そしてボルカは馬でマッティスを追いながら、ボルカ山賊の「食糧不足」という窮状を語り「なにも全部よこせと言っているわけじゃない、半分はくれてやるさ」と告げる。だがマッティスは「泣き言を言えば俺がお宝を渡すとでも思っているのか?」「うるせえ、とっととうせやがれ」と返答し、ボルカの馬を蹴る。ボルカが「このまま手ぶらで帰ればウンディスに合わせる顔がない」と訴えれば、マッティスはこれを笑うだけ…このような頭領同士のくだらないやりとりが進んでいる間に、ボルカの手下が弓を引いていた。これに気付いたボルカが「待て! お前達早まるな!」と叫び、馬の向きを変えてその手下の前に立ちはだかって止めようとする。だがボルカの手下はその行動に気付かなかったのかそのまま矢を放ち、放たれた矢はボルカの頭部をかすめる。そしてその先には…矢が飛んできて驚愕するストゥルカスの姿があり、そのまま画面が暗くなってこのシーンは終わる。
 まずは山賊仕事の現場でふたつの敵対しあう山賊が出会い、戦うシーンとしての迫力がこのシーンが盛り上がったところで突然現れる点がこのシーンを印象深くしている。最初は1〜2話のようなマッティスとボルカの「いつものやり合い」であって、多くの視聴者が「またか」と思うギリギリのところまでこれを引っ張り、そこから突然「飛び道具」が出るなどして緊迫したシーンに一点して視聴者を驚かせ、そのまま矢継ぎ早に「事件」に発展させる。このシーンの転換を「いつものノリ」から自然に違和感なく仕上げたことで印象に残った。そう、このような「事件」は「いつものやりとり」の中でほんの僅かに歯車がズレることから始まるものである。
 そしてこの「事件」を起こすための要素として、前話までにビルクが語っていたボルカ山賊の窮状…「冬の間に備蓄食糧が底をつき、皆腹を空かせている」という伏線が上手く活用されていることだ。これは単にローニャがビルクを救って関係強化するための設定かと思ったいたら、次なる大事件の引き金になるとは思わなかったと多くの視聴者が感じるところだろう。矢を放ったボルカの手下が空腹に冷静さを失って焦ってしまい、頭領の命令を無視して矢を放ち事件を起こしたという解釈が可能だ。
 なによりもこのシーンの終わりが印象度を高めている。最後に矢が飛んできて驚愕のストゥルカスをアップで出して、結果を見せずに画面を暗くして終わらせる手法であったが、視聴者の多くはこれでなにが起きたかを理解できるだろう。NHKが「家族向け」として放映しているアニメだ、ストゥルカスがボルカ山賊の矢の一撃で倒れるシーンを生々しく描くわけには行かない。シーンの緊迫度では8話でクリッペンが矢でやられたときのように、滑稽なシーンとして流すわけにも行かない。結果を見せずかつ迫力と緊迫感を失わないよう、上手く処理したと感心した。
感想  ローニャが雪の穴に落ちてから、ローニャとビルクの間には「きょうだい」としての「平和な物語」がつづいていた。そしてその展開に視聴者が飽きてきて、そろそろ「変化」が必要になってくる頃合いだ。ただ今回はサブタイトルからみて、そんな事件が起きるようには見えない。もう1話平和な展開が続き、今話のラストや次話辺りで二人を切り裂くような事件が起きるのだろう…と視聴者を油断させた上で、今話中盤で名場面欄に記した事件が発生する。
 その事件を盛り上げるために、今話の前半はローニャとビルクが仲良く森で春を愉しむ展開でほぼ使い切る。これは「今後二人が何らかの理由で切り裂かれる」という展開のフラグとしての役割があるだろう。そして今話中盤で「事件」が発生すると共に、この「事件」と「ローニャとビルクの仲良し展開」を交互に二元中継で描くことで、視聴者の不安を煽るという明らかに前話までと違う展開へ進んでいる。そしてローニャが城に帰れば、もう完全にストーリーが今回発生した「事件」を主軸にマッティスとボルカの争いが激しくなるという展開に変わっている。今回は印象的なシーンは、この展開が変わるきっかけと、変わった後のものとなってきた。
 ローニャとビルクを引き裂く事件というのは、私もそうだが多くの視聴者が二人の関係がマッティスかボルカに知られるという甘い展開を想像していたはずだ。たとえば森で二人で遊んでいるところを山賊一行に目撃されるとか、地下室でコッソリ会っているところが見つかるとかそういう展開だ。だが事態はそれを大きく上回り、マッティス山賊とボルカ山賊の全面戦争という様相を見せてきた。この争いに「きょうだい」となった二人が巻き込まれて、傷ついた上での関係強化と成長というのが今後しばらくの物語であるのだろう。
 しかし名台詞シーンだが、もしこのときのローニャがビルクと仲良くなる前のローニャだったらどんな台詞になっていただろう。ローニャはマッティスと一緒になってボルカ山賊を罵ったに違いない、そういうローニャの成長をうかがわせてくれるという点でも、今話のローニャは印象に残った。

第15話「はてしない争い(前編)」
名台詞 「私、あなたときようだいになっていなかったら…。そしたら私、なにも知らないで…マッティスがボルカを滅ぼしたがっても、気にしなかったかも知れないわ。だとしたら、私がこんなにも悲しいのはあなたのせいだわ。ビルク・ボルカソン。」
(ローニャ)
名台詞度
★★★
 前話の事件発生を受けても、マッティスもボルカも現在のところは直接対決せず、山賊としての日常が続いている。だからこそローニャとビルクは森で会うことが出来るのだが、その二人の様子は前話のような嬉しさや楽しさに溢れたものでなく、どこかに悲しい空気が流れている。そんな中、ローニャがビルクに向かって訴えるのがこの台詞だ。
 前話の感想欄の最後に書いたローニャの思考…これがこんな形でローニャの口から出てきたのに驚いた。そう、もしビルクの存在がなかったらローニャはボルカ山賊を「人間」として見なかったであろう事実、これはローニャが潜在的に感じていたのでなくしっかり自覚していることがここから読み取れるのである。つまりこれは私が持っていた「ローニャがビルクときょうだいの誓いを立てないうちに、この事件を迎えていた場合のローニャの言動」のという疑問に、図らずともローニャ本人が答えてくれたという構図になったことでとても印象に残ったのがまず第一。
 そして、そこまでローニャに真面目に語らせておきながら、この台詞の後半ではまたローニャを砕けさせる。こうすることでローニャの「砕けやすい」というキャラクター性をこの状況に置いても維持させ続けたことは、視聴者の中で出来上がっている「ローニャ像」を壊さずに済むと同時に、画面の中のビルクがこの台詞に対する答えを出しやすいようにも計算されていると思う。そういう意味で印象に残ったのが第二だ。
 このローニャの台詞に対して、ビルクは「僕は君を悲しませたくはない。だけどこっちだって辛いんだ」というもので、このビルクの返答にもローニャと同じく「ローニャを気に入ってなかったら…」という想いが入っていたに違いない。
名場面 ロヴィスとビルク 名場面度
★★★
 夕方、森から帰ったローニャが見たものは…マッティスに捕らえられた上にリンチされ、傷だらけになったビルクの姿であった。これにローニャは感情むき出しにして父に反抗するが、父マッティスは今回だけは娘の言うことを聞こうとせず、全く動じる気配がない。
 そこへ冷たい水と手ぬぐいを持ったロヴィスが現れる。そして傷だらけで倒れているビルクの手当を始めるのだ。「へびっ子なんぞに構うな!」とマッティスが叫ぶが、ロヴィスは少し棘のある口調で「へびっ子だろうと何だろうと、この傷は洗わないといけないわ」と返す。傷を拭く手ぬぐいが傷に染みたのか、ここで初めてビルクが声にならない反応を返す。その言葉を聞いたマッティスは、黙ってビルクの手当をするロヴィスを抱き上げたかと思うと投げ飛ばす。投げ飛ばされたロヴィスはクノータスに激突して倒れるが、このマッティスの行為に怒ったロヴィスはクノータスを殴り倒したかと思うと「何さ、男なんて。あんた達なんて、みんな奈落の底まで行っちまえばいい! どうせ悪いことしか、しやしないんだから…聞いてるの
マッティス…あんただって何さ!」と怒鳴り返す。この怒鳴り声にマッティスは黙ってビルクを抱き上げ、城の地下室へと消える。その後ろ姿に「あんたなんて嫌いよ! マッティス!」と怒鳴ったローニャは、マッティスとビルクの姿が見えなくなると母に抱きついて泣く。
 ストゥルカスが矢を受けて重傷という事件によってマッティスとボルカの対立が激しくなる中で、ビルクがマッティスの人質に落ちるという重大局面を迎えてしまった。ローニャは人の金品を盗るのは仕方が無いにしても、人間を盗ってはいけないと主張して父に反抗するが、この想いはローニャの母であるロヴィスも同じだったことがこのシーンから見える。人質に取ったのがボルカの手下の山賊で大人なら許せるが、子供をとっ捕まえてきたというのがロヴィスには許せなかったということを、それを解説する台詞抜きで視聴者に理解させたという点でこのシーンはとても印象に残った。
 そして第1話以降、徹底して積み上げてきたロヴィスのキャラクター性と言うのがこのシーンで存分に活かされている。頑固で豪胆で怒りっぽいが優しいというロヴィスの女性像が、花開いたのはまさにこのシーンと言っても過言ではない。ロヴィスはビルクを人質に取ったことが許せないだけでなく、その先のことも考えているはずだ。もしビルクを人質にしてもボルカが言うことを聞かなかった場合の、ビルクの先行きを心配しているはずだ。もちろんその結果、マッティスがビルクを蛇を殺すかのような扱いをすれば、ロヴィスはマッティスを許さないであろう。
 マッティスはそこまで見抜いていると考えられる。今回の事態にロヴィスやローニャが反抗することが織り込み済みだからこそ、二人の前で感情的な行為をせずに敢えて落ち着き払って冷徹な態度に出たのだ。
感想  サブタイトルの割に前半は平和な話が続いていたのでビックリした。マッティスとボルカの対立が激しくなっても、ローニャとビルクは今まで通りに森で会っている。だがその平和的な光景の答えはビルクがキチンと語ってくれたので「ちゃんと設定がある」と感心させられた。山賊対策の兵隊は何かの伏線だと思っていたが、ここで使ってくるとはよく考えたものだ。
 だがその平和なシーンは、今話中盤の夕方のシーンで少し違和感を感じるようになる。まずはローニャとビルクのその日の別れをわざわざ描いたこと。視聴者の想像に任せておけば良いこの「毎度の別れ」のはずのシーンを、わざわざ詳細に描いた上にローニャに「また明日」なんて言わせたところで、私は「これはローニャかビルクに何かが起きるフラグだ」と感じてしまった。さらにそこでビルクと別れたローニャが寄り道をしてから帰ることで、ローニャがビルクと別れてから城に帰り着くまで「時間があった」ことが演出されると、勘の良い視聴者は「これはビルクに何かが起きる」とすぐ予測できたことだろう。そして「おおかみ谷」まで帰り着いたローニャに「良いことがある」と叫ぶクリッペン、それに対してローニャの表情が明るくなると「それは山賊達にとっては良いことでも、ローニャにとっては悪いことに違いない」と私は想像してしまった。城に帰り着くとマッティスが「何が起きたか」の説明を回りくどくしたことでローニャと視聴者を焦らすが、多くの視聴者は山賊に囲まれている輪の中にいるのは捕らえられたビルクと予想がついたことだろう。その答えが正しいかどうかをギリギリまで引き延ばしたからこそ、焦らされた視聴者が盛り上がるという芸の細かさは久々に見たぞ。そして万を侍して視聴者に見せられた「捕らえられたビルク」は…「縄に繋がれている程度だろう」という予想に反して、リンチされ傷だらけの見てはいられない姿と言うことでこれまたローニャだけでなく視聴者の気持ちをも揺さぶる。凄い「つくり」だ。
 もちろんこういう事態を迎えれば、ローニャは反抗するのは当然だが、ここでロヴィスまでが反抗したのは視聴者にちゃんと「マッティスはやってはいけないことをやっている」という事を印象付ける意味でも正解だと思う。子供も見る「ファミリー層向け」のアニメならこう描くのが正解だ。
 そして今話は、前話の「きっかけ」から「次なる事件」に発展したことで話を止める。ここで変に次の話に入り込まないで次回に流したのはとても見ていて気持ちよい。これが「愛の若草物語」だったら、地獄の口でマッティスとボルカが対峙するところまで今回のうちにやっちゃうな、きっと。
 その代わり、最後の余った時間でローニャの「気持ち」をキチンと描いたのが好印象。ベッドの中で一人泣き続け、母親の慰めをも拒否する。ローニャの悲しみは「ビルクがあんな目に遭ってしまった」と言うことだけでなく、「それをやったのが父親だ」という二つの事実だ。次回、ローニャはどう出るのか非常に楽しみだ。次回予告を見ている限り、どうやらボルカに寝返るようだが…。

第16話「はてしない争い(後編)
名台詞 「お前の息子を連れて行け、ボルカ。だが、お前は俺に子供を帰す必要は無い。俺には子供なんかいないんだからな。」
(マッティス)
名台詞度
★★
 マッティスとボルカの交渉は意外な展開を見せる、ビルクというローニャが「地獄の谷」を飛び越えてボルカ側に投降したことで、マッティスは有利に交渉を進める手段を失ってしまうのである。突然のローニャの行動にマッティス側もボルカ側も驚きの表情を見せるが、ボルカがローニャに縄を掛けて交渉を続行すると、マッティスはがっくりと項垂れる。「俺の息子を返して寄越すのか!? それともそうしないのか!?」と問うボルカの声に「もちろんそうするさ、お前の良いときに」と力なく返す。「だったら今だ!」としてビルクとローニャの即交換を提案するボルカに、マッティスは「俺には子供はいない」と二度呟いた後、ボルカにその意味を追求された返答がこれだ。
 この交渉、誰がどう見てもビルクという人質が手元にあるマッティスが有利なはずだった。マッティスはボルカ山賊がビルクと引き替えにすぐに城から出て行く、そんな結末を予想していたはずだ。だがローニャがボルカに寝返ったことで、このプランはご破算となる。そればかりでない、既に娘と妻がこの作戦に反対しており、ボルカ側にも卑怯と罵られ、挙げ句は娘が敵に寝返るという実力行使でマッティスは「完全敗北」となる。この「完全敗北」はボルカと違い、妻や娘まで敵に回した事実である。誰も味方にならず一人で敗北したマッティスの敗北感、そしてなによりも「娘に裏切られた」という絶望感がうまく表現された台詞と演技である。ビルクを人質に取った前話以降の絶頂にあったボルカが、ローニャの一行動でこれまで経験したことのないどん底に落とされたことがうまく示されている。
 そしてマッティスがこの場で宣言したことは、娘の勘当だ。これまで娘をかわいがってきたマッティスは、まさか娘がこんな生命掛けの行動で自分を追い込むとは思っていなかったのだ。ビルクを人質に取ったことを責められたときは、ローニャにそこまでの覚悟があるとは思ってもいなかったのだろう。結果、ボルカが城から出て行って城が安全になるという「結果」を見せれば娘の信頼は回復すると考えていたに違いない。だが娘の本心は別のところにあり、それが自分がやろうとしている方向と逆を向いていた事実を知り、マッティスは大きな衝撃を受けたのだ。
 その衝撃の大きさが、彼が「自分には娘はいない」と自分に言い聞かせるきっかけになったのだろう。あんな事をする娘は娘であろうはずがない、自分の娘は何処か別のところにいる…と。そんなマッティスの「娘に裏切られた混乱」がうまく演じられていて、とても印象に残った台詞だ。
名場面 人質交換 名場面度
★★★
 夕刻、「おおかみ谷」の入り口で人質になったローニャとビルクの交換が行われる。ボルカ側からはボルカとウンディスと二人の山賊がローニャを連れ、マッティス側からはロヴィスとフョーソクとヨエンがビルクを連れての出席だ。一行は向き合うとウンディスがまずここにいないマッティスを罵るが、これに構わずロヴィスはローニャを迎えに歩きだす。呼応するようにウンディスがビルクを迎えに行く。そしてロヴィスがローニャを、ウンディスがビルクを連れ歩いたところで人質交換成立だ。互いに母親に連れられて歩くローニャとビルクはすれ違いの時にお互いに見つめ合い、そのまま振り向く姿勢となり二人とも立ち止まる。この子供達の変化に気付いた二人の母親も立ち止まる。無言のまま14秒間見つめ合った二人だったが、ウンディスがビルクの手を引いて無理矢理連れ去ろうとする。その手をふりほどいたビルクが「あの娘は僕のきょうだいだよ、僕の生命を助けてくれたんだ」と訴える。「生命を助けてくれた?」と訝しげに返すウンディスをよそに、ローニャは涙声で「私だって何度もビルクに助けてもらったのよ」と返す。「俺の息子が俺を裏切って、不倶戴天の敵の子と仲良くしているっていうのか!?」と問うボルカを見上げたビルクは、「あの娘は僕のきょうだいなんだ」とキッパリと突きつける。ウンディスが「今はそう思っていても、2〜3年経てばどうなるかわかりはしない」と叫んでビルクの肩を掴み連れ去ろうとするが、そのウンディスの手をビルクは再び払いのけ、「触らないでよ」と両親に向かって怒鳴る。「僕は一人で行く、母さんの手に捕まれて行くなんてごめんだよ」とビルクが続けると、そのままつかつかと一人で歩き去る。そのビルクの後ろ姿を、ローニャはビルクの名を叫びながら見送ることしか出来ない。
 ここで描かれたのは、「きょうだいの誓い」を交わした二人の子供のうち、ビルクの側が受けた「傷」というものだ。ローニャが受けた傷は前話後半から今話前半に掛けてじっくり描かれ、その結果として交渉の場においてローニャがボルカに寝返るという行動を取る。その間、ビルクには台詞と表情の変化はなく、その内情を読み取ることは困難なシーンが多かった。ここでビルクがやっとこの事件についての反応をするのだ。そこに出てきたのは、自分をこんな目に遭わせた大人達のいがみ合いの代表としての両親への反抗、そして自分をさらって傷つけた張本人の娘であっても未だローニャを「きょうだい」として認めているローニャへの想い。そして反抗するに当たって、自分のローニャの関係をも両親に突きつける。
 ビルクは恐らく、マッティスに捕らえられたことで子供が受けるにはとても大きい苦しみを味わったはずだ。その苦しみの中で、彼はローニャがそこにいることに唯一の救いを求めると同時に、ローニャにはどうにも出来ないという二つの事を感じていたはずだ。そこでローニャは父親がこのような手段に出たことに対し反対し、さらに自分が牢に入れられそうになれば「敵に寝返る」という手段で自分をまた救ってくれた。彼はまたしても「ローニャに救われた」のであり、ローニャを「きょうだい」として想い続けるだけの理由が出来たのである。そんなささやかな自分の気持ちとローニャの気持ちを踏みにじり続ける親たちに、心の底からの反抗心が出たことがこのシーンからよく見える。
 こうして、二人の関係はさらに強くなって行くはずだ。
感想  前話でビルクがマッティスの人質に落ちたことで、今話はそれによる「人質交渉」が描かれることは明白だっただろう。そしてその人質がいることでマッティスに有利だったはずの交渉が、ローニャがボルカに寝返ることで対等の交渉になってしまうであろうことは前話の「次回予告」で示唆されていたので多くの視聴者にとって予想通りだったことだろう(名台詞欄で意外な展開としたのはあくまでも劇中のキャラクターにおいてのこと)。そして娘に裏切られたマッティスのショック、大人に裏切られたローニャとビルクの衝撃と、今回はとても重たい展開になった。
 その中で、ロヴィスが自分を見失わずに奮闘している。今話で冷静な行動を取っているのは1にロヴィス、2にボルカだ。
 しかし交渉シーンでは、マッティスがあの態度ではローニャが寝返らなくてもマッティス有利にはならなかったかも知れない。ボルカが「夏の終わりまでに城が出て行く」という妥協案を出したことに対し、「ならばビルクは夏の終わりに返す」と返答したところまでは良かった。ここまではボルカが城を出て行く期日をさらに早めるための戦術とも受け取れるからだ。だがその先が駄目だ、ビルクを人質にしている間に最低限の人間としての扱いを保証するのでなく、牢に閉じ込めるなんて言ってしまって逆効果どころが、味方の反感まで買ってしまう事になった。これはローニャがボルカに寝返る直接のきっかけとなっており、マッティスが一人で「完全敗北」してしまった最大の要因だ。このときにビルクはボルカが城から出て行くまで返さないまでも、牢に閉じ込めるのでなく普通の生活をさせるとしていればローニャが寝返ることもなかったし、ボルカも仕方ないと思ったことだろう(ウンディスは納得しないだろうが)。マッティスは既にボルカから「城から出て行く」という妥協を引き出していたのだから、マッティスも妥協せねばならなかったのだ。こうしてマッティスに「交渉下手」「大事なときに一言が余計」というキャラクター性をうまくつけたと思う。
 さて、ストゥルカスが矢を受けた一件で始まったこの争いにも、まず一段落つきそうだ。これらの争いを通じてローニャとビルクがどんな行動に出るのかが次だろう。次回予告に出てきたサブタイトルを見ると…お前ら「駆け落ち」するのかー!?

第17話「ふたりの引っこし」
名台詞 「私の大事なロヴィス母さん、私たちまた会えるかも知れないし、もう会えないかも知れないわね。でも私、もうマッティスの子供ではなくなったの。だから、行かなきゃならないんだわ。許して…。」
(ローニャ)
名台詞度
★★
 「家出」を決意したローニャは、母の子守歌にも眠らずに耐え、深夜になって母が眠りにつくとコッソリと荷物をまとめ出す。そして出て行く直前に母が眠るベッドの前で立ち止まり、ベッドのカーテンを開いて母の寝顔を眺めながらこう呟くのである。
 ローニャが家出を決意した原因は母にはない、だから母との別れが辛いことをうまく描き出していると感じた台詞だ。そのローニャの「後ろ髪を引かれる思い」が描かれていると同時に、そんな思いを振り切ってでも出て行かねばならない理由…「父に娘扱いされていない」という点をもローニャはうまく演じている。その点はローニャにとってはここにいるのが辛くなるほどのものであり、家出の理由が「ビルクとの楽しい日々」ではないことを再認識させてくれる。この台詞がなかったら、視聴者のうちの何人かはローニャの家での理由を「ビルクとの楽しい日々」だと信じ込んでしまい、ローニャに対して幻滅してしまったことだろう。
名場面 「引っこし」を決意 名場面度
★★★
 ビルク人質事件から4日、森でローニャはついにビルクの口笛を聞く。その口笛の音に従って走ると、確かにそこにビルクの姿があった。だがビルクは険しい表情で歩いていて、ローニャの姿を見てるとその表情を崩さず「僕は今、森へ引っ越すところなんだ」と告げる。「なぜ?」と問うローニャに「僕は、あんな悪口や酷い言葉を、いつまでも我慢するようにはできていないんだ。3日でもうたくさんだ」と鋭い口調で返す。その言葉でローニャはビルクが家出してきたことを悟り、「そうよ、そうなんだわ!」と叫ぶ。「そしてマッティスが黙ったままでいるのは、酷い言葉を吐かれるのよりもっと辛いことなんだわ!」とローニャが続けると、ビルクは驚いた表情で振り返る。「私もよ、ビルク。私もマッティス城から外に出たいわ。私、そうしたいの!」とビルクに詰め寄るローニャに、「僕は洞穴で生まれたんだ、だから穴暮らしには慣れている。でも君に出来るかな?」とおどけた表情で返すビルク。「あなたと一緒なら私、何処にだって住めるわ! 中でも『熊の洞』だったらね」と愛の告白のような台詞で返すローニャ。そして「熊の洞」にまつわる回想シーンを挟んで、ローニャが夕暮れの城へ掛けて行くシーンに切り替わり。そのシーンを背景に「私、今夜遅く『熊の洞』へ行くわ。あなた、その時あそこにいる?」とローニャが問い、「うん、他に行く宛てもないからね。僕そこへ行って君を待っているよ」とビルクが返す台詞だけでシーンが終わる。
 今話では前半でじっくり、ビルク人質事件の影響をマッティス山賊の面々がどのように引きずっているかが描かれ、あれだけの大事件の「余韻」だけであった。だがローニャとビルクが再会することで物語がようやく前進する。それはビルクは親の罵詈雑言に耐えられずに家出を決意し、それを知ったローニャが一緒に家出することを決意したことで、「家出」が「駆け落ち」になってしまった展開だ。
 まずここでのビルクの怒り具合が良い味を出している。彼が両親からどんな罵詈雑言を浴びせられ続けたのかが敢えて語られなかったのは、視聴者の想像の余地が広がるという意味でとても良い点だと私は思う。そしてビルク再登場してからしばらく、ビルクの表情だけでこの「怒り」を演じさせたことで視聴者に一度は「ローニャはビルクに嫌われたのか?」という不安が発生することとなり、その後に「そうではない」と判ることでうまく緩急が付くと同時に、自然に視聴者を次の「駆け落ち」という展開へと流れさせる効果があったはずだ。
 そしてビルクが親からの罵詈雑言で悩んでいれば、ローニャは逆に親がだんまりなので悩んでいることをビルクにも視聴者にも打ち明けた形だ。ローニャにとって辛いのは、父が本当に自分を嫌っているのかそうでないのかが見えてこない点であり、例え父に嫌われて罵詈雑言を吐かれてもそちらの方が気が楽だと感じていたはずだ。こうして二人がひとつの事件をきっかけに正反対の悩みを抱えていることが判明し、その「悩みを持つこと」自体が共通点として互いに支え合える事を認識するに至るのである。ビルク人質事件を受けた二人の答えが出た、印象的なシーンだ。
感想  「山賊の娘ローニャ」でビルク人質事件が描かれたと思ったら、現実世界ではイスラム国が拉致した日本人を人質にして身代金を要求する事件が起きちゃって…なんつータイミングだ。
 その人質事件が前話までに全て終わり、いよいよ物語はその「答え」へと進んで行く。マッティス城ではマッティスが何も語らず無気力状態で寝込むだけだし、山賊達もマッティスがそんなんだからやる気が無くてだらけている。その中でロヴィスはいつも通り城を切り盛りし、山賊達はマッティスに代わってペールが束ねるという「日常の変化」がキチンと描かれた。
 その中で人質事件で敵に寝返り、自ら人質になったあと開放されたローニャは、森の中でビルクの姿を探すがどうしても見つからない。ここはナレーターが予想した通り、ビルクは両親によってローニャに会わせないため外に出してもらえなかったのだろう。その上で、ビルクが両親に浴びせられたという罵詈雑言はローニャのことだと私は解釈している。「きょうだい」の仲にまでなった女の子が罵詈雑言を浴びせられれば…男の子は黙っていられない。もしローニャが女の子でなく男の子であったら、ビルクはそこまで怒っただろうか…多分怒りはしたけど家出を決意するほどにはならなかっただろう。今話ではそのビルクが家出してくるシーンを敢えて描かず、家出したビルクがローニャと再会するという設定を取ったのは物語が「ローニャ視点」に徹していて一貫していて、とてもわかりやすかったと思う。ビルクがどのように両親とやり合い、家出してきたかは視聴者が各々想像すれば良い点だ。
 そして名場面欄の通りに「家出」が「駆け落ち」に変化し、物語は「ローニャとマッティス城との別れ」という点へ進み、その揺れ動く気持ちの中でローニャが「熊の洞」のビルクの元にたどり着くまでで今回を終わらせるのも良いタイミングと感じた。
 しかし、今回は回想シーンが長い。回想シーンが必要なのは解るけど、もうちょっと簡潔に出来なかったのかなと思うところがある。特に「熊の洞」の回想については、事前に「熊の洞」が出てくるシーンを入れておけばあの長ったらしい回想シーンでテンポ良く進んでいた物語を止めることはしなくて済んだと思うけど…。

第18話「洞窟にひそむもの」
名台詞 「マッティス城のことを思うと、ローニャはどうしても眠れませんでした。マッティス城の上にも同じ空があるんだわ。うちで聞いていたのと同じ川が、ここにもざわめいているんだわ。そう思うと、ローニャはやっと眠りました。」
(ナレーター)
名台詞度
★★★
 今話冒頭、いつも通り前回のあらすじを紹介したナレーターは、サブタイトル表示が出て物語が本編に入った後、「熊の洞」にたどり着いたローニャが眠れないシーンを背景にさらにこう解説を入れる。
 本作では本編中ではナレーターの語りは非常に少ない。ナレーターの役目の殆どが冒頭サブタイトル表示前の「前回のあらすじ」解説と、本編終了時の「締め」の解説、それに次回予告程度だ。だが今話では前述したように、サブタイトル表示が終わり本編に入ってもナレーターの解説が続く。その内容は家出してビルクが待つ「熊の洞」に到着したローニャの最初の想い…家や親に対する想いというものを演じるシーンだ。
 だがここは、ローニャ本人に「眠れない」ことだけを演じさせて何も語らせずナレーターの解説だけで済ませてしまう。もちろん心の中の台詞としてローニャ本人に語らせる手法もあるはずだが、ここで敢えてナレーターに語らせたのはこの最初のシーンは「本来なら前話のうちに片付けておくべきシーン」だからであろう。こうして今話の本筋があくまでも翌日の夜明けからという「区切り」をうまくつける。前話はローニャがビルクの元にたどり着いたところで一区切りだが、かといって「その日の夜のローニャの想い」は今後の伏線としての要素以外は今話の展開ではない。この宙に浮いた1エピソードを今話の冒頭に組み込んで「ここは今話の話ではない」という形にし、ローニャの台詞でなくナレーターの解説としたことは「ここは今話にとって過去の話」と区別することでうまく処理したのに感心した。忙しいアニメならこの展開自体がカットだろう。
 そしてその内容、これは「別れてきた者」「だけど想いのある者」に対して多くの人が持つ共通の気持ちだろう。どんなに離れた人も同じ空の下にいる、同じ空気や風を感じていると考えるだけでどれだけ救われることか。恋愛経験のある人ならこの気持ちはよくわかるだろう。ローニャがこの考えに安堵を得、方に背負った荷物の重みが軽減したことを、ローニャがゃっと眠り込むシーンを背景にうまく解説したと思う。本作のナレーターによる名解説はいくつかあるが、どうしてもこのシーンに載せて紹介したい程印象に残る名解説だと思った。
名場面 第2夜 名場面度
★★
 「熊の洞」での生活初日は、生活に必要なものを運んだり揃えたりと忙しく過ぎた。その日の夜、寝床に入っても眠れないローニャは、体育座りでいつも母が歌う子守歌を自分で歌う。と思うと「マッティス城では私たちのこと、考えていると思う?…私たちの親がよ」と隣で寝ているビルクに問う。ビルクは11秒の沈黙を置いて「もし考えていなかったらおかしいだろうね」と返す。「みんな、悲しんでいるかしら?」とローニャが語ると、「それはいろいろだろうね、ウンディス母さんは悲しがるけど、それよりも怒る方が多い。ボルカも怒るけど、ともかくそれよりも悲しんでいる方が多いだろうね」とビルクは語る。これにローニャは「ロヴィス母さんは悲しんでいる。私には判るわ」と返せば、ビルクはすぐに頭を起こして「じゃあ、マッティスは?」と問い返す。「…きっと、ほっとしていると思うわ。私がいなくなったら、私のこと忘れられるもんね」とローニャは寂しそうな表情で返す。この返答を聞いたビルクは寝返りを打って眠りにつき、ローニャは体育座りのまま洞窟の外へ視線をやる。
 最初の日が終わり夜になって、二人は初めてそれぞれの「家」の事を考える。その会話はローニャの方が切り出すことで始まったのは、前話から今話冒頭にかけてローニャが演じた「家への未練」という伏線があったからこそ説得力があるってもんだ。そしてローニャが語るのは「自分たちがいなくなったことで親がどう思っているか?」という疑問である。この疑問はビルクも持っていたに違いない、だからビルクはそこで親の考えをシミュレーション出来るのだが、これに対してローニャは母の気持ちはわかっても父の気持ちがよくわからないままでいる。これは自分の反抗的行為(ビルク人質事件)に対する父の思いがよくわからないからだ。結果、ローニャが語ったマッティスについては、事件の時にマッティスが呟いた「俺には子供がいない」をベースにしたシミュレーションになるのは自然な流れだ。ローニャはマッティスがそんな風に自分を見ていることを、悲しんでいるに違いない。そしてその悲しみから誰も理解してくれない現実も思っているのかも知れない。ビルクはそんなローニャが悲しんでいることだけを理解したのか、余計な事は言わないのが良い。ここでビルクが口を挟めば、ローニャは混乱するだけだ。
 そしてこのような二人の「家への想い」「親への想い」というのを、回想による親や家の様子を一切出さずに演じたのはとても好感が持てる。二人の前に広がる風景だけを背景に、二人の会話だけで見事に表現しきったことで、余計な回想シーンで流れが途切れることがなくこのシーンの背景にあるもの悲しさをうまく演出したのだ。
感想  前話では「駆け落ち」した二人の様子が描かれ、いよいよ今話では二人の「新婚生活」が描かれた。最初の夜は名台詞欄シーンだけで流されたため、あんなことやこんなことになることもなく(そもそもNHKの家族向けだからその心配も無いし)、夜明けを眺めながら寒さに震える二人の様子から二人の「新婚生活」が幕を開く。
 そして最初は、生活に必要なものを揃えるところから始まる。この必要なものを森から様々な形で見つけ出す点は「ふしぎな島のフローネ」みたいなノリでよかったぞ。そういやローニャが弓を放つシーンはまんまフローネだったなぁと、笑うところでないのに笑ってしまった。その過程で実は「熊の洞」が灰色小人の巣だったことが判ることや、いつ鳥女に襲われるかわからないなど、「森の脅威」につきまとわれていることもキチンと描きこの二人の「新婚生活」が決して安全ではないこともうまく強調している。そういえば「優しくて酷いことなんかなにもしない、けど空気は読めない」ずんぐり小人も久々に再登場。ずんぐり小人って、まさかあの広い森に1世帯しかいないのか? ローニャが雪の穴にはまったときの家族以外見かけないんだけど。
 それと夕食にローニャとビルクが食べていた「溶けたチーズを載せたパン」が美味しそうなんだ。あれは「アルプスの少女ハイジ」のワンシーンを思い出したなぁ。こういうところで監督はちゃんと父の血を受け継いでいるんだなぁって、それは置いておいて。
 そして今話でクローズアップされ始めたのが、二人の生活において必要な道具。中でもナイフは大切らしい。劇中でビルクがしつこく「ナイフがー」「ナイフがー」って言うから、「次はローニャがナイフを紛失する話なんだな」と思ったら、次回予告でその通りの展開が示唆されるし…ホント、わかりやすい話だ。
 こんな感じで今話は二人の「新婚生活」が灰色小人登場シーン以外では平和に描かれた。そして子供が行方不明になって大騒ぎのマッティス城やボルカ砦の様子を一切出さなかったのは、物語をローニャとビルク視線に固定して落ち着いてみられるのでとてもポイントが高い。これでワンシーンでもマッティス城やボルカ砦の騒ぎを出していたら、今回は白けたと思う。そういう意味でとてもよく出来たアニメだと思えるようになってきた。
 次回、ナイフ紛失をきっかけに二人の「夫婦喧嘩」が描かれる。マジで夫婦生活だわ、これ。

第19話「なくなったナイフ」
名台詞 「僕はね、千のナイフより君の方がずっと大事だって、そう考えていたのさ。」
(ビルク)
名台詞度
★★★★
 怪我をした白馬を助け、馬の乳を飲みながらローニャとビルクは今回のナイフ紛失をきっかけとした喧嘩について統括する。ローニャは自分が考えていたこととして「全く要りもしないことで、何もかもが簡単にメチャクチャになっちまうって、そう考えていたのよ」と語る。これへの返答としてビルクが「これからは僕たち、要りもしないことをしないよう気をつけよう」とした後で、自分が考えていたこととしてローニャに語った台詞がこれだ。
 今話の「決め台詞」と言って良いだろう、この台詞を語るときのビルクのオーバーなポーズがこれに彩りを添えているのもあるが。下記に記す名場面欄のシーンでビルクが気付いたことが、まさにこの台詞の内容だろう。今話を「ビルクが主人公」という視線で見ると、まさにこの台詞に行き着くように出来ていると言っても過言ではない。
 そしてその内容は、ビルクが「いま大事にしなきゃならないもの」というものを、単刀直入になにも混じりっけなしで言うから、見ている方も気持ちが良い。そして混じりっけなしの台詞だからこそ、この台詞に対するローニャの返答「どうも、今のあなたは途方もなくバカになったみたいよ」という冗談が今回の「オチ」として効いてくる。これだけ混じりっけなしの台詞を吐けるキャラクターとしてビルクをここまで育ててきたことがここで活きているし、なによりも混じりっけがないことで白けることもない。だからとても印象に残った。
 ちなみに、この台詞を聞いてこの台詞を思い出したのは、私だけでは無いと思う。
名場面 一人のビルク 名場面度
★★★★
 ナイフ紛失をきっかけに喧嘩となり、ビルクとローニャは激しく罵りあった。そしてその喧嘩の結末はローニャが洞窟を飛び出してしまうと言うものであった。一人になったビルクはすぐにローニャがまとめていた水草の下からナイフを発見し、ローニャに対し一人で悪態をつくが…ナイフに映った自分の表情を見て黙ってしまう…だがこのときは、「僕が追い出したんじゃない」と呟いて済ませてしまう。その後、一人で過ごすうちについに夕方になってしまう。洞窟で一人うずくまっていたビルクは、立ち上がって外に出て夕景を眺める。そうしているとローニャとの過去のことが思い出されてくる、ローニャが「地下のものたち」に取り憑かれそうになった日、ローニャと出会いの日、ローニャが雪の穴にはまった日、地下室での日々…ビルクはその思い出を読み返すと、だんだん決意に満ちた表情に変化し…そして、ローニャを探すために走り出す。
 ビルクの心境変化が美味く描かれていてとても印象的なシーンだ。一人になったビルクは、最初は怒りにまかせてローニャの悪態をつく。だがその自分の表情を見て我に返るというつくりはとてもよく考えたと思う。だがその最初のところでは、まだビルクはローニャを迎えに行こうとは考えない。自分で自分言い訳をして済ませてしまい、彼が一人で食事をするなど上手に「時間の経過」を描く。その「時間の経過」の中で彼が「一人になった寂しさ」というものを感じている点が無言で示唆され、夕方のシーンとなる。ここでは回想シーンをうまく利用することで、ローニャとビルクの関係がどのように構築されたかが劇中のビルクも視聴者もおさらいをさせられる形となる。もちろんこれを見た視聴者は劇中のビルクに向かって「おまえ、それでいいのか?」と問いたくなるし、ビルクもその頃合いを見計らったかのように走り出すから視聴者にも強く印象に残る。
 とにかくここでは、ビルクが再び「ローニャは生命を助けて助けられた大事な存在」であること、「かけがえのないきょうだい」であることを再認識させることを印象深く描いて来た。だからこそビルクの心境が変わってローニャを探しに助け出すのに説得力が生まれる。さらにこれを、ビルクに殆ど独り言を語らせることもなく、ほぼ無言で描いた点も良い。ビルクが「独り言」で言い訳したのはあくまでも最初にローニャを迎えに行かなかった点だけであり、その後は無言を貫くことで変な言い訳じみた台詞が発生せず、不自然さや「白け」を生むことがなかったのもポイントが高い。多くのアニメ作品ではこのようなときに投じよう人物が独り言で余計な事までペラペラとしゃべってしまい、不自然さや「白け」が生まれやすいシーンだ。そこを上手く処理した点で好印象だ。
感想  今話はサブタイトルのせいで、最初の平和な展開はビルクの腰に刺さっているナイフばかりが気になって集中できなかったなー。何処でどんな形でナイフがなくなるのかと…でもシャケを捕まえてそれをぶじに持ち帰るだけ、でもここにさりげなく「ナイフ紛失のきっかけ」が描かれているとは…ビルクが足に怪我をして流血したところが始まりだとは。そして3日目のあさ、唐突になくなるナイフ。それから始まる激しい夫婦喧嘩、でもああいうときは必ずどっちも「誰か止めてー」って思いながらやり合っているものだ。新婚夫婦の城にはそれを誰も止めないから罵り合いが酷くなるという構図もしっかり描いていると思う。そして飛び出すローニャ、すぐに出てくるナイフ、ローニャに一人悪態をつくビルク…ここは問題のナイフがビルクが一人になってすぐ出てきたのは予想外、最後にナイフが見つかって仲直りしてというありがちなオチとする手を使えなくする冒険的なシナリオだ。だがそうすることで、今話この問題が解決しないうちに次の事件が起きてもそれを引っ張る必要も無くなった。まさか次の事件がナイフ問題解決前に発生して、解決までしてしまうとは全く予想していなかったから。
 ローニャが洞窟を飛び出してから、ビルクが森にローニャを探しに行き怪我をした白馬を発見するまでの間、ローニャ側の行動を一切出さずにビルクを主人公にしてビルク側の物語だけで進めたのも今回はポイントが高いと思う。今話2件目の事件である「白馬の親子が熊に襲われる」件については、ローニャ側の物語を出さなかったことで唐突に発生する感があり、視聴者を予想外の展開に揺さぶる。これで視聴者は二人の喧嘩を長時間見せられることもなく、飽きないのも事実だ。そしてこの第二の事件において、ローニャが自然にビルクと共同でこの白馬を救おうとしていることが描かれたことについては、ローニャにも名場面欄のビルクと同じような葛藤があり、ビルクに謝らねばならないという決意があったと想像が膨らむ。その決意の後で第二の事件に行き当たったのだろう。
 相変わらず「ずんぐり小人」が空気読めないのがとても良い味を出してる。やっぱり「ずんぐり小人」ってあの一家しかいないのかな? でも彼らは危険な生物が周囲にいることを察することができるのね。意外に頭が良いのか、それとも鼻が大きいから鼻が効くだけなのか…。
 次はあの野馬が再登場するのか、この新婚生活はいつまで続くんだ?

第20話「野馬たちと」
名台詞 「ええ、私たち飢え死にすることはないわ。でも、パンもお乳もない最初の日って、そういう日、私好きになれないわ。」
(ローニャ)
名台詞度
★★
 白馬の乳の出が悪くなり、備蓄のパンがそ底をつきかけていることを語り合った夜、ビルクは「乳やパンがなくても飢え死にすることはないさ、森には魚だって鳥だっているし、君が貯めておいてくれた山菜やハーブだってあるし」と語る。だがこのビルクの言葉に対して、ローニャはため息をつきながら返した台詞がこれだ。
 ここまでいろいろあって栄養には困らずにやってこれた二人が、最初の壁にぶち当たろうとしていた。助けた白馬から乳が出なくなる日が来ることも、家出したときに持ち出した備蓄のパンがなくなる日が来ることも二人には解っていたはずだ。だからこそローニャとビルクが食糧確保に努めていたことも間違いない。だから最低限食べていくことは問題ないのだが、ローニャがこの台詞を通じて語っているのは二つの要素があろう。
 ひとつはローニャがパンや乳が「栄養補給」という実用的な面で必要としているのでなく、飲食物のおいしさという「食の楽しみ」の面で語っているであろう点だ。彼女はパンや乳が大好きなのだろう。同時にパンについては、自分が捨ててきたとはいえまだ未練がある「家」で作られたもの、そのような食べ物がなくなることでその「家」と完全に切り離されるという精神的意味合いも含まれているはずだ。
 そしてもう一つが、「今後の不安」という点だ。乳を出してくれる馬がいたこと、備蓄のパンがあったことは安定的に食糧を確保できていたことを示している。だがそれらがなくなった日からは、狩猟によって森から供給される不安定な食糧に全て身を委ねなければならないという不安だ。そうなれば美味い不味いの贅沢を言うわけにも行かず、前話の鮭のように一度大物が取れたら生きていくためには例え飽きようがそれを食べ続けなきゃならない。そんな不安をもこの台詞から聞き取ることが出来る。
 そして後者の論理は、秋までは何とかやって行けるであろうが、冬になったらどうなるのかという不安を二人から引き出すことになる。火を絶やさなければ凍え死ぬことはないが、食糧が枯渇するという問題からはどうしても逃れられない。これは以前の冬のシーンで、ビルクによってボルカ山賊が冬場の食糧確保に失敗して飢えに苦しんでいることが示唆されたことが上手く伏線として活きているかたちだ。
名場面 鳥女襲撃 名場面度
★★
 やっと手なずけた馬に乗って森の奥深くまで出かけたローニャとビルクが楽しく語らっていると、その手前を風を切って飛んで行く者が…鳥女が二人の発見したのである。鳥女は二人を見つけると啼きながら大きく旋回し、「見つけたよ、小さいきれいな人間を! 血を流させてやろう!」と声を上げて二人の元に急降下を開始する。「鳥女!」「逃げろ!」ローニャとビルクは声を上げて馬を全速力で走らせる。啼きながら二人に迫る鳥女の鋭い爪、そして息を切らせて走る馬。逃げ切れないと判断した二人は馬から飛び降りるが、鳥女は二人を見失っておらず上空を旋回するとすぐに急降下爆撃を開始。二人は示し合わせて互いに正反対の方向へと逃げる。鳥女はビルクを追い続け、ローニャは辛くも木の根の下に隠れて難を逃れた。ビルクは「黒い髪をした小さなきれいな人間はどこにいる!?」と叫びながら迫る鳥女の攻撃を何とか交わすと、岩に挟まれた小さな隙間を見つけて潜り込む。鳥女はビルクを見失い、「憎らしい人間達、気の荒い姉さんや妹たちに報せてやるよ」と負け惜しみを語りながら彼方へと飛び去って行く。
 正直これといって何も起きない今話において、唯一かつ最大の緊張感を持って描かれたシーンがここだ。「二人の平和な時間」が突如乱される瞬間というのを上手く描いている。
 このシーンは何よりもこの迫力が凄い。鳥女の飛び方、そのカメラワーク、合間に挟まるローニャとビルクや馬までもに迫力を感じる。森の中で子供二人が正体不明の生命体に襲われるシーンを見ているはずなのに、戦争映画で艦載機に空母が攻撃されているような迫力を感じた。特にローニャとビルクが別れて逃げる前、私が「急降下爆撃」と表現したシーンの迫力は「どうなっちゃうんだろう」感を強く感じることもできて秀逸。背景を精密に描かず、ふた昔前のアニメのように風景の流れを示唆する画面だけにしたことで「スピード感」を感じるよう上手く計算されている。また本来なら鳥は「急降下爆撃」状態では羽ばたかない(羽ばたくと減速してしまう)が、敢えて羽ばたかせて「現実的なシーン」にすることよりも「迫力」をとったのは本当に感心。
 また、木の根に隠れたローニャ越しに見る、ビルクを追って飛び去る鳥女の後ろ姿のシーンも一瞬だが迫力がある。こちらは逆に現実的な短く描いて、その「一瞬」を上手く鳥女に演じさせている。
感想  何にも起きないなぁ。前半なんかただ馬と戯れているだけだし、もう見どころといえば名場面欄に書いた鳥女襲撃シーンしかなかった。後は名台詞から本話のラストの手前、二人がこの夏の記憶について語り合うまでの「流れ」というのもあるけど…ああいうのは大人になってからしみじみ感じることで、その夏を生きている子供に語らせちゃ駄目だよなぁ。正直、あのシーンは白けた。
 そして白けたままラストを迎えてそのまま終わるかと思ったら、二人が「熊の洞」に帰るとクリッペンが待っているという展開が描かれた。本作では珍しく「次の物語」に首を突っ込んでから1話か終わる形になったのか、それてもクリッペンは気まぐれでここにいただけなのか、いずれにしても続きは次回だが次回予告ではローニャがマッティス城に連れ戻されるなどの展開は示唆されていない。そう説得されることも示唆されず、二人の新婚生活が継続することが前提になっている。ローニャがクリッペンに説得されているようなシーンは一瞬出てきたが。
 しかし、あの鳥女っていうのは生物として考えれば考えるほど不思議な存在だ。野生生物と考えられるが襲うのは人間に対してだけだっていうし、どうも連れ去った人間を食糧としているわけではないようだ。まぁ、あれは生物として考えちゃ駄目なんだろうな。日本でいうところの妖怪みたいなもんなんだろう、それは「灰色小人」や「ずんぐり小人」や「暗がりトロル」なんかもそうなんだろうけど。次話では鳥女が大編隊を組んで登場のようだ、何人姉妹なんだ?

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